111 右左下上
「アイフェル様の許可が下りるまで、ここでお待ちください」
『大人しく待ってるんだよ』
わかってるよ。
でも……。
―本物だった場合、関係者の了解と協力が得られれば、封印の棺の封印を解いて月の力で封印し直す予定だ。
エルの用事は、光の大精霊の協力を得て封印の棺を封印し直すこと。
光の大精霊のアイフェルは見つけたし、封印の棺が本物であることは確認済み。他に私が手伝うことなんてあるのかな?
私、魔法なんて使えないし……。
「リリーシア様」
ハルトさん。
「はい」
『ぼーっとしてた割りに、今度は変な声出なかったね』
イリスの意地悪。
「その剣は、ルミエールの作品ではありませんか?」
「え?……はい」
「やはり、そうでしたか」
「どうしてわかったんですか?」
「当家でも、名工ルミエールが作ったハーヴィを所有しているんです。魔法に対抗し得る剣など、そうそうありませんからね」
『さっきの戦いを見てたんだね』
ハーヴィ。
高き者。
リュヌリアンと似てるのかな。
「その剣の名前をお伺いしても?」
「えっ?」
名前?
「あの、これに特別な名前はないんです。私が作ってもらったものだから」
「え?まさか、ルミエールに会ったことがあるんですか?」
『もう。余計なことばっかり言うんだから』
だって……。
『ルミエールは所在不明の名工ってことになってるだろ』
師匠ってこと、言わない方が良さそうだ。
「申し訳ありません。詳しいことは話せないのですね」
「ごめんなさい」
「いえ、良いんです。名剣は名もなき王の名前を持つことが多いので、気になっただけなんです」
「ハルトさんも、名もなき王の物語を知ってるんですか?」
「もちろんです。ここにも置いてありますよ」
「ここ?」
広い空間には見渡す限り何もない。
「少々、お待ちいただけますか?」
「あ、私……」
マリーから借りっぱなしだから、名もなき王の物語は持ってるんだけど。
『行っちゃったね』
ハルトさんは、神官さんの方に走って行ってしまった。
光の間にあるのかな?
でも、エルとアイフェルが話してる間は入れないはずだよね?
『君、暇なの?』
目の前に光の精霊たちが飛んでくる。
「暇っていうか……」
『馬鹿。知らない精霊に返事してどうするんだよ』
だって、目が合っちゃったんだもん。
『氷の精霊なんて珍しい』
そういえば、この国で氷の精霊は見かけてない。
雪の精霊は居ても氷の精霊は居ないのかな。
『君、さっきから私たちのこと見えてるよね?』
『ねぇ。どうなの?』
どうしよう?
横目でイリスを見ると、イリスがため息を吐く。
『見えるし、聞こえるよ』
『やっぱり』
あれ?驚かれてない。
「私みたいな人間に会ったことがあるの?」
『えー?初めてだよ』
『ここの王族は特別な力を持ってないからね』
『アレクは見えるんでしょ?』
「見えるわけじゃ……」
『ここだって、昔は居たかもよ』
『アイフェルが来てからのことしか知らないけど』
『お喋りな精霊ねぇ』
そういえば、ヘレンさんのところに居た精霊も驚いてなかったっけ。
私みたいな人間が居るって知ってる精霊も、結構居るんだ。
『アレクは聞こえるだけだよ』
『そっちかー』
『暇なら面白いもの見せてあげる』
「面白いもの?」
「!」
急に眩しい光に包まれて、慌ててクララを庇う。
『もう大丈夫だよ』
「大丈夫みたい」
クララが頷く。
『本当ぉ。リリーと居ると、変なことばっかり起こるわねぇ』
変なこと?
「え?」
壁一面に、本棚と絵画。
床は草花をモチーフにした絨毯が敷かれていて、テーブルと椅子もある。見上げた頭上には、色鮮やかな天井画。
「別の場所に来たみたい」
白くて何もない場所が、一瞬で彩りのある空間に変わってる。
『同じ場所だよ』
『私たちが光の魔法で隠してたの』
『幻影の魔法ってこと?』
『そんなところ』
『もうちょっと難しいかな』
これだけ本があるなら、名もなき王の物語もありそうだ。
ハルトさん、光の魔法を解いてもらう為に神官さんにお願いに行ってくれたのかな。
『ほら、こっちこっち』
光の精霊が指した壁に大きな絵がある。
『これ、なんだかわかる?』
三角屋根がついた家の絵。でも、家にしてはちょっと変な形だ。
あれ?これ、海の上に浮かんでる……。
「船?」
『正解』
「その通りです」
「ハルトさん」
いつの間に戻って来てたんだろう。
「これは、古い文献をもとに再現された箱舟の絵なんです」
「箱舟……」
およそ二千年前。
ドラゴン王国時代の終わりに、世界を浚う大洪水が起きたと言われている。その大洪水から、人間をはじめとした生き物を救ったのが箱舟だ。箱舟に乗って生きのびた人々によって新しい時代が始まった。それが、現代。
「神に導かれし正しき人間、神の示したる聖なる木で箱舟を造り、よろずの動物と共に大災厄を乗り越え、やがて箱舟は聖なる頂に辿り着く。……グランツシルト教の聖典で語られている箱舟の話しです」
「聖典?箱舟伝説じゃないんですか?」
「大洪水と箱舟をモチーフとした伝説や神話は大陸中に存在していますよ。こちらの本棚にまとめられています」
ハルトさんの案内に従って、箱舟の絵の下にある本棚に行く。
『クララも古い本なら読めそうねぇ』
ドラゴン王国時代の言語で書かれたものもあるのかな。
「あの、読んでも良いですか?」
「ご自由に手に取っていただいて構いませんよ」
「ありがとうございます」
挿絵が入った童話もあれば、難しそうな分厚い本もある。違う国の言葉で書かれたものもあるよね。箱舟のお話しってこんなにあるんだ。
あ。
「これ、グラシアルで見たことがあります」
『プレザーブ城にあったの?』
うん。
箱舟伝説。
これが一番見覚えがある。
「かなり古い神話を御存知なのですね」
「古い?」
「なかなか手に入らないものですよ。流石、グラシアル女王国ですね」
そんなに珍しいものなんだ。
『プレザーブ城には、グラシアル王国時代のものがたくさん残ってたはずだよ。古い本も結構あったんじゃない?』
そっか。
グラシアルが大きくなったのは、初代女王が即位してグラシアル女王国に名前を変えてから。それまでは、グラシアル王国という雪と氷に閉ざされた辺境の貧しい国だったらしい。
プレザーブ城のものは、その頃からずっと保管されていたもの。そう考えると、古くて珍しいものが残ってそうだよね。
「この神話は、グランツシルト教の聖典との類似が多く見つかっているんです。例えば、箱舟の素材ですが……」
確か……。
「神樹が七本ですよね?」
「七本?……神話では、そうなのですね」
神話なのかな。タイトルは箱舟伝説だけど。
「聖典では聖なる木が、十本となっています。グランツシルト教の聖印である、十芒星が現れたと言われているのです」
やっぱり、十芒星ってグランツシルト教のシンボルだったんだ。
「箱舟を作った人間の表現も、聖典では神の導きに従った正しき人間とありますが……」
ハルトさんが本をめくる。
「高い土地の人間だったと思います」
『良く覚えてるね』
「細かいところまでは覚えてないけど……」
「そうですね」
ハルトさんが本を読み上げる。
「神に従った人間は険しく高い土地を選び、異なる人間は肥沃な低い土地を選んだ。神は高い土地の人々に特別な建造物を作るように指示し、その材料となる神樹を七本、その地に呼び出した」
呼び出したなんて、なんだかヴィエルジュみたい。
あれ?もしかしてヴィエルジュのこと?
昔から居たし、そうなのかな。
「……斯くして、建造物は完成した。その建造物には一つしか入り口が作られなかった。そこから人々と動物が中に入ると、最後に、神が外から扉を閉じて封をした」
『外から扉を閉じたの?』
「確か、外からじゃないと閉められなかったんですよね?」
「そのようですね」
『わざわざ、神がやったの?大精霊ならわかるけど』
この話には、精霊は登場しなかったと思うけど……。
「……世界を支える柱が倒れ、世界は水で溢れかえった。しかし、その建造物は浮き上がり、神に従う命あるものを救った。これが箱舟である」
『ようやく箱舟って言葉が出たね』
作ってる人たちは、自分たちが作ったものが船だって知らなかったんだよね。
大洪水が起こる時まで。
「あの、聖典でも大洪水から助かったのは箱舟だけって書かれているんですか?」
「はい。悪魔は滅び、新しい時代を担う正しき者たちが箱舟で助かったと言われていますよ」
「箱舟って、そんなにたくさん乗れたんですか?」
「とても大きなものであったのは確かです。それに、箱舟は一つではなかったと考えられています」
「一つじゃない?」
「大洪水と箱舟の話が大陸中に散見しているのは、箱舟が各地で造られ、様々な場所に辿り着いた為と考えられているんです」
「え?箱舟が着いた場所って、竜の山ですよね?」
「聖典だと、聖なる頂と言われていますね」
『それだけじゃ、どこかわからないね』
ハルトさんが本をめくる。
「神話でも高い山としか書かれていないようですが……。何故、竜の山だと思われるのですか?」
「一番高い山だから?」
ハルトさんが苦笑する。
「大陸で一番高い山は、オペクァエル山脈にある山ですね」
『そうなのぉ?』
『そうだよ』
「箱舟の絵の横に飾られている、古い地図をご覧いただけますか?」
ドラゴン王国時代の文字が使われた古い地図。
中央には大きな山。その周辺には街がいくつか書き込まれていて、右側に一際目立つ大きな街がある。
『どこの地図だろうね。海もないし』
「これは、教皇領にある都市遺跡で発見された地図を復元したものなんです」
「教皇領?」
『クエスタニア東部だよ』
東部……?
「少々お待ちください」
ハルトさんが別の本棚に行く。
『バールディバ山脈の一角に、教皇専用の土地があるんだ』
「地図には山脈なんてないよ」
『それ以前に、ティベリス大河が描かれてないんだけどね』
「ティベリス大河?」
『クエスタニアを東西に横断する川。東側はアスカロン湾に、西側は別の川を通じてメロウ大河とも繋がってるんだ』
『イリスって物知りねぇ』
『ボクが知ってることは、リリーも知ってるはずだけど?』
『そうなのぉ?』
えっと……。
「お待たせいたしました。これが現代の王都周辺の地図です」
持って来てくれたんだ。
「ありがとうございます」
クエスタニアの王都、フレノルを中心にした地図。
グラシアル大街道みたいに東西を走る大きな川がティベリス大河だ。
右側はバールディバ山脈と竜の山。アスカロン湾も描かれていて、ティルフィグン王国、ラングリオンのオートクレール地方も入ってる。
「教皇領はこの辺りです」
ハルトさんが山脈の上の方を指す。
「この麓に遺跡があるんですよ。名前はウェリア。古い地図だと、中央の山の南西に位置する街がそうです」
『全然地形が違うけど。本当に同じ街なの?』
古い地図を見上げる。
ウェリアがある場所は、山の麓じゃないよね?
―「角?」
『ツノ?』
「角?」
―「山じゃなくて、角って書いてあります」
クララに言われて、もう一度地図を見る。
「本当だ」
あの、高い山の名前。
―「博識ですね」
驚いたクララが、私の背後に隠れる。
「現代語で、角、角笛、尖ったものを意味する言葉ですね」
ハルトさんもドラゴン王国時代の言葉が解るんだ。
「現代でも似た言葉を含む山は多くあります。教皇領には、女王の角笛と呼ばれる山があるんですよ」
ハルトさんがバールディバ山脈にある山を指す。
「クエスタニアでは、女王の角笛は古い地図の山のことで、箱舟が辿り着いた聖なる場所だという考えが主流です」
『古い地図だと、ウェリアは山の南西だけど』
「現代の地図だと、左上になってる?」
『左上じゃなくて北西、ね』
何が違うの?
「多少のずれは黙認されていますね。大洪水前後では地形が全く違うと言うのが定説です。昔は、オペクァエル山脈もバールディバ山脈もなかったという説もあるぐらいですから」
その説は聞いたことがあるかも。
「リリーシア様は、オートクレール地方にある巨大都市遺跡は御存知ですか?」
「巨大都市遺跡?」
ハルトさんが、オートクレール地方を指す。
『エルが調査に行った遺跡かな』
それって、魔法陣がある遺跡?
「知ってます」
「最近、その都市の古い名前が判明したそうです。アヴァルと言って、古い地図の大都市と同じ名前なんですよ」
それって、古い地図の右側にある大都市のこと?
「あれ?」
古い地図と、現代の地図を見比べる。
この位置関係って。
「お気づきになりましたか?古い地図が示すアヴァルとウェリアの位置関係は、現代の遺跡と全く同じなんです。そうすると、古い地図の山は……」
「竜の山?」
『竜の山だね』
「やっぱり、高い山って竜の山なんですか?」
「僕は、その可能性が高いと思っています。神話でも、高い土地の人々が最初に神託を受けた場所は、高い山にほど近い高原の栄えある都と記されていますからね」
『高原?平原じゃないの?』
「高原と平原って、何が違うの?」
『リリー……』
ハルトさんが苦笑する。
「どちらも平らな場所を示す言葉ですが、平原は低い土地を、高原は山地など高い土地を指しますね。ですから、アヴァル遺跡もウェリア遺跡も平原にあります」
「リリーシア、ちょっと来てくれる?」
「アイフェル?」
「アイフェル様」
声が聞こえた方を見ると、光の間が開いてる。
話、終わったのかな。
光の間に向かうと、扉の向こうから大きな音が聞こえた。
『何の音?』
光の間まで、急いで走る。
神官さんたちは部屋の中を軽く見ただけで、特に慌ててる感じはしないけど……。
『何?あれ』
扉まで行って中を見ると、エルが魔法で床を壊してる。
「リリーシア、あの辺にヴィエルジュを呼んでくれる?」
「え?ヴィエルジュを?」
アイフェルがエルの居る方を指す。
魔法で壊された部分は、土がむき出しになってるみたいだ。
もしかして、私が手伝うことってヴィエルジュを呼ぶこと?
……だったら、自分でやれば良かったんじゃないかな。ヴィエルジュは、エルが呼んでも来てくれると思うんだけど。
瓦礫を魔法で浮かべたエルがアイフェルを見る。
「これ、どこに置けば良い?」
「入り口の近くに置いてくれたら、後で運び出すよ」
エルが魔法で瓦礫を運ぶ。
大樹が出て来れるぐらいの空間はありそうだけど……。
「エル、ここにヴィエルジュを呼ぶの?」
「その予定」
「本当にここに来てくれるかな?ずれちゃったりしない?」
「大丈夫じゃないか?」
大丈夫かな。屋内だけど。
「心配しなくても、ヴィエルジュの力じゃ棺は壊れないよ」
心配してるのは、そこじゃないんだけど……。
私の声、ちゃんと届くのかな。
首に下げていた剣花の紋章を手に取る。
「ヴィエルジュ、聞こえる?ここに来てほしいの」
相変わらず、紋章の中央の宝石は不思議な光を放っている。
―お前は、契約の証を持っているだろう。
―その持ち主を守るのも私の役目だ。
これを持っていれば、困った時にヴィエルジュが助けてくれる。
だったら、これはエルが持っていた方が良いのかも。
エルはすぐに一人で行っちゃうし……。
「わっ」
急に足元が揺れて、肩を抱かれる。
「大丈夫か?」
「うん」
顔を上げると、大樹の中からヴィエルジュが出て来た。
良かった。ちゃんと来てくれた。
「あの男の気配はないようだが」
そうだ。あの人が来たら呼ぶ約束だったっけ。
「久しぶりだね、ヴィエルジュ」
「アイフェルか」
あれ?
「知り合いなの?」
『どっちもラングリオンの建国に関わってるじゃないか』
「そういうこと」
そっか。アイフェルは初代オルロワールと、ヴィエルジュは初代ラングリオン国王と契約してたっけ。
「リリーシア。何の用だ」
「エルを手伝って欲しいの」
エルの方を見ると、エルがヴィエルジュを見上げる。
「封印の棺を封印し直すから、運ぶのを手伝って欲しいんだ。場所は、この前呼び出したクエスタニアの森の中。頼めるか?」
「私からもお願いするよ。ヴィエルジュだって、この中身をあの男に渡したくないだろう」
クエスタニアの森の中って、ヘレンさんのところ?
「良いだろう」
そっか。
封印し直すには、魔法陣の近くに棺を持って行かなきゃいけないんだ。
「リリー、手伝って」
「うん」
エルと一緒に、斑の光を持つ封印の棺を持ち上げる。
軽い。
何も入ってないみたいに軽い。
中身は神の力だけだから?
エルと一緒に、洞の中に居るヴィエルジュの横に棺を置く。
「エル、一人で行くの?」
「そのつもりだけど……」
そうだと思った。
「なら、これを持って行って」
剣花の紋章をエルに渡す。
エルが手にとっても、紋章の光は消えずに灯ったまま。
やっぱり、エルが持っていても大丈夫みたいだ。
「だったら、これはリリーに返すよ」
エルが、ロザリーから借りた短刀を出す。
「そういう約束だっただろ?」
「うん」
覚えててくれたんだ。
「これも渡しておく」
エルが宝石を出す。
この、金色の輝きって……。
「月の精霊玉?」
でも、エルから貰ったのとは、ちょっと違う気がする。
「レイリスの?」
「違う。ルネっていう月の大精霊のだよ」
月の大精霊のルネ?
「ルネって……」
聞こうとしたけど、エルは私に背を向けて大樹の洞に入る。
「アイフェルは、どうやって移動するんだ?」
「目印はヘレンの家にあるから大丈夫だよ」
「ん」
エルがこちらを見る。
「リリー、すぐに戻るよ。いってきます」
「いってらっしゃい」
戻ってきたら聞いてみよう。




