07 あなたのことが理解できない
年が明けて、立秋の朔日。
今日は、国王陛下と皇太子殿下が、城の正面に見えるバルコニーから国民に向けて新年の挨拶を行う日だ。
シャルロさんの家はセントラルにあるから、帰りに聞いて行こうと思ったのだけど……。
「すごいね」
お城に全く近づけないぐらい人が溢れている。
「いつも、こんな感じよ」
「国王陛下とアレクシス様の御姿を見られる機会だからね」
って言っても、熱気と声援が激しくて、ここからじゃ姿も見えないし声も聞こえない。
ラングリオンの王族って、本当に愛されてるんだな。
「毎年、堀に落ちる人が居るってガラハドが言ってたわ」
「え?隊長さんは、イーストの警備をしてるんだよね?」
「いつも手伝いに行ってるんだよ」
確かに、これだけすごいなら手伝いが必要かもしれない。
新年だから、王都以外の人もたくさん来てるんだろうけど……。
「でも、国王陛下とアレクさんには、明日のパレードで会えるんじゃないの?」
明日は、メインストリートで王族のパレードが行われるはずだ。
「会えるとは限らないわ。どっちに行くかわからないんだもの」
「どういうこと?」
「パレードは城を出発した後、中央広場で三手に別れるんだ。去年は、アレクシス様がイーストストリート、国王陛下がウエストストリートを通られたね。ウエストに居たユベールが、国王陛下の御顔は見られたけど、アレクシス様の御顔を見られなかったって嘆いてたよ」
会いたい人に必ず会えるわけじゃないらしい。
「サウスストリートは?」
「南は、王国兵士が中心となってパレードをするんだよ。研究所の人たちも参加するから、毎回、面白い仕掛けがたくさんあるんだ。エンドの方まで来るし、こっちの方が楽しめるんじゃないかな」
「いつも南大門の前で、お菓子を配ってくれるのよ」
「中央の人たちは知らないと思うけどね」
エンドは貧困区だから、慈善活動の一環なのかもしれない。
「四日は、中央広場のステージで歌うから見に来てね」
「もちろん」
四日と五日は、中央広場にステージを作って、王都イースト交響楽団と王都ウエスト交響楽団が演奏合戦をするらしい。
礼拝堂に所属している合唱団も参加することになっていて、アリス礼拝堂のシルヴァンドル合唱団は、四日に歌うことが決まっている。
「キャロルの歌はカウントダウンで聞けなかったからね。楽しみにしてるよ」
「ふふふ。楽しみにしてて。でも、今日はお祭りに行きましょう。今ならきっと、空いてるわ」
「お祭りもやってるの?」
「中央広場を中心に、いつもより露店がたくさん並んでるんだよ。寄って行こう」
「うん」
年始はイベントが満載だ。
楽しみなことがたくさんある。
エル、早く帰ってこないかな。
※
家に帰って、お茶の準備をしていると、呼び鈴が鳴った。
「誰かしら」
「エルが帰って来たのかな」
「エルなら呼び鈴なんて鳴らさないと思うけど」
そうだよね。
じゃあ、誰だろう?
三人で迎えに出ると、大きな荷物を持った騎士が立っていた。
「お初にお目にかかります、リリーシア様。私は皇太子近衛騎士、銀朱のツァレンと申します」
騎士が、右腕を曲げて頭を下げる。
銀朱のツァレン。アレクさんの騎士だよね?
くすんだ赤い色のマントが垂れ下がる。二つ名の銀朱って、マントの色なのかな。
「はじめまして。リリーシアです」
「お会い出来て光栄です」
横で、キャロルが笑い出す。
「もう。似合わないわ、ツァレン」
ツァレンさんが柔らかく笑う。
「俺だって、敬語ぐらい使えるんだぜ。久しぶりだな。ルイス、キャロル」
「久しぶり」
「久しぶりね」
ルイスとキャロルと知り合いなんだ。
ってことは、エルとも知り合い?
「何しに来たの?」
「配達だ」
ツァレンさんが、衣装ケースを二つ出す。
「何?これ」
「誰から?」
「主君からに決まってるだろ」
「えっ?」
アレクさんから?
「置いて良いか?」
「うん。入って」
お店の中に入ったツァレンさんが、カウンターに衣装ケースを置く。
「開けてみな」
ルイスとキャロルが、衣装ケースを開く。
「黒い服?」
中から取り出した服をキャロルが広げる。
「わぁ、可愛い」
黒と白の生地だけで作られた、フリルがふんだんに使われた衣装。
形も装飾も、すごく可愛いけど……。
このサイズって、私の?
「ブーツも帽子も黒なの?」
キャロルが出した編上げのブーツも、小ぶりで黒のレースがついた帽子も、全部黒で統一されている。
「喪服だからな」
「えっ?」
「え?」
「喪服?」
どこが?
「ツァレン。どういうこと?」
「エルには、しばらく死んでもらうことになった。だから、リリーシアはしばらく喪服を着てくれよ」
「は?」
「えっ?」
「え?」
どういうこと?
「それから、これを渡すように言われてる」
ツァレンさんが私の手の上に置いたのは……。
「剣花の紋章……」
「大事なものだから失くさないでくれよ」
剣花の紋章は、王家の紋章。
王族の証。
「これ、誰のですか?」
「前の持ち主はエルだぜ」
やっぱり。
エルが一番大事にしてるもの。
いつも肌身離さず持っている、フラーダリーの形見。
どうして、これを私に?
喪服と、エルが一番大事にしているものを持って来るなんて。
これじゃあ、まるで、エルが……。
「エルは無事なの?」
「その質問が、嫁から出るなんて意外だな」
だって……。
「ルイスとキャロルは何も言わないぜ」
二人の顔を見る。
「大丈夫だよ」
「エルが死ぬわけないもの」
二人とも、エルを信じてるんだ。
……二人だけじゃない。マリーも、カミーユさんもシャルロさんも。誰も、エルのことを心配してなかった。
エルが死ぬわけないって、みんな信じてる。
でも。
どうして、死んだことにしなきゃいけないの。
「私は、無事な姿を見るまでは信じられないです」
だって、私が最後に見たのはドラゴンから落ちるエルだ。
「しょうがないなぁ……。良いかい。剣花の紋章は王家の紋章だ。紋章を見てみな。中央に赤い光が灯っているだろ?」
紋章を見ると、中央では赤い光が揺らめいている。
精霊玉に似てるかも。
「その紋章が中央に命を灯す限り。王家に忠誠を誓っている人間は、紋章の持ち主に逆らえない。エルが城に自由に出入り出来たのも、その紋章があったからなんだぜ」
じゃあ、この紋章があれば城に入れるってこと?
「エルは、お城に居るの?」
「答えられないな」
言ってることが違う。
王家に忠誠を誓っている人は逆らえないんじゃなかったの?
「私が紋章の正式な持ち主ではないから?」
「今の紋章の持ち主はリリーシアだ。でも、俺は皇太子殿下の近衛騎士。俺が忠誠を誓っているのは、アレクシス様ただ一人だ。紋章に忠誠を誓ってるわけじゃない。残念だったな」
近衛騎士は、主君の命令以外は受けないんだ。
「今度、ショコラティーヌを持って遊びに行っても良いですか?」
「おぉ。主君が喜びそうだ」
いつ行っても良いのかな。
「それじゃあ、俺はこの辺で」
「うん」
「エルによろしくね」
「あぁ。みんな元気にしてたって言っておくよ」
ツァレンさん……。
「ありがとう」
「じゃあな」
三人で、ツァレンさんを見送る。
アレクさんの近衛騎士がわざわざ来て、私たちの様子を伝えてくれるってことは。
エルは今、アレクさんと一緒に居るんだよね。
エル……。
どうして、死んだことにしなくちゃいけないんだろう。
なんで理由が言えないのかな。
もしかして、ドラゴンとの戦闘で大きな怪我をしてるとか?
「二人とも強いね。私は、エルが心配……」
ルイスとキャロルがくすくす笑う。
「リリーシア、これ見て気づかない?」
「?」
「この服、どう考えてもエルの趣味だわ」
「エルって、可愛いもの好きだから」
それは、なんとなくわかるけど……。
「きっと、リリーシアに着て欲しいんだよ」
「えっ。無理だよ。こんなの」
「だって、エルは死んだことになってるのよ?」
「未亡人のリリーシアが、いつも通りの姿で外に出るのはまずいんじゃないかな」
「未亡人っ?」
「ツァレンだって、この喪服を着るように言ってたじゃないか」
「これ、どう考えても喪服じゃないよね?」
いくら黒と白しか使ってないからって、こんなに装飾の多いデザインの衣装が喪服な訳がない。
「ほら、着てみましょうよ」
キャロルがそう言って、衣装を私に合わせる。
エルが死んだことになってるから、私は、この服を着なくちゃいけない?
……そんな話しだったっけ?
「リリーにぴったりよ。どれにする?」
待って。整理できない。
「もう少し、心の準備をさせて」
「心の準備?」
「もうっ。リリーったら、本当に可愛い服着てくれないんだから!」
可愛い服なんて、私には似合わない。
「スカートは苦手なの」
「なら、私の部屋に運んでおいて良い?」
キャロルの部屋に?
だめ。
この前、着せ替えられたばかりだ。
「大丈夫。ちゃんと、エルの部屋に持って行くから」
急いで服を全部詰め直し、衣装ケースをエルの部屋に持って行く。
どうしよう。
どうして、こんなものが届くの?
この服を選んだのは、本当にエル?
エルは無事なんだよね?
無事だけど死んだことにしなきゃいけない?
私は、この服を着なくちゃ外に出られない?
「どうしよう」
衣装ケースから服を出す。
レースやリボンがたくさんついていて、パニエもたくさん入っていて。
ものすごく、可愛いデザインなのだけど。
……無理。
こんなの着て外に出るなんて。恥ずかしい。絶対できない。
それに、こんなデザインの服を着てる人、今まで見たこともない。
誰が作ったの?これ。
エルじゃないよね?
エルって何でもできるから、想像がつかない。
エル……。
一体、何やってるんだろう。
お城に行けばわかるのかな。
でも、お城に行く為には……。外に出るには、この服を着なきゃいけない。
どう、しよう。
どうすれば良いの。
エルの、ばか。




