紅蓮のフェイカー
紅蓮のフェイカー
――あれ・・・零だよな・・・――
思考が遅くなった奏とはうらはらに、プキは迅速に駆け寄っていく。
「れ!零さんっ!大丈夫ですか!?」
プキは涙で顔がめちゃくちゃになった茅乃に聞く。
「れぃが死んじゃう・・・・れぃが死んじゃう・・・」
必死で血をとめようとする茅乃にプキは厳しく当たる。
「茅乃さん!あなたは医療系の神者なんですよ!そんなにとりみだしてどうするんですか!?」
「れぃぃぃ・・・・・・」
「ちゃんと治療してあげてください!茅乃さん!」
「・・死ぬなよぅぅ・・・・」
「茅乃っ!」
プキは大声で怒鳴り、茅乃の柔らかいホッペを両手でツネった。ムギュっとした顔をプキは自分に向けた。
「いいですか!?茅乃さんがちゃんと治療すれば必ず助かります!
零さんが大切なら泣かずに治療してあげて下さい」
小さい子、まぁ確かに小さい子だが。それを諭す様な厳しくも優しい笑顔で茅乃を説得した。
「・・・・わ・・分かったのじゃ・・・・ヒグッ」
半べそをかきながら茅乃は能力での治療?のような魔法を始めた。その姿を見てニッとした顔をすると、プキはコンテナの上を見た。
零が追っていて戦ったと思われる男。そいつは高くからプキ達を見下ろしている。
「あなたですか・・・」
プキは朧桜を再び鞘から抜く。
「零君のお仲間かな?少し遅かったね。最高のショーでしたよ?ふふ」
アグニはコンテナから飛び降りプキの方に歩み寄る。
「許しません・・」
プキは朧桜を胸元に構えた。刀身がキラリと鈍く薄紅色に輝く。
奏は怖かったが零の状態を見て、違う意味の怖さともう一つ。心の中から湧き上がる怒りを感じた。そして自然と小型短剣の刀身を出していた。
「ふむ・・・君しか戦えそうにない・・・かな?」
アグニはそう言うとレイピアを胸の前に直立で構え、炎を纏わせた。
「まぁいいか・・・女の子を殺す方がおもしろいからね。楽しみだよ?」
「その言い方、今まで何人も殺したように聞こえますけど!」
ヒヤリと怒りを漂わせながらプキが言う。
「ふふ。僕は別に数に美徳は感じない。気にしたことはなかったので何人かは分からないな。でも・・・・できればもう少し若い方が好みかな?」
「・・く・・・最低な人ですね」
プキは刀身に水の力を付与した。神秘的に青く輝きながら、刀身の周りを水が循環し続けている。
!!?
「はは・・・水・・・ですか。ふふ、あなたも神者とかいう聖者気取りでしたか。流石は零君の仲間だ。ですが水とは・・・少し相性が悪いですね・・・・でも・・・」
レイピアの炎が勢いを増し、細剣が見えないくらいに燃え盛った。
「それはそれで楽しめそうだよ!」
言葉と共に、アグニは空に飛び上がる。プキの頭めがけて上段から振り下ろした。
キィン!空からの全体重をかけた剣をプキは刃先に片手を添え、両手で受け止める。
炎と水。重なった二つの剣からは激しく水蒸気が噴射する。
「ほぅ」
アグニはニヤリと笑い得意の連続攻撃を繰り出す。常人の目には視認することさえできぬ速さで2人は剣を交える。交わる度に水蒸気が出て、二人の間は濃霧がでているような程の濃さになってくる。プキは刀を捌きながら左の瞳をブルーに輝かせた。
ピキキっ・・・と音を出し、空気中の水蒸気が氷の造剣へと瞬時に変わる。
「あぁそうでした。確か聖者さんは魔法陣いらずでした・・・ねっ!」
アグニが右足をタップした所に魔法陣が浮かび上がる。靴より少し大きい魔法陣だ。そしてすり足の様に、自分の周りに円を描いた。
カッ!と足を這わせた円上に魔法陣が6個浮かび上がる。
「六つ首、火天回廊」
ぼそっと呟いた声を合図に炎が上がる。高温の火柱が6つアグニの周りに駆け上がった。
プキはすぐさま回避行動をとり、刀を構え直した。
火柱のせいで氷の剣は跡形もなく溶けてなくなってしまっている。
「氷はあなたと相性が良くないみたいですね!」
プキは再び刀に水を流し込みだす。
「水を使われては僕が不利だけどね。でも驚いたよ。女の子でもこんな戦いができるなん
て・・・今までの子たちももう少し足掻けば笑えたのにね・・・ふふふ」
ゆらゆらと火の粉のような光になり消えていく火柱の中、緩んだ口で加えて言う。
「逃げ惑い恐怖に歪む子も好きだけど・・・君もいい、いいと思いますよ?ふふ」
「最低ですね・・・気持ち悪い人に好かれても迷惑なだけです。零さんをあんなにしたあなたは絶対に許しません!」
「ふふ。許さなくてもいいよ。君が向かってきてくれれば僕は楽しいし・・・
それに、零君には失望しているよ。彼の憎しみのこもった目が好きだったけど、すぐに優しい目に戻る。多分、そこにいる幼女のせいなのかな?挙句最後はその子を庇って倒れるなんて・・・とても・・・・残念だ・・・」
ギラッと睨むアグニの目にプキは一瞬怖じたが言い返す。
「あなたはおかしいです!どうして簡単に命を奪うんですか!?」
「楽しいからだよ」
即答だ。にやけた顔でアグニは即答した。
「な・・・・楽しい?・・・ですか!?」
「そうですよ?力があれば誰でもそうなると思わないかい?考えてもみてくれ。
人は古来より動物を狩っている。それは力なき動物を捕食する行動・・・
そしてその人間の中でも僕は一つ飛び出てしまった。そうなれば。他の人間は僕より下等な種族に成り下がってしまう。なら簡単なことですよね?狩る側の立場のあなたなら分かる事です・・・・狩るんですよ・・・弱者を」
淡々とおかしな御託を並べ続けるアグニにプキはそれでも言い返す。
「力なき者を守ったりすることもできるはずです!
力があるからって全員があなたみたいにはなりません!」
「・・・・・・・君たち神者って生き物は皆そんなに聖者みたいなことばかり言うのかい?
・・・くだらない・・・・本当に残念な人達の集まりなんですね・・・」
アグニはそう言うと肩を落とし、右手に持っているレイピアの先を地面につけた。
その地面から魔法陣が浮かびだし、なにか技を出そうとした時だった。
ドン!
アグニとプキの対峙しているところから数メートル離れた場所で音がした。
――ゆる・・・さない・・・――
奏だ。自分の前方に短剣を構え、倒れそうなほどの前のめりでアグニに迫っていく。
――楽しいから人を殺すなんて、許さない!命をなんだと思っているっ!――
走り寄る奏の目は綺麗なブルーなのだが、理性をなくした獣のような一面も見える。
「ふ・・・君も戦えたの
キィン!
アグニの声に聞く耳も持たず斬りかかった。
「くっ!」
奏はがむしゃらに短剣を振るう。上、下、右、左。
規則性の全くない連続攻撃、プキよりは速度が劣るものの奇襲攻撃にアグニはひるむ。
「奏さん!?」
突然の事態にプキは慌てて奏に呼びかけるが全く反応しない。奏は完全に周りが見えていなかった。
「お前みたいなやつがいるから!」
一見押しているようには見えたがプキにはわかっていた。奏の身体の至る所に切り傷が見えてきている。アグニは剣をさばきながら奏に軽症程度の切り傷を与えている。遊んでいるかのように。
「奏さん!」
プキは朧桜を胸の前に横に構えた。そして左手の中指と人差し指を刀身の鍔から切っ先まで、這わす様に撫でた。それに遅れて鍔から切っ先までが青白く輝きを放つ。
そして刀を地面に力強く突き立てた。
「殺してやる」
奏は短剣で渾身の突きをアグニに放つ。
「浅はかな子供だね、やっぱり子供は0点・・・だよ」
最初は焦ったが、直ぐに奏の動きを見切っていたアグニは突きを軽くさばいた。
下段から手首のスナップを利かして短剣を上にかち上げる。上がったレイピアを下に振り戻すと同時に短剣を持っている手首付近の柄を正確に弾き落とした。
「あっ」
奏は一瞬で我に返った。
――くっ!殺されるっ!――
その瞬間。
ドバァァァ!
奏とアグニの間の地面から高圧の水流が吹き出した。アグニの方に傾いた状態で噴射する水は切れ味の攻撃判定を持っている。反応したアグニはすぐさまバックステップで距離をとった。
「プキ!」
正常に戻り、元の澄んだ瞳に戻った奏はプキを見た。プキは少し怒った顔で奏を睨む。
「奏さん!一体どうしたんですか!危ないことはしないで下さい!」
言い終わる前にプキはアグニに向かって走り出す。奏の側面を通り過ぎる際に奏に叫ぶ。
「下がっていてください!守れませんっ!」
フワッ
いたずらに通りすぎる風で奏の髪がなびく。
――くそ・・・俺はまた・・・・――
傷ついた自分自身の体を見て奏は驚いた。
――こんなになっていることに気づかないなんて・・・・俺は本当にどうしたんだ――
小さな切り傷の痛みよりも、奏は急に胸の辺りが痛くなった。
【守れません】
その言葉が脳内をめぐる。あぁ・・・本当に羆の言う通りだ。足でまといにしかなっていない・・・
胸付近の服を右手でひねり潰すようにグシャっと掴んだ。
「プキ・・・・負けるな・・・」
自分の無力を悟りその場に立ち尽くした。奏はただただプキの戦いを見ることしかできなかった。
「一首、炎閃」
アグニは炎の槍を迫ってくるプキに投げつける。さきほど零を貫いた槍だ。
高速で迫りながらの高速の投擲物。プキの槍が飛んでくる体感速度はありえない速度だったが、冷静な状態で見極めれば神者に見えない訳はない。躱すと後ろに被害が出るのも簡単に予測できるため、プキは刀を握っている右手に力を加え、刀身に水流を。そして左から右へと朧桜でなぎ払う。ジャストミートで炎の槍を捉え、粉砕した。
「ふっ、良いね」
アグニはレイピアを掲げ、地面を蹴る。数十秒の剣の捌き合いが始まる。
プキの刀のひと振りひと振りは軽く見えて重い。しかしアグニはレイピアで軌道を受け流すように精密に弾いていた。セオリー通りに行くなら受け流したあとはカウンターで決着が着くのだが、そこはプキの身体能力の高さで隙をなくしている。
途中、プキは右に弾き流された刀をそのまま体ごと一回転して威力を上げ、再び左方向から強力な一撃を繰り出す。回転の最中水流の効果も強めていた。
キィン!金属音が鳴り響く。レイピアを弾き飛ばすまではいかなかったが大きな隙ができた。
プキはもう一回転を加え、右足の回転蹴りでアグニの右脇腹を打ち抜いた。
「くっ」
苦痛を浮かべたアグニは数メートル先のフェンスに叩き付けられる。
先の戦いでの傷もあり、アグニは口から血を流す。
「ふふ、強いね・・・君も。だが甘い。やはり聖者のつもりかな。
追い討ち、汚い手は使わないんですね?今のも剣での攻撃なら今頃僕は真っ二つなのに」
口に手を当て流れ出た血を拭き取りながらプキを見る。
「すみませんが?あなたに手加減なんてしてませんよ」
氷の目。まさにそんな感じの目だ。プキはプキらしくない冷ややかな眼光でアグニを睨んだ。
!!!!??
アグニが気づいた。口からの血は蹴りだけではない。背中に三本の氷の剣が刺さっていた。
「いつの間に・・・」
驚きながらも不気味に笑いを見せ、プキを嬉しそうに見つめる。
「ふふ・・・素晴らしい・・」
ごほっと多量の血を吐きつつも炎を纏い、背中の剣を溶かした。
「しかしこの流血量は少しまずいですね、死んでしまってはこの先あなた達と遊べません」
そう言うとアグニはレイピアを胸の前に横向きに構え、瞳を閉じた。
「百首、嘆きの壁」
カッ!とアグニの前に横数十メートルに渡って魔法陣が無数に輝きだした。
「何をする気ですか!」
アグニはニコッとプキの言葉に答えた。
「大人は引き際が肝心ですからね・・・ではまた」
ドドドドドドォーン!!
全ての魔法陣から炎が噴き上げ、数十メートルの炎の壁が姿を現した。うっすらとアグニが歩いて去っていくのが確認できる。
「・・・くっ・・・」
だが去る者追わず。プキは零の安否が気になり零の下に駆け寄る。
「茅乃さん!零さんは!?」
茅乃はさっきの半べそな女の子ではなくなっていた。
「だ、大丈夫なのじゃ。細胞の修復もできたのじゃ」
ひょろひょろ~っとプキはその場に崩れ落ちた。張り詰めた緊張感から開放されたからだ。
「は~~~~。良かったです・・・・」
そこに奏も後ろめたそうにゆっくりと歩いてくる。多少ごもりながらも口を開く。
「プキ・・・・悪かった・・・・」
「いえ大丈夫です。奏さんも無事で何よりでした」
ニコッと笑顔で答えるプキの優しさが今日は痛い。でも敵が去った安心感で奏もその場に座り込んだ。
「零、生きているんだよな?」
「おう大丈夫じゃ。うちが一生懸命治療したのじゃ」
「そうか・・・」
今回のこの戦いは敗北に近い結果だった。
零は瀕死の重傷。奏とプキも怪我したし、何より敵を倒すことすらできていない。
2人に逃げられたのだ。でも奏にとって、心の収穫は大きなものだった。
もちろん。本部に戻ったあと奏は羆にこっぴどく怒られた。