明るい闇夜
明るい闇夜
あれから三日が過ぎた木曜日の放課後。
近衛学園 校門前。
「おい・・・あんまりひっつくな」
「え~つれないなぁかなでちゃん♥でもそんなところも・・・か♥わ♥い♥い♥」
麗奈は奏の腕に巨乳を擦り付けながら奏のシャツのネクタイを外そうとする。
「ややややめろ!」
必死で腕を振り払おうとするがぴっとりくっついて離れない。
「校門だぞここは!」
流石に奏も頬を赤らめる。
「校門?そんなの何も関係ないわ!私はかなでちゃんと交われるなら何万人の前でも恥じないわ♥!」
今この場に少なくとも下校する生徒が何十人かはいる。その場で恥じる事なく大声でこんな事を叫べる麗奈は心がダイヤモンドの密度と強度を持っているのだろう。
「お~い、うろかみ~麗奈~帰らないのか~」
校門を出た所で蓮が呼んでいる。あいつはなんか常に前にいるな・・・
「あぁ帰るよ」
奏がそそくさと蓮の所に逃げると麗奈はとぼとぼついてきた。
「・・・・」
しばらく歩き、桜の木の通り付近で前を歩く蓮が立ち止まった。
「どうかしたのか?」
振り返る蓮の目が一瞬だけ鋭く感じられた。まるで獣のような鋭い眼光だ。だが見えたのはほんの瞬きだけ。直ぐにいつもの調子に戻った。
「いやなんでも。まぁ俺こっちだからまた明日な」
――まぁいつもの調子か――
「あっ♥私もここね♥またね、かなでちゃん♥んまっ♥」
豪快な投げキッスで麗奈とも別れ、家へと帰った。
「ただいま・・・・・」
あれ?今日はいつもみたいにバタバタ来ないなあいつ。リビングに行くとプキが通信機器でクリスと会話していた。2人はいつになく真面目な顔をしている。
「・・・定時連絡か?」
「あ!?奏さんおかえりなさい!すみませんが少しお時間いいですか?」
奏はプキのせかせかとした雰囲気を察した。
「あぁ」
カバンを適当に下ろし、画面を覗くとクリスが嬉しそうに挨拶をしてくる。
「まぁ~奏さん~お久しぶりです~。お変わりないですか~?」
「あ・・・あぁ、何かあったのか?」
「そうなんです~。少し問題が発生しました。自然ペアさんと連絡がとれません。
日曜日にここに来てくれたんですけど・・・月曜日にここをでてから連絡が取れないんです~」
「あいつらに何かあったのか?」
「分かりません。ロンドン支部の任務の引き継ぎをしてるとしか言ってなくて。
あまり詳しく説明されなかったんです」
――能力値異常者とその協力者のことだよな
なんであいつは本部に言わなかったんだ・・・――
「ロンドン支部だっけ?そこに任務内容とか聞いたらどうなんだ?」
「それはもうレヴィちゃんに聞いてもらいました~。でも任務内容は異常者の拘束だったらしいです」
「あ!奏さんが言ってたやつですね?」
「あぁ、でもそれは能力値異常者とそれの協力者が日本に滞在しているってことだったはずだが・・・」
「なんだと!?」
モニターが軋む程の大声で羆が割り込んできた。
「クリス!あの馬鹿、また一人で行ったのかもしれんぞ!?」
「まぁ~、それは危ないことです。レヴィちゃんっ!」
クリスが珍しく張った声をだした。画面の見えないところに行ってしまい、あちらこちらにテキパキと指示を出している様だ。
「プキ!虚神!後でまた連絡をする。少し待機しておいてくれ!」
プツッ。緊迫した空気が2人を包み込んだ。だが奏には一体何のことだかさっぱりだ。
ローゼンクロイツはまだ設立2年の新設組織。確立されきっていない連携情報網のミスが今回の問題の重要ポイントになっていたのか。もしくは零の独断行動のせいだろう。
「零ってやつは問題児なのか?」
ソファーに腰を下ろし、少し困惑した目でプキを見た。
「どうなんでしょう。私は本部勤務であまりお話はしてないんですけど・・・
通信などで羆さんと討論してるのはよく見ましたね」
「あいつがねぇ・・・・」
頭の良い奏の脳裏にふと零との対話場面がよぎった。
・・・・・・・・・・・・・・・
――あいつ、あの時俺たちに協力してもらおうとして来たのか?・・・――
奏はソファーの上で小さく三角座りをして頭を悩ませた。
――だけどそれなら何故嘘をついて帰って、行方をくらませたんだ?・・・――
「奏さん?ご飯にしますか?」
シビアな雰囲気だったのにちゃっかりと夕飯を並べている。
切り替えの速さは並々ならぬやつだ・・・
「悪いな」
でもお腹が減っていた奏はすんなりと応じる。
「御飯食べて待ってましょうよ♪何があるのか分からないんですから体力はつけておかないと!」
まぁこいつなりに心配はしているみたいだ。二人は僅かな緊張感の中、御飯を食べた。
時刻はPM9:27
「連絡きませんね~?」
「そうだな」
神妙な顔つきでソファーで三角座りをする奏。
「あ!もしですが自然ペアの捜索任務がきたりしたら奏さんは待機しておいて下さいね!?」
「はっ?」
「だって奏さんはまだ対異常者の戦闘はできませんよね?怪我でもしたら大変です!」
プキの言葉は奏の意味のない男のプライドに触る。
「ふざけんな。俺だって戦える。それに顔見知りに何かあっても後味悪いしな」
奏自身も何を言ってるんだか分からない。なんかこれじゃ戦いたいみたいだ。ろくにお歯黒とも戦えなかったのに・・・
プライドで行動するなんて、見た目は美少女の癖に中身は青臭い男だと痛感する。
「そ、そうですか。分かりました!でもあまり無理はしないで下さいね!?」
「・・・・・あぁ・・・」
時刻PM10:21
モニターに緊急連絡の信号音が忙しく鳴りだした。
ビビビビビッ
「きました!」
すぐさまプキがモニターにかけよる。
「プキか!?」
大声と巨漢。羆だ。奏も画面を覗く。
「分かったんですか!?」
「あぁ!やはりあいつは逃がしたターゲットを捉える為に一人で向かったらしい!
しかも現在ターゲットと接触中みたいだ!」
「場所はどこです!?」
「お前らのいる所から南東37キロの月見埠頭だ!」
「良かった!でも少し遠いですね!分かりました。すぐに向かいます!」
「戦闘が起こっているみたいだ!武器はちゃんと持っていけ!それと時間短縮だ!転送魔道士をそこに送ってる!そいつらに飛ばしてもらえ!」
「分かりました!」
焦る2人の表情。ただ事ではない雰囲気がひしひしと奏に伝わる。
「奏!とりあえずお前は待機だ!」
「・・・・俺も行く」
「はぁ!?馬鹿が!今のお前じゃ足でまといだ!状況を考えろ!」
羆が怒鳴る。
「嫌だ。俺も戦う」
駄々をこねる子供のように奏は食い下がる。
「だぁっぁぁぁもぅ!時間がない!プキ!!こいつのお守りもお前の任務だ!」
「はい!」
プツッ
モニターが切れるやいなや、プキはリビングの片隅に立てかけてあった朧桜を手にとった。
「行きますよ!奏さん!」
「あぁ」
奏も急いで小さな短剣を身につけた。玄関を開けると前に神社の境内にいた様な男達が4人待機していた。4人とも慌てて来たのか呼吸が荒い。
「さぁ!お二人!早くこちらに!」
「はいっ!」
すかさず呪文を唱えだした。それと同時に地面に紫のエフェクトで六芒星が浮かび上がる。
キィーーーン。と六芒星が輝きを増幅させ光の柱が形成されていく。
「相互用の魔法陣が向こうにないので大まかな転送しかできません。戦地に直接。なんてこともありえますのでご覚悟を」
1人の神主が申し訳なさそうに言った。
「分かっています。お心遣いありがとうございます!」
プキは勇ましい顔でその魔道士を気遣った。そしてようやく光の柱が拡大した。
「ご武運を・・・」
「はい!」
プキはニコリと魔道士に笑ってみせた。
パァァァン
光の粒子と共に2人は拡散した。空へと消えゆく粒子はまるで蛍のように儚く消えていった。
目を開けるとそこは広い駐車場みたいなところだった。
感覚的に月見埠頭から2キロ程のところだろう。海が近いように思える。
「良かった。まだ近いですね!」
「そうだな」
その時。
ドォォォン!豪快な音と共に埠頭付近から火柱が燃え上がった。
真っ暗な暗闇なのに2キロ先のここまで夕焼けのように照らされた。
「はっ?なんだ今のは?」
「まずいですね・・・今のは何かの爆発物が爆発したってことだけではないみたいです」
「どういうことだ?」
「確信はないのですが・・・とりあえず行きましょう!」
言われるがまま奏はプキについていく。異常者である二人は2キロの距離をぐんぐん縮めて行く。
「零!?」
奏は埠頭にいる零を確認した。大きな剣と拳銃を持って戦っている。相手は持っている細剣に常に炎のような光を纏っている。
「おいっ!零だ」
奏は走りながら言うがプキはピタッと脚を止め立ち止まった。奏も合わせて急ブレーキをかける。
「どうしたっ?」
少し額に汗をにじませながらプキに迫る。するとプキはゆっくりと愛刀、朧桜を鞘から引き抜いた。奏は驚いたがプキの目線を辿ると納得がいった。誰かいる・・・
闇の中、外灯の光に照らされうっすらとシルエットが浮かび上がる。
銀色の長い髪、くすんだ禍々しい赤目。不敵に笑う表情はどこかネジが外れた感じだ。
左目の下には何かのタトゥーが刻まれている。
そいつが明らかに殺気を含んでこっちを見ている。
「アグニっちは今遊んでんだよぉぉ?・・・」
男はどこかカスレた声を出した。そして見下ろすような姿勢を取り、凍った瞳を見せる。
「消えてくんねぇかなぁぁぁ?ははっ!」
そして突然、隠していた長い槍のようなものを振りかざす。
ガキィィン!上段からの単純な攻撃を、プキは朧桜で受け止めた。
しかし、男はその瞬間に前に踏み込み、がら空きのプキの腹部を目いっぱい蹴り込んだ。
「うっっ!」
プキは苦痛の声とともに数メートル後ろまで吹き飛ばされ、駐車してあった車に叩きつけられた。そしてプキが起きあがる前に男は更に追い討ちをかける。
槍の柄を後方に構え、突き出す姿勢で間合いを詰める。
「もういっちょぉぉ!」
ドォン!車がまるで脆い構造物のように激しく砕け飛んだ。明らかに異常な破壊力だ。
「お・・おい!?プキ!」
何も出来ず立ち尽くす奏は震えながらもプキを呼ぶ。
舞い上がった土煙から、微かに青白い光が垣間見えた。あの光はプキだ。
「あぁぁ?」
男が奏に反応しこっちを向いた時、プキの行動は早かった。男の懐に移動し力強く空へ蹴り上げた。同時に青く光る指先を振りかざす。
キィーン、と空に上がった男の周りに数十本の氷の剣を造形する。
――あれは、お歯黒の時の技か――
そう思い、奏はこの男に対するプキの勝利を思い描いた。
「なんだこれはぁ?」
空中で余裕な表情を見せ、氷の剣をあたかも見物しているかのように見ている。
「これで終わりです!」
プキは手を振りかざすモーションを見せた。その手を青の軌跡が辿る。
「つれないこと言うなよぉぉ」
男は不気味に表情を引きつらせ、槍を力強く握り直した。何かする気だろうがもう遅いはずだ。
ブゥウン!男が満月を描くように自分の周りに槍を振り回した、激しい音が闇の空を狩る。その瞬間。
パリィーン!数十本あったはずの氷の剣がすべて砕けた。
男の周りを囲むように砕けた氷が外灯などの光を浴びて妖美な輝きを醸し出す。
重力の力で地面に舞い降りる様は美しくも感じられる程だった。
「ははっ!まだ終わらねぇぇよなぁぁ!」
男が狂った形相でプキへと猛進する、もう奏の存在など眼中にない。
キィン!キィン!!激しい斬撃の嵐をプキはどうにかすべて受けきっている。
時折飛び散る火花の量が一撃一撃の重さを物語っているように思える。
――・・こ・・・怖い・・・――
訓練ではない本当の実践の凄まじさに奏は一つも動くことができなかった。持ち合わせた小型の短剣は刀身すら出せていない。こうしている間にも零もプキも命のやり取りをしているのに・・・奏は戦いに対する恐怖と非力な自分の意思を妬む感情との葛藤の中にいた。
ドオォォン!
爆音と共に男が車に叩きつけられた。
「がはっ」
少量の血を吐き、全身が車にめり込んでいる。
奏は立ち尽くし、男にヒタヒタと歩み寄るプキを凝視するしかできない。
「あなたは何者ですか?手合わせした感覚、異常者と思いますけど?」
朧桜の切っ先を男の喉元に構える。加えて氷の剣を数本男の周りに漂わせている。
男は剣先をないに等しい感覚で恐れず口を開く。
「強いなお前ぇ?クク。俺を殺したいかぁ?」
爬虫類の様な尖った舌を出しながら眼球を見開く。
――なんだあいつは。刀が怖くないのか?――
奏がそう思った時、プキは左手の人差し指を折り曲げた。一つの氷剣が素早く反応し、男の首付近に深く刺さった。
「時間がありません!早く答えてください!」
プキは形相を怖めて声を張る。
「・・・・・・・・」
男はその言葉にイラっときた様子を見せたが、すぐにシラケた顔をした。
「・・ちっ・・つまらないなぁ・・・」
すると男は首の傍に刺さっている氷剣に自ら首をこすり当てだした。
切れ味が良いのもあるが、あまりに躊躇なくこするため大量の血が吹き出してくる。
「な!・・何してるんですか!?」
動揺し切っ先を下に向けた一瞬の隙を男は見逃さない。
全身に力を込め、鈍い音を出しながら車にめり込んだ体を引きずり出した。
「あっ!」
プキの反応は一瞬遅れ、氷剣を近距離で突進させたが男は右に倒れるように刃を躱す。それと同時に反対側から男の足が円を描くようにプキを襲う。
「きゃっ!」
無防備な方向からの攻撃にプキは吹き飛ばされた。
「くそっ!」
奏は勇気を振り絞り行動に移ろうと、とうとう小型のナイフを装備した。しかし男は予想外の行動にでる。
「今日はつまらないなぁ・・・やめだぁ・・・」
首から流れ出す血液を左手の平で抑えながら埠頭と反対方向に歩き出す。
――なんだあいつは?どうするつもりだ――
「また遊ぼうぜぇ。氷の女ぁぁ?」
さっきとは違い落ち着いた目でプキに言うと、落ちていた槍を手にとり暗闇へと消えて
行った。去っていく男が見えなくなるまで奏は目を離せなかった。
・・・・・・はっ
男の姿が見えなくなり、奏は我に返る。
「おい!」
急いでプキに歩み寄るが、プキにはあまり大事がなかったみたいだ。
「大丈夫です!それより奏さんはお怪我ありませんか!?」
奏を気遣うプキには無数のカスリ傷がついている。
――な・・なんだよ・・・俺・・・無茶苦茶カッコ悪いじゃねぇか・・・
守られて。一つも動けなくて・・・・怪我してる女の子に気遣われて・・・・・――
奏は無性に腹が立った。そして苦しくなった。いきがって出てきたのに何の役にも立てていない自分が情けない。ほんの一間の呼吸のあと、歯に力を込めながらプキに言う、
「・・・・ごめん・・・」
驚いた顔でプキが揺らぐ、
「ど!どこかお怪我でもしましたか!??」
――あぁ~そうじゃない・・・そ~じゃない・・・――
と思ったがそんな暇もない。
「いや・・大丈夫だ。零を助けよう」
こんな時でもボケているプキの行動に微量のリラックス効果があったのか奏の肩の力はすこし楽になった。震えも収まってきたようだ。
「はい!急ぎましょう!」
2人は炎の上がっている方に向かった。
――い・・・今なら少しは役に立てるかもしれない・・・――
そんな事を思いながら最高速度で目的地に着いた時、その状況を見て奏の頭の中は空になった。
うねりをあげて燃え盛る埠頭。
大きなコンテナの上には足を組み、太ももに肘を付き、手のひらに顔を乗せて下を覗く男がいる。零ではない。そしてその下からは何か声がする。何かではない、本当は聞こえている。だが奏の聴覚がその声を嫌がっている。だが視覚からの情報は嫌という程入ってくる。
・・・・・・・・・・・
零だ。
しかし横たわっている。その横には茅乃が伏せって零に呼びかけている。
聴覚を遮断しているつもりだが、視覚だけで状況が読み取れる。
ドク・・・ドク・・ドク・・・
奏の鼓動が勢いを増して早くなっていった・・・・・
PM9:56
月見埠頭 船着場
「鬼ごっこは終わりにしようか?」
愛剣と愛銃を両手に零が言う。
・・・・・・・・・・・・
「もぅ終わりにするのかい?君と遊ぶのは楽しいのに」
髪の毛は赤髪オールバック。印象的なのは短い眉毛、純白のスーツを纏い、黒いシャツを中に着ている。その男が紳士的な物腰で答えた。
「俺は楽しくないからなぁ~。早く終わらせたい訳よ」
「そうかい。君を楽しめられてなかったとは、申し訳ない。僕の実力不足だった訳だね?」
「なんでもいいさ。とにかく・・・早く片付けたいんだよ」
零は武器を構え、踏み込む姿勢を取る。
零の戦闘スタイルは独特で、大剣を片手で軽々と振り回し大ダメージを与えるが、大振りの隙を狙われた際は拳銃で威嚇する。一応本人曰く隙がないスタイルみたいだ。
ジリ・・・零がつま先に力を込める。
「そういえば?ロンドンにいた時の緑髪の幼女はどうしたんだい?」
「今日はお留守番だ」
紳士は戦う素振りを見せない。会話を楽しんでいるようにも見える。
「前回はあの子のおかげで逃げられたようなものだからお礼を言いたかったのに、くく」
微笑を浮かべ、意地悪な表情で零を煽る。
「そりゃ残念。そういやあんたの仲間も見かけないじゃん」
心が揺れたのを悟られない様に平然とした顔で答える。
「彼は仲間というのかな?ただあの時利害が一致しただけだよ。今ここにはいないよ」
紳士は身体の後ろで手を組み、ゆっくりと零と平行線上に歩きながら言う顔は余裕なオーラが漂う。
「そっか、まぁあんまりあんたと会話を楽しむ気もないんだよね」
仲間の存在を聞いたのは確認だ。嘘か誠か知らないが、いないかも知れないでも十分だ。タイマンなら勝機がある。零は攻撃を仕掛ける。
「いくぞ」
ググ!地面がバネの様に弾み、零の踏み込みを補助し速度を増加させる。
零の大地の神者の能力の一つ、大地または物体の性質変化だ。
ドォン!反動とともに超加速。紳士に詰め寄りながらの大剣のひと振り。中段、左から右への水平切り。加速した速度と威力の高い大剣が融合した絶大な一撃。
キャァン!
紳士はその一撃を細身のレイピアで下からカチ上げた。ぐっ。と表情をすばめた零に隙ができるがそこは左手の拳銃がある。ダダダンと3発の銃弾を放ち、バックステップで距離をとった。
「相変わらずひと振りが重いね」
胸の前に直立で構えたレイピアには延々と炎がまとわされている。高熱の上、刀身にキズが残らない。折れそうなら柔らかく、キズが付いたら熱して処理をする器用な能力。
そう。彼は炎を扱う能力値異常者だ。つまりは火炎の神者かも知れないのだ。
ダダダダダダダン!今度は7発の銃弾を放つ。
しかし見えている。炎のレイピアを高速で振り捌き、ひとつ残らず弾き飛ばす。だがそれは常識だ。今の攻撃は僅かな隙を誘う付箋。零は高くへと飛び上がり上からの壮絶な振り下ろしを見舞う。紳士はレイピアを一瞬かざそうとするが、剣の重さを見切り身体を逸らす。
ドォォン!一撃で大地が割れる。性質変化で剣の重量も増加させていた。あまりの衝撃に飛び散る石の礫に紳士が怯んだ。零はそこに4発の銃弾を打ち込んだ。
「ぐっ」
3発は弾かれたが、石の死角からの1発が左脇腹にヒットした。嬉しい誤算だ。苦痛で屈んだ紳士に大剣で上下左右からの乱撃を浴びせる。紳士は口から一筋の血を流しながらもすべてを受けきっている。だが傷口が痛むのか、動きが時折鈍くなる時がある。
零はその僅かなタイミングに2発の銃弾を打ち込んだ。
「っ!」
多少冷静味を欠いた紳士は表情を曇らせる。
レイピアを持っていない左手を、瞬時に右上から左下と、斜めに走らせた。
掌から燃えたける炎を召喚し妖艶な炎の盾を創りだす。手の甲には魔法陣が浮かんでいる。
スッ・・・・と鉛玉が突き抜けた先に紳士の姿はない。盾というよりは囮の役割だ。零はすぐさま右方向を視覚する。
「動きが悪いんじゃない?」
鋭い眼光で見つめ、中距離の間合いをとっている紳士に言う。
「ははっ、申し訳ない。加減をしているつもりはないんですけどね?」
紳士はそう言うと脇腹の銃傷に左手で触れた。
ジュウウゥゥ。高温で傷口を焼き、流血を食い止めている。穏やかな表情に装ってはいるが、額には汗が滲み出ている。だが零に治療を待つ義理はない。
ダン ダダン ダダン ダン
拳銃で狙いを定め、銃弾を惜しみなく浴びせ続ける。紳士は精密な剣さばきで銃弾を叩き落しているが、多少の神経を使用するため傷の治療に意識を集中できていない。
零は銃弾を打ち続ける。零の弾倉に弾切れの文字はない。消費した銃弾の空きは、地上から物質を体内を通して汲み取り、マガジンの中に精製しているためである。
造作もなくしているが、マガジンの中に一つ一つ銃弾を細部に渡りイメージをしなくて
はならない為、能力値異常者もとい神者の並外れた能力が必要不可欠なスキルである。
時間にして16秒。
レイピアを振り続ける紳士が行動に出る。
傷口は五割程度しか治療できていないが攻めの姿勢にコンバートした。紳士は足元に何らかの力を込める。足元から広がるように、赤光に輝き、炎を連想させる魔法陣が浮かび上がる。直径にして約5メートル。大きな魔法陣だ。
「やっぱりか・・・」
零は引き金を引き続けながら、疑っていた事に確信を得た。
「ふっ」
紳士の口が、奇妙な笑みをみせた。その瞬間。
キュン!
紳士を中心に、全方位に高速で光の輪っかが広がった。その輪は埠頭の物体、零をも貫け
直径何十メートルのも所で消えたが、輪自体に攻撃判定はないらしい。しかし、一瞬遅れて紳士から炎が広がる。爆発の規模にも比例する速さで数十メートルまで火の手が拡大した。
ゴゴゴゴ。埠頭にある揮発性のあるものものに引火し、所々で爆発が起こる。
零は神者の反射神経で危険を感知、地面の形状を変化させ石の盾を精製していた。
パチ パチ パチ・・・・・・・
「本当に君は強いね?すばらしいよ。今の攻撃も防いでしまうとは」
レイピアを小脇に掲げ、気品ある拍手をして零をからかった。
その様子に動じることなく石の盾から顔を出すと、零は声を出す。
「やっぱあんたは偽者だな。神者じゃない」
「・・・どういうことかな?」
「魔法陣だ。神者は能力も使う時、魔法陣を介すことはないんだよ」
紳士はレイピアを握り直し、身体の横下に向けて構えた。
「ふふ。そうなのかい?僕は君には興味はあるけど、君たちの事情には興味がないからね
神者、偽者。どちらでもかまわないよ」
「こっちの事情じゃどっちでもいいことはないんだ。まぁでも、ちょっと安心したよ。神者が悪に染まってしまったのかと思った」
「ふふ。君たち神者というのは聖者の集まりなのかい?力を手にしても自分の為に使役
しないとでも言うのかな?」
少しイラっと眉間に力が入ったのを見取れる。
「さぁ、よく分かんないな。俺は俺だし他人は他人、神者だろうが個性があるのは当然だし・・・でも・・・・・俺の仲間はあんたみたいな悪にはならない」
そう言うと零は戦闘体制を取り直した。
「善、悪・・・ね。君がそんなにつまらない人だったとは。私寄りの人種だと思ったんですが」
紳士は胸元に直立にレイピアを構え、戦闘姿勢を取る。
「殺す相手には名前くらいお教えするのが礼儀かな?
私はアグニ。死ぬまでの少しの間覚えておいてくれたまえ」
アグニはレイピアに炎の力を付加させた。
「俺は霧桐零」
呟くように答えると零は性質変化をして加速した踏み込みをした。
「零君か・・・」
目を見開き、紳士の表情はなくなった。叫びとともにレイピアを振りかざす。
「良い名だ!」
時間にして数分。二人の中では一瞬、または長い間戦っているかのような感覚。
二人の剣が重なる度、舞い上がる火の粉と火花。剣の衝撃による空気の共振。
そしてこの戦いの優位者は僅かに零の方だった。
豪快な大剣と隙を軽減する拳銃の二刀流。ジリジリとアグニを押していた。
「しつこいよ!」
燃え盛るフィールドでの戦闘の影響で汗が滲む。零は大剣を性質変化させ十数メートルの長剣へと変化させた。
ブォン!風が巻き上がる程の剣圧でアグニを左方向からなぎ払う。
「くっ!」
レイピアでガードはしたものの、火花というよりは爆炎の様なエフェクトを捲し上げ、二人の剣が十字に重なった。
瞬間のアグニへの剣の重さはフェイカーだろうと押し返せない程の凄まじい威力だった。
バァァン!甲高い金属音と音に見合う激しい衝撃で、アグニのレイピアは孤空を描き、空高く舞い上がる。零はすかさず切っ先をアグニの首筋に、そして銃口を向けた。
少し荒れた呼吸を調え、鋭い目つきでアグニを睨む。
「チェックだねアグニちゃん。・・・・捕まる?」
にこっと笑みをこぼすも瞬く間に表情を変え、少し淋しい顔をした。
「それともここで死ぬか?」
・・・・・・・・・・・・
けれどアグニは動じない。それどころかさっきの紳士的な態度に戻っていた。
「その目・・・ふふ・・・殺してみてはどうです?」
嬉しそうに微笑を浮かべ、零を挑発する顔をした。数秒間の沈黙ののち、零は判断を固めた。剣と銃はそのまま構えていたが、若干殺伐とした気を緩めた。
「・・・・いや・・・捕まえるよ・・・大人しくしてくれよ」
そう言うと零は、剣の長さを少しづつ縮めながらアグニに歩み寄る。
そして距離を半分くらいまで詰めた時。タイミングが悪かった。
「れい!うちを置いてどっか行きやがって!こんなとこにおったんか!」
炎の向こうから茅乃が威勢の良い声を発しながら現れた。
「なっ!」
零は想定外の事態に言葉を失う。
「おぉ!もう勝負はついとるではないか!流石はれいじゃ!」
どこか誇らしげにこっちへテクテクと歩いてくる。その手に武器はない。茅乃に目を奪われていた零はハッと我に返りアグニを見た。でも遅かった。アグニは零の剣の切っ先から10メートルほど下がったところにバックステップをし、両手を合わせた。合わせた両手から小さい魔法陣が現れると同時に手を開く、光り輝きながら一つの棒のような炎が。
キュン!という音とともに炎の棒は槍の形に変わる。
熱気で周りが霞むほど燃えたける炎の槍を召喚したのだ。
「なんじゃ!」
茅乃はようやく異変に気づく。
「緑髪の幼女!本当に君は幸運の女神だね!」
アグニは声と共に茅乃に向けて炎の槍を勢いよく投げつけた。
「茅乃っ!」
緊迫した状況の集中に、零の思考は止まっているかのように回転した。
大地の盾が間に合えば茅乃は助かる・・・だけど、間に合わないかもしれない。
剣で弾くこともできるかもしれない・・・だけど、出来るかもしれないというだけで、炎を切れなかったら意味がない。
刹那の間に幾通りの考えを導いたが、確実に助けられる方法を選んでいる時間がなかった。
ズバァッッ
鈍い音が目をつむった茅乃の耳に鳴り響いた。
ポタッ ポタッ
短いスカートから出ている色白な細い足に水滴が落ちてくる。
・・ありゃ、なんでうちは横になっておるのじゃ・・
疑問に思い、茅乃は恐る恐る瞼を開く。周りの炎と生きている外灯の光に照らされ零の顔が映った。
「れい!」
「・・・大丈夫か?・・・茅乃・・」
「おお大丈夫じゃ!零は」
と言おうとした声が止まる。
「そうか・・・・良かった・・・」
「れ・・・れい・・?」
声の震えが止まらない。唇が激しく揺れるのを我慢できなかった。そしてそれと同時に体が硬直した。茅乃の頭の中が冷静さを失っていく。
「・・れ・・・・・・・れぃぃ?」
―――怖い―――
「・・・・ん?・・・どう・・した?・・・怪我・・・・した・・のか?・・・」
か細い途切れそうな声で零は答える。あの音は零の身が裂かれた音・・・あの水滴は・・・・・
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!れいぃぃぃぃぃぃ!」
零の右脇腹に大きな穴が空き、大量の血が吹き出し、口から多量の血が滴り落ちる。
やめて! やめて! やめて! やめてぇ・・・
茅乃は座り込んだまま瞳孔を開き、思考が停止しかけている。零は茅乃にそっと寄りかかる様に倒れ込み、それと同時に大量の血が地面に飛び散った。
はっ!っと我に還った茅乃は横たわる零を恐る恐る視認する。
「・・っ・・・・れ・・・・れ・・・ぃ・・」
何かが外れた様に、ガタガタと震えながら多量の水滴が大きな瞳から流れ落ちる。
「・・・・れぃ・・・れぃ・・・」
小さな手で必死に流れる血を止めようと穴を塞ぐが血が止まらない。
「・・・どこにも行かんでくれよぉ・・・・・れいぃぃ・・れぃいいい・・・」
・・・・・・・・・・・・・・
奏達の到着はこの瞬間だった。