惨劇
惨劇
「おいっ、大丈夫か?虚神奏っ!」
――な、なんだ・・・――
「可笑しいな、気絶する程怖かったのかな?」
――あ、メリルの声か・・・――
「起きろ~。お~い」
――はっ!――
奏の脳は電撃的に活動を再開させた。突如起き上がろうとした為、親切心で奏を起こそうと顔を寄せていたメリルの頭部目掛け、思い切りのよい頭突きを食らわせてしまった。
「いった~、何するんだよっ」
両手で額を抑えるメリルを見てようやく状況を思い出す。
「っつ、悪いっ。大丈夫か?」
奏自身のおでこを中々赤くなっている、けどこれは完全に奏のミスの為、弱音は避ける。メリルは涙目の拭うと、再び奏に視線を向けた。
「う、うん。大丈夫だ。それより、着いたよ?」
その言葉よりも先に、奏はコックピットの外を強化ガラス越しに覗いていた。懐かしい光景だ。周りの湖や滝を見下ろす断崖の高台にそびえる白亜の古城。月の光が反射し、その白い外壁を鮮やかに際立たせている。周囲に生い茂る木々が、美しいシルエットとなり古城に映える。いつ以来だっけ・・・と感慨にふける間も無く疑問を抱いた。
――あれ?明かりがついてる――
城内に存在する窓全てに暖かい光がともされている。ゆらゆらと光源が揺れているところから察するに、ロウソクでも点けているのだろうか。しかし、あの膨大な部屋全てに火を灯すのは、どう考えても複数名が居るはず。
「虚神奏。あの城が目的地だろ?」
「あぁそうだ。でも明かりがついてるみたいだ。こんな時間に誰だろう」
奏が言うと、メリルは肩で笑った。
「はは、君は賢くないのか?こんな遠くなんだから時差があるだろ」
メリルはそう言うと左手首に付けている時計に目をやった。
「日本時間では朝の五時過ぎだけど、ここではまだ夜九時過ぎくらいだ。起きているのは不思議じゃないぞ」
「あ、そうか。日本とこことは八時間くらいの時差があったな。でも、それにしても、殺人事件があったから警官が宿泊でもしているのか?城内全てに明かりを灯すなんて」
言いながら必死に人影を探すが、ひとつの影も見つけられない。ましてやここは約1キロは離れたところ、更には崖の上に悠然と聳えるノイシュヴァンシュタイン城を見上げる形だ。視力には限界がある。
「まぁまぁ、不要な詮索はなしだ、復讐しようにも情報を集めない事には犯人すら分からないぞ?・・・・って、まさか虚神奏・・・・ここに来たい一心でそこまで頭が回っていなかったとは言わないだろうな?」
奏は目を点にした。
「あれ?そういえば犯人が誰だか分からないな・・・」
「えぇ?せっかく連れてきたのにそれはないだろ」
「ま、まぁ、城に行けばどうにかなるだろう。警官がいれば聞けばいいし」
「考えが意外に浅いんだな、まぁとりあえず城にいこうか」
二人は城に向け歩みだす。僅かな明かりを頼りに道を辿る。ドイツは日照時間が長い。なので今はまだ日が沈んでそれほど間もない。日本・東京よりも肌寒く、カッターシャツを着ているだけの奏には少し寒く思える。それでも山道を歩いて登ると、全身が程よく熱され、城の前に着く頃には寒さを忘れていた。