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クロの神者  作者: ペケポン
第一章 プロローグ 全ての始まり
22/31

偽りの刺客、そして再び

偽りの刺客、そして再び


エレベーター内。一つ上に上がる少しの間、奏は表情を暗くし口を開いた。

「・・・次の相手も多分さっきの二人みたいな奴だ。それでも殺すつもりはない、けど絶対に勝つぞ・・・プキ」

「えっ・・・はい!もちろんです」

「怪我しちゃダメよ?♥ほどほどにね?かなでちゃん♥」

「分かってる・・・・」

子供達の命を握られた死のゲーム。二人の相手に勝利したが次で奏達が負ければ意味がない。他人の命が懸かる戦いにプレッシャーを感じていた。無情にも、間も無くエレベーターの扉は開いた。

徐々に姿を現す新たなフロア。今回は柱が一つもない空間のようだ。先の二階は柱があった分、ワンフロア全てを使用している大空間とは思えなかったが・・・

「広い・・・広く感じますね。この階はっ!」

「そうだな」

確かに広い。そして視線の奥には奏が戦う相手が見えている・・・が・・・

――女っ?――

どんな犯罪者面の男かと思ったが、どうやら女の子が相手の様だ。胸元がゆるい服に薄いカーディガンの様なものを羽織い、鮮やかな色のスカートを纏っている。スカートの際に見える絶対領域。黒のニーハイソックスは細い脚を更に引き締めている。

金髪ではなく黄色のセミロングに大きなリボンを頭の天辺に装着している。左耳にはピアスがズラリ、よく見ればネックレスもしていてかなりイケイケな感じ・・・と。

意外過ぎる程に美少女。口を開けばわんぱく感が更に伝わってきた。

「やっと来たん?割と遅かったな」

高く元気な声を出す少女。その傍らには長柄刀の一種であろう長ものがフロアに突き立てられている。

「お前が三人目か・・・邪魔はさせない」

「そうです。スグに終わらせますよ!」

そう言いながら二人は剣を抜く。早くも戦闘体勢だ。少女は眉をしかめた後、物凄い腱膜で二人を睨んだ。

「はぁ!?何偉そうにエエもん面して言うとんねんっ!犯罪者の癖に生意気やわ!」

――・・え?・・・犯罪者?・・・――

「どんっっっな悪そうな奴らと思たけど、何や若い奴らばっかりやんけ!」

腕を組みながら見下げ気味に話す少女。ゆっくりと長柄刀に手を伸ばし、手荒く引き抜く。

「これが今の世の中っちゅ~事やな」

一連の少女の言葉にプキは動揺?というか軽いショックを受け口を開く。

「わっ・・・私達が犯罪者ですか?」

「せや!罪もない子供ばっかり殺して何が楽しいねん!」

更に睨みを効かせ、長柄刀を器用にブンブンと回し挑発している。

「・・・おい・・・・」

少女のテンションとは反対に奏達のテンションは低下している。奏は小声でプキに問う。

「・・・はい・・・何か勘違いされているようですね・・・」

と、プキ。それにしても想定外だ。さっきまでの分かりやすい敵意(殺意)とはまるで違う。話の流れから察するに正義心からの敵意だ。しかし向こうは確実に勘違いをしている。回していた長柄刀をピタッと止め、両手で持ち構えた。

「倒させてもらうでっ!」

「ちょっ!ちょっと待って下さい!私達はそんな事していませんよ!」

プキの必死な弁解に耳も貸さず少女は力強く走り出す。

「問答無用やっ!」

「おいっ、どうする!」

奏はパニクりプキをひじでつつく。プキは話の途中で収めていた朧桜を焦りながら引き抜いた。

「ど、どうって!とりあえず戦わないとっ!」

いそいで構えたプキ。その時には少女は天井いっぱいに飛び上がっていた。

「うちは水原カレンっ!」

長柄刀を高速回転させ空気の流れを変える。まるで吸い込まれるかのように風が集まる。

「ピチピチのっ!」

そして決め台詞と共に、力強くプキ目掛け振り下ろす。

「16才やっ!」

キィン!当然プキは反応、その一撃を朧桜で受け止めた。重い一撃、更には纏わりついた風もつられて落ちてくる。二段構えの圧力だ。

「お・・もっ!」

それはプキの全身を伝いフロアに広がる。靴の底下が一センチばかりめり込みひび割れが生じる。歯を食いしばり猛烈な敵意で長柄刀に力を加えるカレン。プキは耐えかねそれ以上の力でカレンを身体ごと弾き飛ばした。

「くっ・・・」

体勢を崩されたカレンだが、フロアに着地するや否や、瞬時に踏み込みを見せる。

「やるやんっ!」

リーチの長い突き攻撃。プキは刀でそれを左方向に受け流し捌く。だがカレンは追撃、連続攻撃の手を止めない。風を切る様な音を発し、プキに向け容赦ない突きの膜を張る。

銀鏡ペアは安堵の表情でそれを見つめる。力量の差がそこまであるのか?奏は二人の表情を確認した後プキを見る。確かに最低限の動きで簡単に攻撃を流している様に思える。

パートナーが戦っているのに奏が参戦できないのは、力が乏しい・・・のもあるが、一番はカレンが明からさまな敵ではないと思える事実。そしてそうだと知りながらプキの様に受身の戦闘で時間を稼げないからだ。あの戦いはプキ側に相当な力の余裕がなければできない。だからもちろん奏にはできる訳がない。これが今の奏の静止状態の簡単な理由だ。

通常攻撃では歯が立たないと悟ったのか、カレンは一歩後ろに下がり長柄刀を身体の後ろ側に構えた。

「強いな嬢さんっ!やけど!」

前に踏み込み間合いを詰めながら渾身の突きを繰り出す。

「やぁっ!」

ドォン!静止した刃の空間が瞬く間に爆散した。これは空気の流れ、つまり風だ。しかしその攻撃もプキには触れる事もない。空中に飛び上がりそれを回避したプキ。だがそれを読んでいたカレンは刃を逆さにクルリと回した。

「読んでるでぇ!」

カレンはイキイキとした目を見せ、長柄刀をテコの原理で上空へと振り上げた。

が、それもフェイク。プキは視界から消滅している。強引に長柄刀の回転を開始させ、そのまま自分の背後目掛け技を繰り出す。

「うしろやろっ!」

回転による風の圧縮、解放。による突きと風の二段構えの高圧力の一突き。確かに背後に移動していたプキ目掛け、その攻撃は迷わず向かっていた。

キィン!・・・・なんとも言えぬ美しい音色がそれを塞き止めた。刹那、カレンは自分自身の目を疑った。緻密に作りこまれた上品かつ繊細な氷の刃。触れば直ぐに壊れてしまいそうなそれは、カレンの一突きに耐えている。その前になぜ氷の剣が浮いている?

「なんやコレ!綺麗な剣が浮いとる!」

冷気を纏い、凛とし空に身を置く氷の造形剣。お馴染みのプキの氷水魔法だ。驚く一瞬の間でもできれば結構。プキは自分の話を聞き入れてもらおうと声を張った。

「話を聞いてください水原さん!あなたは騙されていますっ!」

そうだ。話さえ聞いてもらえれば戦わなくて済む話だ。しかしカレンは予想外のところでプキの言葉につまづく。

「みず・・・は・・ら・・・さんんんんっ?!」

セミロングに隠れてしまった目が轟轟と光を帯びている・・・様に思える程に、何故か怒りを感じる事ができた。同時にまた長柄刀は回転を始めた。

「同世代なら・・・・」

そして勢いよく顔を上げ長柄刀を解放する。

「迷わずカレンちゃんやろがぁぁ!」

パリィィン!先ほどの攻撃と類似していた突きだが、難なく氷剣を砕き割る事に成功した。

感情によって攻撃力に多少の変化があったのだろうか・・・思えば埠頭で出会った長髪の狂った男は軽く氷剣を砕いていた。あいつの強さを今頃実感出来る・・・というか・・・

――なんだこいつ・・・でも・・・・強い・・・――

援護どころかやはり動けない様だ。むしろカレンの場合は何か違う理由で動けない。

カレンはまた長柄刀を高速回転させだした。でも今回の回転はいつもと音が違う。

「大っ!・・・」

「プキっ!さっきまでの攻撃と様子が違う!気をつけろ!」

「はい!分かってます!」

プキは左目を青藍色に輝かせ、6本の氷剣を造形。重ね合わせ強固な盾のような物として浮遊させた。

「回っ!・・・・転っっ!・・・」

纏わる風の様子が変わる、うねりをあげまるで小さな台風の様な風力が回転に呼応する。そしてそれを気迫と共にぶつける。

「突きぃぃ!」

6本に重ね、頑丈とふんでいた氷剣は触れた瞬間に砕け散った。激しく飛び散る氷の破片。長柄刀の切っ先は勢い衰えずプキに迫る。キィン!と大きな金属音がフロアに流れる。

「つ・・・よっ」

朧桜の鎬の部分で受け止めたものの、その後に来る煮詰まった風の塊が更にプキを襲う。

ドォン!およそ風のぶつかった音とは思えぬ爆音と圧力がプキにぶつかった。

多少動じたもののプキは耐え凌ぎ、カレンの長柄刀を押し返した。

「うわっ!」

カレンは喫驚し、バックステップで距離をとる。その際床を這った刃を勢いよく構えなおした。1秒の沈黙を纏いプキにキツい視線をぶつける。

「強いな、でもさ、正直プキが受身じゃないと当たる技ではないね」

「そうね・・・それにしても・・・私が戦いたかったわ・・・」

「え?・・・なんで?」

「あの子・・・・・・・・・ちょっといいわね・・・・♥」

「・・・・あぁ・・・・・なるほど・・・」

銀鏡ペアの不抜けた会話が奏の耳に届く。どうも緊張感がでない。実際奏が戦っていたら瞬殺されていたかもしれない。笑い話になるのはプキが強すぎるからだ。

それにしてもどう対処すれば正解なのか・・・

「プキ・・・どうする気だ?」

「ん~・・・こうなれば・・・とりあえず戦って勝って話をしようと思います!」

プキは攻めに転じる気だ。朧桜をいつものポジションに固く構えた。奏もプキに並びシュヴァイツァーサーベルを構えた。

「分かった・・・スキがあればどうにかする」

「はい!無理はしないでくださいねっ!」

両手に持った朧桜の柄を耳元に運び、切っ先をカレンに向けた。と時同じくして4本の氷剣がプキの周囲に造形された。冷気がたち込め辺りの気温を少し下げる。

「またそい?アグニさんの炎みたいなもん?」

長柄刀をチアリーダーのバトンの様に器用に弄びながら目を細くする。

「それで何人もの命を奪ってきたんやろ・・・・クズやな・・・」

その視線に奏は少したじろいだ。恐怖ではなく、違う感情だ。

「力あるもんが歪んだ末路っちゅうことやな」

長柄刀を止め、両手で持ち構える。よく分からないが本気になったんだろうか。そう取れる雰囲気を放っている。

「だから違いますって!」

「ぬかせっ!」

プキの弁解が再開の合図となる。10メートル先からカレンが走り出した。

「もうっ」

プキは4本の氷剣に指示を送る。指示といっても念じているだけなのだが。氷剣は迷わずカレンに向け飛空する。加速し向かってくる4本の氷剣、カレンはそれを迎撃しようと長柄刀を回転、風の圧縮を開始する。プキはそのタイミングで輝く瞳を一度閉じ、もう一度強く見開いた。

プシュー!4本の氷剣は一瞬で形を崩壊させた。そして高密度の気体に変わりカレンの視界を奪う。

「うわっ!なんやこれ!霧っ?」

「水蒸気です!造形を解いただけです・・・」

すかさずプキは朧桜を掲げて疾走。そして視界を奪われたカレンの手元にひと振りを浴びせた。

「よっ!」

キィン!カレンの手元から離れた長柄刀は回転しながら数メートル先に飛ばされ、フロアに浅く突き刺さった。

「あっ!うちの偃月刀がっ!」

うっすらと散開していく水蒸気。視界が完全回復した頃、カレンは身動きの取れない状況に落ちっている事に気づいた。

「カレンさん。降参ですか?」

氷剣の切っ先が四方からカレンの首の回りにピタリとついている。息をのみ悔しそうに言葉を発する。

「・・・・ちっ・・・くそ・・・」

黙り込むカレン。今こそ説得のタイミングだ!と言わんばかしにプキは優しく問いかける。

「大人しくして下さい、そして話を聞いて下さい」

「なんや?悪党に貸す耳はないでっ!」

腕を組み偉そうな口調で声を張るカレン。4本の氷剣が見えていないのか?とも思う。

「私達は人殺しなんかしてません。私達はローゼンクロイツ。今、乱れつつある世界を安   

 定させる為に戦っている組織です」

「はぁ?世界平和の為の組織てかい?嘘丸出しな話やな!」

「うっ、嘘じゃありません!そもそも子供の殺戮を繰り返していたのはあなた方の方じゃないんですか?」

珍しく挑発的な口調でカレンを煽るプキ。あの性格にその問は逆効果だ。もちろん・・・

「なんやて!アンタ等の仕業やろっ!」

ほらこの通り。逆上している。にしても完全に嘘で固められているようだ。

「誰からそう聞いたんですか?」

「はっ・・・アグニさんや!あの人は立派やで!今も狙われとるかも知れん子供等を保護しとる!ほかでもないアンタ等からなっ!」

「・・・・・なるほど・・・・」

プキは迫力に押され少し汗マークが出ている様にも見えた。だがこの挑発は何か意味あってのこと、ここからの切り返しでどうにかするんだろう。奏が脳内でそう考えていると、プキがゆっくりと後ろに振り向き奏に目を注いだ。

「どうします?・・・・奏さん・・・」

――こ・・・ここで俺・・・――

奏は無茶ぶりされた芸人の様に分かりやすく狼狽えた。が、これは予想の範疇。プキが戦闘ではなく頭脳での駆け引きが出来ない事なんて最初から分かっていた事だ。

まぁしかし、とりあえず今の討論で一つ確実に証明された事は、カレンは殺しに関与していない・・・という事。ここは大事なポイントだ。カレンの善意は証明される。奏は説得を続ける、という選択肢を瞬時に導き出した。

「カレン・・・お前は騙されている・・・」

恐る恐る言葉を選び出す・・・が。

「誰にやっ!」

とカレンの否定ムード満載な態度、一体どうすれば伝わるのか・・・。

「アグニだ」

と直球をぶつけてみる。

「はぁ?アホか?あの人がなんでウチを騙すんやっ!」

まぁそうだろうな、いきなり言っても心を開く訳がない。とことん言う!という選択肢に転換した。

「なんでって・・・とりあえず戦いはやめとけ!俺達が潰しあっても意味がないんだ!」

「・・・・さっきから聞いてりゃアンタ等・・・自分等がした事忘れてんのか!?」

「俺達がした事?」

「ホンマ舐めてんのか?忘れたて言うとんのか?」

可愛い顔を鬼の形相の様に歪め、奏を睨み殺そうとしているカレン。

「お・・・怒らせてないか?・・・」

「・・・うん・・・そう見えるわね・・・」

外野の銀鏡、麗奈は冷静に見る。多分この二人が対応できていたら良かったのだろう。

「だ、だから。子供を殺していたのはアグニで・・・

「いい加減にし!許さへんでアンタ等!」

カレンが今にも首元の刃を無視し、飛び出しそうに全身に力を加えた時だった。

浮遊する4つの氷の剣。その真下4箇所がぼんやりと輝きだした。小さな点の様な熱を持つ跡が同時に4箇所出現。そしてフロアを焦がしながら円が描かれた。瞬間。その円内に火炎系魔法陣の紋章が浮かび上がった。

「まずいっ!」

奏が叫んだ時、それはとてつもなく輝きを増幅させ、爆発と同時に4本の火柱が燃え上がった。カレンを囲む氷剣は見る影もなく消え去った。

「アグニさん!?おっしゃ!剣がなくなったわ!」

拘束を逃れたカレンは飛び出し、偃月刀を手中に収めた。

「えっ!火炎魔法?」

「ばかっ!アグニの遠隔魔法だ!くそっ」

武器を持ったカレンは奏を標的にした。狙われる威圧感を感じた奏は剣を防御体勢に構えていた。フロアを蹴り、空から攻めるカレンはお得意の高速回転をさせている。

「覚悟しぃ!」

目一杯叩きつけるカレンの一撃に、奏はどうにか反応する。

――疾いっ・・・がっ!このくらいならっ!――

分かりやすい縦一文字の振り下ろし攻撃。両手で持ったシュヴァイツァーサーベルをそこに構えた奏。刃が交わる瞬間、痛烈な衝撃が両手の金属質から身体中を駆け巡る。

「ぐっ!」

巡る衝撃をフロアに伝いそれを陥没させる。どうにか耐えた奏だが、カレンの槍技はそこで終わらない。圧縮された風が、追撃の如くカレンの刃に圧力をプラスさせる。

ドォーン!増加された剣圧は途方もなく、奏には受けきれない。

――ならっ・・・――

奏は冷静に剣の角度を変え、力を受け流す事を成功させた。フロアに突き刺さる偃月刀の刃、通常、武器が刺さり込んだカレンの方が隙を作るハズ。しかし基本的能力に劣る奏は次の動作に遅れをとることになる。

カレンはスカートの中が見えそうな程足を上げ、奏の腹部に蹴りを決める。軽く悶えながら吹き飛ぶ奏。

「奏さんっ!」

プキが援護に駆け出す。だが奏は吹き飛びながらも状態を直し、剣も構える余裕を見せた。

「大丈夫っ!」

顔を上げ、カレンを確認。しかしカレンはすでに疾走。偃月刀の刃を前方に構え迫り来る。

――疾いっ!――

「水原流槍術っ!」

前方に無数の突きをし、それはやがて残像を残し大量の偃月刀の刃の幻を見せる。

「水無月っ!」

幾重の刃が奏の眼前に迫った時。

キィン!「きゃっ」っという女の子らしい声を出すカレン。どうにかプキが援護に到着。技を見切りかち上げた一撃で、技は発動中のままカレンは天井に向け舞い上がった。勢いを止める事が出来ず天井に刺さった実在の偃月刀の刃。

「大丈夫ですか!」

「悪いっ」

天井に刺さる刃の周辺に、先ほど見えた幻影の刃の数だけ本物の傷跡が生まれた。途端全ての傷跡は白光のエフェクトを溢れさせ大爆発を起こした。

直径6メートル程の空間が天井に現れる。厚みのある天井が砕けこの階のフロアに降り注ぐ。カレンはその落石物を巧みに躱し降り立った。

「早いな自分・・・」

偃月刀を構え次撃に備えるカレン。しかしローゼンクロイツ四人はカレンのその姿にではなく、後方に落ちてきた落下物に対し目を見張った。

「な・・・・っ・・・」

刹那、奏は声を忘れた。出て来ない。状況は分かったが何も言葉を吐けなくなった。

「えっ!・・・・」

「・・・・・これは・・・・ないな・・・・」

「・・・・・最低ね・・・・」

他三名も同時に悲観の声をあげる。奏の小さな心臓は少しずつ鼓動が早くなる。

ドサッ。それはもう一つカレンの背後に落下した。天井が砕けた破片の落下音とは著しく離れているその音。真剣な戦闘の最中だが、カレンは首を回し、音のした場所を視界に入れた。

「・・・・え・・・・・」

ボヤけた視界では信用出来ず、全身で振り向き、両目を最大限に開いてその光景を焼き付けた。それはあまりにも残酷で、あまりにも現実を突きつけた光景だった。

「・・・うそ・・・・・」

カレンの視界に映るのは、無残にも斬り殺された小さな子供・・・それも一振りの傷ではない、容赦ない程に切り刻まれている。でも、でもこの子は・・・

「な・・・・なんやの?・・・これ・・・」

その間にも新たに3人の死体が落ちてくる。それを感じる度カレンの瞳孔は小さくなっていく。

――なんだよ・・・・これ・・・・――

ドクンッ。奏の鼓動は自分自身で感じとれる程に大きくなる。

「・・・り・・・りく君?・・・せなちゃん・・・?・・・」

どうやらカレンの顔見知りらしい。偃月刀を持つ両手の力はみるみる失われ、儚くフロアに転がった。

「なんなん・・・・」

カレンは次に膝の力がなくなった。ガクッと地面に膝をつけ、瞳に貯まる水滴をこぼさぬよう頭上を見上げ叫んだ。

「なんやのこれはぁぁぁぁぁ!」

頭の中に響く悲痛な声。その声が奏の心を更に掻き乱す。フロアを埋める叫びの後、よたよたと四つん這いで一番近くにいる女の子に近づくカレン。

「まりかちゃん!死んじゃあかんで!ダメや!」

必死に女の子を励ましているが、遠目から見ても明らかに呼吸をしていない。その姿はあまりにも皆の心を強く打つ。だが、カレンの背後へ優雅に降り立つ影は、その場の空気を一瞬で払拭した。

コトッ・・・フロアに革靴の固い底が触れ、乾いた音が不気味に響き渡った。

プキは静かに朧桜を構え、攻め入る体勢を取った。奏の視線はその影に釘付けになる。

「う・・・うぅ・・・・・」

泣きじゃくるカレンは振り向きその影を見た。

そこには悠然と立つ、白い?スーツに身を纏ったアグニがいた。手には細剣、冷静過ぎる程の表情はカレンを冷たく見下げている。

「ア・・・・アグ・・ニ・・・さん・・・」

涙で溢れる表情でアグニを見るカレン。だがアグニは何一つ動じず声を出した。

「ダメですよ?カレン君。犯罪者は確実に殺さないといけませんよ」

その目はカレンを仲間として見ていない。むしろ人として見ているかどうかも怪しい程だ。

しかしカレンは気の動転のあまり真実を見れていない。そのまま言葉を続ける・・・

「み・・みん・・・なが・・・・・うぅ・・・」

が、目線を下げた時、見てはならない真実を見てしまう。アグニの純白のスーツ、それは本来の白さを消失させていた。屈託のない赤。おびただしい鮮血がスーツを彩る。動転している中、視界の情報から悟れる真実が、カレンの脳裏を駆け巡る。

『私はアグニと申します。少しお話を聞いてもらってもよろしいですか?』

『また同一犯ですね・・・許せませんよ。そう思わないですか?』

『大丈夫ですよ。私達が通り魔から救ってみせます。安心して下さい』

『来ましたね・・・カレン君。大丈夫です。神は正義に味方します』

『わ・・・私達が犯罪者ですか?・・・』

『カレン・・・お前は騙されている・・・』

走馬灯の様に言葉と場面が流れていく。自然と噛み締める歯に力が込められていく。

「・・・お・・・・おぉ・・・・・」

そしてすかさず偃月刀を掴み取るカレン。一粒の涙がフロアに弾けたと同時に発狂する。

「お前かぁぁぁぁぁっ!」

キィン!力任せに振り切る偃月刀をアグニは難なく反対方向に流した。カレンは体勢を崩されるが、それでも必死に食らいつき連撃を加える。しかしど槍技もアグニの剣技の前にはあまりに差があり過ぎた。カレンの叫びが虚しく響き渡る。

「うわぁぁぁぁぁぁっ!お前がぁっ!お前が皆をぉぉ!」

「・・・ふふふ・・・・・そうですよ?まさか気づいてなかったのですか?カレン君?」

「・・・っ・・・・」

溢れ出る悔し涙で槍技が鈍る。苦し紛れに放つ回転突き、プキとの戦闘時よりも劣る威力で放たれたそれは、簡単に弾かれ、更には偃月刀をも弾き飛ばされた。

「残念・・・もう少し働いてほしかったですよ・・・」

振り上げる細剣。冷たい目でカレンをゴミ同然に見据えるアグニ。腕の筋肉に力が加わるのが分かる。それは振り下ろす為に伝わる信号に合図。その瞬間、叫び声が響いた。

「アァァグニィィィ!」

狂った表情で叫ぶ奏。そして声と同時にスタートする。足元が爆発したかの様な衝撃を出し、アグニに向け疾走する。

「奏さん!」

プキの声も聞かず、振り下ろす細剣とカレンの間に滑り込み、その斬撃を受け止めた。

キィン!思ったよりも軽かったアグニの剣、だが競り合う圧力は片手で押しているにもかかわらず、両手で耐えている奏の方が押されている。酷く顔に力を込め、自分よりも目線が上のアグニを殺意を込めて睨みつける。

「ふふ・・・また君ですか?」

「・・・殺す!」

乱暴に剣を振り狂い、アグニを牽制する。その間、後ろにいるカレンを銀鏡がすかさず救出。離れた所に座らせた。

「ほいほい、アンタは見学ね」

カレンの肩を優しく叩いた銀鏡は、アグニの後ろに回り込む為走り出した。必死にアグニを仕留めようと剣を捌く奏。「おぉぉぉ!」と気合を見せるが、どれも軽く流されてしまう。左から真っ直ぐと右に向け放たれた水平斬り、力を上手く利用し弾かれ、大きく右に流されたシュヴァイツァーサーベル。そこに出来た大きな隙に対し、アグニは細剣を振り構えた。

「相変わらず、弱いね君は!」

――大丈夫!――

何故か自信満々に次撃に備える奏。そこに一発の銃声が響いた。

「私のかなでちゃんに傷つけないでよ!」

キン!細剣にヒットした弾丸はアグニに刹那の間を作った。そうだ。援護には麗奈がいてくれている。仲間に対する信頼が、次撃への判断の遅行をなくした。

「はぁっ!」

そのまま返した右から左への水平斬り。しかしそれでもアグニに攻撃を当てるには遅かった。苦にもバックステップで回避されてしまう。アグニはチラッと麗奈を見た。

「そうでした、雑魚が数人混じっていましたね・・・」

呆れた様な表情で呟くアグニの背後には、高速で近づく影がある。

「誰がっ!雑魚だ!」

高速移動の勢いそのままに、力強く踏み出しフロアを弾いた銀鏡。右足を伸ばしきった状態でアグニに向け飛空する。速さゆえ靴先には僅か、熱による琥珀色のエフェクトも見て取れる。

「絶波!七鳥っ!」

寸前まで迫る銀鏡の蹴り技。

「あぁ・・・君もその一人ですよ」

振り向くアグニ。銀鏡の攻撃は外れ、虚しくアグニを通り過ぎた。よく見ればアグニは細剣を右側に向け伸ばしている。通り過ぎる前と体勢が違う、何か攻撃を発動させていたのか?奏は目をこらした。

「うぐっ・・・がはっ・・・」

突然苦しむ銀鏡、着地に失敗しそのままフロアに転がる。次の瞬間、身体中から多量の血が飛び散った。どうやら身体のプレート未装着部分を巧みに狙われ刻まれたようだ。

「銀鏡さんっ!」

一時遅れてプキがアグニに立ち向かう。

「そう!君が一番面白いっ!」

重なる剣。力の拮抗により、逃げ場が無くなった力が空間、さらにはフロアに伝う。やはり基礎攻撃力が他とは違う。あまりの圧力に近寄るのも困難だ。

だが、先の戦いでは押していたプキだが今回は様子が違う。

「くく・・・全開だと少し物足りませんね・・・」

余裕の顔を見せつけるアグニ、高速斬撃を受け流す。朧桜は刀、加えてローゼンクロイツ製の高強度な代物だ。アグニの装飾細剣で真正面から受けきるには心もとない。火炎魔法による損傷の補修も可能なのだが、この戦いでのアグニは力量に余りがある。だから魔法も使用せずプキとの戦いを楽しんでいる。

タンッ!アグニの後方から飛び立つ影、奏は剣を掲げ空中から振り下ろすモーションを取った。「はぁぁぁぁあっ!」と激しく声をあげ、剣を持つ手に力を込めた。

「・・・・十首・・・・」

プキとの捌き合いの最中、静かにつぶやいたアグニの足元が瞬く間に発光した。赤光のエフェクト、火炎系魔法陣が現れると外周部の円が一際輝く。

「火円」

――なっ!――

突如、カッ!と金色の発光が起こると爆発が続けて起こった。激しい風圧と爆炎、奏は5メートル程後方に吹き飛ばされる。プキは瞬時に後方に飛び爆炎を回避した。

フロアには直径5メートル程の焦げ跡が残る。当然アグニは無傷だ。

「だから!私のかなでちゃんにキズをつけないでって!」

スナイパーライフルを投げ捨て走り出す麗奈。コートが靡き、ふくらはぎに装着されてあるホルスターが顕になる。そこにある純白のムチを素早く手に取り手首をスナップさせた。

「言ってるでしょっ!」

伸縮性に優れたムチは、数メートル離れたアグニの細剣に巻き付く。同時に柄を持つ手に力を加えたプキが詰めて行く。

「ナイスです!麗奈さん!」

麗奈はもう片方の手で拳銃を取り出し援護に備える。4種の拳銃の中の一つ、ヘッケラー&コック・Mk23ソーコム。女性には少し大柄な拳銃だが、麗奈は容易に扱う。もちろんローゼンクロイツ製で威力は本来の数倍だ。

ムチを巻きとりつつ近づき、銃を構えたその時、アグニが意味深に笑う。

「何がかな?・・・・三首・・・」

まただ。またフロアが光った。今回はさっきの魔法陣より2倍程の直径だ。赤光に輝き、ぼんやりとアグニを下から照らす。フロアを這う様に魔法陣が一瞬で描かれ、その光は膨大に光を増していく。

「炎天下!」

ドォォォン!さっきの技の数倍の威力。雷が落ちたかの様な轟音をあげ、大規模な爆発が起こる。咄嗟に防御の姿勢を取った二人。くしくも低度の火傷を負いフロアに叩き付けられた。爆弾の爆発の衝撃とは少し異なり、爆炎と爆風だ。破片の飛来が少ない為、物理的な攻撃判定がない分まだマシとも言える。さらに二人の前にはプキの氷の障壁が精製されていた為、ダメージとしては軽傷だ。だが・・・・

――くっ・・・そ・・・・――

奏の全身は酷く疼いた。叩き付けられた衝撃はなかなかのもの。

「は・・・早すぎだ・・・」

銀鏡は身体に手を当て膝をつく。技を見切られ全身を斬られたショックは大きい。そうそう斬られ慣れた人なんかいない。麗奈もダメージは低いが叩き付けられた衝撃でまだ上手く体を動かせないようだ。

アグニはレイピアをなぎ払い、正面に構えた。血を浴びた白いスーツはそれの凝固により浅黒くなっている。意外にもあれほどの爆炎を起こしていながらフロアは悲鳴をあげていない。下方には攻撃判定が少ないらしい。

「・・・・水劍・・・・・」

負の空気を裂く様にプキは言葉を呟く。指先で朧桜の刃をなぞると瞬く間に水が通う。

「ようやく本気になりましたか?」

アグニもレイピアに炎を纏う。凝視すると柄の部分に小さな魔法陣があり、そこから炎が吹き出ている。プキは両手で持った刀を構えた後、薄く、儚い瞳でアグニを睨んだ。

焦げた空気を吸い込み、それを体内で浄化するかの様に深く留めた。そして吐き出す。

「はぁっ!」

漆黒のハイカットシューズは音をあげ軋んだ。降り曲がった靴先がフロアから弾む瞬間、リング状の空気が弾け飛ぶ。高速で近づき、正面に来たところで瞬間的に体勢を低くした。イメージ的に野球のフォークボールのようなもの、アグニの視界からハイスピードで外れ動揺を誘った所で刀を迷いなく振り上げた。

刀に纏わる水の飛沫が天井に向け飛翔する。そこにアグニの血の飛沫はない。皮一枚の差で回避を成功されてしまう。もちろんその際出来た隙をアグニが見逃す訳がない。

振り上げた後のがら空きの腹部に対し、細剣をなぎ払うアグニ。だがその攻撃もあと一歩のところで見えない何かに弾き返される。

「・・・っ・・・」

それはまだ結晶化しきっていない水蒸気。キラキラとイルミネーションの様にプキの回りに纏わりつく。なるほど、見えない氷のバリアーとでも考えればいいのか。

技を繰り出し合い激しい攻防を繰り返す二人。しかし氷のバリアーはレイピアに纏わる炎が少しずつ剥がしていってしまう。

「ふふ・・・なぜだろうね・・・以前とは違い、君に強さを感じない・・・」

華麗に剣を交えるアグニ。精密に計算され、流れる剣技を放つ。プキの攻撃はことごとく防がれてしまう。最中、プキは瞳を輝かせた。美しく聡明に放たれる蒼白の輝き。アグニの背後には三本の氷剣がみるみるうちに精製された。極限に研ぎ澄ませたその切っ先は、プキの決意すら汲み取れる。ピクッ・・・と反応し、アグニの背中目掛け動き出そうとした時、「ふっ・・・」と全てを見透かした様に口角を傾き上げた。

タンッ!と体をくねらせジャンプ、回転しながら振り回された火炎レイピアは、アグニの周りを激しく燃やし、三本の氷剣を簡単に消滅させた。

「スキだらけです!」

頭部をプキに向け、横向きの状態で空中に停止しているアグニに刀を構えた、しかし振り抜けば直接頭部に攻撃を加える事になる。その状況を飲み込んだ時、動き出そうとする右腕はコンマ一秒止まる事になる。

「そうかな?・・・」

そのコンマ一秒はアグニの反撃のチャンスを作る。一つの赤い光が頭部に出現、それは瞬く間に広がり魔法陣が出来上がった。

「えっ」

まるで火炎放射器と言えば良い例えなのか、高出力の炎の渦が魔法陣から放出された。

プキの全身を覆い隠す程の威力のそれは、数秒間の発動時間を終え、細く鈍色に輝く糸のような光となり消える。プキを気遣う3人の声が響くが、プキの正面には氷の盾が6割程解けた姿で浮遊していた。

「・・・・くっ・・・」

炎を遮る氷の盾、解けないように次々に増幅させていき、この攻撃に耐えたみたいだ。プキの表情には低度の疲れを感じ取れる。

着地しゆっくりと身体を起こすアグニはまだまだ余裕だ。

「ふふ・・・もっと楽しませて下さいよ・・・足掻くなら相応にお願いしますね」

「・・・・・はぁ・・・はぁ・・・・最低な人ですね・・・」

刀を構える手が少し弱い。最大戦力であるプキがダメージを加算してきている。だが今は死合の最中。アグニはいきがる口調で答えた。

「ふっ・・・僕もそう思いますよ!」

ゆっくりと体を揺らした後、急にテンポを変え詰め寄るアグニ。右手を突き出すと、燃ゆる細剣の切っ先がプキに迫った。疲労感を感じつつも、無理に体を動かし受け流す。

今度は明らかに防戦一方。アグニは右手が激しく動作しているだけだ。なのにプキは全身を使いどうにか対応している。上下左右不規則に流れる赤い軌跡は速度を増していく。

「子供達には少し飽きてきていてね・・・そろそろ君達位の年代を殺すのも良いかなと・・・」

「くっ・・・っ・・・・・はっ・・・」

ダメだ。プキは呼吸をする間もないほどに押されている。ふとした瞬間、レイピアは朧桜の柄を捉えていた。薄い金属音が響くと刀は彼方へと飛来する。

「今、考えていたところですよ」

「しまっ・・・・」

有無を言わさずアグニの掌に炎が収縮されていく。

「零首・・・破炎・・・」

炎は集まりに集まり、瞬間、溢れ放たれるかと思われた時。

「大破!雨肢光あめしこうっ」

同じ空間に、瞬速で数多の蹴りを繰り出す銀鏡。その地点の空気圧は大きく変化し、靴底から衝撃波が放たれた。カクザの飛ぶパンチと一緒の要領だ。

渦巻き一直線にアグニに向かう白いエフェクト、というよりかは空気圧の龍のようなもの。気づいたアグニは刹那遅かった。

「・・・ぐっ・・・」

ドォォォン!銀鏡の技はクリティカルヒットした。それこそ蹴りの圧力そのもの、離れた距離の分だけ多少威力は落ちているものの、油断している所にヒットしたそれは基準値を超えたダメージを与える。小さな金属音が床に転げ、アグニは数メートル宙を舞った。

「・・・・ふっ・・・・」

クルリと一回転し降りたつアグニ。スーツの腹部は少しかすれ破れている。

「やってくれまし・・・

言葉の途中、背後からの殺気を感じ取った。振り向く視線の先には奏が剣を掲げている。

「はぁっ!」

――この間合いならっ!――

半透明のエフェクトを纏いながら一直線にアグニに振り下ろされる。靡くスーツの裾をかすめたが、身体へのダメージはゼロだ。無防備のアグニに対し、二振り、三振りと追撃を加えるが、追撃は服にすら触れる事はない。ちょうど二撃目、アグニはバク転を開始、右

手をフロアに付き体を支えた時、比較的小さな魔法陣が発動した。三振り目の時には魔法陣から小規模な火柱が天井に向け立ち上る。四撃目の追撃をかけようとした奏だが、炎に遮られ動きが鈍る。火柱が細く劣化していき、完全に消え去っていく中、アグニは両手を合わせ、その接点に魔法陣を発動。手を広げた際には炎の剣が出来上がっていた。

「残念でしたね。最高のチャンスを無駄に・・・

カクン・・・奏は急に姿勢を落とした。多少の笑みを含み、アグニから目線を離さずしゃがみ込んだ奏の残像の中に、二つの銃口が現れた。麗奈が後ろに控え、ショットガンを2丁構えていたのだ。そう、付け焼刃だが連携攻撃だ。すかさず引き金を引く麗奈。今回のショットは無慈悲な狙い、全身を狙った・・・つまり殺す気の攻撃。

バァンッ!少しずつ外光が収まっていく中、二つの閃光が辺り一面を眩く照らす。

「ちっ・・・・・」

焦りを見せたアグニ、爆散する散弾は一つ残らずアグニの身体に向かう。鉛玉は全てがヒットしアグニを貫く。一見残酷な絵柄を想像できるだろう。奏自身も恐れながらもその光景を見てしまう覚悟はできていた。しかし鉛玉が身体に食い込む際、溢れ出た赤い色は【血】ではなかった。

――なんだっ!――

目を見張らせた奏に映ったのは、緩やかに弾ける炎の渦。数多の箇所から吹き出る火炎はアグニの実体をブレさせた。

「やったのかっ?」

遠目から見た銀鏡はそれが鮮血の飛沫に思えたらしい。しかしアグニの実体はみるみるうちにブレを増し、妖艶な流動の炎となりフロアから弾け飛ぶ。激しい炎圧を放ち天井に向かったかと思うと、その炎塊は天井でバウンド、勢いを増し銀鏡の背後へと移動した。

「後ろだっ!銀鏡!」

最終的に銀鏡の背後で弾けた炎。爆散に合わせ濃煙が噴出。振り向く銀鏡の視界を埋め尽くす。その時・・・

バッ!紅蓮を纏い、猛煙を振り払いながら細剣を掲げるアグニが姿を現す。

「少々・・・調子に乗りすぎましたね!ローゼンクロイツ諸君!」

瞬時に反応し両手のプレートを胸の前に構えた銀鏡。幾重にも広がる炎の剣閃。殺意が簡単に感じ取れる程の剣捌き、急所を狙い確実に死を狙った攻撃。手負いながらも苦しくも反応し、手のプレートで捌き続ける銀鏡だが、どうにも耐え切れる様子ではない。黒衣は切り裂かれ、強硬であるはずのプレートには徐々に深い傷跡が目立ってくる。

「くっ・・・疾すぎだ・・・・って!」

押されながらも反撃を試みる銀鏡。右足を強烈に蹴り上げアグニの頭部を狙う。プレートを纏ったブーツは凄まじい威力を誇る・・・が、所詮当たらなければ意味がない。まるで知っていたかの様に一歩下がりそれを躱したアグニ。ニヤリと笑いを含み、何か悪巧みを考えたかの表情を見せる。と、次の瞬間には2歩踏み込み、左足は銀鏡の腹部に深く抉る。

殺すには最高の機会だったはずのこのタイミング、何故蹴りを選んだのか?蹴りの圧力が空間を弾き飛ばし、半透明のエフェクトが見て取れる。

吹き飛ぶ銀鏡を目で追うと、今のアグニの笑いが分かったような気がした。

――ガラス!?――

そうだ、この階は全面ガラスに囲まれている。一番近いガラスに向け銀鏡をけり飛ばしたのだ。30階を超えるここからの高さは130メートルオーバー。いくら能力値異常者といえど、不死身とは当然無縁、落下から予測されるのは確実に死だ。

シュバッ!フロアを弾き突然麗奈が走り出す。地を這う程の前のめりで加速し、どうにか銀鏡の軌道上に間に合った。

「きゃっ!」

緊急的に受け止めに行ったせいなのか、麗奈は思わぬダメージを受け強くフロアに転がった。銀鏡も無事だ。

「銀鏡!麗奈っ!」

身を安じ叫ぶ奏だが、他人を気遣う余裕は一瞬で失われた。

ドォーン!衝撃を放ち、正面に降り立つ猛火。奏の視界には陽炎が生まれ、光の屈折がアグニをぼやかす。猛々しく燃ゆる炎はアグニに対して炎としての効果を持っていない。身体はさることながら、着用しているスーツさえ燃えていない。

レイピアを左手に持ち、体の横に斜め下に向け構えている。一歩、また一歩とゆっくりと歩み寄る。

「君もそろそろ大人しくして下さい・・・」

「・・・くそっ!」

歩み寄る恐怖心、自分自身が一番にひしひしと感じている。先ほどまでと違い怒り熱が多少低下し冷静さを覚えている。紅蓮のフェイカー・アグニ・・・という一つの恐怖が奏の精神を支配する。

プキが奏の名前を叫びながらこちらに向かって来ているのだろう・・・それは分かった。だが意識の大半は目の前のアグニ。スーツの汚れの形、瞳に映る自分の姿、挙動不審に全身を注意深く視認する。それは恐怖からくる硬直。

アグニは軽く細剣をなぎ払った。キィン!響く金属音。その音はあまりにも軽かった。奏の構えたシュヴァイツァーサーベル、それを持つ両手の力がなさすぎたのだ。

「うわっ!・・・」

どうにか左手だけは柄を離さずにすんでいた、とはいえその反動は体勢を崩してしまう。

次いで二撃目、振り上げた細剣は炎の勢いをおとさない。

「チェックメイト」

「ダメです!」

プキの声は虚しく児玉した。非情にも振り下ろされる細剣。ただただそれを注視する事しか出来ない奏。

――・・・ごめん・・・・――

脳裏に張り付く光景。迫り来る切っ先、俺が最後に見る映像はこんなものなのか・・・

瞬間。奇妙な現象が起こった。アグニが攻撃を止め、奏の頭部から数センチの所でピタッと切っ先が止まる。延々と燃え続ける炎の熱が額に伝わる。

――と・・・止まった?・・・――

というよりは、空気の壁のようなものが剣を拒んだ様にも見えた。細剣と奏の間に波紋状に広がる空気の塊。

「なんですか?・・・これは・・・?」

それはアグニにも感覚的に理解できていた。理由は見当もついていないみたいだが・・・

「はぁぁぁぁっ!」

プキが感情をむき出しに朧桜を掲げる。上段というよりは上・上段。プキのファーストアタックにしては珍しくジャンプしてからの振り下ろし斬り。ジャンプからの攻撃は威力そのものは上がるものの次撃へのモーションが遅れてしまう。なのにそれを選んだプキの心境。振り向き様に差し出した細剣は、簡単にその斬撃を受けきった。炎を放つレイピアは強力な斬撃をも正面から受けられる。

初撃を防いだアグニ。つまりセカンドアタックはアグニが有利。次の動作を起こそうとする一瞬、プキは空中で足を右方向に強く蹴り出した。

パァン!空をきるはずの右足は何かをとらえる。砕けちる氷結の破片、戦闘の途中点灯した埋め込み式の室内灯に照らされキラキラと眩き落ちていく。

「・・・!・・・」

方向転換が容易ではない空中での急速な転換。一箇所、そしてもう一箇所と冷気を帯びた氷を踏み台にし、高速で背後に回り込む。

「氷劍!」

必死な声に合わせ、朧桜が変化する。氷を帯びた訳ではなく、勢いよく冷気が零れていく。

ブサァ!攻撃はヒットした。急所は外れたがアグニの右腕の前腕部分を深く抉った。飛び散る鮮血、だが血は直ぐに止まり、その箇所から序々に固まっていく。加速する凍結効果、しかし炎と氷の相性は炎が有利、直に氷は溶け再び滲む血を焦がし塞き止めた。

「だめですかっ!」

「ふっ・・・しつこいですね・・・ぐっ!」

会話を強制的に拒ませた一撃、背後を油断していたアグニに対し、奏の一閃がクリティカルヒットした。普通なら致命傷だが、外傷はあまり見られない。

「くどい!」

アグニは細剣を360度一周させ、自分の周囲に炎の軌跡を残した。力強い一撃は二人を跳ねのけた。奏は吹き飛びプキは数メートル仰け反る。

「一首・・・」

間髪入れずアグニは追撃の魔法を唱えた。両の掌の間に魔法陣、そこから炎の槍を召喚する。

「炎閃!」

仰け反り状態のプキは刀での迎撃、もしくは身体をヒネらせての回避行動が出来ない状態にあった。悪あがきにと氷の盾を自分の正面に精製した。だが集中力に欠けたその盾はあまりにも脆かった。

割れるまでもなく、炎の槍は氷の盾をくり抜くように溶かし通り抜けた。

「・・・・うっ!・・・」

右脇腹をかすめた炎槍は身をエグり、流血を起こすことなく重度の火傷を残す。それは火花を散らすように光り、プキの後方10数メートル程で間も無く消滅した。

「千首・・・」

怒涛の追撃。アグニはすぐさま次モーションに移行した。右手に持つレイピアを左手の中指と人差指でなぞる。柄から切っ先にかけてなぞる指を追いかけ刀身が赤みを帯びてゆく。

指が刀身の半分を過ぎた時、

「させへんでっ!」

アグニの行動を遮る様に高い声が響いた。転がっていた偃月刀を手に取り回転を加え距離を詰める。戦意を失っていたはずのカレンだ。少し赤くなっている目元が印象的に見えた。

「はぁぁぁ!」

回転によって収束された旋風を、巧みに矛先に集め向け解き放つ。

ブォン!グリーンのエフェクトを纏いアグニに迫る一閃。無表情にその攻撃を防いだ。ただでさえ細い刀身のレイピア。その幅で偃月刀の切っ先を受け止めたのだ。

「死にぞこないの方が・・・懲りないですね」

「まだやっ!」

叫び声に呼応するかの様に、刹那遅れてうねる乱気流が矛先に流れる。風の激流はアグニの細剣に達すると、空気の爆発を起こした。

それを理解していたアグニはバックステップをする事で衝撃を緩和する。

「っとに・・・小賢しい・・・」

カレンはプキの前に仁王立ちすると、偃月刀をフロアに力強く打ち立てた。プキはこの一瞬を利用し、脇腹のキズに手を当て水色の光を発する。

「カ・・・カレンさん・・・」

「ちゃんや!・・・・・」

そう言うとカレンは表情を若干暗くした。首元のネックレスに少し触れ、再び口元に力を加えると、最初の時の様な元気さを帯びていた。

「悪かった!ウチが騙されてたみたいやな・・・勘違いで攻撃してホンマごめん!」

プキに背を向けたまま声を張ると、偃月刀をゆっくりと構えた。

「あの子らの為にもあいつは許すつもりはない・・・自分ら程強うはないけど・・・

 手ぇ~貸したるっ!」

キリッと構えた偃月刀は僅かに力を帯びた。だが今にも崩壊し、洪水を起こしそうな目元は彼女の強がりを容易に表している。

――・・・・カレン・・・――

あの子供達はこいつの大切な人達だったんだろうか・・・その繋がりが今突然途切れたにも関わらず、こいつはもう前を向いている様に思える。

――・・・強いな・・・――

俺とは違う・・・奏は何処か清々しいというべきか、自分の心とは遠く離れた心を持っているカレンを、ある種、尊敬にも似た眼差しで見た。

「ありがとうございます」

プキは刀を杖がわりに使い腰を上げる。カレンはやや振り向き、ニコッとハニかんだ。

「ふっ・・・・いくで!」

「はいっ!」

二人は武器を構えた。先まで敵同志だった二人が肩を並べた、おのずと指揮は上がり武器に伝わる熱は上昇する。

「死にぞこないが何人集まっても・・・・・」

アグニの言葉の最中、奏は立ち上がった。二人の闘気に当てられたのか、はたまたカレンの性格にでも当てられたのか、軋む体は多少楽に感じられた。アグニは奏が剣を構えた事を感じつつ言葉を続ける。

「・・・つまらないですよ・・・」

ほんの一瞬フロアが沈黙に包まれた。アグニから放たれた静かな殺意を全員が感じ取ったからだ。だがカレンはそれを裂く。

「作戦はっ!」

丹田から出した巨声。作戦?とプキは目を流すが・・・

「なしやっ!」

踏み出すカレン。ないことをおよそ理解していたのかプキも同時に体を走らせた。

アグニと二人の距離はおよそ14メートル弱。

「あの人に方位攻撃はあまり意味がありません!」

「了解やっ!」

グンッと加速するカレン。偃月刀を前方に突き出した姿勢でフロアを滑空する。

「はぁっ!」

飛び散る火花。カレンの突き攻撃は軽く防がれた、弾かれると同時にアグニを飛び越え、その背後から5メートル程の距離に着地した。カレンが消えたアグニの視界。その先にはプキ、そしてプキの周囲には造氷剣が10本程浮遊している。

「氷劍っ!」

走りながら右手を前にかざす。氷剣は勢いを増し、アグニに向け一斉に動き出す。一つ一つを水色のエフェクトが妖美に包む。

「・・・芸のない」

少し呆れた顔を見せると、怠く下ろしたレイピアに炎が纏わりだす。時間差で迫る氷剣を一つの焦りも見せず右手を高速で振るうアグニ。ジュッと音を上げ消滅する氷剣。5本目が蒸発した時にはアグニの周りには立ち込める蒸気が視界を奪っていた。だが見えない状態でありながら、アグニは全ての氷剣を破壊する事に成功する。

ぶわっ!その蒸気を掻き分ける様にプキが姿を現した。近距離から切り結ぶ斬撃。なのに一度もアグニをとらえることができない。実力は、以前なら互角あるいはそれ以上でプキが優っていたはずなのに・・・。カレンとの連携攻撃もことごとく無力に終わる。

空間を圧迫し響く斬撃音、無数に飛び散る火花。


――そ・・・そんな・・・――

奏の目に映るのはフロアに這い蹲る二人。プキは先の怪我が動きを更に悪くさせていた。

「流石に飽きましたよ・・・終わらせます・・・」

そう言うとアグニは【一首・炎閃】を発動させ、猛々しく燃ゆる炎槍を構えた。

狙いはカレン・・・多分そうだ。分かる。奏の体は不思議と一点に向け、夢中で進みだした。

「な・・・なんや!なんの真似やっ!」

剣を構えもせず、小さな体を広げ、カレンの前に立ちはだかった奏は淡々と言葉を発する。

「・・・・俺は弱い・・・だからせめて盾になる・・・」

「はぁっ?!アホかっ!自分が死ぬでっ!」

キュン!もちろん会話を待つ義理もないアグニの攻撃は、予定通りカレンに向け放たれた。

グングン加速する炎の塊。迫るそれはなぜかスローモーションの様にも感じられた。

――死を悟った肉体の超常現象なのか・・・?にしても・・・誰かの盾になって死ぬなんて・・・――

「奏さんっっ!」

必死なプキの表情も冷静に観察する事ができた。出会ってまだ数ヶ月だけど、心配してく

れてるんだろう。奏にはそれがとてつもなく救われた気持ちに思えた。

――同じだな・・・・――

距離2メートル。熱により奏の全身がオレンジに照らされる程の距離。その時・・・

キィィン!少し懐かしい聞きなれた効果音が響いた。奏の少し前にフロアが円形に輝きだ

す。これは・・・転送魔法陣!

溢れ出した光の中、大剣のひと振りが先行して光を切り裂いた。飛来する炎槍を粉砕し、

大粒の火の粉が奏達を逸れ辺りに溢れた。シルエットで分かる長身。ゆっくりと光明から

歩みだす男はフザけた口調で奏達に声をかけた。

「・・・悪い、待たせたね」


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