篝火
篝火
本部に行ってから2週間程が過ぎた。
1週間前にはアプルの検査結果がクリスを通じて報告された。気になる結果は・・・
【irregular】
そう、やはりアプルは能力値異常者だったみたいだ。別になんとなく感じていたことだったから意外ではなかったが、それでもあんな女の子が・・・と思うと少し驚いた。
今は本部で保護と遊び半分で修行をしているらしい。先生は宗治郎だ。
天正・宇治二刀流を教えているんだろうか?そう考えればゾッとする話だ。
「なぁプキ」
キッチンで椅子に座り、ミルクを片手に奏が尋ねる。
「はい?なんですか?」
とこっちを見ずに答えるプキはソファーで寝転びだらだらとテレビを鑑賞している。
奏はこの光景に慣れてしまったので何も感じていない。
「アプル・・・は戦うのかな?」
「どうでしょう・・・ローゼンクロイツの目的は保護が第一ですからね。戦う意思の
ない方に強要はしないと思いますよ?」
「・・・そうか・・・でもそうだな。そういや羆のおっさんもそういう事言ってたな」
「そうですよ。それにアプルちゃんはどう見ても戦うのは似合わないですもんね」
「・・・だな」
奏は席を立ちプキの寝転んでいないソファーの辺に腰を下ろした。
ちなみに今日は月曜日のAM9:48。こんな時間からくつろいでいるのは学校が臨時休校な為だ。理由は今テレビで放送されているこれだ。
「東京都○○区から中継です。現在、世間を騒がせている通り魔の犯行と思われる事件の
現場に来ています。今回の事件は・・・」
「またですね。今回もそこそこ近いですよ?」
「そうだな・・・」
そうこれ。この地域周辺で通り魔が出没している。三日前の金曜日からだ。
セレブ学校の○○学園では厳重な警戒態勢をとっており、学校を臨時休校。加えて犯人を探すという必死さを見せている。当然将来有望な生徒達の安全を図る為なのだが・・・
奏はチラッと窓の外を見た。
ズラーーーーーーーッ、っと庭にぎっしりと配置されているスーツの男達。家周辺のあらゆる所にエージェントが配置されている。手には日本の首都の周辺とは思えぬ本格的な銃を装備している。マシンガンにグレネード。屋根の上にはスナイパー・・・・
――息苦しい・・・・――
察しはつくだろうがこれはクリスの計らいだ。通り魔を恐れてしてくれているのだが・・・
これじゃどんな通り魔だろうと来れる訳が無い。むしろ能力値異常者の奏と神者のプキの心配なんか無用だと思うのだが。
「はぁ~・・・・」
エージェントから視界をテレビに戻した奏は深く息をついた。昨日一昨日は土日だというのに散歩に行こうとすればついてくるし暑苦しくて出かけれたもんじゃなかった。だから家でぐうたらするしかない。学校なら・・・と思ったが学校も休校、お手上げだ。
もちろん捜査も色々な機関がしているらしいが一向に足取りを掴めないみたいだ。セレブの子の親たちが、子供の心配と手柄を取る為に独自に色々しているみたいなのだが。
「暇だな・・・」
うつむきに呟くと奏はソファーにコテンッと横になった。
仰向けのままスマフォを取り出し操作を適当にしてみた。本当にやる事がない。ローゼンクロイツに待機するのも悪くなかったのだが前の週の土日も訓練をした。だから少し休憩の意味も含めて自宅待機だ。
無意識にスマフォを弄っているとプキが声をあげた。
「奏さん!これっ!」
必死なプキの声にすぐに反応し、プキの視線の先にあるテレビを見た。
――なんだ・・・?――
「遺体は鋭利な刃物で数箇所切られた後、火を付けられたと見られます。年齢は10才に
も満たない幼い体型であることから小さな子供と思われます・・・・・
――えっ?・・・――
奏はテレビに釘付けになった。これは、この手口は・・・まさか・・・
「奏さんっ!これって?」
「あぁ・・・」
こんな残虐な人殺し、普通の感覚ではありえない。幼い子供を殺して火を付ける・・・
奏の青白い瞳孔が小さく縮まった。一度、ドクンと大きな鼓動を心臓が鳴らす。
――あいつだ・・・――
テレビに視線を向けたまま奏の脳には違う情景が流れていた。火を纏った細剣、赤い髪、白いスーツ、そして不敵に笑う表情。冷たく全てを見下したかのような眼光。
「・・・アグニ・・・かっ・・・」
沸々と沸き立つ感情。奏は怒りで言葉が息苦しく出た。
「じゃあ今までの通り魔事件は全部火のフェイカーの仕業だったんですかね!」
「どうだろうな・・・でもこの殺害方法をとったのは今までで初めてだ」
「ってことはどういうことでしょう?・・・」
「簡単に考えれば別の事件が重なったか、アグニに仲間がいて複数で事件を起こしていた
か・・・だけど・・・」
奏は言葉を詰まらせテレビを注意深く覗いた。
「犯行現場には被害者の血を使い【God slayer】の文字が壁に描かれていました。
これは何を意味するのでしょうか・・・
【God slayer】・・・・
「はっ・・・神を殺す者・・・だと・・・」
奏は言葉の後、拳を力強く握り締めた。プキは奏のあまりの怒気に当てられ少し恐れ気味に会話を混ぜた。
「神殺し・・・ですか。やっぱりこれは神者に対する行動なんですかね・・・」
「だろうな・・・クズが・・・関係のない子供を巻き込んで・・・」
「は・・・はい・・・」
プキは更に恐れた。いつものクールな奏じゃない。瞳孔が開き小刻みに呼吸をしている。
奏は酷い興奮状態だったがすぐに落ち着いた。
「プキ、どうするんだ?これはもう一般人の手に終える事件じゃないぞ?」
「そ、そうですね!ローゼンクロイツがすぐに動くと思いますよ」
ビビビ
プキの言葉の通り、奏の時計が直ぐに鳴った。この連絡の意味は考えなくても分かる。
奏はすぐに応答した。クリスが画面上に現れたが当然いつもの雰囲気ではない。
「おはようございます虚神さん。何の連絡かおおよそ検討はついていますか?」
「あぁ、今ニュースでやってる事だろ?」
「はい~、話が早くて助かります。お分りと思いますけど、この事件は火のフェイカーの関与があるだろうという判断になりました」
「・・・だろうな」
「それで対フェイカー戦を想定して氷水の神者であるプキさんへの討伐任務の依頼という訳です」
「ぁ・・・はい!分かりました!」
と言いながらプキが画面を覗こうと奏にひっついてクリスに言う。奏は多少動揺したが心
が揺れている場合でもない状況なのでそのまま真剣な顔をした。
クリスは若干「あぁっ!」という表情を見せたがそこも耐えて真剣に話を続けた。
「それで任務内容なんですけど」
「クリス、その前になんでこれだけの被害が出るまで気づかなかったんだ?
ここにこれだけのエージェントを配備していたってことは本当は分かってたのか?」
「うぅ・・・虚神さんは勘が良いですね、はい・・・エージェント配置の時にはある程度の調べがついていたんですが・・・複数犯の可能性が考えられたので直ぐに動くと全員
の足取りを調べられないと思いました。なので少し行動を起こすのが遅くなってしまいました・・・」
「その間にも殺されているんだぞ」
「はい・・・申し訳ございません~・・・」
大きな瞳を目いっぱい瞑りうつむいて謝るクリス。クリスが悪い訳じゃない、それはよく
分かっている奏なのだがクリスに当たってしまった。最低だ。
「おい虚神。クリスに当たるのはよせ。こいつは足取りを掴む為に不眠不休で指示を出していたんだ。フェイカー達の足取りを掴んだのはこれでも早すぎるくらいだ」
羆がクリスを庇う様に出てきた。庇わなくても分かっているんだが・・・
「・・・あぁ・・・・・・悪い・・・」
奏の一言にクリスの潤んでいた瞳をどうにか回復した。
「とんでもないですよ虚神さん~。これからはもっと頑張りますね」
にこっと可愛い笑顔をしたクリス。はなぜかそのまま後ろ向けに倒れていった。すかさず
それを受け止めた羆はクリスをそっと椅子に座らせた。
「緊張の糸がほつれたか、流石のこいつでも3日寝らずは無理があったみたいだな」
可愛い寝顔で寝続けているだろうクリス。よほど疲れが溜まっていたんだろう。
――くそ・・・最低だな・・・俺――
その光景をモニター越しに見て奏は反省した。しかし状況が状況。羆はすぐさま任務内容
を伝えだす。
「ここからは俺が指示を出す!クリスの調べのおかげで犯人グループの人数が把握できた。
人数は4人。こいつらはアグニを中心にグループをつくっている。信じがたいが恐らく残りの3人は能力値異常者だ」
「能力値異常者が3人!ですかっ!」
プキが声をあげ驚いたが羆はさらりと流し内容を続ける。
「そうだ!1人は日本人、2人は国外の者だそうだ。国外の一人については調べがついている。今送った人物がそうだ」
時計のウィンドウの傍に新たにウィンドウが追加され、一人の男が映し出された。
ゴツゴツとした筋肉質を顔から見て取れる。髪は白髪の坊主頭で剃り込みが数箇所入って
いる。額には無数の血管が浮き出ており異常なイメージが分かりやすく出ている。瞳は見
えず白い部分だけが見えているかのような特殊な表情をしている。
以上の情報をまとめて考え、一目見た第一の印象。
「・・・・こわ・・・」
「そうですね・・・恐ろしい顔をしていますね・・・」
怖い顔、という事だけが直ぐに分かった。にしてもこいつも能力値異常者とは・・・
「そいつは死刑囚らしい。アメリカで暴れていた異常者だ。やりたい放題していたらしいが特殊部隊が睡眠薬の投与に成功して厳重に監獄していた者だったみたいなのだが」
「どうして出てきたんだ?」
「アグニだ。その時に気づきたかったのだがな。アメリカは自国のメンツの為に凶悪犯脱獄を匠に隠蔽していたみたいだ。くだらん」
「・・・そんな奴があと2人もいるのか?任務内容は4人の拘束か?」
「いや、生死は問わない。奴らを止めるのが今回の任務だ」
羆は強力な眼力を見せつけ奏に言う。
――生死は問わない・・・か・・・――
「というか羆さん!」
プキが思いついた様に声を出す。
「なんだ?」
「私達2人で行くんですか?」
確かに。奏は納得した。一応今回は人数に入れてもらえているみたいだけどフェイカーと
異常者4人相手なんて・・・
「そこは大丈夫だ。宇治師範代もそっちに向かう。あともう一つペアが援護に向かう手筈だ」
「ほほぅ・・・5人ですか、なら少しは安心ですね!」
「だが油断はするな?相手の実力が分からない状況だ。確実に勝て!」
「分かってます!」
力強い羆とプキの言葉に奏も少なからず闘志を燃やした。
――今度こそ・・・――
奏は勝利を願う気持ちよりも悪に対する憎悪が心の中で膨れるのを感じた。
「それで?場所は?」
「場所は驚く程に近い。お前の家から見えるだろう。ヒルス・ビルだ」
「ヒルス・ビル?・・・・・・あのビルの事か?」
そう言うと奏は窓の外を見た。庭木の間から見えるおよそ30階建てのお洒落な建物だ。
「そうだ。そこからの距離は1560メートル。そのビルの上層階5階分が最近何者かに買収されていたようだ」
「・・・・はっ・・・・」
奏は酷くイラついた。鼻で笑ったが胸のモヤモヤは微塵も収まっていない。
「理解したか虚神?お前の考え通りだろう。奴はお前・・・いやプキが見える所を陣取りお前達の行動を監視していたようだ」
「えぇっ!じゃあお風呂上がりとかも見られてたんですか!」
場の空気を読まず驚くプキ。羆は続ける。
「そ、そうだろうな・・・しかしこんなに近い所で拠点を張るとは思いもしなかった。だから発見が遅れたのもあるが・・・何より東京一等地の高級ビルの上層階を瞬時に買い取る財力があるとは想像もしなかった」
「どこから湧いた金だったんだ?・・・」
奏は冷静を取り戻しつつ羆に問う。
「ここからが少し厄介なところだ・・・アグニの素顔だ」
「素顔・・・?」
「あぁ!奴はヨーロッパの王族、リヒテンブルク家の嫡男だ」
「な・・・あいつが王族?・・・」
「そうだ!つまり王室の正統後継者ということだ。まぁそれだから手を出せないという訳ではないのだが・・・もしも奴を仕留めてしまった場合世界が荒れる火種となるやもしれんのだ」
「じゃ・・・じゃあどうすればいいんですか!?拘束任務にするんですか?」
「いや、かまわない。ただ財力の理由がそれというだけだ。いくら王室だろうと人を無闇に殺していいはずがない。もしもの時の対処は本部に任せろ!」
「・・・分かった・・・」
奏は少し考えた。王室で育ちながら簡単に人を殺せるものなのか?いやむしろ絶対的な権
力が奴を歪ませた原因なんだろうか・・・人が人を殺める理由。それはなんなんだろうか・・・
思いふける奏を気にかける様に羆は喋り続けた。
「すまなかった。今の情報は少しいらなかったな。言ってしまったからには気にはなるだろうが気にせず戦ってくれてかまわん!勝利を願う!」
「分かってますって!それより他の人はいつ合流するんですか?」
「あぁそうだったな。もうすぐだ!」
――もうすぐ?任務は今からなのか?――
奏の脳裏によぎると同時に聞きなれた声が玄関の方から聞こえた。
「か~な~で~ちゃ~~~~ん♥」
色気を含み甘く伸びる声。それは名前を呼びながらズカズカと奏達のいるリビングに入っ
てきた。
さらっとなびく金色の艶髪・・・なぜだ・・・なぜこいつがここにいる!
「あぁん♥かなでちゃ~ん!」
ボスッ!と奏に飛びつき巨乳を擦り付けた。ハァハァと荒い息・・・
「麗奈っ!なんでお前がここに!?」
麗奈は焦る奏のシャツのボタンを片手で淫らに外しながら顔を近づけた。
「わからないの~?わ♥た♥し♥が♥もう一つのパートナーよ♥」
――へ?・・・――
奏は状況を瞬時に飲み込めず硬直した。そこを麗奈は見逃さない。馬乗りのまま唇を近づ
ける。
「ダメです~~~~!」
大声を上げ、バンッ!と麗奈を突き飛ばしたプキ。麗奈はソファーからコテンと転がった。
「んもぅ~なんなのプキリン!あと少しだったのに!」
「なんだじゃないですよ!目の前でそんな事されたら驚きますよ!」
二人の討論の間に奏の硬直タイムは解けた。しかし二人はまだも言い争う。
「そんなことって♥プキリンだってかなでちゃんの唇奪ったじゃないの!」
「うばっ・・・・あれは事故ですよ!そんな・・・奪ったなんて・・・」
ボンっと顔を赤らめるプキ。思い出してしまったのか・・・
「私の今のも事故よ!転んで馬乗りになって起き上がろうとしたら両手の力がなくなって崩れ落ちるところだっただけなんだから!♥」
「ど!・・・どこが事故ですか!どう見ても故意じゃないですか!」
「そうっ!恋よ!♥どう見ても私はかなでちゃんに恋をしてるの!」
「こ・・いっ・・・ってその恋じゃないですよ!わざとってことですよ!」
訳の分からぬ討論を続ける2人。それを聞いていた奏だったがなるほど。状況を把握でき
た。うるさい環境の中通信先の羆に問う。
「そういうことか・・・こいつが俺の護衛だったって訳か?」
「はは・・・そういうことになるな」
――ってことは友達ってのも仕事上ってことか・・・――
少し淋しい気持ちが奏の心を沈めた。
「あぁだが九十院は自らお前の護衛を志願した。一目惚れらしいぞ・・・だから今まで通り接してやれ」
不思議なものだ。その言葉だけで奏の気持ちをグッと楽になった。
「・・・・あぁ」
笑いを含んだ優しい顔で頷いた後、疑問を一つ抱いた。
そうなれば麗奈は前から(入学当時)から奏を知っていて護衛を勤めていた。そしてプキは麗奈とも知り合いだった。なのになんでプキは初めて出会った時奏の存在を半信半疑だったんだろうか。神者候補と分かっていたから護衛が付いていた訳だし・・・
奏はこの疑問を羆にぶつけてみた。
「そこに気づいたか・・・・流石だな虚神」
「で?どういうことなんだ?」
「いや少し話が長くなる。任務を終え帰ってきた時に話す」
あまりに神妙な表情を見せた羆に追い討ちの言葉が見つからなかった。
「・・・分かった」
奏は静かに頷いた。シリアスな雰囲気で話すこの2人とはうらはらに女2人はまだ言い争っていた。
「私はかなでちゃんの体のホクロの数も言えるわよ!♥」
「私だって奏さんの寝言とかいっぱい聞いてますよ!」
「ねごっ・・・そんな羨ましい・・・プキリン!ずるいわよ!」
「へへん!私はパートナーですから!」
と言い争う2人だが・・・奏の体のホクロの数を知っている麗奈も、奏と寝ているかのように得意気に話すプキも恐ろしい・・・奏はジト目で2人の言い争いを聞いていた。するとまたも聞き慣れた声が後方から聞こえた。
「虚神モテモテだねぇ~。男だけじゃなくて女の子にもモテだしたか~・・・」
バッと奏は振り返った。うるさい2人も視線を向ける。
「やっぱりお前もか」
いつもの制服とはイメージの違う黒で統一された服を着ているそいつは銀鏡だった。
麗奈が護衛、そしてそれはもう一つのペアという括りだったので銀鏡蓮が麗奈のパートナーということは想像の範囲内だった為、奏は特別驚くことはなかった。
「そゆこと♪改めてよろしくな~」
ニコッといつもの笑顔を見せた銀鏡に奏の心は落ち着いた。こいつも一緒だ。
「あぁ、変な気もするけどよろしくな」
「おぅ」