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クロの神者  作者: ペケポン
第一章 プロローグ 全ての始まり
17/31

自信

自信


訓練塔2階 模擬武器の階

そこに並べられている数々の武器に宗治郎は関心し、アプルはペタペタと興味本位に触

れていた。奏の今回の目的は武器の変更だ。

「羆さん。今度はちゃんと俺専用の武器を選びたいんだが」

置かれている武器を適当に手に取り羆に問う。

「お前に合う武器・・・か・・・」

羆はそう呟くと豪快にそこらの武器を漁り出した。いくら切れない特殊加工を施してある

とはいえ・・・なぁ・・・。

奏は時間がかかると思い傍にいた宗次郎に声をかけた。

「宗次郎の武器はその刀だよな?」

「はい。これは京剣・右京と左京という二刀一対の刀です。我が道場に古くから伝わる宝剣と聞いております」

「宝剣?いいのか?実戦で使ってたよな?」

「もちろんですよ。剣は使われてこそ生きる物です」

宗治郎はそう言いながら右京・左京を抜いてみせた。幾度か戦闘もなんのその、刃こぼ

れどころかキズ一つない、まるで出来立ての新品のようだ。流石業物って所か。

「なるほどな・・・」

奏が関心していると後ろから何やら服を引っ張るやつがいる。

「・・・かなちゃん・・・」

アプルか・・・。この子に武器の倉庫はまるで場違いだ。

「どうした?」

「・・・わたしも・・・ほしい・・・・」

――ん?・・・――

ほしいってなんだ?剣の事か?いやいやこんな女の子に剣を使わせるのはまずいだろ。

「ほしいって・・・剣をか?」

「・・・うん・・・」

と、無邪気ににっこりと微笑むアプル。武器の危険性というものを分かってるのか?そも

そも武器の使用方法、使用用途とかも・・・

いや、その前に確実に銃刀法違反だ。神者、能力値異常者のローゼンクロイツ所属者は世

界的な特例措置でそれが許可されているみたいだが。って・・・あれ?宗治郎は今は所属

したから良いものの普通に刀を持っていたな。道場だから?まぁなんでもいいが。

でもアプルは今の所検査もしていないしただの一般人だ・・・いいのか?。

「プキ・・・いいのか?」

「え?分からないです!私の判断ではちょっと・・・」

「・・・だよな・・・」

奏は困った表情で髪の毛を軽くかいた。アプルの懇願する目線がとても痛い。

「羆さん!アプルに武器を貸し出すのはマズイだろ?」

一応聞いてみた。行動をおこしておかないと目線が・・・

ゴソゴソと奏の武器を選びながら羆は大きな声をあげた。

「ここは訓練塔だ!いいだろう!」

――いいのかよ・・・――

「だってよ。好きなのを選べ」

奏がそう言うとアプルは嬉しそうに武器の山の中に埋もれていった。

にしてもここの上の奴ら(クリス・羆)は適当過ぎるだろ。世界規模の秘密組織にしては

規律というか堅苦しい感じが全然ない。そうこうしているうちに羆が奏用の武器を選んで

持ってきた。

「虚神。お前に合った武器だとこのクラスの武器じゃないか?」

羆が持ってきた剣は長さがおよそ70センチくらいの中クラスの剣だ。手元の加工装飾で

手の保護の役割をしている。刀身は切っ先側3分の1が両刃で残りの3分の2が片刃とい

う独特な形の刀剣だ。

「これは?」

奏は剣を手に取った。ずっしりとした重みがきそうなイメージをしていたが軽い。素材が

従来のこれよりも良い物を使っているからだろう。ローゼンクロイツ製の武具は品質が他

のと段違いらしい。手に馴染む感覚。なるほど、自分に合っているのかも知れない。

羆は腕を組み、多少のドヤ顔で説明を加えた。

「シュヴァイツァーサーベル!16世紀頃のスイス、ヨーロッパで使われていた刀剣だ!

 踏み込みの速度で相手を捉える戦法が多いお前に合うように刺突戦法にも使える剣だぞ」

――刺突・・・つまり刺し殺す・・・ってことか・・・――

奏は剣の切っ先へと指を滑らせてみた。【斬る】と【刺す】じゃちょっとニュアンスが違う。

「そうか・・・1度使ってみるよ」

「あぁ!じゃあ適当な階に移動するか!」


12階 都市型ステージ

都会での戦闘に備えた訓練ができる階だ。周りに障害物があるとないじゃ戦術に大きな差

が生まれる。剣を振る制限のデメリットや隠密、奇襲攻撃、建物を利用した移動攻撃など

のメリット的な部分のことだ。他にも細かい事はあるらしいが長くなるからな。

シュッ

5人はエレベーターを降りた。すかさずそれぞれ個々の視界の右上奥には緑色のステータ

スバーが現れた。全く便利なシステムだな。

「・・ん?・・」

当然宗治郎はバーに気づいた。間髪入れずプキが説明のフォロー。良いフォロワーだ。

アプルはトローンとつっ立っている。・・・ん?・・・・んん!?

奏は驚いた。アプルの方を何気なく見た後、これまた何気なくアプルの手元に目がいった。

「・・・・・」

少し言葉に詰まる奏。アプルの持ってきた武器。奏の予想を超える武器だ・・・

「アプル・・・それにしたのか?」

アプルは両手に持っている武器を一度見て、ゆっくりと顔をあげて嬉しそうな表情を見せ

た。

「・・・うん・・・そうちゃんといっしょ・・・」

まぁ・・・二刀流は確かに宗次郎と一緒だけど、女の子が片手で剣を触れるのか?

そう。アプルは2本の剣を持ってきていた。

すると羆がその剣を見てまたも得意気に説明を始めた。

「ほう!スキアヴォーナか!良いところをつく奴だ!」

スキアヴォーナ。斬り合いの際、拳を守れるように籠状のヒルトが付けられているブロー

ドソード。この刀剣は16世紀初め、ヴェネツィア共和国のスラヴ人からなる元首親衛隊

が使用していた武器らしい。これもローゼンクロイツ製の特別製。特にこれは刀身に黒刀

を使っている。つまり黒のスキアヴォーナだ。それを二本とは・・・

ちなみに宗治郎も訓練用に愛刀と類似した刀を二本持ってきていた。プキは前と同じで朧

桜のレプリカだ。

「よし!修行の開始だ虚神!しっかり強くなれ!」

羆の巨声。熱い、熱すぎる。そこまで本格的にどうこうのつもりは全くなかったのだが。

こんな状況になってしまったら腹をくくるしかないか・・・

奏はやんわりとしたジト目で羆を見た。

「・・・あぁ・・・」


とりあえず最初は奏とプキの実戦稽古という流れになった。宗治郎はアプルに二刀流の使

い方を教える事になり場所を変えた。アプルに剣の使い方なんてあまり意味がない様に思

えるが・・・それにしても・・・

「・・・・・・」

ブン、ブン。奏は無言で剣を振り回してみた。ソードブレイカーの時とは違い、予想以上

に手に馴染む。それに短剣とは違いリーチが長い。戦い方に差がでるだろう。

――なんか・・・前とは違うな・・・少しは戦えるか?・・・――

奏は10メートル程離れた所で鞘から刀を引き抜くプキを見た。

――油断はしない・・・あいつは俺よりはるかに強い・・・――

剣の使い方は戦いを見ているうちに少しは学習していたつもりだ。足のはこび、攻撃の際

の剣の握り方、太刀筋、捌き方。どれも付け焼刃程度の知識だし、どう戦えばいいのか型

が決まっている訳ではないうえに経験も少ない。

という事は結局奏自身の反射と反応、直感のみで戦うしかないのだが。

「奏さん。前と同じとは思っていません。多少本気でいかせてもらいます」

プキの目の光が霞んだ。本当に真剣になっているようだ。朧桜を両手で持ち、胸の前に構

えて刃先をやや斜め下に向けている。いつもの構えだ。

「・・・あぁ・・・」

奏は胸の奥から出すかのような低い声で答えた。

前回のプキとの対峙と同じく羆はフロアの隅の方で葉巻を吹かしこんでいる。

ぷはぁ~

奏が視線を送ったことに気づき、羆はギラついた眼光でにやっと笑い大声をだした。

「始めろ!」

ダン!

奏はいつものように踏み込んだ。その地点から小さな空気の振動が輪を出し飛び散る。

シュヴァイツァーサーベルを両手で持ち、剣先をプキに向けた。踏み込みは奏の第一行動

のようになっていたが関係ない。どれだけ戦えるのか・・・

――油断は・・・しない!――

プキの表情は以前とは違う。余裕の笑みはない。プキとの間合いが迫った時、視界の右方

向から朧桜が向かってくるのが見えた。突き攻撃を繰り出そうとしていた奏だったが、プ

キの剣を躱す俊敏力がないのも、自分の突きが先にプキを捉えることが無い事も判断出来

た。今回のこの攻撃は冷静に見えている。

キィン!

奏はそれを素早く弾き返した。受けきれなかった前とは違う。弾き返した勢いそのままに

体を一回転させ二撃目の追撃を放つ。

ブン!

虚しくも奏の追撃を空を切り裂いた。

――空振り?――

回転時、一瞬目を離した僅かな隙にプキが視界から消えてしまった。

ピクッ。奏は宗治郎の動きを思い返した。半ばヤケ気味に体を半身くねらせ、その状態で

剣を自分の後方に振り回した。

キィィン!

確実にまぐれではあるが、後方から迫っていたプキの斬撃を弾き返すことに成功した。

「えっ!?」

プキは驚き少しの間合いをとるためにバックステップで距離をとった。

――あれ?当たったのか・・・――

剣を持つ手が痺れている。握りが悪かったか・・・奏は剣を構えプキを睨んだ。

奏の適当な構えは剣道のように両手で持ち、前方に少し傾けて持つ構え・・・ようするに

剣道の構えだ。本当は片手で剣を扱うのに憧れたが自分の身長と手の大きさ、もろもろを

考慮すると両手持ちが無難だ。だからとりあえずは戦いやすい構え、という訳だ。

「驚きました!想像以上でびっくりです!」

刀を構え直したプキは奏の成長を嬉しそうにしている。

「どうだろうな。正直さっきのはまぐれだ」

「まぐれでもすごいですよ!」

「はっ・・・そうか?・・・」

直球で褒められるのは少し照れる。素直じゃない態度をとりつつも、奏は視界の右上奥に

視覚化されているステータスバーを見た。一瞬の戦闘だがゲージにミリ単位の空きが見ら

れる。こんな僅かな疲れもコンピュータは判断するのが少し怖いくらいだ。

だが、以前ならもっと前にぶっ飛ばされていたはず・・・。

「いきますよ!奏さん!」

「あぁ!」

キィイン!

高速で交わる二人の剣。正面からお互いの間合いで攻撃、攻撃、攻撃の乱舞。レプリカ刀

は刃が切れる訳でなく打撃的要素の攻撃武器だ。甲高い金属音を絶え間なくあげ続けてい

るものの、手に伝わる衝撃は鉄パイプの打ち合いとさほど変わらない。となると打ち合い

慣れていない奏には違う所からダメージが蓄積される事になる。

十数秒の打ち合い。奏はプキの剣を捌くのがやっとだった。捌けているのは確かな進歩だ

が、奏の額から溢れる一粒の汗が極限の集中力と肉体の反射による体力の摩耗を物語る。

キン!キン!キィン!

プキは女の子だが一つ一つの剣が、速度、圧力、正確さともにレベルが高すぎる。だが・・・

――見える!・・・――

プキが次に繰り出してくる一撃。奏の右方向中段からの剣筋。奏はその一撃を反撃のチャ

ンスと見た。

「はぁっ!」

気合いを込め吐き出した声と共に繰り出す渾身のひと振り。シュヴァイツァーサーベルを

下方から上方に斬り上げた。

キィィィン!

高い剣圧と剣圧がぶつかる衝撃で剣の交わる区画の半径1メートルくらいまで、肉眼で確認できるほどの空気が激しく拡散するエフェクトが放たれた。

「キャッ!」

奏からの一撃とは思えない程の威力にプキは隙を作る。弾かれた衝撃で刀は体の上の方に、体は多少後方にのけ反っている。

――ここだ!――

女の子の体に迷わず剣を振り抜くなんて最悪だ。なんていう当たり前の事すら頭によぎる余裕がないくらい、奏は気持ちが高ぶっていた。

【チャンス!】

この一点のみだ。

奏は両手で柄を強く握り直し、1メートルにも満たないプキとの間合いを力強く詰めなおした。中断右方向から左へと振り抜くなぎ払い斬り。

ブゥン!

――捉えた!――

確実なタイミング。躱しようのない間合い。奏はこの一撃が決まると確信した。だが・・・・

――・・感覚が、ない?・・――

ただ思い切り素振りをしたかのように、奏の剣はまたも空を斬る。プキを捉えたと思っていた分振り抜いた跡の動きに隙ができる。でも・・・

奏は首だけを90度反転させ、すぐさま背後を視認する。

――いない!まさか!――

そして反射的に上を見上げた。そこには刀を振り出すモーションをとるプキがいる。

「甘いですよ!奏さん!」

空中から振り抜くプキの痛烈な一閃。目を見張る剣速だが・・・しかし、対応できる速度だ。奏はさっきと同じ要領で体を半身にし、剣をプキの斬撃の軌道上に向けて振り抜いた。

キィィン!

二度目。一度目はまぐれだったが今度は自分の反応、反射での実力だ。剣と剣は重なり、その衝撃の瞬間、プキが不敵に言葉を発した。

「もう無理ですよ!」

――・・・え?・・・どういうことだ?・・・――

プキの言葉の意味を奏は即座に体感することになる。刹那の力のぶつかり合い。奏は柄を握る右手に力を入れたつもりだった。

ブシュ

何かが裂ける音がした。これは?それと同時に柄を握る右手から力が泡のように抜けていく。まずい・・・押し負ける。

ガキィィィン!

奏のシュヴァイツァーサーベルは激しい音をあげ数メートル後方に弾きとんだ。

スタッ、着地したプキはすかさず奏の首元に刀の切っ先を突きつけた。

「ふふ・・・降参ですか?」

優しく微笑みを浮かべるプキ。奏は不思議と悔しさの感情が沸き立つことはなかった。

ほんの少しの戦いだったが手応えを感じられたからだ。自惚れかも知れないけど今ならお歯黒くらいの敵なら難なく倒せる気がする。

「あぁ・・・降参だ・・・」

言葉を発する奏の顔は僅かな自信を帯びていた。

そっと切っ先を戻したプキは表情を変え、持っていた刀を地面に適当にほり離した。そしてそれと同時にすぐさま奏を手を取った。

「大丈夫ですか!手!?」

――・・手?・・・――

奏はプキが慌てて両手で手に取った自分の右手に視線を向けた。

え?奏は自分の手じゃなく他人の手を見ているかのような不思議な感覚に落ちた。

掌のいたるところから血が出ている。皮膚が裂けている。

「なんだこれは?・・・」

なかなかに程度の重い怪我なのに痛みを感じていなかった。というよりこの怪我はいったい・・・?

「なんでじゃないですよ。あれだけ打ち合えば当然です!」

どこから出してきたのか分からないが、プキは小さな救急セットのような物の中から包帯、消毒液などを出し迅速に怪我の治療を始めた。

プキのあまりの勢いに奏はそれを眺めていた。包帯を巻き始めた頃羆がのそのそと近づいてきた。

「虚神ぃ!やはり能力値異常者だな。この短期間でよくここまで戦えるようになったな!」

「・・・まだ全然だ。こいつに一撃も入れてない」

「ははは!プキに勝とうなどとは思うなよ?そいつはそんな性格だが一応は神者だ。実戦経験を受けている訳でもないお前に勝てるはずがないだろう!今はそれで充分だ!」

「い、一応って・・・。でもそうですよ。前とは別人です!」

可愛い顔で笑いつつ、反対の手にも包帯を巻きながらプキは言う。

「・・・そ、そうなのか?」

奏は少し得意気になった。なぜなら自分でもそう思っていた、少しは戦えるようになってきていることを実感している。

折角得意気になっていたのに羆は奏に少しキツイ言葉も浴びせてきた。

「だが虚神。訓練だと手を抜かず気合の入った戦いをするのはいい。しかしだ。お前は戦いの際自分自身を見れていない!今の自分の手を見てみろ!それにすら気づかなかったのか!?」

と、鋭い眼光で睨む羆。

――・・・そうだ・・・気づかなかったんだ。こんなになっていても気づけない――

羆の問いに奏は黙り込んだ。怖いとかそんなんじゃない。ただ、返す言葉が分からない。ただ単に気づかなかった自分に驚いている。

パンッパンッ

「痛っっ!」

プキが手の治療を終え、奏の手を(はい!おしまい!)的な感じで叩いた。そして奏の顔前に立ち上がった。

「奏さん。羆さんの言う通りですよ。前の火のフェイカーさんの時といい少し戦い方が強引な気がします。もう少し冷静に戦えないと・・・危ないですよ?」

プキは何か思いつめているかのような表情で奏に訴えた。続けて羆。

「そうだ!戦いで熱くなりすぎると周りが見えない。戦えていると戦えるは違うぞ?虚神。

 だがまぁお前の場合は経験値の不足が原因だろう。前と同じくみっちり相手をしてやる!」

またか!・・・と絶望の反面、大きな高揚欲も駆り立てられる。強くなりたい。

「あぁ・・・頼む・・・」

奏は恥ずかしそうにちょこっと頭を下げた。

――ん?・・・待てよ・・・?――

「羆さん。この手でどう戦えばいいんだ?」

そういうこと。よくよく思い返せば手が使えないのではないか・・・

すると羆はズボンの後ろポケットから真っ黒のグローブを出してきた。適当に出されたそのグローブを奏は受け取った。手の甲の部分には黒みがかったブラックシルバーの板?のようなものが施されている。ローゼンクロイツのエンブレムも細工されていて高価な作りだ。質感は革に近い感じだが・・・これをはめろってことなのか?

「これは?」

「シールドグローブ。通称はSG。エージェント用に設計された特殊グローブだ。

 ここのエージェント達はただの人間だ。だが能力値異常者と対峙することもある。そこでエージェントの生存確率を上げる為に製造されている、まぁとりあえずはめてみろ」

本当に説明が好きだな。そこまで聞いていないのにベラベラと・・・

奏は包帯の上から無理矢理にグローブをはめてみた。途中何度か傷の痛みが走る。

「・・・あれ・・?」

奏は2・3回グー、パーを繰り返した。不思議な事に痛みを感じない。

「痛くない・・・」

「そうだろう!こうなることを予測していたからな!よし!始めるか!」

え?これこそ長々とした説明が必要な謎なのに。と頭をよぎったが、まぁどうでもいいか。

話の間にプキが拾ってきてくれたシュヴァイツァーサーベルを手に取った。

「あぁ。で?次はどうするんだ?」

「次は俺との稽古だ!以前お前は俺の攻撃を躱すだけの訓練だったが今回は違う。

 存分に力をぶつけてみろ!」

羆は喋りながら建物の壁に立て掛けてあったトゥ・ハンド・ソードと呼ばれる大剣の柄を掴んだ。この剣は刀身が2メートルを超える馬鹿でかい剣だ。その名の通り両手で使える様に柄の部分が長い。ローゼンクロイツ製とはいえ重量もそこそこある。しかし有に2メートルを超える体格を持つ羆はそれを片手で振るみたいだ。近寄ってくる羆はトゥ・ハンド・ソードを軽々と片手で担いで来ている。見た目の比率では奏と奏の剣、羆と羆の剣は同等にも見える。まぁ体格と剣の長さの比率の問題だが・・・

「プキ!お前は隅にいろ!そして虚神の動きの悪い所でも見ておいてやれ」

「はい!了解しました!」

と言いながらプキは軽快な敬礼を見せたあと、ピューッと遠ざかる。

ガキンッ

羆が大剣を構えた。片手でも扱えるみたいだが両手で持ち、力を抜いた感じに前に倒した構えだ。以前の訓練時の羆の武器は刀身1メートルくらいのロングソードだったのに対し今回の剣は2メートル。迫力というか威圧感というか・・・剣を構えられただけで殺されそうな程の圧力が奏に伸し掛る。

――どう攻める・・・――

奏はピリピリと伝わる緊張感を肌で感じながら脳を働かせる。前に対峙した時と明らかに違うものがあるからだ。

【戦いへの恐怖心】

命を賭けた戦いを見てきた奏には怖さが分かる。一瞬の油断での死。これは訓練だがそう思える程楽観的なもんじゃない。攻撃を受けず戦えるのが大前提だ。何せ真剣なら一撃を受けたら大抵そこで終わってしまう。

奏が考えているとそれを悟った羆が声を上げる。

「虚神ぃ!さっきも言ったがお前には経験が少ないんだ!難しいことを考えても実戦でその通り動ける訳じゃない!実戦では経験と直感が生きてくる!

 とりあえずかかってきてみろ!安心しろ!死んだりしない!」

羆の大声に奏の頭の中で蠢いていた数多の作戦ははじけて消えた。

――簡単に言いやがって・・・――

奏は素直に剣を構える。

――はっ・・・でも確かに・・・死ぬ訳じゃないか・・・――

奏は羆の巨体を見据えた。見れば見る程勝てる気がしないその大きなオーラを、一回瞳を閉じ、肺に空気を含む事によって誤魔化した。

ふぅ。空気をゆっくりと吐き出し蒼白の瞳で羆を睨む。

「いくぞ」

奏は低く言い放つ。羆はそれと同時に豪快な笑みを見せた。

「がはは!来い虚神!」

ダンッ

奏は羆が喋っている途中に地面を蹴った。そしてみるみるうちに十数メートルの間合いを詰めていく。構えはプキに対した時と同じく突きの構えだ。

羆は距離が縮まると同時に剣を下ろした。そして剣を左手に持ち、右手であごヒゲを撫でた。

――なんのつもりだ?――

奏は疑問を抱いたがそのままシュヴァイツァーサーベルを羆に向けて力強く突き出した。

「遅いな。そしてパターンが単調だ!」

羆は突きを流れる様に奏の右方向に躱した。そして突進の勢いがある奏の右足を大きな右足で払った。

「うわっ!」

体制を崩す奏の背中に、羆は右手をなぎ払うようにして打撃攻撃を加えた。

ドン!

殴られた衝撃で、背中から胸を抜けて衝撃波が貫通する。

「・・・んぐっ・・!」

自然と無理矢理に吹き出た声。それに合わせ攻撃の反動で前方に向けて数メートル吹き飛ばされた。

「・・くそ!」

奏は飛ばされている途中で体を強引に反転。どうにか右足を地に着けブレーキをかけた。

すかさず右上奥のステータスバーを見る。少し減っていたが致命傷ではないようだ。まだまだグリーンのラインだ。

奏は、はっ!っと空気を吐き出し剣を構えた。

「虚神!少しは戦い方に面白みを加えてみろ!お前の戦い方は単調過ぎてつまらんぞ!」

羆はトゥ・ハンド・ソードの刀身を右肩にかけ、奏を睨む。

――って言われてもな・・・――

奏は目を右方向に泳がせて考えた。面白みのある戦い方・・・と言われても羆相手には余裕がない。イメージで言えばライオンや熊相手に素っ裸で対峙する感覚で奏は今戦っている。そこで面白みの要素を入れれるものなのか・・・

「どれ!」

奏の沈黙を裂くように羆が剣を構えた。今度は片手持ちだ。

「こっちから攻撃を加えるぞ!」

羆からの斬撃の威力の凄さは前回痛いほど理解している。奏は集中を高めた。

観察。羆が右足の指先に力を込めているのをなんとなく感じた。

――・・くる!・・・――

ドン!

読み通り羆は飛び上がった。一般人がジャンプする時に発する事はまずなさそうな音が地面から響く。地面にはそこそこのひび割れが生じている。そしてすごい跳躍力。数メートルの間合いを飛び越えてくる。

「どう出る!虚神!」

落下しながらのひと振り。どう出るも何ももちろん受けきれる訳が無い。奏は右方向に転がり緊急回避をした。

ドォォォン!

2メートルの大剣を強力に振り切ったひと振りは、フロアの床を深くえぐった。爆音と共に飛び散るフロアの破片、しかしここがチャンスなはずだ。奏は剣の柄を握り直し反撃のモーションへと移行した。

――ここだ!――

がむしゃらに振り抜こうと剣を走らせた時だった。

「躱してからの次が・・・」

羆は既に奏の視認し第二撃目を発動させていた。めり込んだ事なんてお構いなしに、そこから斜め上に向けて大剣を振り上げる。

「遅い!」

迫ってくる羆の斬撃。奏は攻撃モーションだった為、確実に不意を突かれた。だが全身の筋肉を無理矢理に動かし、床に這い蹲る形で回避に成功した。

ブン!

空を斬る轟音。今のが自分にヒットしていたらと思うとゾッとする。

「ほう!これも躱すか!」

と発する羆には僅かな隙ができる。大剣を振り上げた後、その重みと遠心力で体重が後ろに向けて偏っているはずだ。

「はぁっ!」

奏は声を出し剣を振るう。大剣のある左方向じゃなく、がら空きの右方向になぎ払い斬りをくり出した。羆の反転攻撃がいくら早かってもこのタイミングはこちらに分がある。

パシッ

――なっ!――

おかしいだろ!と脳内ツッコミが入った。羆は大剣から右手を離しその手で奏の一閃を難なく受け止めたのだ・・・普通じゃない。

「甘いな!」

羆はそして攻撃の反動を払拭した左手の大剣をなぎ払った。

――くっ!――

咄嗟の判断。奏は剣から手を離した。そして同じく地面に伏せ攻撃をどうにか躱す。

「なに!?」

羆も今の攻撃を避けられるとは思っていなかったのか、空振った反動でさっきよりも大きな隙ができた。

「はっ!」

奏は低い体制のまま羆の懐にフロントステップをした。そして起き上がる反動と足のバネを生かし下方からの痛烈な蹴りを羆の顔めがけて繰り出した。

バシィッ!

激しい空気の振動が蹴り地点から弾け飛ぶ。生身の体を捉えた感覚が足の裏から奏の神経に伝わる。これは確実に入った!そう思った奏であったが・・・

「ふんっ!」

得意気に笑みを浮かべた羆の顔。その手前で奏のシュヴァイツァーサーベルを持っていた右手が蹴りを阻んでいた。

――このっ!――

奏は上空に舞うシュヴァイツァーサーベルを確認した後、掴まれた右足に体重をかけ、左足で強く地面を蹴った。追撃だ。左足での飛び上がり蹴りを羆に見舞った。

バシ!

羆は素早く繰り出された第二撃に反応するのが遅れ、ようやく奏の攻撃はクリーンヒットした。そして手が緩んだ右足を外す為、強く羆を蹴り離した。

「ほぅ!」

羆は怯む。しかしダメージは毛ほども受けていないだろう。

離れる事に成功した奏は空中でシュヴァイツァーサーベルを掴み取った。

スタッ、と地上に舞い降りた奏は止まらず、攻撃の手をやめない!

「まだだっ!」

らしくない声を張り上げ至近距離から踏み込んだ。

キィン!

鳴り響く金属音。やはり羆相手に連続攻撃が決まる訳がない。羆は大剣を軽々と扱い奏の連続斬りをことごとく遮る。素早く繰り出す攻撃の一つ一つを余裕の表情で防いでいる。

――このっ!おっさんがっ!――

どう振ってもどう突いても全てが捌かれる。付け加えるとその一つ一つ反撃のチャンスがあるのにして来ない。遊ばれているようだ。だが単調な奏の攻撃に飽きたのか、羆はその反撃を見せる。

「ふむ!剣の速さはなかなかだ!だが・・・!」

その言葉を吐いた時、奏の攻撃はボディ目掛けての突き攻撃だった。それを最小限のサイドステップで躱した羆は腕に力を込めた。

「重さが足りんっ!」

ガキィィン!

理解しがたい衝撃が奏の剣をかち上げる。今ので柄を離さなかっただけでも大金星だ。

しかし反動でバンザイをしている状態の奏は恥ずかしい程隙だらけだ。

「ほれっ!ボディが!」

羆は流れる様に次のモーションを取る。

「がら空きだ!」

ドスッ!

羆の中段蹴りが奏のお腹にめり込んだ。パァンッと飛沫を上げて背中から空気が弾ける。

「・・うっ・・・っ・・」

内臓が出てくる、と思えるほどの一撃。大きな丸太を喰らわされたみたいだ。刹那遅れて体が後方へと吹き飛んだ。今回はさっきとは違い空中で止まるとか受身を取るとかそんな余裕は全くない。奏は数メートル飛んだ後、みっともなく数メートル転がった。そしてこのフロアの特徴である建物に軽く当たって静止した。

「虚神。小さいやつはどうしてもパワーで劣る。相手が一般人なら問題はないが能力値異常者ならその理論が通常通り適応される。本来そこは経験でカバーしていくものだ!

 お前は正面から戦えるタイプではない。経験の少ないうちの今の戦い方を考えるんだ!」

10メートル程先で羆が説明をする。分かってる・・・そんなの分かってる・・・だが。

――くそ・・・――

このダメージはステータスバーを見る必要もない位だろう。と思ったがチラッと意識して確認すると3分の2まで減少している。奏はゆっくりと立ち上がりながら右手が掴んでいるシュヴァイツァーサーベルの柄に力を入れた。

――はっ・・・全然分からない・・・こうなりゃヤケだ!――

ダンッ 

奏は数メートルある羆との間合いを詰める。両手で剣を持ち、体の右方向に構えて向かう。

羆は少し呆れ顔を見せ、奏の剣を防御できるように大剣を前方に構えた。

ブンッ・・・・

「・・・なに?」

羆は一瞬動揺した。奏の剣が羆の大剣を捉える事はなかった。剣筋は羆の予測通り構えた右方向からの中段水平斬りだったのだが、数センチ手前で空振りを決め込んだ。

ガクン、とそれと同時に奏は体制を低くした。振り抜いた反動そのままに遠心力を利用し、しゃがんだ姿勢で地に手を着け、下段回し蹴りを放った。

バシィ!・・・痛烈にその蹴りはヒットした。それもちゃんと羆の足にだ。

――倒れろっ――

ヒットした自分の足を振り抜き、羆の体制を崩そうと思った時、奏は想定外の事態に気づいた。

「なっ・・・びくともしない!」

振り抜くどころか羆の足は微動だにせず、巨体を支え凛としている。羆から見れば今の奏は目の前で這い蹲り隙だらけのアホだ。羆は即座に柄を握る手を逆向きに変え、串刺しの構えをとった。

「狙いは面白いが技の威力が足りんぞ!これではただの・・・」

羆は大声と同時に大剣を奏に突き立てる。

「死にたがりだ!」

ヒュンッ、と奏に向かう切っ先。こんなものくらったら怪我なんかじゃ済まない。

奏はどうにか大剣の軌道をずらそうと剣を横から当てる形で振り抜いた。

ドォォオン!

僅かに逸れた切っ先はフロアを貫き、その衝撃で小規模の爆発をしてみせた。

――くっ・・・――

どうにか羆との間合いをとる事に成功した奏はフロアの穴を見て肝を冷やした。

「・・・あぶなかった・・」

小刻みに呼吸を繰り返し剣を構え直す奏。一つ一つの動作に対する集中力の消費が見て取れる。羆は嬉しそうに笑った。

「がはは。今のがあたっていたら今日は訓練どころじゃなかったな!虚神ぃ!」

全くもってその通り。いくら斬れない加工を施していてもフロアを貫く威力の前には何の意味もない。むしろ当たっていれば奏の体を貫き死んでいただろう。

「殺す気かっ!」

「大丈夫だ。ちゃんと寸止めする気だったさ!お前が自力で防いだのは良かったな!」

「・・・・」


このあと訓練は1時間ほど繰り広げられた。奏の悪いところを見ておくはずだったプキは朧桜を持ったまま壁に持たれて寝ていた。とりあえず訓練が終わり、息を切らしながらフロアに寝転がっていると宗治郎達が戻ってきた。

「おぉ!宇治師範代!そいつの動きはどうだった?一度くらいまともに振れたか?」

相変わらず息一つ切らしていない羆が声をあげた。

「そうですね。素晴らしい動きでしたよ」

「・・・・たのしかった・・・・」

アプルは満面の笑みで羆に微笑んだ。汗一つかいていないところを見ると適当に遊んだみたいだな。

「そうか!たのしかったか!そいつは良かった!」

羆のアプルに対する態度が子供の相手をする感じになってきているな・・・奏は仰向けのまま羆を見たあと宗治郎達に視線を向けた。

「その様子・・・・虚神さんはもう修行を終えたのですか?」

「・・・・そういうことだ・・・」

シレッと答えながら奏は天井を見上げた。ここの天井は高い。一体何メートルくらいあるのだろう。と同時にふと頭をよぎる。

――そういえば対都市型の戦闘方法を一つもしてないな・・・・――

と思いつつも奏は戦闘能力の向上を実感していた。


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