眠れない夜
眠れない夜
カチッカチッ
奏がふと時計を見ると1時を過ぎていた。
結局話はしたもののアプルの過去についてはほとんど分からなかった。白い建物。橘は友達。ぐらいで両親、故郷、その辺のことは全然だ。・・・記憶が途切れているのか?
ともあれ今日はお疲れ。寝ることも大事だ。明日ローゼンクロイツに行かなきゃならないし・・・お風呂に入ろうとの結論にいたった。
「プキ」
「はい!」
気持ちのいい返事と共にプキが風呂場に走っていった。アプルが不安そうに奏を見た。
「風呂掃除に行かせただけだ。あいつは居候だからな」
「・・・おふろ・・・・わたしも・・・」
アプルはそう言うと立ち上がりプキの行った方に歩いていった。
――風呂が好きなのか?――
アプルの情報がとにかく少ないので奏は些細な事でも記憶した。でもなんか変態だな。
「虚神さん」
変なことを考えていた奏はビクッとし、宗治郎を見た。
「アプルさんの事。どうお考えですか?」
「どうって・・・分からない・・・」
「私は何か気持ちの悪い予感がしてしまいます・・・うまくは言えないんですが」
「・・・・そうだな・・・俺もそれは感じた」
「明日。何か少しでも分かればいいんですが・・・」
「あぁ・・・」
空間を重くするトーンで2人が会話していると奥の風呂場からプキの声が聞こえてきた。
「あれ!アプルちゃんも手伝ってくれるんですか?ありがとうございます!
奏さんは手伝ってくれませんからね~。けちんぼさんなんですよ~」
――・・・おい・・・聞こえているぞ――
「そこの靴はくといいですよ~」
そういえばいつもは1人だからそんな言葉を発することがない。風呂場でのあいつの声がこんなにうるさいとは。そしてプキはさらにうるさい声をだした。
「キャーーーーーーーーーーーーーー!」
家が動くかのような悲鳴!キッチンの男2人がガサッと席を押し立った。
「奏さん!宗治郎さん!こっちに来たらだめですよ!」
――?――
「アプルちゃん!お風呂はまだです!なんで裸なんですか~!」
――あぁ・・・・なるほど・・・――
男2人はそっと席に着いた。
「それになんなんですかその体!」
――なにか酷いことをされていたのか!――
「羨ましいです!や~~~お肌綺麗すぎです!それより胸隠してください!」
――・・・・・・・・・くだらん・・・・・――
その後女の子2人はそのままお風呂に入り、宗治郎、奏の順で済ませた。
寝る部屋は・・・まぁいくらでもあるからな。
宗治郎は和室。アプルはプキと一緒に寝る様子だ。奏はまだリビングのソファーが寝床だ。
「・・・・・・・・・・・・」
それぞれが部屋に入りリビングに静かな時が流れた。風呂上りで火照った体、ソファーで天井を見つめていると頭に血が登った感覚になった。
――今日は・・・電気を消しても寝れそうだ・・・――
奏はふとそう思った。それにしても・・・家に自分以外の人が3人寝ている。という気持ちだけでこんなに夜が違うとは・・・
奏はソファーの傍のテーブルに置かれている照明のリモコンを久しぶりに手に取った。
自分は触れていなかったがプキが掃除してくれていたんだろう、ホコリもさほどかぶっていない。そっと奏はボタンを押してみた。
フッ
照明が消えた。横たわる視界から大きな出窓を見た。カーテンは空いている。外の景色は家の大きな庭だ。じわじわと目が馴染み黒の世界に慣れてくる。
「・・・・・・・」
暗くない・・・半月くらいだろうか?三日月の光ほど暗くはなく満月の明るさ程ではない。
――ぼんやりと輝く庭を見るのは久しぶりだな・・・――
刹那。心の奥底にしまっていた感情が湧き上がる様な感覚に陥った。
でもそれを優しく深呼吸をしてまた奥底に閉じ込めた。穏やかな気持ちだ・・・
少しの間、人から離れていたのにプキが現れてから色々な人、出来事に出会った。
「・・・・・・・・・・・」
奏は天井を見上げ目をつむった。
怖くない・・・夜が怖くないのはいつ以来だろう・・・
カチ・・・カチ・・・
部屋を暗くしたら色々な音が無意味に聞こえてくる。時計の秒針。外のせせらぎ。ししおどしの音色もよく聞こえだした。同じ場所なのに別の世界にも思えてくる。
でも・・・そこまで気にならない。ここには皆がいてくれている。奏の心は本当に穏やかになった。
――寝よう・・・明日は早い・・・――
頭を回転させるのをやめ、タオルケットをかけ直した。
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・静かだ・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
ドクン!
「・・・・!・・」
奏は張り裂ける程に目を開いた。身体中にとてつもなく重いなにかが押し寄せる感覚。
直後ににじみ出る汗。奏の頭の中を掻き乱すように一つの感情が駆け回る。
【――怖い――】
パノラマ、もしくは走馬灯のように浮かび上がってくる奥底に閉まっていた情景。
それが流れるたびもよおす吐き気、震える手・・・
奏はいそいで明かりをつけなおした。同時にスッと消えていく頭の中の情景。
四つん這いになり両手付近のタオルケットを血が滲む程に掴んだ。
「・・・・・くっ・・・・」
胸の奥から絞り出るかの様に言葉をえずいた。
そのまま体を丸く、小さくした。掴んでいても震える手を必死でおさめようとした。
「・・・・・・・・・」
一粒の大きな涙がこぼれ落ちるのを境に次々と溢れ出る涙は抑えられない。
「・・・・・お父さん・・・・・お母さ・・・・ん・・」
ヒクヒクと体を震わせながら泣き続ける涙は止まらなかった。




