初めての任務
初めての任務
五日が経過した。その間にプキのファンクラブには親衛隊というものもできた。
一応プキ様の身の回りの安全と近づく者の監視みたいな行動をとっているらしい。
プキの性格上それはあまり気になることではないらしく、まだ問題は何一つ起こっていない。奏に対する何か嫌がらせの類が懸念されたが、奏はなにを隠そう虚神財閥の一人息子。
手を出せる訳がなく、こちらもとりあえず安心。でも気になるのはエスカレートする刺さる視線だ。理由は初日のお昼以降のプキの奏べったりが勢いを増した為。
あぁもちろん麗奈も張り合ってくる。ほんと退屈しない・・・・というか・・・なぁ。
ローゼンクロイツからはまだCクラス任務のお誘いもなく、通信は腕時計での定時連絡と、2回くらいきた零からの「今、どこそこにいるよ」っていう連絡くらい。
こんなに平和な感じが続けば前の事件なんかは嘘のようにも錯覚してくる。実際、プキと生活を楽しんでいるみたいなイメージしかない。
【怖い】
奏にはなぜか、気持ちと相反する言葉が胸の内で少しずつ膨らんでくるのが分かった。
――なんなんだこの気持ちは・・・・――
そう感じ始めた金曜日の夜。
「あっ、奏さん。時計鳴ってますよ~」
ソファーに寝転び仰向けの状態でだらしなくプキが言う。
「ん?あぁ」
――しかしこいつ・・・最近更にくつろいでるな・・・――
と思いつつキッチン食台の上に置いてあった時計のサイドのボタンをおした。
ピッ。時計から小型のスクリーン映像が映し出される。そこにはクリスが写っている。
「あぁ~虚神さん~こんばんは~」
優しい声。でもこの人と話すと長いんだ・・・。
「こんばんは、そっちから連絡なんて何かあったのか?」
「なにかってほどの事件ではないんですけど・・・明日任務に就いてもらってもいいですか~?」
「任務・・・唐突だな。どんなやつだ?・・・あぁ、Cクラス任務ってやつか?」
「ブブー、違います~」
胸の前でバッテンを作って奏をおちょくるクリス。可愛いんだが・・・こいつめ。
「・・・・・じゃあなんだ」
「も~冷たい態度ですよ~虚神さん。正解はBクラス任務です」
――ん?Bクラス?――
奏は少し動揺した。いきなりB?
「B?いきなりそんな難易度の任務。大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ~。Bクラス任務は能力値異常者との接触。できればお仲間にする事なんですけど、今回の任務はさほど難しい相手ではありません」
「どうして分かるんだ?」
「すでにエージェントさんが接触してるんです。その後行方をくらませていたんですけどようやく居場所が分かりました」
興味をもったのか、プキもソファーから起き上がってくる。
「一度行方をくらます相手が安全とは思えませんけど?」
そしてもっともな意見をクリスにぶつけた。
「確かのそう思われるのが普通ですね~。でもでも。大丈夫です。私を信じてください~」
と、可愛い笑顔で首を傾げた。なんかずるいくらいだ。
とはいえ、羆の話ではクリスの判断能力は群を抜いて良いらしい。どんな状況下でも冷静
に、そして迅速に判断する脳を持っているらしい。まぁプキが最初言ってたな。
奏は少し悩んだが受けることにした。ちなみに今現在このペアの主導権は確実に奏。戦闘
の実力では確実にプキが上だがなぜかそうなっている。
「・・・分かった。とりあえず任務内容とやらを教えてくれ」
「分かりました~、レヴィちゃん」
「はい」
そう言うと一枚の顔写真が送られてきた。クリスの画像の右側にウインドウが表示された。
「・・・こいつか?」
そこには男が写っていた。顔は整っているんだが、目は糸の様に細く、見えているのかも
怪しいくらいだ。髪は箒の様に逆立ち、前に少しかぶさる髪の束が江戸時代の武士のよう
にも見える。おまけに・・・多分服は着物のような物だ。ほんとに武士か?・・・
「はい。その方です。お名前は宇治宗治郎さん。お優しそうなお方ですが剣の達人です。あの天正・宇治二刀流の師範代です」
「宇治二刀流?こいつがか?」
奏は目を見開いた。天正・宇治二刀流はすごく有名な道場だ。剣に興味がなかった奏です
ら幼少の頃耳にしたことがあるくらいだ。
――若き神童が現れたとか聞いたことがあるが・・・なるほど、異常者なら――
クリスは任務内容を淡々と続ける。
「ついでに言いますと宇治さんはシークレットデヴィアントです~」
「シークレットデヴィアント!?ほんとに大丈夫なんですか?」
プキが驚くのには理由があった。まぁこの時点では奏にはさっぱりだ。
「大丈夫です~。安心してください」
「おい。なんだそれ?シークレットなんとかって」
「虚神さんには前に羆さんが伝えたと言ってましたよ~?隠れた能力値異常者のことです」
ピンときた。確かに羆が言っていた。敵対関係に発展する確率の高い世界健康診断をパス
したやつらのことだ。100人いて100人が異常者って訳ではないが、いた場合は反抗
意思を持っている可能性が極めて高いだろうとかいうやつらだ。
「って・・・本当に大丈夫か?」
奏は眉を細めて尋ねる。理由はちょっぴり怖気づいたからだ。
「そうですよ!戦いに発展なんかしたらあぶないですよ?」
プキも追い討ちをかける。
「ホントにホントに大丈夫です~。もぅ~場所と行動時間を指定しますね~」
面倒くさくなったのかクリスは無理矢理話を進めた。
「場所は○○県○○市○○の滝です~。そこからだと単純計算で5時間ちょっとですね~」
「5・・・5時間・・・」
2人は言葉に詰まる。5時間は時間がかかりすぎだろ・・・・
「でも安心して下さい~。そこから目的地周辺まではビューンとひとっ飛びです」
――あぁなるほど。それなら関係ないか――
奏は安心した。転送してもらえばなんの問題もないじゃないか。しかしそんなに甘い訳も
なく・・・
「でも帰りは電車とバスで帰ってきて下さいね~?」
クリスが笑顔で言うが、5時間の旅路は長い・・・そんなとこなら飛行機とかでいいの
では・・・と思ったが、それもなく。宇治はこれまた複雑な山奥にいるらしい。
「奏さん!私今回はパスして・・・オフッ!」
奏は元気ハツラツと辞退宣言を述べようとするプキのみぞおちにジャブを見舞った。
「で・・・いつ行けば会えるんだ?」
「明日のお昼は修行してるはずですよ~。なのでお昼くらいに転送魔導師さんが伺うようにしておきますね~」
「明日?・・・・分かった。それで?出会ったらまず何をすればいいんだ?」
「出会えたなら説得してみて下さい。戦闘にはならないと思いますけど説得がかなりの難易度だと思います~。」
そう言いながら少し目線を下に向けるクリス。
「あれ?そういえばエージェントさんが接触したんじゃないですか?」
「そうなんです~。ですが少し複雑な事情がありまして。虚神さん達に頼る他ないんですよ~」
申し訳なさそうにクリスは言う。神者と異常者に頼らなければならない理由があるのだろ
うか?なら本当に難易度が高いんだろう・・・そう思い奏は少しだけ気持ちを引き締めた。
「了解だ。どうにかなるよう努力はする」
「まぁ~ありがとうございます~。でもお身体には気をつけて下さいね~?」
「・・・奏さんが張り切っている・・・よぉ~し。私も頑張りますクリスさん!」
と、プキは両手を上げて気合を入れた。プキもどうにかやる気が出たようだ。戦いでこい
つの出番がない事を祈るよ・・・
「ではでは。明日は宜しくお願いしますね~?」
と言うとクリスの綺麗な顔が画面いっぱいに近づいてきた。
「ところでプキさん?」
「はい?」
「・・・虚神さんと一緒に暮らしているなんてずるいです~」
妙なジト目でプキを見た。
「えっ?」
プキは唐突なクリスの発言に目を点にする。
「私も一緒に暮らしたいです~・・・」
儚く泣き出しそうな声で変なことを言い出すクリス。そこに画面の向こうの後ろから羆の
声が聞こえた。
「クリス!まだそんな事言ってるのか!」
「ひゃん」
クリスは画面外につまみ出された。そしてクリスとは相反する羆の怖い顔が現れた。
「すまんなプキ。虚神。こいつはお前と暮らしたいとうるさいんだ。まぁ何も気にしなくていいからな。とりあえず明日の任務を成功させてくれ」
「あ・・・あぁ」
「じゃあ頑張れよ!何かあったらすぐに連絡しろ」
ピッ。モニターが切れる前にクリスの声が聞こえたが・・・あの人。あぁ見えて子供っぽ
いところもあるんだな・・・というか子供だな。奏は少し鼻で笑った。
「・・・モテますね・・・?」
プキがジト目で見ながら皮肉混じりな事を言う。奏もジト目で見返す。
「なんだよ?」
するとプキはプイッとそっぽを向き、綺麗な長い髪の毛を結んだ。
「お風呂に入ってきます!」
プキはせかせかと急ぎ足でお風呂場へと向かって行く。
――本当に女の子は扱いが難しいな・・・――
奏は改めてそう思った。
土曜日の朝。今日も天気は快晴だ。というかリビングの大きな窓のカーテンの間から差し
込む太陽の光が暑いくらいだ。ちなみに奏はまだリビングのソファーを寝床にして寝てい
る。前までは明かりとテレビはつけっぱなしだったが最近テレビは消している。プキが来
てからの進歩か・・・
――朝か――
休みだが寝ている暇もない。今日はBクラス任務をこなさなければならない。
「おはようございます~~」
プキが寝巻き姿でだらだらと目をこすりながらリビングに入ってくる。寝癖防止用にとん
がり帽子をかぶって寝ている為、とんがり帽子つきだ。
「おはよう」
奏も挨拶。このあとは奏の単独行動。朝御飯を作って洗濯あれこれ。プキはソファーで二
度寝を決め込む。晩御飯以外は役に立たない奴だ。
お昼前
「あ、そういえばもうそろそろですね」
昼御飯の仕度をしながらプキが思いついたかのように言う。
「そうだな。そういや刀は持っていくのか?」
「そうですね。任務では基本的に帯刀はしておくべきですね」
「でもお前俺の時は持っていなかっただろ」
「あの時は忘れてました!」
「・・・・そうか」
くだらない会話をし、御飯を食べ、昼過ぎには転送魔道士が家に来た。
「おふたかた。ご準備の程はよろしいでしょうか?」
「大丈夫だ」
「大丈夫ですよ!お願いしますね」
「はい」
――転送は楽なんだが本当に慣れない・・・――
奏は装備の点検をし、帰り用に財布を持っていることも確認した。装備といっても小型の
短剣を懐に忍ばせているだけなんだが。プキも朧桜をちゃんと持っている。よしよし。
「では・・・」
四人の魔道士が唱え出す。・・・・・・・キュン!奏達は目的の山奥に転送された。
だいたいの予想はついていた。確か前に相互用の魔法陣がなければ転送が疎かになると言
っていた。それも今回はやけに遠いところだ。
「どこだここ・・・・」
山奥も山奥。全然分からない場所だ。鬱蒼とそびえ立つ木々の間には道?のような所もあ
る。でもこれは明らかに獣道。人間の通る間隔ではない。
「これまた酷い所に飛ばされましたね?」
プキはそう言いながらも落ちている木の棒で周りの葉っぱを叩いて遊んでいる。
順応能力は高いな・・・
――とりあえず現在地の確認だ――
時計のGPSを使い、現在地を小型のモニターに転写した。流石ローゼンクロイツ製。
こんな山奥でも余裕で使える。クリス達に報告するほどではないと考え自力で道を探す。
「あぁ、ここなら大丈夫だ。目的地の滝までそう遠くない」
モニターの地図上では距離は800メートルと出ている。今回の転送はある意味成功だ。
「近いですね!早く行きましょう!」
嬉しそうにしているプキ。ほんとこいつはなんでも楽しいんだな・・・
すると奏はもう一度モニターを見て方角を見定めた。
「よし・・こっちだ」
奏は指差す方向をプキと一緒に視認した・・・・・・・・・・・・・
「あれ?」
「こっちですか?」
その方角は獣道でもない。ただの山だ。急斜面プラス生い茂る草木。こんなとこどうやっ
ていくんだ・・・二人が愕然と肩を落としているとプキに名案が浮かんだようだ。
「まっすぐ行きましょう!」
は?ここを下るのか?奏がそう思うやいなや、プキは朧桜を鞘から引き抜いた。
――どうするつもりだ?――
プキは朧桜の刀身を青白く輝かせる。そして両手で持ち、力強く地面に突き刺した。
「おい、何をしたんだ?」
「見ててください。少し規模が大きいので時間がかかってますけど・・・そろそろ」
その瞬間。
ドドドドドドォーーン!目的地に向かう急斜面の直線上に、大量の水流が吹き出した。木々
や草木がぶっ倒されている。
「山の池水を利用しました!これで一本道の完成です」
水流はやがて氷へと変化し、こいつの言う通り氷の一本道が形成されてしまった。
――環境破壊・・・――
奏はプキの行動の大胆さに絶句し、大きな瞳を丸くした。
「あ!そんな目でみないで下さい。ちゃんと茅乃さんに直してもらいますから!」
「そ・・・そうなのか?」
――茅乃も可哀想なやつだな。小さいのにこいつの行動の後処理なんて。でもまぁ時間短
縮のためだ。すまん茅乃・・・――
心の中で茅乃に謝罪をしたあと、これの降り方について少々の疑問を持った。
「これはどう降りるんだ?」
「もちろん滑り降りますよ!」
「すべ・・・」
皆。想像してくれ?この滑り台はただでさえよく滑るだろう。なにせ氷だ。しかし問題があると思わないか?俺のモニターで出た距離は800メートル。確かに氷のレールの先には滝壺?らしきものが見えている。すばらしい時間短縮だ。でも800メートル。
その距離の急斜面、そして氷のレール。最高速度の計算が恐ろしくて脳が拒絶する。
奏はいらぬ妄想で言葉を失う。今更何を隠そう奏は絶叫系が大の苦手だ。というかこれに関しては苦手うんぬんの話ではない気がするのは決して間違いではないだろう・・・
「わ・・・悪いが俺はこのレールの際を徒歩で行く・・・」
「え?なんでですか?」
対してプキは絶対に絶叫系が大好きだ。奏の気持ちなど一切理解できていない。
「少し山を歩いてみたい・・・」
髪の毛をウジウジと触りながら奏は苦しい言い訳をする。
「えぇ~絶対面白いですよ!行きましょう!」
無理矢理奏の手を引っ張るプキ。対する奏は腰の重心を下げ、まるで散歩中に行くのをやめる犬のごとく必死に抵抗する。
「い~・・・や~・・・だ~~~~!」
奏は本当に必死だ。自分を飾ることすら忘れて必死に抵抗する。
「行~き~ま~しょ~よ~!」
こいつも必死。プキの場合は多分奏と一緒に滑りたいだけが理由だ。1分間くらいの小競り合いで奏も少しずつ半べそをかいてきている。力を入れているので顔を赤くし瞳にはうっすら綺麗な液体が溜まっている。
「あっ」
突然プキは奏を引くのをやめた。
「もしかして、奏さんはこういうの苦手ですか?」
この発言にプキの嫌味的要素は多分無いのだろう。ここで「そうだ」と答えれば絶対にこれ以上は無理強いすることはないんだが・・・奏にはプライドという面倒くさい意地がある。
「ば・・・ばかかお前!バカか!これくらい朝飯前だ!」
弱点を突かれたのに焦って大きな声で意味のない反抗をする。これが素直じゃない。
プキは可愛く笑った。
「そうなんですか?なら大丈夫ですね!よし!行きますよ~」
――あぁ・・・俺のバカ・・・――
実際滑り出すまでが長かった。プキの氷のボードに2人前後で座る。前がプキで後ろが奏。
滑り出すまでは氷のレールと連結させていて動くことはない。
座るまではまだ早かったのだが・・・
「ほ・・・・本当に大丈夫なんだな!」
「ちょ!ちょっと待て・・・・」
「待てよ・・・ほんとに大丈夫なのか?」
珍しくうるさい奏。スタートの合図はプキの一言。
「やっぱり・・・怖いんですか?」
「いけぇぇぇぇ!」
涙目で叫ぶ奏。やけだ。こうなりゃやけだ!一粒の涙が溢れる。
「ふふ・・・はい!」
後ろが見えないので奏の表情が分からないのを良い事に、嬉しそうに連結を解くプキ。
ガコン。最後の砦が離され、文字通り恐怖の時間が始まった。
体感速度は一体何キロなんだろうか。凄まじい勢いで過ぎていく木々が物語っているんだがそれを見る余裕がない。奏は前を向いているのだがぼんやりとプキのなびく髪の毛を見ているだけだ。つまりは半分意識が遠のいている。甲高い黄色い悲鳴が聞こえるのはプキが楽しんでいる証拠なのだろう・・・800メートルの距離はみるみると縮まるが、体感時間としてはとても長い。奏は恐怖のあまり、プキに必死にしがみついた。
ドォォォン ザッバァァァン!
爆音にも比例する大きな音と打ち上がる水の拡散。なんだこれは・・・メテオか・・・
突っ込む前にプキの魔法で速度を落としていたのにこの衝撃だ。多分こういった自分を保護する魔法の類を使っていない状況なら、一般的な人類には死の危険があるくらいだ。
「ぷは!」
プキは水面に顔を出した。どうやらちゃんと滝壺に着いた。それもこいつには楽しく。
おもしろかったですね!の言葉を喉元まで含みながら奏の方を見たが、飲み込んだ。
「なっ!」
浮いとるがな!プキの関西弁風の心のツッコミはさておき奏がプカプカ浮いている。
プキは慌てて奏の方に泳いで近づき、水を吸って重くなった身体を岩場に上げ、朧桜をその辺に立てかけた。
「大丈夫ですか!奏さん!」
「・・・・・」
「はっ!・・・これは・・・」
プキは瞬時に察知した。息をしていない(いやしているだろう)この状況はまさか・・・・
「ふふふ」
プキは不敵な笑みを浮かべ奏を見た。
「じ・・・人工呼吸をしないといけませんね!」
横たわる奏の頭付近で座り込み、左右前後を視覚したあと、ジッと表情を伺う。
「い・・・医療行為だから許されます・・・よね・・・」
いやいや息をしてるのを把握できているのにするのは許されません。
「い・・・きますよ~・・・奏さん・・・」
パチッと、このタイミングで奏は目を開く。ぼんやりと開けてきた奏の視界には近距離のプキが写っている。
「なっ!」
目を瞑りながら近づくプキには関係なく、閃光の如き速さで起き上がり距離をとった。
「な!なにしてるんだお前!」
動揺し、久しぶりに顔を赤くした。プキも奏が移動した事に気づき動揺する。
「あっ・・・奏さん。目を覚ましましたか・・・良かったです!」
少し頬を赤くするプキだがよくよく見ると少し困ったことになっている。
水に濡れ、服が透けている。前に水着は見たがこういうのはこういうので逆にパンチがある。ブラのラインもきっちりと見えてしまっている。
――まずいな・・・――
奏はすぐさま着ていた少し厚手のジャケットをプキに放り投げた。
「ふ・・・服が透けている。これを着てろ・・・」
「あっ、ありがとうございます!」
奏の心使いを嬉しそうに受け取った。しかし悲しいかな、男のジャケットというのは月並みなイメージでは一回りもふた回りも大きいものだと思っていたが・・・
奏のジャケットはプキにジャストフィットだ・・・。
「ちょうどいいです!ありがとうございます!」
水に濡れていて着にくそうだったがどうにか着れたようだ。あぁちなみにこいつの今の発言に悪意はない。ないんだろう。
「はっ、水を吸って重かったからな・・・いらなかっただけだ」
さっきと言っていることが違う。とは自分でも理解していたが照れたら本音が出にくいものらしい。
「ふふっ」
プキが微笑む。奏のこういう態度にもすっかりなれてきたようだ。
「ん?」
ふと奏が気づいた。滝壺周辺の木々の間から一人の男がこの光景を覗き見している。
しかも隠しようがないその髪型は多分。
「おい!」
プキもその声に反応してその方を見た。
バサっと草を掻い潜り岩場に出てきた男はまさしくあいつだ。身長は高め、モニターの写真よりも意外と細身に見える。ワサワサと逆立つ髪の毛は箒頭で、やはり目は糸のように細い。腰には二本の刀をさしている。こいつだ。宇治宗治郎。
「すみません。覗き見をするつもりはありませんでした。ただ美しいお二人が遊ばれている光景に目を奪われていました。お気を悪くされたなら申し訳ございません」
大層丁寧な物腰だった。道場師範代ならお堅いイメージがあったのだが・・・
「いえ!大丈夫ですよ!」
プキがフォローに入る。任務はこいつの勧誘だからな。
「左様・・・ですか。それは良かったです。」
「ところで・・・あなたは天正・宇治二刀流の宇治宗治郎さん。ですよね?」
「はい。そうですが・・・なぜご存知なのでしょう?」
「えっとですね。私たちはローゼンクロイツという組織からきました。失礼ですがあなたのことはそこで調べさせていただきました」
宗治郎はピクっと少し反応したが直ぐに落ち着いた雰囲気を纏った。
「ローゼン・・・クロイツ・・・。耳にしたことがありますね」
「前にエージェントが接触に行ったと聞いたが?」
「以前ですか・・・以前・・・・・・・・」
そう言うと宗治郎は額に手を当て瞑想モードに入った。以前と行ってもそんなに前の話で
はないはずなんだが。というよりホントに接触したのだろうか。奏とプキは瞑想する宗治
郎を待ってみた。
考える時間が5分は長いな。濡れているし風邪を引く!宗治郎は5分近く黙り込んでいた。
無言で待っているこっちはとにかく寒い・・・。ようやく宗治郎の頭の上に豆球が光った。
「思い出しました。そういえば以前うす汚い大男達が何かを伝えにきましたね。
ですが私はあのような類は苦手なのです。記憶から消しておりました」
なるほど。この人想像以上にキツイこと言うんだな・・・奏は思う。
「ですがあなたがたのような美しい方々のお話なら違います。
何か御用があるのでしょう?どうぞお話下さい」
かなりの女好きなのか?奏は自分も女に間違われている事に苛立ちを感じながらも、この
ままのほうが話が早そうなので黙っておくことにした。
「でも奏さんは男の子ですよ?こんなに可愛いんですけど!」
――お前!――
奏の考えなんて露知らず、プキは正直に暴露しやがった。でも宗治郎の反応は意外な物で。
「存じておりますよ?私は醜いものが苦手なだけです。綺麗な女の子が好きという訳ではございませんよ。ふふ、もちろん嫌いな訳でもありません」
宗治郎は爽やかに笑って見せた。そういう事か・・・
「ならいいんだが。本題を聞いてもらえるか?」
「はい、どうぞお話下さい」
ここはプキの出番。奏のときのように淡々と事細かに宗治郎に伝える。それを黙って宗治
郎は聞いていた。
・・・・・・・・・・・・
「なるほど・・・」
すべての話を聞き、宗治郎はまた少し瞑想したが、ペラペラと語りだした。
「お話は分かりました。神者。能力値異常者。そしてフェイカー・・・ですか。
正直頭を抱える内容なので半信半疑・・・と言いたいところなのですが・・・」
そう言うとさっき滑って来た氷の滑り台の方をチラッと見た。
「この状況を見せられては疑うのも難しいものですね。」
「じゃあお力を貸して頂けるんですか?」
プキは目を輝かせた。
「・・・・そうですね。少し考える時間を頂きたいのですが・・・あなたがたの事情も
切羽詰っていらっしゃる・・・みたいなので・・・」
「いいでしょう。とりあえずは本部?に同行してみましょう」
これはある意味意外な結果だ。クリスはあれだけ難しいと言っていたのに。こんなに簡単
に承諾をもらえるとは嬉しい誤算だ。
「ありがとうございます!」
プキも深々と頭を下げた。奏もとりあえず軽く会釈をした。
「いえいえ。こちらこそ・・・かもしれませんよ。本来天正・宇治二刀流は正義の為の剣なのですが・・・このご時世剣を振るえる場など存在しません。修行に励めど先がなく、行き詰まっていた所なのです。そこにあなたがたは正義の為に剣を振るえと仰って下さいます。
正直。救われたほどの思いですよ」
と宗治郎はニコリと笑った。軽く見える笑いだが、本当に幾百の思いが詰まっているかの
ように奏は思えた。
「一つ確認していいか?」
奏は腕を組みながら少し偉そうに宗治郎に問う。
「はい、なんなりと」
「あんたは俺と同じ能力値異常者だ。俺は敵として1人の能力値異常者と1人のフェイカーを見た。どっちも本当に異常だった。それは力を手にして狂ってしまった奴らの例だ。
あんたは・・・多分強い。能力値異常者で剣の達人だ。心が悪に染まったりする可能性はないのか?」
失礼なのは百も承知だが、奏は尖った質問をストレートにぶつけた。
「奏さん」
慌てた感じでか細くプキが奏に呼びかける。
「ははは。確かにそうかもしれませんね。力があれば人は歪むでしょう。
しかし剣の道とは心の鍛錬も欠かせません。大丈夫ですよ。」
宗治郎は軽快に笑い答えた。
「そ・・・そうか・・・悪かった」
正直。初対面でこういう質問をして返ってきた答えなんか宛にはならない。それは分かっ
てる。でも奏はなぜか聞いておきたかった。宗治郎は続けた。
「もし、私が間違った道を進もうとするならば・・・あなたがたがそれを止めて下さい。
でも大丈夫です。絶対そのような結果にならないことを誓いますよ」
やはり宗治郎は大人だ。対応に落ち着きがある。
「分かりました。私は宗治郎さんを信じますよ~!」
――プキの言葉には重みがないな――
奏はヘラっと笑うプキを見てそう思う。
「ふふ、ありがとうございます」
宗治郎は嬉しそうにした。しかし笑っても笑わなくても目が見えない。
「あ!奏さん!とりあえず本部に連絡ですね」
「ん?あぁそうだな」
本部への連絡は奏の役目。理由は簡単。プキは扱いが下手で時間がかかる。
ピッ・・・奏が時計の操作を開始した時だった。
シュルル。宗治郎が二本の刀をゆっくりと抜いた。その刀は鍔がないタイプだ・・・
「ど!どうしたんですか宗治郎さん!」
突然の事態にプキは慌てた。朧桜は少し先に置いてある。
――くそ!やばい――
奏も慌てて時計の操作を止め、懐の短剣に手を伸ばした。
「13人・・・ですね」
落ち着いた物腰で宗治郎が言う。二人は理解に苦しみ悩んだが宗治郎の見ている方を見た。
――あれは!前のお歯黒の衣装と同じだ!――
そこには黒のスーツ、厚手のコート、マジシャンハットの男が立っている。距離20メー
トルほど先だ。ぐるりと見回すと何人もいる。つまり・・・囲まれている。
「以前この方々も来られましたね・・・本当に・・・・・不愉快です」
宗治郎はそう言うと糸のような目を少しこじ開けた。瞳は猫のような鋭さを持っており、
そのギャップに奏は少し驚いた。
「この人達・・・イザナミイリアの配下の者たちですね!」
プキはそう言うと魔法を使い、氷の剣を精製し手に持った。朧桜は少し遠い。
「イザナミイリア?それはあなた方の敵なのですか?」
宗治郎はプキほうを見た。その時は元の優しい顔だ。
「雷を使うフェイカーさんです!多分宗治郎さんを確保しに来たんだと思います」
プキの言葉に宗治郎はフッと笑い両手に力を込めた。
「そうですか・・・良かった。先にあなた方の仲間に誘って貰えて。というよりかは。あの方々のお誘いは前に断ったはずですが・・・」
「13人くらいなら三人いればいけますよ!」
プキは氷剣を構えて勇ましく言うが、宗治郎は左手でプキの刀をなだめる様に下に降ろす。
「1人で大丈夫です。敵だと分かれば容赦しなくていいですからね。それに・・・醜くいうえにしつこいとは・・・・」
宗治郎は背筋を張り、仁王立ちになった。そして両サイド下方に二本の刀を構えた。
構えというよりかは隙だらけにも見える出で立ちだ。そして宗治郎はまた猫目を見せる。
「最悪ですね」
キンッ。刀の刃を裏返した。といっても元々逆刃だったため、それを裏返したということ
は・・・ダダッ!それを合図の様にイザナミの配下達は揃って踏み込んだ。手にはそれぞ
れ刃渡り80センチくらいのショートソードを持っている。西洋の剣だ。全員が前のめり
で攻めてくる。こいつらは雑魚兵らしいが早い。13人相手。それも全方向を対処できる
訳がない。
――くそ――
奏は自分の身くらいは守ろうと短剣を装備した。しかし。それは無意味なものだった。
本当に一瞬だ。正面から来る4人の配下に対し、宗治郎は瞬間的に移動した。すると敵の眼前にいたはずなのに敵の背面に移動している。刀を振るった痕跡が奏には視認できない。
「奏さん!」
プキが奏の後方から迫る6人に対しモーションをとろうとしたが、宗治郎がそこにいる。
近距離だからか。今度は奏にも確認できた。まずは2人だ。生意気にも宗治郎に反応した配下2人は両サイドから斬撃を浴びせる。その2つの剣を宗治郎はジャンプして躱す。もちろん躱すだけじゃない。地面に並行な体制で飛んでいる身体を自然な流れで攻撃へと転化する。
風車の様に両サイドに刀を広げ、体を回転。2人の配下を斬りさく。
タンッ!としゃがみこんだ姿勢で着地し、それと同時に2本の刀を振り払い、付着した
生々しい血痕を地面にしぶき飛ばした。宗治郎の攻撃はまだまだ終わらない。
宗治郎に狙いを集中しだした配下4人の前方4方向からの攻め。
その4人に対し宗治郎は刀を突きつけた。2本の刀に4人の敵。本来なら4人全員が怯む
訳が無いはずなのだが、宗治郎の闘気により切っ先の威圧感は驚く程に増している。
ビクン。4人は脚を止めた。奏にもその圧力がジリジリと伝わる。
「浮舟」
宗治郎はそう呟き、立ち止まる4人を舞のように斬っていく。
あまりに躊躇のない攻撃に奏とプキは少し目を丸くした。
「こいつ!強いぞ!」
残りの3人が宗治郎へと向かう。奏とプキには目を当てていない。それほどまで彼に恐怖を抱いたのか・・・。
「添截乱截」
またも宗治郎は呟く。刀を二本左方向に構えた。配下達も雑魚なんだが一般的に見て弱い奴らではない。しかし宗治郎相手では力の差が気持ち悪いほどに理解できた。
「はぁぁぁ!」
懸命な叫び声を上げ、斬りかかる配下。ここまで来るともうやけくそなイメージだ。それでもなお冷静に技を繰り出す宗治郎。正面から斬りかかる配下の太刀筋など何も関係なく、右手の刀を豪快に切り下げ相手を地面に叩き潰す。そして少し左方向からの相手に対しては、左手の刀を持っている手首を内側に返し、右上方向に片手で切り上げた。
ズバァ!剣の衝撃で打ち上がる配下の身体。片手だろうと凄まじい威力を誇っている。
能力値異常者と剣術師範代の組み合わせの恐ろしさだろう。
――もう1人は!――
奏がはっと思いもう1人の確認を急いだが・・・宗治郎の右手の刀の切っ先はすでにその
もう一人を貫いている。ズバッと刀を抜き、血を払う宗治郎の姿はまさに野獣のようだっ
た。最初の印象とはうって変わって優しさなど微塵も感じれない程に思えた。
「あ・・・あの・・・宗治郎さん?」
プキは恐る恐る名前を呼んだ。こいつもどうやら宗治郎の冷酷さに心を冷やしている。
しかし振り返る宗治郎は全くの別人だった。
「はい?なんでしょうかプキさん?あ・・・お怪我はされていませんか?」
ニッコリと笑う糸目の宗治郎は元の優しさを纏っていた。
「あ・・・はい!大丈夫です!」
プキもすぐにわかったのか元の調子に戻った。
「お・・・おい?」
恐怖心の消えた奏も質問をする。
「はい?」
「こ・・・こいつらは・・・殺したのか?・・・」
見るも無残な光景だ。辺りに血痕が飛び散っている様はその答えを物語っていたのだが・・・
「いえ・・・殺してはいません。もう二度と戦いをできない身体にしただけです」
「どういうことだ?」
「簡単なことです。戦いに必要な筋肉の筋を斬らせていただきました。
これで彼らはもう何もできないでしょう」
「そ・・・そうなのか」
てっきり全員を殺したと思った奏はホッした。敵といっても目の前で人が死んでしまうの
は気持ちが悪い。というかバサバサ斬られているのもどうかと思うが・・・というか。
こいつの持っている鍔のない刀。前に羆に模擬武器の階で話を聞いたことがある。
本来鍔の役割はよく時代劇などで聞く鍔迫り合いや、相手の刀が自分の刀の刀身を滑って
拳に当たらないようにする。などの役割があるらしい。で。本題の鍔のないメリットとは
何か、それは鍔の分の軽量だけというなんとも少ない良点しかない。力がもともと異常な
能力値異常者にはそもそも関係のない話だ。それでも鍔を無くしている理由。それは己の
強さへの絶対的自信だろう。奏は少し身震いした。本当に強い奴を目の当たりにしたから
だ。
「それでは・・・本部に同行させていただいてもよろしいでしょうか?」
宗治郎は散らばり横たわる配下など気にもかけずさらりと言った。
「えっ?はっ・・・はい。」
倒れた配下をキョロキョロ見ていたプキはちょっとだけビクッとなった。
「じゃあ・・・改めて本部に連絡する」
「お!お願いします奏さん!」
奏は時計を使った。そしてクリスと羆に宗治郎の確保を伝え、帰路を教わった。
――こんなに簡単に任務を達成できるとはな・・・――
奏はそう思うと同時にシークレットデヴィアントにはまだ仲間になる可能性をもった奴が
いるかも知れない。という期待を胸にいだいた。
「では帰りますか!」
元気いっぱいにプキが笑う。
「はい」
宗治郎もニコリと優しく微笑んだ。
――帰りが遠いんだよな・・・――
奏は少し肩を落とし歩き始めた。プキと宗治郎も後を追う。滝壺を去る三人の背後にはそ
こには不似合いな大きな氷の滑り台と倒れた配下たちが転がっている。
もちろん。配下の回収及び確保の連絡はしている。