息抜き
息抜き
埠頭での戦いから五日後。ローゼンクロイツ本部・医療塔12階。
あの夜から奏含め4人は本部で待機していた。もちろん零は治療中だ。
二日前には零は意識を回復し、すべての経緯を話した。医療室で、クリス、羆、奏、プキ、茅乃の立会の元、零の話を聞くことができたのだ。簡潔にまとめるとこうだ。
ロンドンでの任務中、零達はアグニに遭遇したらしい。戦闘になりその時は茅乃と2人で追い詰めていたらしいが、銀髪の男が突然乱入し逃げられた。もともと任務の対象はその銀髪だったらしいが、ロンドン市内の路地裏で幼い子供を殺していたアグニに標的を変えたみたいだ。これは零の独断行動。そして痕跡を諜報員に極秘で依頼し日本にいることを把握。
日本に来た。そしてついでに俺達に会いに来たって感じだったらしい。
やっぱり零は俺達に助けを求めようと来たらしいが、自分の失敗で他人を巻き込むことに酷い背徳感を感じ、助けを乞うのをやめたみたいだ。
そして茅乃には都内の宿泊施設でジュースに睡眠薬を飲ませ、一人で戦おうとした。
でも薬害を恐れて少量しか入れなかったせいで、途中目を覚ました茅乃が来てしまい、あの夜の悲劇に繋がった・・・・ということだ。
二日後の現在。リアルタイム。
――はっ・・・簡単な話。零が一人で背負い込んでたって訳か・・・――
宿泊塔8階の個室で奏はベッドの上で三角座りをしていた。
――零は零なりに・・・守る戦いをしてたのか・・・――
ベッドにそのまま仰向けに倒れこむと、天井を見上げた。
「何してんだよ・・・俺・・・」
綺麗な女の子の様なナリをしてても中身は臭いくらいの男。守られることはなにか歯がゆい感じがしていた。
――前に羆に偉そうなことばっかり言ってたけど・・・やっぱりガキか・・・俺は――
息苦しそうに寝返りをうった。それにしても零の行動はどこかおかしい。背負い込むとかどうとかじゃなくて自分を気遣わず、周りだけを守ろうとしている。
良いことって言えば良い事なんだけど、なんか度が過ぎてる印象がある。
羆が前に通信で「「あいつまた」」みたいな発言があったのは、前にも一人で危険な任務をした事が何回かあるかららしい。クリスも対策として発信機とかをこっそりつけてみたらしいけど・・・あいつの能力にはそういう類はすぐに破壊されるやらなんやら。
「それで問題児って訳か・・はっ・・・ただの良いやつじゃないか・・・」
奏は一人思いにふけっていた。ゴロゴロと何回も寝返りを打ち、考え込む。零の過去に何かあったのか。そんな発想にも辿り着く。過去の事なんてここの施設のデータを見れば直ぐに分かるんだろうけど・・・
――俺も安易に過去に首を突っ込まれたくないしな――
急に胸に重りが落ちた。思い出すとドッと胸が沈む。考えてはダメだ。
――ここのやつらは知っているんだろうな・・・だから聞かないのか――
今度はうつ伏せになってみた。胸の重さに身体が潰れそうだったので、下向けに・・・
なんてバカな発想だ。
その時 コン コン
扉からノックの音が聞こえた。
「はい・・・?」
奏はちょっと慌てて元の三角座りに戻す。
「零だ~、入っていいか?」
だらしの無い声だ。でももう歩けるくらい回復したんだな。と奏は少しホッとした。
「あぁ」
ウィーン 押しボタン式の自動ドアが開いた。
「おっす、もう怪我大丈夫か~?」
こっちの台詞だ!と奏は心の中で思ったがシレッと答えた。
「あぁ、茅乃が治療してくれたからスグ治った」
「そっか、良かった」
零は一人用ソファーに腰を下ろした。
「ほい、牛乳だよな?」
零はビン入りの牛乳を持ってきた。確か1階に売っていたっけ。本人はコーヒーだ。
「あぁ・・・わ・・悪いな」
全く素直じゃない。てのは分かってるけど・・・
ポン 蓋を開けて一口牛乳を飲んだ。ん~やっぱ家の方がうまいな。
「・・・・・・」
微妙な沈黙の間が流れた。奏は自分から口を開いた。
「・・・おい」
「ん~」
「お・・・・お前は・・大丈夫なのか・・?」
零の傷は凄かった。茅乃の治療は確かに優秀だったが心配はしてしまう。
「はは、虚神ちゃん心配してくれてたの?」
零はコーヒーを飲んで少しバカにする様に笑った。
「・・・もういい・・・」
「ははは、冗談だって。大丈夫だよ。あいつの治療魔法はすごいから」
「・・・・・・・・ならいい・・・」
元気に話す零の顔色の良さに奏はようやく安心した。それにしてもつかみどころがなくて変なやつだ。またも数秒の沈黙があったが零はちょっぴり真面目に話しだした。
「虚神ちゃん・・・ごめんな。プキに聞いたよ。俺を助けにきてくれて。
あんな奴らと戦うのは怖かっただろ?」
普段だらし無いやつの低いトーンの声は妙に胸にくる。でも図星か。怖かった。戦うと決めて行ったのに怖かった。覚悟がなさすぎたんだ。あんなのただのガキの思いつきみたいな軽率すぎる行動だったんだ。奏は三角座りに顔をうずめこんだ。
「・・・はっ・・・・大したことないよ・・・」
言葉よ。正直に出てこい!と思ったがちらっと見た零は本当に悲しい目をしていた。
「そうか・・・・じゃあいいんだけどね。良かった」
その言葉に似合う表情はしてなかったけど、奏は黙ってうずくまった。
「じゃあ戻るわ。ドクターに怒られる。またね~虚神ちゃん♫」
飲みかけの缶コーヒーを手にそそくさと零は部屋を出て行った。
なるほどな。奏は脳みそを回転させた。
――あいつにとって、俺は守る対象ってことなのか――
悔しい。なんてガキみたいな考えはやめだ。ただ守られるだけじゃなく守りたい。零、プキ、茅乃もそうだが。本当に大切な人を守りたいと思えた。
あの火を使うフェイカー。アグニの犯した犯罪を聞いたりしたらなおさらだ。殺人数およそ38人。全てが12歳までの子供だ。なぜ子供ばかり狙うかは分からないが、神隠しの様に子供をさらい、路地裏などで無残に殺す。そして最後は火葬だ。
笑えるくらいにクソだ!零にその話を聞いた時は怒りで身体が震えた。
別に正義の味方を気取りたい訳じゃない。ただ悪を見て見ぬ振りをするくらい無関心じゃないつもりだ。まして、俺の同類は作りたくない・・・・と奏は思っていた。
――強くなれるのか・・・――
あぁもちろん戦う為じゃない。結果、そうなるだろうが守る為だ。
今回の出来事は奏の心の何かを変化させるには十分すぎる事だった。
・・・でも・・・誰かを守りたいなんて・・・
・・・本当はとても恐ろしい感情だ・・・
奏は深く・・・・深く瞳を閉じた。
零が出て行ってから少したった。奏は相変わらずゴロゴロと天井を見上げていた。
「あ・・・学校・・・サボってる・・・」
当たり前のことにも今頃気づいた。それほどまで心の整理を付ける時間がかかったってことだ。
「・・・おじさんから連絡来てたらどうしよう・・・」
なんて独り言を呟いているとまたドアが鳴る。
コン コン
「あ・・は
「奏さぁーーーーんっ!」
プキが返事の前に大声上げて乗り込んできた。奏はジト目でプキを凝視する。
「・・・・・マナー・・・・」
プキは、はっ!と大げさに引き、ササッと廊下に戻っていく。
なんなんだあいつは・・・って。ん?
――今あいつゴーグルと浮き輪みたいな物持ってなかったか!?――
それは奏の見間違いではなかった。プキは本日二回目の入室をしてくる。
コン コン
なんとも腹立たしい間だ。いかにも上品なお嬢様を気取っているかのような絶妙な間。
力加減。しかしあいつがやってると思うと妙にイラッとくる。
奏は返事をせず、ゴロンとベッドに転がる。
コン コン
――うるさいな・・・――
コン コン
明らかに間が早くなっている。もうそろそろ我慢の限界か?奏はドアを凝視する。
コンコン
・・・・・・・・・・・
「もうぉぉぉぉぉぉ!」
ウイーン
「返事して下さいよ!!奏さん!!」
フグみたいに膨れたプキがプンスカ怒って入ってきた。
「悪いな」
奏は棒読みで謝るフリをした。というかやっぱりゴーグルと浮き輪だ・・・。
「むぅぅ~~~」
のめり出すかのような体制で怒りを表現している。でも瞬時に笑顔になる。
「奏さん!プールへ行きましょう!」
「はっ?」
「プールです!プール!」
「バカ。本部待機中だろ?それにまだちょっと寒いし」
奏のやる気のない返答に、プキは誇らしげな顔で腕を組み見下す感じで答えた。
「医療塔のB1にはリハビリ用プール施設があるのです!」
「・・・・で?」
「息抜きに行きましょう!」
「・・・・・嫌だ」
冷たく言い放ちベッドにうつ伏せになった。
「むぅ~~~。そうはいきません!」
プキは奏の腕を掴むと無理やり医療塔B1へと連行した。
「まじか・・・・というか本格的だな・・・」
結局来てしまった奏は唖然とした。地下の地下にこんな施設があるなんて。
しかしウォータースライダーとか流れるプールもあるなんて。本当にリハビリ用かよ。
上層部の悪意を感じる。特に司令官の・・・。
奏はリハビリ用海水パンツを借り、着替えて先にプールサイドに来ていた。
その姿はいよいよ女の子同然。胸のふくらみがない女の子と言われれば分からない程だ。
細い手足に日焼けをしていない真っ白な肌。男性の表現では伝わりづらい美だ。
実際の海辺、プールで堂々と歩くには何かの罪に問われそうである。
少し遅れてプキが入ってきた。水色のビキニには白い水玉と、少量のフリルの細工がほどこされていて可愛い。そして意外にも身体の出る所がちゃんと出ていた。
「キャーー奏さん!犯罪ですよ奏さん!犯罪ですよ!」
奏の身体を見たプキは綺麗さに驚き騒ぎ立てながら近寄ってくる。
「うっ!」
戦闘中とは訳が違う。女の子は苦手なんだ。それも水着姿などっ!
奏はカァァっと赤くなりそっぽを向く。これは無理だ。
「ふふふ、じゃあ遊びますか!」
プキは奏の手を握り、グイっと引っ張ってくる。しかし即座に放して欲しい。
「お!おいっ!」
奏は大きな声を上げて手を振り払った。
「ど・・・どうしたんですか?」
振り返り口元に手を当てて呟くプキはなぜか眩しい。なんかキラキラの加工がされている様に見えてしまう。これが水着マジックか。
「じゅ・・・準備体操だ!」
奏は訳も分からず体操をはじめる。やはりテンパれば弱い。
「忘れてました!了解です隊長!」
シュッと敬礼をし、プキも体操を始めた。どうしてかこの体操は20分近く続けられた。
「そろそろ泳ぎますか!?」
「そ・・・そうだな・・・・もう体操は十分だろうな・・・うん・・・」
2人はプールに飛び込んだ。室内が暖かいのでこんな時期でも気持ちよく泳げる。確かに息抜きには良かったかもしれない。サンサンと輝く太陽。ギラギラと照り返す砂浜。はないけど正直こっちのほうが楽で良い。特に何かを話すことなく2人は泳ぎ回った。5分くらい泳いで奏はプールサイドに座った。足だけつけてれば気持ちいい。
シャバババババ!プキが高速クロールで通り過ぎて行く。
――早いな・・・・あいつ・・・――
「キャーーーー」
バッシャーン!次にウォータースライダーを楽しそうに滑っている。氷の魔法で板のような物を精製し、サーフボードの様に乗って降りてくる。
――自由だな・・・・あいつ・・・――
するとそのまま波に乗って奏の近くまできた。魔法を解くと奏の近くにチョコンと座った。
「どうですか奏さん?息抜きになりますか?」
水に濡れた表情は何割増しかで可愛く見える。水も滴るなんとやらか・・・。
「・・・あぁ・・・まぁまぁな・・・」
顔は当然やや反対向きだ。今日はまず見ない方がいいと思う。
「そうですか!よかったです♪」
プキがニコニコしながら足で水をバシャバシャしていると聞きなれた声が聞こえる。
「あら~~~?誰かと思えば虚神さん。プキさんも来ていましたかぁ?」
ク・・・クリスだ・・・・プキはまだ一緒に居る時間が長くてこれでも抗体がついた方なのに・・・
なのにクリスか!前のベッドの件もあり、最悪だ・・・。
「あ!はい!ちょっと息抜きに奏さんも誘いました!」
「それは良いですね~。ゆっくり遊んで下さいね~。私が無理言って作ってもらったハイクォリティなプールですから♪」
やはりこの人的に遊具目的の方が群を抜いているみたいだ。リハビリは肩書きか。
「それにしても・・・・虚神さん~?」
「・・・な・・・なんですか?」
チラっと見たクリスは予想通りの破壊力。抜群のプロポーションに透き通るどころじゃなく、透き通り続けられそうなほどの真っ白な肌。水着は大胆に黒色だ。
なるほど。これは可愛いな・・・世の中の男がこれを見たら逆に誰も声をかけないだろう。
その抜群の容姿でクリスが近づいてきて発した。
「抱きしめてもいいですか~?」
!!は?!!!!!
ビクゥっと奏は分かりやすく驚いた。
「・・・い・・・いやです・・」
下を向いて水を蹴り、平常心を保つ。そしてとても敬語だ。
「もぅ~けちんぼさんですね~」
「す・・・すみません・・・」
世の中の男がこれを見たら奏は瞬獄殺だろう。もったいない!
「ふふ。それにしても本当に妖精さんみたいで可愛らしいですね~。虚神さんは。ここが女子専用でも全然気になりませんよ~」
・・・・・・はっ?・・・・・・・・・・・・・
奏は硬直した。え?女子専用?ギギギっと錆びたロボットのようにプキを見た。
「あれ?言ってませんでしたか?」
――当たり前だ!!女子専用に進んで入るか!!――
と思い言葉に発しようと思ったが、もうひとり女の人が入ってきた。
「あ~レヴィちゃん~。泳ぎますよ~」
クリスが嬉しそうに手招きしている。あいつは確か、通信担当でクリスとよく話している女の子か。鮮やかな赤髪。ボリュームのあるツインテール。少し小柄な幼児体型、機械的な冷たい瞳をしているが今まで見ている限りでは意外とフランクなイメージの女の子だ。年齢は若く見える。というか若いのか・・・?なんてまじまじ顔を見ていると体にそこまで意識がいっていなかったせいで気付かなかったのか・・・レヴィはクリス以上の凄まじい破壊力をもっていた。
「お・・・・お前!!」
パクパクと動揺し、顔を赤らめて指を差す。
なんと。レヴィは水着の上を装着していない。いわゆるノーブラ的な感じだ。
「上っ!」
レヴィはなんにも動じる事なく自分の胸を一度見た。そして胸を指差し、頭を傾げて、ん?ここのこと?みたいな表情をする。できるだけ見ないようにしつつも奏は素早く頭を上下にふる。レヴィは奏のジェスチャーを悟ると答えた。
「ブラは嫌いだ。ムレる」
「せめて隠せよ!」
奏は間髪入れず突っ込んだ。あとこれに加えてムレるほど胸ないだろ!プールで泳ぐからムレね~よ!ってか動揺しろ!なんてツッコミの類が脳裏によぎるがキャラじゃないので一つでとどめた。
「女同士。照れる必要はない。ましてやお前もブラをつけてない」
「俺は男だ!」
「ここは女子専用。男は入れない」
ここまで女に間違えられるとは・・・てゆうか絶対知ってるだろ!通信員だし!
「虚神さんは男の子ですよ~。も~ホントに可愛いんですけどね」
そこじゃないそこじゃない。水着の上を指摘してやってくれ。奏はプキを見てレヴィの方に指を刺した。ほれ。お前が言ってやれ。的なジェスチャーだ。
「え?上を着てない方がいいんですか?」
――いや違う違う!アホかプキ――
「なるほど~。ふふ。じゃあ私も取りましょうか!?なんて」
な!ん!で!そうなる。女に囲まれてテンパっていると、どんどん悪い方向に行っている気がする。奏は勇気を出し、自らの意思でテンパりを強制シャットアウトした。
「アホか!違う違うそうじゃない!俺がここにいるのも悪いんだけど!男の前でお・・・おおお・・・おっぱいなんか出すんじゃねぇよ!」
頑張った。奏は偉く頑張った。でもこいつらの前には奏の勇気も無残に散りゆく。
「か・・・奏さん。珍しく大きな声を出しましたね・・・なんかちょっと感動です。
いっつも、はっ。とかへっ。みたいな不貞腐れたことばっかり言ってたのに・・・」
え?声!?声のトーンの話じゃない!ていうかそんなイメージだったのか・・・
「ふん。お前が男だろうがなんだろうがクリス以外の命令は聞けない」
命令とかじゃない!モラルの問題だ!というか手ブラくらいしろ!
「まぁ~虚神さん・・・・。ウブで可愛らしいです~♪抱きしめてもいいですか?」
「いやだ!」
なんだこいつらは。全然会話が成立しない!
――俺がツッコミっぱなしだ・・・――
やいやい漫才のように会話を重ね、こいつらに対してのコツを知った。 レヴィはクリスの言うことなら間髪いれず即実行。クリスはなぜか奏の言うことを受け入れてくれやすい。
ならばクリスを通してレヴィに命令が可能という事が分かった。ブラも直ぐに装着してくれたので一安心だ。そのあとのクリスのやりましたよ~私。抱きしめてもいいですか的な哀願する目が可愛いのだけれどツライので避け通した・・・。プキに関しては元々扱いやすい方のやつなので元々そこまで害はない。ようやく落ち着いた4人はほのぼのと遊びだす。レヴィとプキが壮絶に遊んでいる横でクリスと奏はプールサイドに座っていた。
「クリス・・・さんは仕事大丈夫なのか?こんなところにいて」
「はい~。羆さんがやってくれています~。月に一度くらいこうした息抜きの時間を作ってくれるんですよ~。優しい方です」
と言いながらクリスはヘアバンドを手でいじくり回して遊んでいる。そういえば羆はクリスへの忠義がすごかった。こういう気遣いもできるんだなと奏は少し関心した。
「そうか・・・まぁたまには息抜きも大事だな」
「はい~・・・私たちローゼンクロイツの任務を忘れてはならないんですけど。少し頭を冷やして見つめ直す時間も大切です~」
はしゃぐ2人を保護者のような暖かい目で見守りながら、クリスは嬉しそうだ。
でもこんなに若くて綺麗なのに、一歩も二歩もずっと先に行った心を宿している様に思えるくらい、芯の図太さというか強さを感じることができる。羆が言っていた責任とか重圧のせいなのか。最近、奏自身心の未熟さを痛感したせいもあり、クリスがひどく大人の女性に思えた。だが逆に痛々しくも思えた。
「クリス・・・さん。俺に何かできることはあるか?」
「ふふ、いきなりどうしたんですか~?」
クリスは口に手を当てて上品に笑った。というか笑いのリズムで胸元の何かが揺れてる・・・
「いや・・・・いぃ・・・」
奏は反対方向を向き赤い顔を隠した。
「う~ん・・・そうですね~・・・長生きですね~。ちゃんと人生を長く生きてくださいね」
多分こっちを見ながら笑顔で言っているのだろう。本当に優しい声だ。
「あとは~・・・
チャポンと水の音がした。するとクリスは奏を後ろからそっと抱きしめた。
「抱きしめられて下さい」
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
硬直。まさかクリスに瞬間冷却装置の機能があったとは。氷の魔法か?
奏は一瞬で固まり、顔が赤くなる処ではない。そして背中に柔らかいマショマロのような弾力の物が二つ当たっている。軽く精神が崩壊しそうだ。
「なんて冗談です~。あ、でも抱きしめちゃいました~」
ふふふと笑っているが奏はそれどこじゃない。クリスはゆっくりと身体を離れた。
「気分を悪くされましたか?」
クリスは奏の傍に腰掛け、少し困ったかのような表情で気遣う。奏の硬直ぶりに反省をしているのだろうか、別に嫌がって硬直ではないのだが、優しいクリスは悪い方に捉えてしまっている。というよりそもそも男としてこんな抜群の美女に後ろから抱きしめられて嫌な奴がいる訳がないであろう。むしろ大半の男が夢も描くことかもしれない。そして生涯を終えて逝く。
繰り返すが、奏は見た目は可愛い女の子だとしても中身は生粋の男だ。
加えて女の子と接するのが苦手。いやもう手がつけられない破壊力だ。
「・・・・い・・嫌って・・・訳じゃない・・・」
ちょっと誤認を招く言い回しだ。もっとしてくれとも聞いて取れる。
そしてこういうのは良い方に取りやがる。
「まぁ~本当ですか~?じゃあこれからもさせてくださいね~?」
きらめく笑顔で嬉しそうに奏を覗きこむ。ダメだ。断れない。
そう思い発する言葉に選定をかけていると、ある意味救世主が現れた。
「やいやいご両人!何してるんですか!?」
氷のボードに乗ってプキが近づいてきた。レヴィも一緒だ。
「何って・・・」
奏はなんとも言えず口詰まる。
「虚神さんを抱きしめさせてもらいました~。ふふふ」
いや立派。ホントにその通りだけどストレートだ。
「なっ」
プキはプールの水に浸かりながら分かりやすくおののいた。そして奏の顔を見て少しホッペを膨らまし、目を細めた。
「不潔です」
「はっ・・お・・俺が頼んだんじゃない!」
「そうなんですか」
「あ・・あぁ」
「ほんとに?」
「私から勝手にしちゃいました~。妖精さんみたいでほんと可愛くて~」
「・・・そうですか・・・」
「あ・・あぁ」
それにしてもこいつが食ってかかる話じゃないだろ。なんて思いながらもこの場はどうにか保てた。それからワイワイと一時間くらい遊んだのか・・・。クリスともなんか仲良くなれた気がしたし、レヴィも最後のほうは話せた気がする。プールに連れてこられた時は正直めんどうくさかったが、なかなか楽しかった。と正直な気持ちを奏は胸に秘めた。悩みこんでいた戦いへの不安もうまいことほぐれた。それに女ばかりとはいえこんなに遊びという遊びをしたのは久々だ。プキも本当は気遣いのできるやつなんだな、とプキを少し優しい目で見た。
――ありがとな・・・プキ――
四人は少し疲れながらにプール(リハビリ施設)を後にした。