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東亜の途 -2010-  作者: 伊東椋
第一章 日韓併合100年
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第三話 併合以降の歴史



 京城府龍山区

 併合歴史記念館。



 京城郊外の龍山にある併合記念館は、来る国家的記念行事の準備に追われていた。

 日韓併合から現代に至る日本と朝鮮の歴史を綴る歴史記念館で催される併合百周年記念行事。

 日本と朝鮮双方の祝祭は、盛大な準備の下で整えられていた。

 行事に参加する一団の中には、学生たちの姿もある。

 その中から斎間京は一人、展示室の一角を見上げていた。壁には日本と朝鮮の歴史を綴る年表がずらりと並び記されている。京はその数字と文字を端から読み上げていった。

 

 ―――1909年、満州・ハルビンにて伊藤博文暗殺。


 初代韓国統監を歴任した伊藤博文はロシア帝国蔵相と満州朝鮮問題に関する非公式の会談を行うためにハルビンに訪れるが、民族運動家安重根に暗殺される。


 ―――1910年、日韓併合。


 伊藤博文暗殺を受け、当時の大韓帝国政党の一進会より『韓日合邦を要求する声明書』の上奏文が提出され、日本の大韓帝国併合が本格的に加速する。日本政府と大韓帝国政府の間で交わされた日韓併合条約を基に大韓帝国は日本に併合。朝鮮半島が日本の領有となる。


 ―――1919年、三・一独立運動。


 高宗の死を契機に発生した朝鮮人民衆による独立運動。鎮圧後、朝鮮において大規模な独立運動は起こらなくなる。


 ―――1931年、桜田門事件。


 李奉昌による先帝暗殺未遂事件。李奉昌は逮捕後、大逆罪に問われ死刑。


 ―――同年、上海爆弾テロ未遂事件。


 尹奉吉による上海爆弾テロ未遂事件。事件があった上海の公園では一ヶ月前に在華日本公使を狙った襲撃未遂事件があり、その経緯を元に警備を強化していた官憲が爆弾を持って潜入しようとした尹奉吉を発見、逮捕した。


 ―――1936年、 孫基禎、ベルリンオリンピックマラソンで優勝。


 日本代表のマラソン選手として参加した朝鮮出身の孫基禎がベルリンオリンピックで、アジア人として初の金メダルを獲得。


 ―――1937年、日華同盟締結。


 同年の盧溝橋事件(日華両軍の衝突を企図した中共軍兵の逮捕事件)を契機に、満州問題の将来的解決などに合意し日本と中国国民党の間で軍事同盟が締結される。以後、日本は中国大陸の国共内戦において中国国民党への軍事支援を開始。


 ―――1939年、第二次世界大戦勃発。


 ドイツのポーランド侵攻を契機に欧州大戦(第二次世界大戦)が勃発する。大陸にて国民党軍と共同で共産党軍との戦闘に参加していた日本は欧州大戦に対しては不参加。


 ―――1944年、第二次世界大戦終結。


 二発の原子爆弾が投下され、ドイツが無条件降伏。欧州大戦が終結する。


 

 この中で歴史を揺るがしかねない大きな事件を挙げるとすれば、日華同盟の発端となった盧溝橋事件だろう。これは日本陸軍の支那駐屯軍と中國国民革命軍第二十九軍の両軍が居た盧溝橋付近にて発生した中共兵の逮捕事件である。

 日華双方の衝突を誘導しようとした中共軍の陰謀を日本軍が事前に阻止したものだった。

 この事件を契機に、日華双方は対共戦線の意志を共感させ互いに歩み寄り、将来の満州問題解決などを盛り込んだ日華同盟を締結させた。

 もし、中共軍の陰謀が上手く進んでいたら―――日華双方は中共軍の思惑に嵌り、泥沼の淵に足を入れたまま互いに沈んでいったかもしれない。

 歴史が大きく変わっていた。その可能性を想起させる事件だった。

 この後、日本は大陸において国民党軍と中共軍に対する協調路線を採用し、共産党軍討伐を実施した。

 満州問題から国際的に孤立しつつあった日本は大陸の成功から徐々に成果を挙げ続け、欧州大戦後には国連に復帰し、東亜連合を設立するまでに至る。

 朝鮮は1910年の併合から、大陸や欧州が戦火に晒されても飛び火することはなかった。

 国内のテロや事件があっても、平和な時間が圧倒的に歴史を埋め尽くしている程に―――

 

 

 ふと、京は気配を感じて、右横に視線を向けた。

 そこには京と同じように歴史年表を見上げている人間が居た。

 帽子を深く被り、大きなマフラーで首元を覆っているために顔はよく見えないが、体型から京と同じか近い歳の少女であることがわかる。

 不思議な違和感を感じつつ、京はこっそりと隣の少女を観察する。

 京の視線を感じ取ったのか、向こうも視線を京の方に移した。

 「え……」

 京は絶句する。

 こちらを見た少女の顔付きには、7年前に失った妹の面影があったから。

 妹が成長していたら―――正に、こんな風になっていただろう。

 京は思わず妹の名を呼びそうになったが、口が震えて声が出なかった。少女は怪訝な視線を京に向けると、背を向けて立ち去ろうとした。

 「ま―――」

 待って、と言おうとした所で、京は自問する。

 呼び止めたとして、何と言う。7年も会っていない妹。妹が生きていたとして、どんな顔になっているのかわかるはずがない。

 こんな所に居るはずがない。京の声は、またしても喉の奥に詰まる結末を迎えた。

 何故、妹に似ていると思ったのだろう。

 ずっと会っていない妹に。

 会ったことのない他人に対しては感じない感覚だったとしても、妹に直結する自身の浅はかな思考が恥ずかしい。

 やはり―――妹に何時までも縛られたままなのだ。

 祖父に言わせてみれば、修行が足りない、だ。

 京は立ち去った少女の背中を黙って見送るだけに留める。

 妹に似た不思議な雰囲気を纏った少女は、京に言い様のない違和感を与えると、背を向けてブースの奥に立ち去って行った。



 展示ブースの奥にある立ち入り禁止区画の陰に入りこんだ少女を待っていたのは、一人の来場客の男だった。

 「知り合いか? 純姫スンヒ

 男の問いに、純姫と呼ばれた少女は小さな首を横に振る。

 「相手はお前のことを気に掛かっていたようだが」

 「……季節外れのマフラーをしていたから、変に見えただけでしょう」

 素っ気ない返事で言った純姫の言葉に、男は呆れた声色で応える。

 「自覚があるなら、取ったらどうだ。 そもそも目立つのは支障を来す」

 「…………」

 少女は無言で、男の前を通り過ぎた。無視された男は小さく溜息を吐く。

 そんな男の胸ポケットにあった無線に、ノイズが一瞬生じたのはその時だった。

 「待て、純姫」

 呼び止められた純姫が、無愛想な猫のような顔を振りかえらせる。

 「白頭山からだ。行くぞ」

 先程までとは囲気を一変させた様子で男は命じるように言った。少女は引き締めた表情で頷くと、大ホールの方へ歩を進めた。

■解説



●盧溝橋事件

日本と当時の中國国民党の間で軍事同盟が締結される契機となった事件。双方の衝突を誘導しようとした中共(中國共産党)軍の陰謀を日本軍が阻止した。

史実では日本軍と国民党軍との軍事衝突事件で、支那事変(日中戦争)の原因に繋がった。



●上海爆弾テロ未遂事件

抗日武装組織に参加した尹奉吉によるテロ未遂事件。上海の日本人街にある虹口公園で行われた祝賀式典会場にて爆弾を使用し、式典に参加した政治家や軍人など多くの日本人を襲撃しようとした。

史実では、テロは成功し多数の日本人を死傷させた。



●日華同盟

中共の陰謀が発覚した盧溝橋事件を契機に接近した日本と中國国民党の間で締結された軍事同盟。将来の満州問題などの解決を謳い、中共討伐の協調路線を約束した内容となっている。後に国共内戦において国民党側が勝利し中華民國の内情が安定すると、日本との間で新たな友好条約を結び共に東亜連合の設立と日本の国連復帰に貢献する。



●欧州大戦

国際的には第二次世界大戦と呼称されるが、日本は同時期に大陸において国民党軍の支援で中共軍と戦闘状態にあったことから第二次世界大戦に参戦しておらず、主戦場が前大戦(第一次大戦)と同じことから欧州大戦、又は第二次欧州大戦と呼称されている。

結果は連合国軍のドイツ国内への二発の原子爆弾投下によって、ドイツの無条件降伏によって1944年に終戦となっている。



●白頭山

中國と北朝鮮(朝鮮半島北部)の国境地帯にある朝鮮最大の火山。

男と純姫と呼ばれた女の間で交わされた言葉の一部にあった「白頭山」は本来の火山のことを指していたわけでは無い。




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