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東亜の途 -2010-  作者: 伊東椋
第四章 京城動乱
22/29

第二十二話 陥落


 朝鮮半島

 仁川府 


 東亜各国大臣が集結した京城から40キロほど離れた仁川じんせん港に、一隻の自動車運搬船が着岸した。船尾に鎌と槌を描いた国旗を靡かせるソ連船籍の船だった。

 岸壁に着岸したソ連籍運搬船が荷降ろしを始めると、その中から出てきたトラックのような積荷を引いた装甲車が、埠頭からそのまま港外へと出て行ってしまった。

 装甲車はそのまま仁川港から京城方面に向かった。




 大邱府

 帝国陸軍大邱駐屯地


 朝鮮南部の大邱だいきょう府にある駐屯地から、一機の攻撃ヘリが飛び立った。

 攻撃ヘリは米軍のAH-64アパッチに似たカ号攻撃機『しのび』であった。帝国陸軍が2006年に配備した対戦車用攻撃ヘリコプターである。

 その内の一機が、朝、いきなり飛び立ったのである。驚く整備員やパイロット達の前で、カ号機は何処へと飛んで行ってしまった。

 『――カ号三番機、離陸の許可は下りていない。直ちに帰投せよ』

 管制塔からの応答も無視され、市街地の上空に飛んで行ったカ号機を追って、他の機体が慌てて飛び立つ。

 無許可単機で離陸したカ号機は、住宅地上空から北上を開始した。

 『前方を飛行中の三番機に告ぐ。飛行許可は下りていない。直ちに引き返せ。繰り返す――』

 僚機の応答にも、ダンマリを決め込むカ号機に為す術も無く――

 結局、三番機に引き連れられるように、三機のカ号機が京城上空に到達した。





 京城府

 朝鮮総督府


 総督府内の会議室では各国大臣の会合が行われている頃、敷地内や外部は厳重な警備体制が敷かれていた。ドーベルマンや警備員が徘徊し、犯罪やテロに対する警戒を続けている。

 総督府に通ずる門は封鎖され、蟻一匹入る事は許されなかった。まるで要塞と化した朝鮮総督府の目前だけは、普段通りに車や通行人の群れが行き交っている。

 その上空に、ヘリのローター音が遠くから近付いてきた。

 普段ならヘリの音に関心を寄せる者は殆ど居なかったが、近付いてくる騒音に、顔を上げる者がちらほらと出てくる。

 煩いのも当然だった。三機のヘリコプターが同時に飛来したのだ。

 警察や消防、テレビ局のヘリではない。濃緑色のずんぐりとした機体が、徐々に近付いてくる。総督府前の警備員も目を細めた。

 都心のど真ん中に飛来した攻撃ヘリを見ていた人々の中には、不審がる者も現れるようになった。そしてある事に気が付き、恐れを抱く者も続出する。

 人々が見守る中、一機のヘリが――帝国陸軍所属の攻撃ヘリ、カ号機が後ろに引き連れていた僚機を振り解くように、いきなり急降下を始めたのだ。後ろにいた二機の僚機は完全に不意打ちとなり、離脱したカ号機を直ぐに追尾する事が出来なかった。

 急降下したカ号機は、驚愕した人々の頭上を通り過ぎ、あっという間に総督府の目前に辿り着いた。

 強風が施設内に吹き荒れた後、カ号機は総督府に向かって30mmのチェーンガンを発砲した。




 会議室の外にいた近江は、突然襲い掛かった騒音と衝撃に誘われ、窓の外を見た。

 敷地内にいる警備の人間達が上空を見ながら何か騒いでいた。総督府の門前や路上も大混乱に陥っていた。

 何かの影が視界の端を過ぎ去り、近江は窓から外の空を見上げた。総督府の敷地上空を、一機の攻撃ヘリが旋回している光景が目に入る。

 「――ッ!」

 その光景を見た途端、近江は動き出していた。




 会議室に騒音が響き渡った。会議に参加した各国大臣が驚く中、会議室に警備員や憲兵が殺到した。

 部屋に入ってきた警備員や憲兵は、それぞれの大臣達の周囲に集まる。状況を知った通訳が、青ざめた顔で各国大臣に避難する指示を伝えた。

 「何事だ?」

 日本の商工大臣が、駆け付けた憲兵に問いかける。

 「敵襲です。 急ぎ避難を」

 憲兵の報告を聞いた商工大臣が、顔を強張らせる。

 「まさか、敵襲だと。 警備は何をしていたのだ」

 怒りを滲ませながら、商工大臣が呟く。そんな彼に憲兵達が警護を始めた。

 会議は中止され、各国大臣には直ぐに避難指示が伝えられた。会議室が騒ぎ立つ中、京は斎間京斗に守られるようにして身を寄せていた。

 「お爺様……」

 「………………」

 京斗の手が、ぎゅっと京の肩を抱き寄せる。京斗の懐で、京は不安で一杯になっていた。

 「京斗氏!」

 聞き慣れた声の方に視線を向けると、避難する人々の中を掻き分けてやって来る近江の姿があった。

 「大変な事になったな」

 「ええ。貴方達も直ぐに避難してください」

 騒ぎの中、二人の冷静に通った声が交わる。近江の視線が、京の方に向けられた。

 「避難だ。ここは危ない」

 「近江さん、一体何が……」

 「今、確実に言えるのは敵襲があったと言う事だけだ」

 その時、京は自分を誘拐した朝鮮光復軍の事を思い浮かべた。

 「他の者と一緒に避難を。 さぁ、急いで」




 突如、京城上空に飛来したカ号機が朝鮮総督府に向かって機銃掃射を浴びせた。このカ号機を追いかけていた別の二機が、驚いて、再び警告を始めた。

 「貴様、何を――! 三番機、攻撃を中止しろ!」

 総督府を攻撃したカ号機に対して、二機のカ号機が攻撃を止めるよう警告する。だが、相変わらず応答は無かった。

 最早、一刻の猶予も無かった。いや、既に遅過ぎた。二機は総督府への攻撃を止めないカ号機に対し、ある決断をした。

 「三番機、攻撃を中止しなければ撃墜する!」

 三番機の後を追った二機のカ号機は、総督府の方に向かった。総督府の庁舎にチェーンガンの雨を降らせる三番機に、照準を合わせる。

 ドッドッドッドッド。

 重い銃撃音が浸透する先で、オレンジ色の火線が三番機に浴びせられた。三番機は機体を傾け、回避行動を取るが、二機の僚機に狙いを定められては逃げられ様も無かった。

 チェーンガンの30mm弾を浴びせられ、翻弄されていた三番機は、その隙を突かれるようにもう一機から放たれたロケット弾の餌食となった。

 85式ロケット弾が尾翼に命中し、小さな花火を咲かせた三番機はそのまま機体ごと回転させながら、総督府の敷地内に墜落した。

 総督府を襲撃した帝国陸軍の攻撃ヘリは、僚機によって撃墜された――



 「先程の敵の攻撃は、陸軍のカ号攻撃機によるものでした」

 報告を聞いた日本の商工大臣は驚愕するしかなかった。

 周囲では会議に参加した東亜各国の大臣達が避難を始めていた。各国の警護や日本の憲兵も同行し、室内は緊張感に包まれている。

 「どういう事だ」

 「大邱駐屯地から無許可で飛び立ったカ号機が、総督府を攻撃したんです。この機体は他のカ号機によって撃墜されました」

 陸軍の攻撃ヘリが総督府にテロ攻撃を仕掛けたと言う事実は、日本の商工大臣にとっては衝撃的であった。

 「情報を集めて、状況を詳しく報告しろ」

 併合記念日に続き、またしても起こってしまったテロ事件。テロリストの殲滅は目前だと聞いたのに、話が違うではないか。商工大臣は唇を噛んだ。



 総督府に攻撃ヘリが墜落し、周囲は騒然となった。路上では市民達が騒ぎ、敷地内を巡回していた警備員達がヘリの周りに集まる。

 撃墜されたカ号機は大破炎上し、見る影も残っていなかった。大破した機体は炎に焼かれ、搭乗していたパイロットの生存は明らかに絶望的だった。

 消火器を持った警備員が駆け付け、消火作業に当たる。

 総督府の門前では更なる警戒が行われた。今この時、総督府はこれまでにない程の混乱に呑みこまれていた。



 市民が総督府前から避難する中、一輌の装甲車が他の車両を抜き去りながら総督府に向かって走行していた。

 路上の避難誘導を担当していた警察官の警告を無視し、装甲車は速度を上げ、黒煙が昇る総督府に向かう。

 攻撃ヘリの襲撃によって総督府前には大勢の警察官達が集まっていたが、装甲車は構わずに総督府の門に特攻した。

 響き渡る衝撃音。装甲車が封鎖していた門に激突したのだ。

 門は破壊され、装甲車が敷地内に滑り込んだ。

 破片を撒き散らしながら、装甲車は急停車する。すると、今度は避難していた市民の群れから、大勢の男達が穴が開いた総督府の敷地に入りこんできた。

 「止まれ! 撃つぞ!」

 警告するや否や拳銃を抜いた警察官達が男達に発砲する。しかし警察官達は逆に銃撃を受け、次々と倒れてしまった。

 敷地内に突入した装甲車の積荷が開き、その中から覆面を被った男達が銃を持って、周囲にいた警官達に襲いかかったのだ。

 破壊された門から装甲車までの間を確保すると、その一瞬の間に侵入してきた男達が装甲車の積荷に集まり、積んでいたと思われる武器や装備を手に持っていく。

 先程まで市民の中に溶け込んでいた男達は、あっという間に武装集団となり果てた。

 積荷から武器を手に取った男達は、庁舎に向かって前進。総督府の敷地内で、銃撃戦が展開された。





 「正体不明の武装集団が、総督府内に侵入しました!」

 その報告に、庁舎内は更に騒然となった。避難する彼らの耳には、外から銃声が立て続けに聞こえていた。

  周囲から息を呑む気配が伝わる。日本の商工大臣が微かに震え始めた。

 「なんて事だ。 まさかこうも容易く、この総督府がテロ集団に襲われるだなんて」

 大臣達にはまだ知られていないが、確かに敵の襲撃は想像を絶する内容だった。敵のテロリスト集団は、軍の攻撃ヘリを使用して第一撃を加えてきた。近江もその目ではっきりとその状況を認めたのだ。

 近江達が逮捕した金少佐に関連して、軍の内部に敵が浸透している事は想定内だった。憲兵隊も軍内部への捜査に乗り出した所だった。だが、敵の動きは近江達の予想以上に早かった。敵は大胆にも攻撃ヘリまでも利用し、攻撃を仕掛けてきたのだ。

 「我々は敵の迎撃に向かいます。 閣下は大臣達と地下に避難してください」

 総督府の警備に加わっていた憲兵少佐が商工大臣に伝えると、近江を含めた憲兵達は総督府の敷地内に侵入した武装集団への迎撃に向かう事となった。

 「近江さん」

 その事を聞き、京が近江に縋る。不安を募らせた京の瞳を見た近江は、縋りつく京にそっと声を掛ける。

 「心配するな。 テロリストを此処には入れさせない」

 「………………」

 そうじゃない、と言わんばかりに首を振る京だったが、その口元から言葉が発せられる前に、近江が言った。

 「だから安心して待っていろ」

 肩に手を掛けながら、近江は京を真っ直ぐに見詰めながら言葉を紡ぐ。

 自分の肩に触れた近江の手に、そっと自分の手を重ね、京はゆっくりと頷いた。

 「……はい」

 そしてはっきりと顔を上げて、京は言葉を贈る。

 「お気を付けて」

 京の言葉に、近江も大きく頷いて応えた。

 京から手を離した近江は、京の後ろに居た京斗と目を合わせる。京斗が口を開いた。

 「頼む、近江大尉」

 その言葉に対し、小さく一礼する近江だった。

 「憲兵隊はこれより敵の迎撃に向かう!」

 指揮官の憲兵少佐が号令をかける。室内にいた憲兵達が一斉に部屋の外を飛び出していく。近江もまた二人から離れ、その後に続いた。

 遠ざかる近江の背中を、京は不安を押し殺しながら見送る事しかできなかった。



 憲兵隊がいなくなり、警備が各国のSPと警備員だけになった。安全な地下室への避難は、武装集団を喰い止めている今しかなかった。

 「大臣、事態は急を要します。 直ちに地下への避難に切り替えましょう」

 「そ、そうだな……」

 朝鮮総督府の庁舎の地下には、冷戦時代に作られた地下シェルターがあった。核戦争の危機が叫ばれた冷戦時代の名残だが、現在でも災害やテロ対策用としての利用が想定されている。総督府のすぐ外が戦場と化している状況から、商工大臣は地下室に避難する方針を決めた。

 「――その必要はない」

 その声が、誰のものなのかわかった者はその場に誰もいなかった。知る前に、周囲から悲鳴が上がった。

 避難誘導中の警備員の中から、大臣達に襲いかかる者が突然現れた。他の警備員やSPを射殺すると、男達が各国の大臣達に銃を突き付ける。

 日本の商工大臣もまた、目の前で自分を守っていたSPと憲兵を殺され、その頭に銃口を突き付けられていた。

 商工大臣は、男の鋭い瞳を見た。

 「無駄な抵抗は止めろ。 今からここは我々が占拠する」

 その声は先程聞いたものと同じだった。男は商工大臣に銃を突き付け身動きを封じると、周囲を見渡した。

 殺された警備員やSPの遺体が床に転がっている。静まり返った室内は完全に男達が支配していた。

 「直に外からも、我々の仲間が押し寄せてくるだろう。 貴様らは人質だ」

 総督府の庁舎内で、東亜連合の各国大臣達が一斉に人質にされた瞬間だった。




 総督府を襲撃した武装集団は、予想以上の火力と練度を以て総督府の敷地内を侵攻してきた。

 庁舎の正面前は応戦した警備員や警官の遺体が次々と転がり、地獄絵図と化していた。武装集団の侵攻を全くと言って良い程に止められていなかった。

 それは一方的な戦いであった。所詮、警備員や警官は本物の兵士には敵わない。それを明確に表わしているかのような戦況だった。そう、総督府は本物の軍隊に侵攻を受けているような状態だった。

 それ程までに武装集団は強かった。その姿は完全にプロの兵士だった。総督府の警備に当たっていた彼らは次々に倒れ、後退を強いられていく。既に庁舎への突入は目前にまで迫っていた。

 「射撃開始! 中に入れさせるな!」

 駆け付けた憲兵達が目にしたものは、既に敵が目と鼻の先にまで迫っている光景だった。合図と共に、憲兵達の下から無数の銃弾が放たれる。タイミング悪く庁舎に踏み込もうとした二、三人が凶弾に倒れた。

 庁舎の中から駆け付けた憲兵達が加わり、銃撃戦は更に激しさを増す。

 だが、状況を変えられるまでには至らなかった。憲兵も正規の軍人とは言え、戦闘に特化した歩兵とはまた違う。本物の歩兵にも劣らない武装集団の侵攻を完全に阻止する事は不可能だった。

 「駄目だ、このままでは……」

 近江は気付いていた。庁舎の前に転がった多くの遺体と血の海。そしてその奥から迫りくる敵の集団。明らかにこちらが押され、突入を許してしまうのも時間の問題だった。

 「少佐!」

 「!」

 声のした方を振り返ると、倒れた憲兵少佐を他の憲兵が囲んでいる光景が目に入った。指揮を執っていた憲兵少佐は重傷を負い最早戦える状態ではなかった。

 他の憲兵も次々と凶弾に倒れていく。

 そして遂に武装集団が突入を敢行してきた。光る銃口を向けながら走り寄ってくる敵の姿を、近江は目の前で目撃した。



 男の宣言通り、敷地内の銃撃戦もテロリスト側の勝利に終わった。銃撃戦に勝利した武装集団が、次々と庁舎内に押し寄せた。

 攻撃ヘリの襲撃と、武装集団の銃撃によりボロボロとなった朝鮮総督府の庁舎。

 庁舎に掲げられた日の丸の旗が、庁舎を占拠した武装集団の手によって降ろされた。

 朝鮮併合の百年の象徴だった朝鮮総督府は、初めて陥落した――


■解説



●仁川府

京城から西に40キロ圏に位置する港湾都市。朝鮮においては京城、釜山に次いで三番目の都市であるが、京城のベッドタウンという性格が強いためにあまり認識されず、朝鮮の横浜とも言われている。黄海に面した仁川港には本土や海外から多くの船舶が入港する。



●大邱府

朝鮮南部の都市。京城、釜山、仁川に次いで四番目の都市だが、仁川の地理的性格から実質第三の都市とされる。帝国陸軍の大邱駐屯地には第20師団等が駐屯し、第20師団及び陸軍航空隊隷下の部隊として対戦車ヘリコプター部隊が配備されている。



●カ号攻撃機『忍』

大邱駐屯地に配備された攻撃ヘリコプター。米国から購入したAH-64を参考にした説が有力の通りその形状はAH-64に近い。カ号機とは大日本帝国におけるヘリコプターの総称で、カは『回転翼』から取られている。





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