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東亜の途 -2010-  作者: 伊東椋
第三章 端緒
17/29

第十七話 龍山駐屯地


 朝鮮半島

 京城 龍山――


 京城の都心からやや離れた位置にある龍山区。

 李氏朝鮮時代から京城の交易拠点として発展した地域でもあった。京城の秋葉原と呼ばれる電子商街の他、北部には朝鮮大宮や護国神社などを据えた南山。その頂上に京城のシンボル・京城タワーがあり、京城府民にとっての憩いの場となっている。

 京城駅の僅か一キロの先にあるのが日本朝鮮軍の龍山駐屯地である。

 面積は約3平方kmにまで及び、北側には日本朝鮮軍司令部及び東亜連合軍司令部等の軍事機構の中枢が集中し、南側には駐屯地に在籍している軍人とその家族を対象とした寮、病院、娯楽施設等が並んでいる。

 施設自体が小さな街になっている龍山駐屯地だが、国防上の理由から、朝鮮内部で発行される観光地図には一切記載されていない。インターネット上の衛星マップでは、駐屯地内部は森林画像で合成され見られないようになっている徹底ぶりだ。

 壬午事変の日清両軍の進駐から日露戦争、そして併合後の朝鮮司令部の設置など、長年軍事施設が置かれていた龍山。

 朝鮮光復軍によるテロの現場となった日韓併合記念館もある龍山には、有事の際は最前線となる朝鮮半島の防衛を担う軍事施設が存在していた。



 「近江憲兵大尉。確認した」

 検問を通され、近江と京が乗った車が駐屯地のゲートをくぐる。門を潜り抜けた先は外部の者に見せることを許されない世界だが、二人の目には布等と言う無粋な物は一切されておらず、その視線は自由きままにあちこちへ向けられていた。

 特に視線を忙しなく動かしていたのは京だった。まるで遊園地に連れていってもらった子供のように落ち着かない。どこから見ても挙動不審に見える京の様子に、近江は注意するように言った。

 「そんなに辺りをじろじろと見渡すな。 不審にも程がある」

 「あ……っ、ご、ごめんなさい」

 近江に咎められ、京は自分の行為が如何に無作法だったかを恥じる。

 「つい……基地の中がどんなものなのか気になってしまって。 思ったより、軍事基地とは思えなかったけど……。まるでゴルフ場みたい……」

 「この龍山駐屯地は朝鮮軍の中枢だ。施設の一部には軍の者や家族向けのショッピングモールや病院等もある。それらの理由から内部の規模も広大だ。門の出入り口から俺達が行く先の司令部まで、車で15分は掛かる」

 「そ、そんなに……!?」

 近江の口から淡々と語られる駐屯地の真実に、京は驚きを隠せないばかりだった。

 地平線まで見える施設の内部は、正に一つの街の中を走っているかのようだと、京は車の外を眺めていた。

 やがて広大な平原が続く道を走って15分、二人はようやく日本朝鮮軍司令部の前に辿り着いた。




 「遠路遥々ご苦労だったな、一宇」

 司令部の門前でいきなり二人の前に現れたのは、制服を着た女の将校だった。しかし背丈や顔の輪郭が京と大して変わらないために、少女にも見えたので京は驚いていた。

 「いえ。中将殿に呼ばれたとあらば、どこにでも参上する所存です」

 素なのか冗談なのかわからない無表情さで言う近江と、くっくと愉快そうに笑う女将校。なんとも異様で対照的な二人だった。

 「近江さん、そろそろ説明してくれませんか?」

 「何を説明しろと言う?」

 「いや……その、たとえば、この人は、誰なのかなーとか……」

 「中将殿の事か」

 まさか本当に京が何のことを言っているのか近江にはわかっていないようだった。そんな驚愕すべき事実に、京は驚きを通り越して呆れの域に達する。

 そんな彼女の心境を知ってか知らずか、近江は淡々と紹介を始めた。

 「この御方は日本朝鮮軍第21師団長の小早川憲政中将殿だ」

 「――ええっ!?」

 素っ頓狂な声を上げた京は、近江の鋭い視線に気付いてハッと口元を手で覆う。

 しかしその大きく見開かれたままの目は、まじまじと憲政を見詰めていた。

 改めてどこから見ても、女学生である自分自身と大差ない外観年齢だった。京は近江が真顔で冗談を言っているのではないかと本気で疑った。 

 「驚くのも無理はない。 私の美貌故の若々しい身なりは、全ての者を魅了させるからな」

 自信に満ち溢れた表情で言い放つ憲政に、ツッコみを入れる者は誰一人いない。京は驚くばかりでそのような暇はなく、近江はわざと無視している。

 「で、一宇。その娘が―――」

 「はい、中将殿。この娘が―――」

 「一宇の彼女か」

 「………………」

 沈黙。言った本人の憲政も、応えるように口を開きかけた近江も、そして振られた京の方も―――

 そして、一番に声を上げたのは京だった。

 「え、ええええええっっ!!?」

 先程とはまた格段に度が増している京の叫びが室内に木霊する。

 「そろそろいい加減にしないと、俺の鼓膜は限界域に達するぞ」

 「ご、ごめんなさい。また……」

 顔を真っ赤にして、小さくなる京。

 そんな京の反応を楽しんだ憲政が、豪快に笑い飛ばした。

 「あーはっはっはっ! 愉快愉快、このような面白いものを見たのは久しぶりかな」

 「………ッ」

 涙目でキッと睨んだ京の視線は笑い続ける憲政を射抜き続けている。京の明らかな憤怒に、近江は静かに溜息を吐いた。

 「なんて人なの……」

 つい口に出てしまったが、京は一切動揺することもなく、隠そうとはしなかった。

 それがまた気に入ったのか知らないが、憲政はむふふと口元を作り、京に視線を向けた。

 「すまんな、私は可愛いものが好きでついからかいたくなる癖がある。 これは幼い頃から一宇に対しても変わらない」

 「え?」

 京は言葉の意味を汲み取って、理解して近江の方に視線を向ける。

 「お二人は、古くからのお知り合いなんですか?」

 幼い頃からの、という言葉があった。京はその部分を決して聞き逃さなかった。

 そう言えば――と、先程からの彼女と近江のやり取りにあった違和感を思い出す。憲政は近江に対し、まるで弟を呼ぶような親しげな声で下の名前を呼んでいた。近江も又、上官を前にして姿勢を正しているが、その合間にはただの上司と部下の関係には収まり切れないものが見え隠れしていた。

 「ああ。 中将殿とは子供の頃からの知り合いだ」

 近江の言葉に、憲政が加える。

 「待て、一宇。 知り合いという薄っぺらい関係では決して無かろう。もっと強く、そして甘く、濃厚な関係だ」

 何故か徐々に色っぽく言ってきた憲政に、近江は額に手を当てて困り果てたような仕草を見せた。しかし京は気にも触れていないようで、それより近江と憲政の関係を知りたがっていた。

 「……中将殿は俺の兄貴が中学時代の同級生だった。当時、俺は小学生だったが、その頃から中将殿は兄貴と俺の家によく遊びに来ていたのだ」

 「そうそう」

 近江の説明に、憲政は何度も頷く。京は憲政を完全に無視する形で近江の説明に聞き入っていた。

 「やがて中将殿は俺の兄貴と恋人同士になり、二人は揃って陸大に進んで軍人になった。 周囲からは軍人カップルと呼ばれていたな」

 「いやぁ、あの頃はさすがの私も照れまくったな」

 憲政が思い出に浸るような様子を浮かべる。近江は淡々と続けた。

 「その後、二人は結婚し晴れて夫婦となった。 その点に関して深く訊ねたいのなら中将殿に聞くと良い」

 「別に良いです」

 「なんだと!? 私とだーりんのラブラブチュッチュな結婚生活を聞きたくないと言うのか!」

 「特に興味がないので」

 近江の視線に、落ち込む憲政を背後にしてどうぞ続きをと言う素振りで催促する京。近江はごほん、と咳払いをすると、説明を再開した。

 「……だが、ここからだとあっけない展開になる」

 「どういうことですか?」

 「兄貴が死んだのだ」

 「………………」

 気まずそうになる京だったが、近江も憲政も特段気にしている風には見えなかった。

 「昔の話だ。構わないよ」

 京の視線に気付いた憲政が言う。

 「兄貴はかつて第21師団の師団長だった」

 「え? それって……」

 京は近江が言っていた憲政の肩書きを思い出す。

 「つまり、中将殿の前の師団長が、俺の兄貴――近江長久中将だった」

 近江は古い記憶を遠くで眺めるように、目を細めながら、語り出した。

 「今から11年ほど前、中ソ国境で紛争が発生した。この紛争には、中華民國の要請に応える形で我が帝国も加わる事となった。帝国は大陸に派遣する兵力を、朝鮮から引き抜く事にした。それに選ばれたのが、兄貴の第21師団だった」

 1999年に発生した中ソ国境での紛争。中華民國軍の兵士がソ連領へ脱走した事が発端だったが、日本は同盟国として否応なく巻き込まれる形となった。ソ連との戦争拡大の緊張もあったこの紛争は、日本も多くの犠牲を払った事で、日本人の記憶にも根深く残っている。

 「その紛争の末、兄貴は壮絶な戦死を遂げた。 兄貴の死後、空席となった第21師団長の座を引き継いだのが中将殿だ」

 近江が視線を向けると、京は落ち込んだような表情を浮かべていた。

 その口元が、ゆっくりと開いた。

 「……ごめんなさい」

 「どうして謝る」

 「だって、小早川さんの前で、そんな辛い話を……」

 「気にするな」

 前に踏み出した憲政は、右手を掲げるようにして、京の前に差し出した。

 そして京の頭に手を振り下ろし、その頭を優しく撫でた。

 呆気に染まる京の顔を、憲政が微笑ましく見詰める。

 「優しい娘だな。 私は優しい奴も大好きだ」

 「………………」

 撫でられて、子供のように大人しくなる京の姿に近江は微かに口元を緩ませた。

 まるで母と娘―――外観的には姉と妹だが―――だった。

 ここに彼女を連れてきたのは、少なくとも悪いことではないことが判明していた。

 「さて、随分と話が脱線してしまったな。一宇」

 「はい、中将殿」

 「では……こちらに来てくれ、二人とも」

 憲政に招かれるような形で、近江と京は司令部の奥に進んだ。

 


 近江と京が連れられた場所は師団長室だった。国旗と赤と白の旭日が描かれた軍隊旗を両脇に飾られた席に腰を下ろした憲政は、部屋に招かれた近江と京の方に顔を向けた。

 「さて、では始めようか。 とまぁ、その前に――まず、一宇」

 「は」

 呼ばれると、近江は姿勢をぴんと伸ばす。その隣では、京が緊張気味に立っていた。

 「待機命令を無視し、病院を抜け出した事に関しては師団長権限で不問とさせてもらう。この話はこれで終わりだ」

 「……ありがとうございます」

 「それで、だ。報告書は読ませてもらった。実に興味深い内容だった」

 憲政は笑みを浮かべながら、京の方に視線を向けた。

 「民間人がテロリストを撃退とは聞いた事がない。 可愛くて優しい上にそれ程の強さとは、何者なのだ君は?」

 「わ、私は……」

 憲政に渡った春川でのテロリスト掃討作戦における報告書は、近江の証言も含めて詳細に記載されていた。人質であった京は、敵が手放した武器を使用して、見事に敵の一人を撃退したのだ。報告書には確かにそのような形で、京の知らぬ所で書かれていたのだった。

 「やはり斎間の娘となると、戦士の血が脈々と受け継がれている証拠かな。特に斎間の爺様はその典型だったな」

 憲政の言葉に、京は驚愕の表情を上げた。

 「祖父をご存じなのですか……?」

 「斎間の爺様には陸大時代に世話になったのだ。京斗爺様はお元気か?」

 「は、はい……! とっても! 余命一年と豪語している割には元気過ぎて困っている程です!」

 「ははは。 相変わらずのようだな、安心したぞ」

 実は事件の際に一度だけ顔を会わせているのだが、憲政は京との話題を得るために、あえてそのような話を振ったのだった。

 近江は二人の様子を見て、気付いていた。

 いつの間にか、京の表面からは緊張の色が抜けており、二人の間には潤滑に言葉が交わされていた。

 「折角来たのだ、丁度良い時に珍しい物があるので、特別に見せてやろう」

 憲政の唐突な発案に、京だけでなく近江も驚かされた。憲政はまるで子供のような笑みを浮かべる。

 「何を見せてくれるんですか?」

 「きっと驚く。 何せ、私でさえまだ見慣れていない代物だからな」

 「……中将殿」

 近江は不安げな声を掛けた。彼女の事を幼い頃から知っている人間として抱いた直感だった。

 「心配するな、一宇」

 「………………」

 「何だろう、ちょっとドキドキします」

 珍しい物と言われて、どこかそわそわとし始めた京の様子すら、今の近江には眼中になかった。

 二人が連れられた場所は、駐屯地内の車庫であった。灯りが灯された途端、驚く二人の前に姿を見せたのは引き締まったような体格ながら角ばった装甲を有した戦車であった。

 「わぁ」

 「これは……」

 京と近江が同時に声を漏らす。

 「日本帝国陸軍の新型戦車――10式戦車だ」

  憲政が誇らしげに目の前の戦車の名を口にする。

 「すごい! 本物の戦車って、私、初めて見ました」

 「こいつはこれまでの戦車とは違うぞ。 今までの戦車と比べると、実にコンパクトで尚且つ高性能だ」

 車庫の中に一輌鎮座する10式戦車の傍に立ち寄りながら、憲政は説明を加えた。

 「全長9.42メートル、全幅3.24メートル、全高3.20メートル。全備重量約44トンと言う90式より一回り小さい車体に、水冷4サイクル8気筒のディーゼルエンジンを搭載。足回りは74式以来となる全油気圧式サスペンション。これを採用した事により、前後しか制御操作できなかった90式と違い、前後左右に姿勢制御が可能になった」

 「え?」

 語り始めた憲政を前に、京は間抜けな声を上げるしかない。

 「武装は帝国製の44口経120mm滑空砲と12.7mm機銃、7.62mm機銃を一丁ずつ装備している。主砲の120mm砲は一部、ドイツの技術が導入されているものの国産開発の砲で、従来の戦車よりも強力な砲弾を発射できる。特に注目すべき点は、帝国陸軍の戦車として初めて導入されたC4Iというシステムで、これは――」

 まるで機関銃のように絶え間なく語り出した憲政に、京は呆気に取られるしかなかった。

 そんな京の肩に、近江の手が触れる。

 「気にするな。中将殿は一度熱くなると、いつもこの調子なのだ」

 「そうなんですか……」

 憲政が語り終えるのを、二人はひたすら待つしかなかった。




 「――と言う事だが、実はここにある車体は試作でな。 順次、全国の部隊に配備される予定だ」

 「では、ここにあるのはこれ一つだけなんですか?」

 「ああ。こちらにも早く欲しいものだ……」

 頬を朱色にうっすらと染め、ほう、と溜息を吐いている憲政の顔を見詰め、京は苦笑した。

 「(……何輌も来ちゃった時には、どうなるんだろう)」

 戦車の説明をする憲政の姿を見て、京は彼女がどれだけの愛情を向けているのかがよくわかった気がした。目の前にある戦車に向けている憲政の視線は、単なる軍人のものだけではないように思えた。

 「中将殿の第21師団は朝鮮軍において、唯一の機甲師団なのだ」

 「……機甲師団?」

 先程から専門用語が飛び交う現状に、京は当然ながら追いつけていなかった。

 「機甲師団とは、中核となる戦車部隊に、随伴する自動車化・機械化された歩兵部隊、同じく自動車化された工兵・砲兵・偵察・通信等の諸兵科の部隊から構成されている師団の事だ」

 「(つまりこの戦車を中心とした部隊って事?)」

 京は近江の説明に納得する。

 「昨年に開発が終了し、制式化された。 今年になって装備化が始まったばかりだ」

 憲政は10式戦車の車体を、まるで動物を撫でるかのように手で触れる。

 ふと、京がおずおずと手を上げた。

 「あの、10式って聞きましたけど、どうしてそういう名前なんですか? ちょっと気になったんですけど」

 京はふと浮かんだ疑問を口にした。それは単なる素朴な疑問だったが、一般人に丁寧な説明を加える広報官の如く、憲政は真摯に答えようとする。

 「『10式』の由来は、装備化された年だ。 今年の2010年に装備化、公表された事で『10式』と命名されている」

 「西暦が由来なんですね」

 「そうだ。 数十年前までは現在の空軍と同様に皇紀の方を由来としていたのだが西暦に変わった。これにはっきりとした理由というものは無いのだが、世界各国も西暦から名前を決めている。同じアジアでは、中華民國などの戦車も西暦だ」

 世界の中でも屈指の軍事力を有する日本は、これまでに数多の兵器を生み出してきたが、その名称の付け方は陸海空で日本独特のものがあった。憲政が言った通り、現在の日本帝国陸軍は戦車の場合、西暦を名前の由来とする方針を採用している。大陸の国共内戦後までは皇紀の下2桁から名前を付けていたのだが、世界中に西暦が普及する中で、後に陸軍も西暦を採用するようになった。

 因みに、空軍の戦闘機は未だに皇紀の下2桁を採用し、同時に官民の士気高揚等を目的に愛称まで名付けている。

 「へぇ……」

 京の視線に気付いた憲政が、ふっと笑みを浮かべた。

 「乗ってみるか?」

 「え……ッ!? 良いんですか?」

 京の戸惑いを帯びた言葉に、憲政ははっきりと頷いた。

 「ああ。動かす事はできないが、充分に良い体験になると思う」

 「えっと……」

 京がチラリと近江の方を見る。近江は京の視線に気付く。

 「(何故、俺の方を見る?)」

 許可を求めているらしいのはすぐにわかったのだが、それでも理由はわからなかった。京が朝鮮光復軍に拉致される前まで近江に監視されていた所以が原因の一つかもしれない。

 「……好きにすれば良い」

 近江の小さな声が、京の顔に花を咲かせた。

 「では、ぜひ!」

 京は嬉々と、近江の下から憲政の傍に行ってしまった。

 近江は憲政の手を借りて車体に乗り込む京の姿を見て、素直な感想を抱いた。

 朝鮮光復軍のメンバーに連れ去られる前に見られた京の姿とは、今は別人のように思えた。近江の前でよく感情を表わすようになった京の変化を、近江ははっきりと感じ取っていた。

 近江は自らの不手際で京を危険な目に合わせてしまった事に、後悔と自責の念を感じていた。

 京が救出された後、近江は京に頭を下げた。

 慌てていたが、京は近江の事を許してくれた。

 更に京は自らが命の危機に晒されたにも関わらず、朝鮮光復軍に纏わる捜査の協力を約束してくれた。

 「何故だ?」

 近江は訊ねたが、京は恥ずかしそうにしながらも――はっきりと答えてくれた。

 「近江さんの力になりたいからです」

 二人が共にこの場に訪れた経緯を思い出していると――近江は、京の黄色い声によって現実へと引き戻された。

 「良い眺めですね! でも意外と高いんですね……」

 「だろう? 走らせたらもっと最高だぞ」

 まるで母娘のような――いや、まるで姉妹のような光景であった。近江はただそんな二人の様子を、離れた所から見守っていた。

 近江の方に視線を向けた京が、手を振り始めた。

 「………………」

 近江は無言で、特に表情も変えず、憲政に気付かれるまでの一瞬の間に、微かに手を振り返した。




 師団長室には近江と憲政が向かい合っていた。先程までは京も同席していたのだが、今は二人だけであった。

 憲政は近江から手渡された封筒から資料を取り出すと、それを元に話を進めていた。

 「成程、そういう事か……」

 憲政は資料を卓上に置き、近江に視線を合わせた。

 「しかしここまで情報が集められたのはさすがと言うべきかな。憲兵隊は、一宇もよく働いてくれている」

 「これは我々だけの成果ではありません。 京の証言等は大きな収穫になりました」

 「そうだな、彼女には感謝しなければならない」

 朝鮮光復軍に拉致され、メンバーと接触した京の情報は近江達の捜査に大いに役立っていた。朝鮮光復軍と数日間に渡って接触した京の存在とその情報は正に貴重だった。停滞しつつあった捜査が進展したきっかけとなったのだ。

 京が駐屯地まで赴いたのもそれが理由である。京のおかげで日本側はいよいよ敵の尻尾を掴む直前まで来たのである。

 「今は満州にいる忠考と、警察や軍のあらゆる方面から得た情報を纏めれば、真相に辿り着くのは時間の問題だ。しかし……」

 憲政は頭を垂れて、右手で抱えた。

 「……厄介な事になりそうだな、一宇」

 「………………」

 資料の一部には、京の救出と同時に行われた掃討作戦の全容も記されていた。ペンションにいた敵のメンバーに纏わる情報は、ある点に行き着く所まで、軍は推測していた。

 「――背後に大物がいる、確実に」

 憲政は推測ではなく、確定的な現実を言い放った。

 「……まだはっきりと断定されたわけではありませんが、可能性は十分にあります」

 「一宇、これは軍だけではない。下手をすれば政治屋にも頑張ってもらわないといけなくなる」

 「そんなものは、昔からそうですよ」

 近江は毅然と告げた。

 「国と国が絡めば、常にそうなるものです。 国際問題となれば、それは政治家の仕事でしょう。そしてそれに従うのが、我々です」

 「………………」

 何かを思い出すように目を瞑っていた憲政は、ゆっくりと腰を上げた。

 「……直に総督府、そして永田町にも伝わるだろう。その頃には、円満に解決できれば良いのだが」

 それが限りなく小さい希望である事を、二人は判り切っていながら――どちらとも、それを口にする事はなかった。


■解説



●兵器の名称の由来

本文にも記された通り、作中の帝国陸軍の戦車は現実世界の陸上自衛隊と同様に西暦の下2桁から取って命名している。他の武器・装備等も同様。

海軍の場合は、史実の帝国海軍と変わらない。

これも本文に記したが、空軍の航空機は未だに皇紀下2桁から取ると同時に愛称を名付けている(史実の例:一式戦闘機『隼』、17試艦上戦闘機『烈風』等)。



あとは現在の陸自と同じ名前の方がわかりやすいというのが理由の半分だったりします。作品のタイトルにも2010って入れてるしね。

ちゃっかりと空軍の方も説明が加えられちゃってるのですが、現時点において空軍の出番は未定です。日本が今も戦闘機を自力で作ってたらと思うと夢が膨らみますね。F-2?それって(ry

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