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東亜の途 -2010-  作者: 伊東椋
第三章 端緒
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第十三話 拉致監禁

 夜の高速道路を走る一台の車が郊外方面に向かっていた。車体は街の灯りに照らされても判別し辛い黒塗りだった。運転席や助手席には男が一人ずつ。後ろの席にも男が二人いて、その間には寝かされた一人の少女がいた。

 両脇に座った男に挟まれるように寝かされた少女の顔には目隠しと猿ぐつわが施され、両手は後ろに回され手錠によって身動きを封じられている。その少女の姿は完全に自由を奪われ、捕らわれの身となっていた。


 がたん、と揺らされて、京は意識を覚ました。

 しかし目を開いても視界は暗闇に支配されていた。目元に感じる感触から、自分は目隠しをされていることを察し、更に開いた口の歯が何かを咥えている。両手に掛けられた手錠をがちゃがちゃと鳴らすが、自由はほとんど奪われていると判断する。

 京は聞こえてくる排気音と揺れから、自分は車の中に居るのだろうと察した。

 そして寝かされた自身の両脇に感じる人の気配。運転する者を入れ、少なくとも三人の人間が居る。いや、助手席にももう一人居るかもしれない―――

 幼少の頃から鍛錬で鍛えられた成果か、人の気配に敏感だった己の感覚を駆使し、京は自分以外の車内に居る人数を推測した。

 推測したからと言って、どうという事にはならないのだが。身動きが封じられている上に、ここは走る車の車内である。何も出来るわけがない。

 「(何でこんな事に……)」

 京はこれまでの記憶を振り返る。朝、自分自身の体調の変化に気付いた京は生理用品を切らしている事を知り、慌てて近江に外出の許可を懇願した。羞恥心を抑え事情を説明し何とか家を出る事が出来た。随伴してくれた近江の運転する車で本家に帰る途中、近江が自分達を尾行する存在に気付いたのだが―――

 「(そうだ。あの時、突然車が来て……)」

 余りに不意打ちであった。敵は大胆にも、反対車線から乗り出して特攻してきたのだ。車内が衝撃に振り回された所で意識を失った。

 「(近江さんは……!)」

 京は近江の安否が気がかりだったが、現時点の状況下では知る方法など不可能であった。おそらくここに近江はいない。敵の目的はもしかしたら自分自身だったのではないかと京は推測する。

  などと思考を取り戻していた京の様子に、一人の男が気付いた。

 「この娘、目を覚ましたぞ」

 それなりに若い声だった。と言っても、女学生の京ほどではないが。

 「もう一度眠らせておけ」

 「わかった」

 前の方から声がした。助手席の方だ。やはり助手席にも一人いた。

 「良い子だから、大人しくしていろよ。ここで抵抗した所で、どうせ逃げられないが」

 と言って、男が鼻下に布のようなものを押し付けた。頭痛と吐き気が訪れながら、意識が朦朧としてくる。あぁ、これが噂の……と、思いつつ。しかもこれ結構気持ち悪い。吐き気を覚えた所で、京は再び意識を闇底に沈ませていった。


 次に目を覚ました時には、京は見知らぬ屋内で横たわっていた。

 身体を密着させた床はひんやりと冷たくて、コンクリートののっぺりとした平たい感触が肌に触れている。

 あまり使われていないような、生活感など感じないような屋内。部屋自体は小さいが、建物自体はもしかしたら大きいかもしれない。周囲は酷く殺風景で、背の高い所にある月明かりが射し込む窓。まるで牢獄のような空間だ。

 身体を揺らすが、両手にはやはり手錠が掛けられている。金属を擦れ合う音を室内に響かせるが、外れる気配は皆無だった。

 口元には相変わらずの猿ぐつわ。車内で目を覚ました時と違うのは、唯一目隠しが外されていることだけ。

 視界は許せて、声は駄目か。窓から聞こえる虫の音が、ここが京城どころか街から離れた森の中であることを想像させる。大声を出した所で、助けが来なさそうに思えるのだが、やはり口は封じられるらしい。

 京が目を覚ましたのを見計らったかのように、がちゃりと鍵が外れる音を鳴らして、目の前の扉が開かれる。

 「起きたか」

 「………………」

 後部座席で自分にクロロホロムを使って再び眠らせた男だと声でわかった。随分と若い声だったから印象に残っていたが、やはりその男が一番若そうだった。

 「連れてこい」

 しかし一番若い風貌に関わらず、まるでその男が一番偉そうだった。後ろにいた中年の男たちが室内に入り、男の言われた通りに京を両側から捕まえて立ち上がらせる。

 「大人しくしていろよ」

 男の言葉を強調するように、京を掴む一人の男がナイフを京の首に当てる。京は男たちを睨むだけで、言う通りに従った。

 強引に引っ張られるような形で、京は男たちの手によって何処かへ連れていかれる。室内を出ると、外に通じているのかやたらと寒気がする廊下を歩かされる。寒いのは外からの風のせいか、それとも―――

 辿り着いた場所は地下室だった。男たちに捕まれた京の目の前には、室内で待っていた男が顔を見せた。

 「初めまして、斎間京。手荒な真似をして悪いが、こうする他に無かったのだ」

 若そうな男だった。声を聞く限り、やはり助手席に座っていたのがこの男だろう。

 「話をしよう。まずはその花びらのような小さな口に押し込まれた野蛮な物を外そうか。ああ、言っておくが叫んで助けを呼ぼうとしても無駄だよ。ここは街中から離れた郊外の森だ。この地下室は防音設備だし、叫んでも外から誰も君を助けに来ることは無い」

 男の指示に従った若い男が京の口から猿ぐつわを外す。京の口元がようやく新鮮な空気に触れた。

 京は叫ばなかった。ここが森の中であることは、さっきの部屋で虫の音を聞いた時から察していたから。

 「良い子だ。さて、改めて確認させてもらおう。君が斎間京だな?」

 「………………」

 「返事が無いが、おそらく間違いないだろう。ここに来て人違いだったのなら、我々は飛んだ間抜け者だ」

 一向に語ろうとしない京を眺め、何が可笑しいのか笑みを浮かべた男は不意に立ち上がった。ゆったりとした足取りで京に近付き、不敵な笑みを京の顔に近付かせた。

 「喋らないと本当に人形のようだ。くく」

 「………………」

 口を開かない京の顔をぐにぐにと揉むように掴む。まるで玩具を与えられた子供のように。

 しかしそれでも京は無言で目の前の男を睨むような眼差しで見据える。

 「その目……同じだ。俺達を見下す日本人と同じ目だ」

 引き攣っていた口端が引き締まり、白い歯を見せた。

 男は忌々しげに京の顔を見詰めている。

 「百年前、日本は大韓帝国を武力で占領した。豊かな自然に恵まれ、多様な文化を育み、そして何より他国を侵略した事のない平和を愛する民族の国家であった大韓帝国に対し日本は蛮行の限りを尽くした。当時の大国中国でさえ礼を払い、東洋の礼儀ある国として尊敬された大韓帝国を大日本帝国が侵略し尽くしたのだ」

 男は京の顔を掴んだ手に力を込めつつ、言葉を続ける。

 「勇敢な大韓の男達は日本兵に銃殺され、老人は日本刀に斬られ、女は慰安婦にされ、子供は銃剣で突き殺された。そうやって貴様達はその目で我々を見下し、支配してきた。貴様達が如何に呪われた血であるのか、本当にわかっていない」

 男は京の顔から手を離す。

 自由になった京の口元が、初めて動いた。

 「……何を言っているの?」

 「ようやく喋ったな」

 今まで無言を貫いていた京だったが、男の余りにも荒唐無稽な言葉の羅列に反応してつい口を出してしまった。

 「私達はそんな事してない。日本が朝鮮にそんな酷い事をしてきたなんて教わってもいない」

 「当然だ。日本政府は歴史を歪曲し、国民に嘘の歴史を教え続けている。日本人の多くが間違った歴史を学んでいるのだ」

 「そうとは思えない。私は京城で生まれ育ったけど、朝鮮系の人達にそんな事を言う人は一人もいなかった」

 「卑しい日本人に洗脳された同胞が大勢居る事も我々は知っている。 我々はそんな日帝の蛮行から、同胞を救い出すのも目的だ」

 京は目の前の男がどんな根拠を持ってそこまで言えるのか甚だ不思議だった。

 しかし彼らは本物のテロリストである。日本に対して絶対的な敵意を向けている彼らにとっては平常の思考なのだ。

 日本が絶対悪であり、自分達が正義。

 それこそがテロリストの思考。

 「真実の歴史を知れば、日本人が如何に我々に対して残虐非道の限りを尽くしたのか理解出来る筈だ。しかし日帝の連中は悔い改める処か、現在進行形で侵略を続けている。我々は日帝の蛮行を絶対に許せない」

 「だから、戦うの?」

 「そうだ。朝鮮解放のために我々は戦う。これもその一環だ。斎間京、貴様は日帝との取引材料となってもらう」

 「取引材料?」

 男はいよいよ京をここまで拉致してきた経緯を語り始めた。

 「我々はこれから、日帝に奪われた偉大なる大韓帝国の国璽を取り戻す。貴様は国璽と交換するために連れてきた」

 「国璽?」

 国璽がどういう物であるのかは、その手の収集家である祖父を持つ京も知っていた。

 彼らの本当の目的はその『国璽』という物であり、自分は国璽と交換して手に入れるための人質として連れて込まれたのだ。

 憲兵隊が斎間家にやって来た理由が京にはようやく判った。

 「お爺様なのね……。その国璽を持っているのは」

 京の出した解答に、男は正解と言わんばかりに笑った。

 「直接乗り込む案も最初はあったのだが、日帝の犬が嗅ぎ付いた所でその路線は完全に諦めた。そしてジジイを直接誘拐するより、孫娘を誘拐した方が得策であるとも考えた」

 「だから私をこんな目に……」

 京の瞳がみるみると怒りの色に染まっていく。その小さな口元が微かに震えていた。

 「まさか、近江さんを……!」

 「近江? ああ、あの憲兵か。 犬は犬らしく地べたに這いつくばって貰った」

 「許せない……」

 「悔しいか? 日本人のそんな顔は大好きだ」

 沸き起こる感情に奮い立たせながらも動けない京の様子を嘲笑うかのように、男は京の頬をゆっくりと撫でた。

 「朴。 そろそろ……」

 いつの間にか背後に現れた青年が、京の顔を摘まもうとした男を呼んだ。朴と呼ばれた男は不満そうに口元を鳴らすと、すっくと立ち上がった。

 「また話そうぜ、斎間京」

 憎悪の視線を目の前の男に最後まで浴びせ、京は再び監禁部屋に連行された。

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