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黄金魂  作者: 天野東湖
第01話 接近
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04

 本多国雄の能力は、目に見えない暴力だ。

 その潜在能力は、たった一人で暴走族を潰すことができるほど強大である。


 そこまではいい。

 問題は、もっと具体的に正体を突き詰めねば、仙道彰に勝機はないという点に尽きる。


 三メートル以内なら、本人が何もしなくても確実に不可視の攻撃を当ててくる。この怪奇現象は間違いなく能力行使による正体不明の痛撃であり、少なくとも常識の範疇では、偶発的に二度も連続して起こりえる物理現象は存在しない。強烈な突風だけなら理屈では説明可能だが、左頬と腕で受けた感触はどう振り返っても固体性のある塊だったし、そもそも突風程度の威力では、とてもではないが地面を転がるほど吹き飛ばされたりはしないもの。


 一般的に、人間が立っていられないほどの風圧は、気圧変化により発生する台風でしか自然現象では生み出せない。今日の天候は確かに荒れているが、さすがに台風と呼ぶには勢力が弱すぎるし、昨夜までの天気予報にはその兆候が見られなかった。やはり不可視の痛撃の根本的な原因には、本多国雄が隠している『能力』に大きな関わりがあると考えるべきだろう。


 では、その不可視の痛撃とやらが、実際にどのような形を為して襲ってくるのか。仙道彰が見定めねばならない最も重要な点はここにある。不用意に接近を許せば敗北は免れぬ、相手のもう一つの『秘密』を解き明かさねば、彼は反撃すらできずに倒れるのだ。


 彰は本多国雄の背後を見やり、おもむろに目を丸くした。


「あの子、帰ったんじゃないのか」


 冷たいほど鋭い眼光がやにわに弱まり、国雄が素早く振り返る。

 だが彼の背後には、降り落ちる無数の雨粒しか存在しなかった。人気のない公園の中、二人の喧嘩を悠長に眺めようとする野次馬の姿もありはしない。


 計られた、と気づいた時にはもう遅い。仙道彰はどこかに消えていた。しかし国雄自身の直感が、近くに潜んでいる何者かの気配を即座に見抜く。


「コソコソコソコソと、男らしくねえなァ!」


 集中力を高め、彼は迎撃の臨戦態勢を整える。


 途端、真正面に落ちてきた黒い影に、国雄の体が一瞬だけ緊張した。だが影に動きはなかった。そのまま地面へと平べったく落ちて、それが東高の制服のブレザーだったことを確認する。

 そして背筋に伝わった不穏な予感。


 彰が放った、滑り台の手すりを利用した反動から急降下する奇襲の飛び蹴りは、その片足ががっちりと空中に縫い止められる形で完璧に防がれた。


「くっ」

「こんな子供だましに引っかかるとでも思ったかァ!」


 空中に浮いたまま、彰の体は大きく揺さぶられ、豪快に滑り台の内壁に叩きつけられた。直前に『能力』を使っていなければ、肩の脱臼だけでは決して済まなかっただろう。

 だが安堵している余裕はない。相手の追撃を許さぬよう、すぐさま起き上がって距離を詰め、立ち尽くす無防備なクラスメイトめがけて右の拳を打ち放つ。


 タイミングとしては、申し分ないはずだった。

 しかし本多国雄は動かない。

 彰の拳はひどく固い感触に覆われ、何もない虚空に繋ぎ止められている。

 押し込もうが抜き戻そうが、びくともしない。


「これも駄目か!」

「ふん、硬いだけが取り柄か? だったらよォ」


 唐突に、背中ごと打ち貫くような激痛が、彰の腹部に深々と突き刺さった。

 両足が宙に浮き、肺と胃を抉るような衝撃に視界が揺らぐ。

 一瞬とも永遠ともつかぬ浮遊感と、致命的な麻痺感覚。

 猛烈な追撃の予感。

 その時、仙道彰は己の能力を使うタイミングを見誤ったのを悟った。


「その取り柄を粉々に打ち砕いてやるぜ!」


 追い打ちの第一撃が、まず顔面に命中した。

 その攻撃のかすかな予兆さえ感じ取れない。

 続けて左腕の側面、腹部、胸部、胸部、胸部、腹部、胸部――と防御する暇すら与えてもらえない連続攻撃が、まるで機関銃の如くに雪崩れ込んでくる。

 そして絶息の連撃を締めくくる最後の一撃で、為す術もなく吹き飛ばされるのだ。


 滑り台の空洞に覗ける天井から一転、曇天より降り注ぐ雨模様の視界が広がった。着地した背中に衝撃が走り、そのまま地面を滑り続ける摩擦で制服がずたずたに引き裂かれていく。


 ようやく体が止まった瞬間、彰は空に向かって吐血した。血と雨滴が混ざり合った飛沫が顔にぶつかる。浅い呼吸でも痛みが伴うのは、内臓を相当痛めたせいだろう。これでは立ち上がるだけでも、相応の時間が必要になる。


 対する本多国雄は、初撃の位置から一歩も動かずに彼をねめつけた。


「……さっき、威勢のいいメンチを切ったテメェの眼は、まだ『漢』だった。だがどうも、それだけだったみてえだな。所詮は人の目を盗んで子供に手を出そうとしたロリコン野郎だ。弱すぎて話にならねえぜ」

「手を、出そうと、したわけじゃない。……そう言っても、信じてくれそうに、ないな」

「信じる? 信じるっていうのは、説得力のねえ『拳』のことを言うのか? テメェの身も守れねえ奴が、一丁前にタメ口を聞いてんじゃねえよ。これでもオレァよ、手加減してやってるんだぜ」


 彰はなんとかして起き上がろうとするが、さすがに能力を使わずにあの暴力を受けるのは自殺行為だった。口の中がひたすら粘っこく、肩で息をするほど体力を消耗している。


 だが同時に、相手の能力の『秘密』も、なんとなく紐解けてきてはいた。


 掴む、投げる、止める、そして瞬間的な連続攻撃の隙のなさ――これほど多彩な行動を自在に操りながら、本多国雄はただの一度も自発的な予備動作を見せていない。


 その謎が意味するところは即ち、本人の意思とは直接的には関係のない『何か』が代行して、おそらく自動的に相手を攻撃していると推測される。しかもその『何か』は自分の足跡を作らず、透明でありながら物理的な行動を可能にし、桁外れの強さと速度でもって能力者を守り抜く。


 あまりに人間的な、その行動。

 具体的なイメージは『守護霊』だ。

 しかし、それにしてはどこか、違和感が思考にこびりつく。


 霊という検証不可能な存在の有無の議論はともかく、地上にたゆたう霊体は基本的に、大まかに分けて二種類の行動しかできないと言われている。


 己の存在を繋ぎ止めるため、物体や生体、土地や建物にとり憑くとされる、憑依現象。

 己の目的を成就させるため、ラップ音やポルターガイストで実力行使する、心霊現象。


 事実、これらに対する目撃談や体験談は星の数ほど存在している。学校の七不思議や、都市伝説、特定地域での怪談話など、とにかく真偽不明の情報には困らない。人命を奪う悪霊もしかり、降霊術による口寄せもしかり、二点の現象化を例外にすることが不可能である以上、霊の前提には必ず、憑依と心霊の共通性がつきまとう。


 今回の場合、憑依は問題ないだろう。本人に乗り移る憑依ではなく、あくまでも傍らに寄り添う憑依として本多国雄に憑いた霊体が、能力として自在に操作可能なレベルにまで同調したことの可能性も論ずるに値する。


 ただし仮に霊体だったとして疑問に残るのは、心霊現象のほうである。


 一般的に人間に害を及ぼす霊体のイメージとは、およそ人型が圧倒的に多い。もちろん中には動物霊を想像する人物もいるだろうが、どちらにせよ、霊体が生み出す心霊現象の類は総じて『原因不明』であることが前提となる。科学的に未知のもの、現実的に不可能だからこそ『心霊』に分類されるのであって、不可解だから心霊だと考えるのはそもそも順序が逆転しているからだ。


 では、今回の場合はどうか。


 豊富な防御方法に加えて、一見すると圧倒的に思える連続攻撃の鋭さだが、その手段はおおよそ『物理的』に限定されている。怪音を発するわけでも、物を浮かせて命中させるような超常的な遠距離攻撃を仕掛けてくるわけでもない。仙道彰の体に直接触れて、その攻防戦を支配しているが、その在り方はどちらかと言えば、霊体というより『透明人間』と呼ぶほうが理に適っている。だから人間的な行動だと彰は考えた。しかし透明人間では、土に足跡が残って然るべきだろう。


 霊体でありながら物理的、あるいは透明人間でありながら浮遊する、その正体が能力の秘密であるはずだ――そのように分析した彼は、この二つの可能性に共通する唯一の接点にこそ、逆転の鍵が隠されているはずだと勝機を絞り込む。


 もう相手に起き上がる力がないと踏んだのか、本多国雄は白けた顔で踵を返した。


神風(レジェンド)を使うまでもなかったか。その汚ねえツラ、二度とオレたちに見せんじゃねえぞ」


 返事は、ない。

 静かで冷たい雨の音だけが響いている。


 彼が背中を向けて、立ち去ろうと一歩を踏み出した時だった。

 背後から立て続けに泥が投げられ、その一部が制服の背面に付着する。


「……顔に泥を塗られるのと、背中に泥を塗られるのとでは、どっちが屈辱的だと思う?」


 ぴたりと、本多国雄の足が止まった。


「俺は、背中のほうが『恥』だと思う。拭いがたい、汚名というやつだ。目に見えないことは、ただそれだけで、劣等感をかき立てる、ものだからな」

「……テメェ、こんなマネをしてタダで済むと思ってんのか」

「こんな真似、というのは、どんな真似かな。大した傷にもならない、泥のことを言っているのか? 他の人間には見えない力を使い、一方的に叩くだけのお前に、一人前のプライドがあるとは、驚きだ。強者気取りの、見栄というやつか?」

「テメェ、そんなにぶっ殺されてえか!」

「プラシーボ効果を知ってるか。俗に言う『思い込み』というやつだ。それが経験に裏打ちされた信頼なら余計にたちが悪い。……そうだな、たとえば、相手からは不可視に見えるお前の能力は、じつはまるで、対向車のハレーションみたいに単純な錯覚かもしれない、というのはどうだろう」


 ずたずたの制服、泥まみれの体で、起き上がるだけでも精一杯という無様な構図。

 そんな満身創痍の男が何を言わんとしているのか、彼はまだよくわからなかった。

 本多国雄は困惑げな表情を固めたまま、ちらりと同じ背丈の『神風』を窺う。

 その正体、誰が見破れるというのか。


 鹿の角をあしらった脇立に、獅噛(しかみ)の前立て。

 その全身は大数珠を肩からさげた当世具足で覆われ、はち切れぬばかりに鍛え抜かれた先天的な超肉体をかろうじて抑え込んでいる。


 天下無双。


 生涯において五十七度もの戦場に身を置きながら、ただの一度もかすり傷すら負うことはなかったとされる、伝説の武将。

 織田信長には花実兼備、豊臣秀吉には古今独歩と称された、三河武士。


 その名――本多忠勝という。


 群雄割拠の戦国時代を生き抜いたこの怪物こそ、国雄が秘匿する、不可視の暴力の正体。

 守護霊の如く他人の目には映らぬ、されども後世に語り継がれる武勇だけは現実に反映され、それゆえに超人的な膂力(りょりょく)を思うがままに発揮して他者を圧倒する。

 接近戦で彼に勝てる者は皆無だ。

 相手からの全ての攻撃は、能力『神風(レジェンド)』の特性によって伝説を体現するため、その体に傷一つ与えられない。


 祖霊たる忠勝は、やはり国雄の絶対の信頼に応えるかの如く、超然と腕を組んで浮いている。

 予期せぬ異変など、起こるはずがない。

 起こるはずがないと、確信しているはずなのに。

 それなのに、この背を這い上がる、不穏な気配の正体を探らずにはいられない。


 ――空から降る雨粒は、まだまだ無数に地上へと落ちている。


 不意に、ぞわりと、国雄の全身の産毛が逆立った。

 先ほど相手が投げた泥のせいだろうか。

 よくよく見れば、神風の体の至るところにも泥が付着している。

 まるで、大雑把にでもその輪郭を浮き立たせんと、狙い澄ましたかのように。


「俺からは見えなくても、お前にはずっと見えていたはずだな」


 本多国雄が、目を見張らせて、仙道彰に刮目(かつもく)した。


「テメェ、まさか!」

「そこが『鍵』だった。ずっと見えていたからこそ、普通に見えてしまうことへの異常に気づかない。――お前の能力の秘密、確かに見破った」


 余力を振り絞り、仙道彰が突進する。

 しかし、いかに神風の正体を露わにしたとて、攻撃そのものが避けられるわけではない。


神風(レジェンド)! 本気で奴をぶちのめせ!」


 戦国最強と名高い男が、ほぼ完璧なタイミングで、迎撃の打拳を振り下ろさんと彼我の距離を即座に詰める。

 対する仙道彰は、左腕一本のみを掲げて、迫り来る必殺の打撃を防御する姿勢をとった。

 一瞬ばかり戦慄した国雄が、みるみる余裕を取り戻して笑みを浮かべる。


「マヌケか! 玉砕覚悟なら、オレの神風を防げるとでも思ったか!」


 仙道彰は答えない。

 本多国雄が一喝する。


「だったらお望み通り、その腕ごと体の骨を粉砕してやるぜ!」


 巨大な破城槌を思わせる、神風渾身の右拳が仙道彰に肉薄する。

 空気の壁をも突き破る、その颶風の如き暴力の加速。

 いかなる防御であろうとも、それが生身である以上、これを耐え凌ぐのは不可能に近い。

 事実、直撃した仙道彰の足許が陥没し、体がぐっと沈み込んで、今にも地面に挟まれて押し潰されようとして――。


 その時、本多国雄は、確かに見た。

 必殺を確信した『神風』の打撃をまともに受けたはずの男が、したたかに起き上がり、そのまま思いも寄らぬ速度で懐に入ってきたのを。


 そして赤銅の輝きに変化している、鋭い眼。


「なッ――」

「俺は、たった五秒の間だけだが、あらゆる攻撃を無力化することができる」


 直後、彰はあまりに無防備な本多国雄の腹部へ、突き上げるように握り拳を放った。

 くの字に折れ曲がる、一九五センチの巨体。

 その顔は不可解な苦痛に歪み、口の端から赤い飛沫が宙に吹き散った。


「バカな、これは――ッ!」

「そして相手に与えたダメージは、同じ五秒の間に受けた全てのダメージを上乗せする」


 つまり今、本多国雄を襲っている腹部の激痛は、まさしく神風の全力の一撃をそのまま再現していることになる。

 その威力たるや、彰と同年代とは思えぬほどの肉体に恵まれているはずの彼が、一歩も動けないどころか、ついに膝を折った様を見ても一目瞭然だろう。

 もしこれを仙道彰が受けた場合、本当に背骨を砕かれていたかもしれなかった。


「これが俺の能力『鋼鉄意志(アイアンハート)』だ。……お前の能力、本当に強かった。『レジェンド』と言ったか。だが今は、そいつへの盲目的な信頼が、逆に仇となったな」


 見下ろす者と、見上げる者。

 本多国雄が、舐められてはたまらぬとばかりに赤い唾を吐く。


「……五秒間の、無敵能力、かよ。ようやく本気を出したってわけか、ええ?」

「信じてもらうためだ。俺より先に、あの女の子に近づいていた不審者がいる。そいつは彼女の手を無理やり引っ張り、どこかへ連れ去ろうとしていた」

「ふん、それを信じろと?」

「そのために俺は、ありのままでお前と話し合っている」


 国雄は沈黙した。だがその瞳から、闘志が消えたわけではなかった。


「……お互い、手の内をさらけ出したな」

「そのとおりだ。お前の能力は、あくまでも物理攻撃しかできず、俺の能力は、その物理攻撃を跳ね返す。……お前は、引きずり出されたんだ。もう安易に能力を使えない、本当の一対一の勝負にな」


 その言葉を、一体どのように受け止めたのか。

 本多国雄がゆるりと立ち上がった。頭上を見上げて大きく息を吸うと、自ら激しい喝を入れる。


「いい度胸だ。今のテメェには、偽物には出せねえ本物の『気迫』がある」

「一番、大切なことだ。人に信頼されるためには、まず自分から、信用を勝ち取らないといけない」

「そりゃ誰かの受け売りか? もっともな言葉だが、それはオレに勝ったらの話だな」


 互いの距離は、一メートルもない。

 そして一八〇センチの彰が見上げるほど、本多国雄の存在感は圧倒的だった。


「お前に勝ったら、誤解を認めてくれるのか?」

「ああ。ただしオレに負けたら、真実はどうあれ、もう二度と妹には近づくな」


 手を伸ばせば接触する制空圏、その中心で神経を研ぎ澄ます二体の熱気。


「――お兄ちゃん!」


 こちらに駆け寄ってくる、幼い声。

 その声が耳に届いたのとほぼ同時に、二人の男は一斉に動き出した。

 裂帛(れっぱく)の気合いを発し、その一呼吸で小細工なしの右ストレートを放つ。

 両者の拳は、そのまま防御も回避もしない相手の頬を振り抜いた。


 剛腕のリーチは、本多国雄が勝っている。

 しかし拳の速度は、仙道彰が勝っていた。


 それが最後の力だったのか、しばらく立ち尽くしていたが、二人の体はやがて(くずお)れる膝に抗えずに傾いていく。


「テメェ、やるじゃねえかよ」

「そっちこそ、やっぱり強い」


 最初に地面に屈したのが誰なのか、それは一人の少女だけが知っていた。


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