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黄金魂  作者: 天野東湖
第05話 子供たちへ
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 ヒステリーじみた金属の擦過音が響く。一瞬でも気を抜けば即座に殺される死の闘技場、その開幕を報せるが如き殺意の残響が国雄の耳を打つ。


 しかし気配感知の精確さでいえば、今はアシュレイのほうが一枚上手だ。建物全域は、すでに彼の『能力』の支配下にある。たとえどこに隠れていようと、それが屋内なら見抜けぬはずはない。


 空中で新たに生み出された氷晶が、大気を切り裂く音とともに疾駆した。敵はどうやら回避運動のために移動を余儀なくされたようで、氷の弾丸はその軌道を曲線に変えて追尾する。それを国雄は、アシュレイが背中から退くまで黙って見守っていた。


「ボクが援護する。国雄、行けるか?」

「ああ、大丈夫だ。右側――西側の二階通路だな?」

「そうだ、敵は南側に向かって後退している。追撃のチャンスだ、挟み撃ちにしよう。最後は君の神風に任せる」


 二人は左右に分かれて階段を駆け下りた。途中、眼と鼻の先にある小さな氷が砕かれて、それで国雄は初めて射撃されたことに気づく。


 おそろしい射撃能力だと慄然せざるを得ない精確さだ。もとより国雄には未知数の世界観を背負った敵だが、逆にいえば、アウラと呼ばれる敵の暗殺者は一体どのような経験を積み重ねてきたのだろうか。しかし今は仲間であるアシュレイを信じ、破壊された氷壁が再び形作られるまで、その抜け穴を神風で埋めて前進するしかない。


 幸い、氷壁はすぐに生成された。常に数センチほど体から離れて無数に浮遊している。


 敵の位置は、アシュレイの氷弾が連続して追いかけているので特定は容易だ。国雄より八十メートル前方、同じ二階通路――とはいえ無骨な床面は作業事故防止のみの役割しか果たしていない――で逃げ回っている。ただし通路は、北側半分の区域のみでも、南北の直線距離で約二百メートル以上もあるようなので、実際は追いつくだけでも一苦労だ。


 それにしても、と思う。覚悟していた以上に敵の反撃が少ない。無駄弾は撃たない主義なのか、それともさすがの超一流も、こちらが二人とも能力者だと知り攻めあぐねているのか。だが、いまだに敵も無傷だという現実も油断はできない。


 通路を半分ほど進みきった。相手はそろそろ三階への階段を駆けのぼろうとしている。


 国雄は雄叫びを上げて、さらに走る速度を上げた。暗殺者は鉄骨の陰に隠れ、あるいは一度の射撃で複数の氷弾を破壊しながら、巧みにアシュレイの追撃を回避し続けている。息一つ乱すことなく、時折、帽子のつばに隠されたピジョン・ブラッドの瞳が冷たい光を放つので、国雄はあたかも光照準(レーザー・サイト)を向けられている錯覚に陥ってしまう。


 いや、ひょっとすると敵の眼は、本当にそれ以上の精度を持ち合わせているのかもしれない。あらゆる角度と距離、そして速度をも瞬時に測定し、最も効果的なタイミングを見極めて、敵対する者の全ての急所に常に狙いを定めている――。


 弱気は禁物であるはずが、超一流と呼ばれる敵のあまりの手応えのなさが、逆に国雄の不安を膨張させていた。真正面から疾走して、みるみるお互いの距離が縮まってきているのに、アウラと呼ばれる暗殺者はまだ銃口を下ろし、その反撃の狼煙(のろし)を上げる素振りすら垣間見せることはない。


 本音をいえば、先の雄叫びは、そうした内心の動揺を自分で叱咤激励するためのものだ。言い知れない臆病風が、間違っても『神風』の動きを鈍らせぬよう、心を強く保たねば勝機はない。いち早く間合いを詰め、相手が逆転の隙を掴みきれないうちに、早々に決着をつけるべきだろう。


 残り二十メートル。階段をのぼり、三階――東西に分かれていた通路が折り返すように合流する北区域の南端に辿り着く。


 敵は氷弾を回避するのに精一杯といった様子で、国雄の接近にとうに気づいていながら、何も対処できずに雑技団さながらの舞踏めいた超人運動を繰り返していた。凍った床面でありながら、背後から肉薄する氷弾でさえ(かわ)すほどの絶妙な立ち回りは、第三の眼がその後方を明瞭に映し出しているかのように正確無比だ。


 しかし残り十メートル。国雄とアシュレイが再び合流した。敵を絡めとる必殺の一手は、すでに金髪の美少年の『能力』によって動き出している。


「アウラ・ミラ・ファウストラップ! 君には悪いが、しばらくの間は戦闘不能になってもらう!」


 敵が後退する。だが背中が氷の壁に触れ、それ以上は後ろ向きで移動できない。


 彼女が振り返る。その瞬間、また新たな氷の壁が現れ、左右から挟み込むように、アウラの背後を塞ぐ氷の壁にぴたりと接着した。

 ちょうど、彼女の前方だけが虚空に解放されている状態だ。しかしそこには、不可視の神風がすでに立ち塞がって拳を握っている。


「もう逃げられねえぜ。テメェの殺人稼業は、ここで一つの節目を迎える」


 敵は動かない。下ろしたままの銃口を向けようともしない。退路が断たれて観念したのか。ならばその潔さだけは、多少の評価をくれてやる――。


「神風! こいつに天罰を食らわせてやれ!」


 剛腕が、満を持して風を切る。その速度、弾丸に勝るとも劣らない。


 しかし次の瞬間、神風の鉄拳はまさかの空を切った。破壊したのは、敵の背後にあった氷の壁。無論アウラはどこにもいない。


「は……?」

「なッ――」


 国雄とアシュレイが、たちまち絶句する。

 二人の視界に、不自然な影が垂れていた。

 象徴的だった彼女の帽子が、床に落ちる。

 どちらも弾かれたように頭上を見上げた。


 神々しい銀髪が天に流れていた。ウィンドブレーカーが強調するのは、異性を魅了してやまない丸みを帯びた谷間と肉付きの良い臀部。そしてみだりがわしいほどくびれた腰の、思わず時間を忘れさせるような褐色の芸術性(ボディライン)


「お前たちの会話は、唇の動きで把握していた」


 ――最後は君の神風に任せる。


 一寸の逡巡なく、連続して震える銃口。途端、国雄とアシュレイの身を守る無数の氷の壁から、数えきれない剣戟を交えるような音が鳴り響いた。四方八方、めまぐるしく駆け巡る無粋な凶音。


 国雄の右腕、アシュレイの左大腿部に弾丸が沈み込んだのは、十数回ほど音が反響した直後だった。突然襲ってきたあまりの激痛に顔を歪めて、しかし何が起きたのか理解できない。


 何事もなかったかのように、北側の通路にアウラが華麗な着地を見せつけた。消音器を付けた銃口が二人に向けられる。


「H&K、MK23……」アシュレイが呻くように呟く。「バカな、五十メートル以上の距離は有効でないはずなのに」


 東西の通路に分かれ、階段を駆け下りていた際、国雄は自分の顔の正面にあった氷壁が破壊されたことを憶えている。だが相手は、有効射程距離外からたやすく命中させるだけの技量を早々に披露した。これが何を意味しているのか。


「誘い出すためか。オレたちを確実に仕留められる距離まで、あえて近づかせるために」

「しかも奴は、ボクたちの氷壁を逆手にとって『跳弾』で狙い撃ちしたんだ。無数の鏡に光を反射させるように、その弾道を全て予測してピンポイントで狙撃した――」


 アウラは無言のまま、容赦なく発砲した。無数の反響音がアシュレイを囲むように響き渡り、今度は鎖骨下あたりに銃創を作る。たちまち力が抜けて崩れ落ちていく体。傷口を押さえた両の掌からは、おびただしい鮮血が流出し始めていた。


「アシュレイ!」

「動くな。喋ってもらうのは一人で充分だ」


 銃口を向けられ、国雄は動けなくなった。


 アシュレイの傷口を見ればわかる。銃弾は体内に残り、鎖骨下の血管を傷つけているのだ。しかも銃創は右側なので、もしも動脈を傷つけているなら、最悪の場合は腕頭動脈を損傷させて脳機能に支障をきたすほどの重症へと推移するかもしれない。とにかく早急に止血し、弾丸を摘出しなければ、冷徹な一分一秒が彼の命を左右するだろう。


 事実、建物内に張り巡らされていた氷膜が急速に消えていく。アシュレイの能力維持が(いちじる)しく低下している証拠だ。国雄の周囲に浮かぶ氷壁もついに霧散して、大量の出血が彼の体力を致命的に奪い尽くそうとしている。


「野郎ッ!」


 動き出す神風。

 しかし敵は刹那に消える。

 背後からの衝撃、両足が串刺しにされた錯覚。


 意思に反して膝をつき、国雄はどうしても四つん這いにならざるを得なくなった。だが右腕が負傷しているので、体がそちらに傾いてしまう。

 首を巡らせれば、アウラはやはり背後に移動していた。黒光りする銃口の深淵が覗く。


「なんで、オレの攻撃が、こうも簡単に――」

「質問に答えろ。お前たちは何者だ」

「――ただの高校生だ」


 質問に答えたのは、国雄ではなかった。アウラのさらに背後、拳銃を構えて飛び出してきた仙道彰が発砲する。


 だがアウラは瞬時に床面へと胸をつけ、振り返りざまに引き金を引いて応戦していた。親友の弾丸を回避するおそるべき反応速度。ただし彼女の弾丸は、相手の体に命中しても弾かれている。


 あえて倒れることで銃弾を避けたアウラだったが、その一瞬の硬直が反応不可能な隙を生み出した。仙道彰の能力は『鋼鉄意志(アイアンハート)』――あらゆる攻撃を五秒の間だけ無力化する。どちらがより安定して連射できるかは言うまでもない。


 彰がさらに接近しつつ発砲する。そのうち二発がアウラの両足に命中し、同時に彼女の姿が消えて、最も屋外に近い鉄骨のあたりに出現した。休息時間(インターバル)を挟んだので時を止めるタイミングが遅れたのだろう。しかし距離を稼ぐには充分間に合ったらしい。


 アウラは屋外から吊り下げられているロープを掴んだ。事前に用意していた緊急の脱出経路なのだろうか。彰が再び二度の射撃で追い打ちをかけるが、そのロープは想像以上の速度で彼女の体を引き上げ、そのまま屋外の空へと向かってアウラの姿を隠してしまう。


 親友は同じ場所に立ち、屋内から身を乗り出して暗殺者が消えた上空を見やった。途端、ヘリコプターが近づいてくる音が国雄の耳に届いてくる。相手がどのような手段で脱出を目論んでいるのかはすぐに理解できた。


 彰がすかさず戻ってくる。カッターシャツを脱ぎ、白のタンクトップ姿になってじつに手際よくアシュレイの傷口を止血し始めた。そうした作業の合間にも、彼は国雄が負っている怪我の具合を尋ねている。


 立ち上がれないが、決して致命的ではないことを知ると、親友は力強く頷いた。


「すでに救急車を手配してある。じきに来るだろう。それまでの辛抱だ」

「アシュレイは――」

「その場凌ぎにもならない止血だ。時間との勝負になる。こればかりは天運に任せるしかない」

「おい! そんな言い方は」

「やれることは全てやった。アシュレイの義勇に報いるためには、まだやり残したことがあるはずだ」


 やり残したこと。

 言われるまでもなく、アウラを捕まえることだ。


「……追いかけるのか?」

「警察の応援が到着するまで、後五分はかかる。今ここで逃がすわけにはいかない」

「だったらオレも連れていってくれ。銃の射程距離外に逃げられたら、神風が必ず役に立つはずだ」

「駄目だ。傷の深いお前を連れて行くわけにはいかない」

「頼む。オレが感情的になって始めた戦いだ。せめて最後まで見届けさせてくれ」


 二人は少しの間、無言になった。やがて彰が国雄を背負い、すぐそばの階段を伝って屋上へと移動し始める。


「悪ィな。オレは九十キロぐれえあるからよ、相当重いだろ」

「……問題ない」

「痩せ我慢すんなって。汗だらだらだぞ」

「これは試練だ。夏休みにも同じ経験をした。だから問題はない。前だけを向いて歩けばいい」


 国雄は閉口した。親友の足取りは確かに重いが、踊り場についても階段を上がっていくペースは変わらなかった。


「……夏休みの時、お前は何をしてたんだ?」


 それを口にするのには、少なくない勇気が必要だった。しかし今この時に訊かなければ、もう二度と同じチャンスは巡ってこないだろうという確信もあった。


「……俺が持っている銃は、チーフ・スペシャルという。残りの弾数は後三発しかない。射程距離はせいぜい三十メートルだ。今の俺の腕ではな」

「彰!」

「この銃は、父さんが愛用していた物だ。フィリップ・マーロウという探偵に憧れていて、その真似から携行していたらしい。俺に射撃を教えてくれたのは、英国情報機関MI6の元諜報員、アルフレッド・リーヴェンゼルク」

「アルフレッド――って、まさか」

「彼は俺にいろんな知識と技術を教えてくれた。軍用格闘術(マーシャル・アーツ)、医学、薬学、毒学、語学、暗号術、諜報術、尾行術、房中術。だが彼は死病に侵され、その余命は幾許もなかった。末期の膵臓癌(すいぞうがん)だ。だからアルフレッドは、死に物狂いで俺に接してくれた。そして最後にはこうも言った。たった一か月の訓練で変えられるのは、その者の心構えだけだとね」

「心構え?」

「殺人。人殺しとして生きていく覚悟を身につけること。アルフレッドは自らの命を最終試練にして、俺に選択肢を突きつけた。引き金を引いて狐憑きと戦うか、もしくは全てを忘れて、ごく普通の生活に身を委ねるか。彼の戸籍は、MI6に在籍していた当時から抹消されている」


 バカな、と国雄は言った。

 だが親友はさらに続ける。


「茜以外でこれを告白したのは、お前だけだ。あいつはもちろん戸惑っていた。だがそうしなければ、狐憑きを止められないことも気づいていた。あいつの能力なら狐憑きを殺し尽くすことも可能だろうが、実際に憑依している無関係の人間に向かって『限界突破』を使えば、どうなるかは未知数だ。最悪の場合、狐憑きごと本人を殺す恐れがある。それを茜に無理強いするわけにはいかない」


 それはそうだ、と国雄は納得する。魂などという未知の概念は、科学的に明らかでないからこそ、どのように『限界突破』すればいいのかわからないのだ。そもそも憑依でさえ未知の構造なのに、無関係の本人を保護しつつ狐憑きだけを器用に破壊しろと、無責任な強要を突きつけられるはずもない。


「だから茜は、自分なりの結論を出すまでは時間が欲しいとも言っていた。あいつ自身の眼で、現実の俺を決断する時がきたんだ。無論、俺がどうこう言う権利は、ない」

「じゃあまさか、お前は」

「弁解の余地もなければ必要もない。俺とアルフレッドは、そういう約束のもとでお互いの意志を確かめ合い、そして覚悟をぶつけ合った。それを誰かに理解してほしいとは思わない。俺とアルフレッドだけが理解する。それだけが真実だ」


 四階の上がり口に踏み込む。両足の痛みより、親友の殺人行為の告白が、胸の奥底へと沈み込んで息苦しかった。


 彼の眼に宿っていた、得体の知れない冷徹な光の正体がわかってしまった。だがそれは、国雄自身もいずれ背負わねばならない光だった。だからこそ国雄は余計に、その先を知りたくなる。もしも彼が将来の道を決めるとしたら、先に経験した親友の言葉をこそ、胸に刻んで教訓としなければならないと思うから。


「……無粋かもしれねえが、お前はどうやって、殺人の覚悟を乗り越えたんだ?」

「国雄、俺とお前では守るべきものが違う。将来では戦う相手さえ異なるだろう。だから俺は、お前に対して選択肢を突きつけるしかない」

「教えてくれ」

「命と心、先にどちらを救うべきか? 眼から鱗だけが真実ではない。必要悪は正義ではない。本質を見誤ってはならない。俺たちは常に、命と心の天秤について悩み続けるべき宿命を背負わなければならない」


 ゆっくりと五階に差しかかった。国雄は一つ息を吐く。


「……参ったな。お前には一生かかっても敵いそうにない」

「理想と現実、真実と虚偽、法律と倫理、正義と邪悪。この世のあらゆる選択は、じつは表裏一体だ。いつでも裏返しのできる結果論で評価し合っても、なんの意味もない。国雄に必要なのは『毒矢のたとえ』だ。全ては『何を救うか』で覚悟が決まる」

「……だからお前は、とにかく前を向いて歩くことを選んだのか」

「アルフレッドを殺した後、俺はあの屋敷の部屋で暴れ回った。死ぬほど苦しかったんだ。だがその時、アステリアが俺を救ってくれた。その夜が、昔の俺自身との決別に繋がった」

「意味深な発言だな。その夜でも別の『初めて』を捨てたのか?」


 冗談めかして言ったつもりが、彰が何も言わなくなったので、国雄はどきりとせざるを得なかった。


「まさかお前、本当に、その……」

「否定はしない。その夜までは、房中術の実践訓練も断り続けていた」


 国雄の体が、まるで血液が沸騰したみたいに熱くなった。先を越されたというのが彼の率直な心境であった。


「お前、どんな階段の上り方をしてんだよ!」

「階段は普通にのぼっているつもりだが――」

「今の話じゃねえよ! 全く、相手は王室の人間で――って、このバカタレが!」


 六階への踊り場に辿り着く。メインローターが回る音が、よりはっきりと聞こえるようになっていた。


「……なァ彰。オレたち、親友だよな」

「白紙に戻したいか?」

「バカ言え。テメェの相棒はこのオレだ。他の連中にできてたまるかよ」

「なら俺は約束しよう。国雄が信頼する限り、俺は決して裏切らないと」

「いいぜ。男と男の約束だ。違えんなよ」


 暁の空、広々とした屋上に躍り出る。


 ヘリコプターはすでに着陸していた。だがよく見ると、それは本多総合病院の名を刻むドクター・ヘリだった。ユーロコプターEC135機。しかもアウラはすでに機体の中に搭乗していて、今にも離陸する直前であるらしい。


「くそが! ヘリが盗まれてやがる!」

「国雄、降ろすぞ」


 背負っていた国雄を床面に座らせ、彰が再びチーフ・スペシャルを構えた。ヘリまでの距離は約五十メートル。射程外の短所は走ることで埋め合わせる。


 そして三連射。国雄も確かに聞いた発砲音。


 だが気がつけば、アウラもまた銃口をこちらに向けていた。親友が放ったはずの弾丸はヘリに擦過することなく虚空へと消えていく。ただの一発も命中していない。


「アウラ……。時間を止め、銃弾を銃弾で撃ち落としたか」


 着陸装置(ランディングスキッド)が床面から離れ、ヘリが屋上から遠ざかっていく。

 国雄は雄叫びを発しながら立ち上がった。ただし動けない。


「ふん、知ってるか? 槍投げの世界記録は、百メートル近いんだぜ」


 神風はすでに天下三名槍――蜻蛉切を逆手に持ち、肩の上で構えている。

 アウラが搭乗するヘリは、目視の距離で約八十メートルほど離れていた。


 国雄がその標的を指し示す。


神風(レジェンド)! 奴を射ち落とせ!」


 彼の号令とともに、不可視の蜻蛉切が中空を驀進(ばくしん)する。


 防ぐ術のない投擲は、ヘリのローターヘッドをいともたやすく破壊した。アウラの乗る機体はメインローターを失い、たちまち揚力(ようりょく)をも失って、すぐ南側の躯体工事中の鉄骨に激突する。二階を突き抜け、一階へと埋没する。


 すさまじい地鳴りと爆発の轟音が、国雄の耳朶(じだ)を打った。


「やったか!」

「いや、まだだ」


 屋上から地上を覗き見やると、完全に墜落する直前で『時間停止』能力を使ったのか、ヘリから無事に脱出していたアウラが横たわっているのが見えた。その隣にはパイロットらしき男の姿もある。どちらも生きていて、まだ敷地外への脱出も諦めていない。


 そんな二人のもとへ、屋上から流星のように親友が着地した。赤銅色に煌めくナイフのような眼。


 銃口を差し向けて射撃の姿勢をとるアウラ。

 右腕を振り上げて打撃の体勢に移る仙道彰。


 発砲と鉄拳。

 休息時間と鋼鉄意志。


 ――そして相手に与えたダメージは、同じ五秒の間に受けた全てのダメージを上乗せする。


 地上六階の高さから生まれる衝撃と連続する銃弾の破壊力が、仙道彰を鬼神に変えた。H&K・MK23を構えるアウラの左腕を粉砕し、鳩尾めがけて振り下ろされる。続けて反撃に転じようとした男の顔面を殴りつけた。たまらず国雄をして眼を背けるほど痛々しい光景。


 その瞬間、北側から雪崩のような足音が一斉に駆け込んできた。ようやく警察が、特殊急襲部隊SATが踏み込んできたようだった。その気配を仙道彰も察したのか、どこぞの町奉行の時代劇のように、警察に姿を見られぬよう走り去っていく。


 どうにでもなれ、と国雄は寝転がった。戦いはもう終わったのだ。


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