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黄金魂  作者: 天野東湖
第04話 未来は光だった
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 学校が休みでなければ乗れない電車の正体とは何か。学校という条件がある以上、解くヒントも必ずそこに隠されているだろう。


 学校が休みの日。学校閉鎖。創立記念日。祝日。週末。日曜日。

 考え方として惜しい気はするが、当たらずとも遠からずといった手応えか。


「お姉ちゃん、こんな問題もわからないの?」

「だまらっしゃい! 今考え中なの!」


 にやにや笑う子供たちに怒鳴る。大人げない行動だが、なぞなぞを甘く見ていたことも悔やまれた。問題そのものも、決して子供たちが作ったわけではないだろう。


 気を取り直して再考するしかない。


 学校が休むと、電車の種類が浮かび上がるという。だがそれは、おそらく某号といった意味での種類ではないだろう。なぞなぞの特性として、より単純に、短く練られた問題であるほど、閃き一発の右脳勝負となるはずだ。


 学校が休み、学校が休む、休む学校、学校が休日、休日に学校、休学――。


「あ、答えは『休校/急行』だ」

「正解。最初にしたら、結構時間かかったね」

「そりゃ、答えを知ってる人から見たら、そう思うでしょうけどね」


 一問目を解いたことで、多少の自信が付いてきた。しかし子供たちも、少しずつ問題の難易度を上げてくるだろう。


「まあ、最初のやさしめの問題でつまづかれたら、こっちも楽しくないしね」

「でも、これからはどんどん難しくなるよ」


 子供たちが不敵な笑みを浮かべる。

 だが、負けられないのは黒木も同じだ。


「そういうわけで、第二問ね。お寿司屋さんで続けて食べると、やせてしまう食べ物って何?」

「ちょっと、そんな夢みたいな食べ物があるの?」

「……お姉ちゃん、これ、なぞなぞだよ」


 呆れたように阿部が呟き、足許のサッカーボールを弄ぶ。女にとって最も油断ならない強敵を気にしなくていい男子の存在が、これほど憎たらしいと思ったことはない。


「お姉ちゃん、ひょっとして着やせするタイプ?」

「うっさいわね! 女の子はいろいろ大変なの!」

「ふうん、そんなに太ってるようには見えないけどなあ」

「あのね、そういう軽口を叩くのは、もっと美容業界を勉強してからにしなさい。大抵の女の子は自分に自信がないんだから、コンプレックスを何も考えずに指摘したら、絶対に傷つくわよ。おまけにそんなデリカシーのない男、女子の間ならすぐに噂にされて格付けされちゃうから、そのつもりでね」

「うへえ、女ってこええ」


 階が舌を出して苦い顔をする。受験戦争と同じくらいの過酷さで毎日苦学している女子勢の美容戦争を舐めてもらっては困るのだ。


 と、妙にしみじみと語っている場合ではない、と黒木はかぶりを振った。二問目のなぞなぞは、寿司屋で食べ続けると痩せる食べ物だ。


 寿司屋と限定しているのだから、食べ物の種類は当然、寿司屋にあって然るべきものが取り上げられているのだろう。つまり寿司のネタや赤出汁、お茶と醤油と紅生姜なども、真っ先に候補へと並べることができる。


「これ、さっきよりも簡単じゃない」

「あれ、もうわかったの?」

「答えは『ガリ』でしょ。続けて読むとガリガリ、つまり痩せて見えるってわけ」

「ちぇ、つまんねえの」


 本当に面白くなさそうに唇を尖らせるが、見た限り、積極的にイタズラを仕掛けて相手を困らせてやろうというタイプの子供とは思えない。悪意のない証拠だ。この子供たちも、きっと根は良い子なのだろう。


 やはりFに利用されているだけだと考えるのが妥当かもしれない。正義感はあれど人を疑うということを知らない年齢だ。その子供たちを利用する、善人の仮面を被った悪人の存在。


 負けられるはずがない。


「あら、そんな余裕たっぷりでいいのかしら? あたしはもう二問先取してるわよ。このまま三問目も、あっさり正解するかもね」

「ふんだ、ここまでは準備体操みたいなもんさ」

「そうそう。三問目から本気を出すから、お姉ちゃんも覚悟してね」


 そう言いつつも、子供たちに焦りが見える。もう後がないと追い詰められ、お互いに耳打ちしてから黒木に向き直った。


「三問目、いくよ」

「はいはい、かかってらっしゃいな」

「ある人が、二階建てのバスに乗っている客の人数を車掌さんに尋ねたんだ。そうしたら一階には自分を含めて二十五人、二階には一階の乗客の四割の客がいるって答えたんだ。さて、それならバスに乗っている人は何人になるかな?」


 その車掌さんがバスガイドさんかどうかは問題ではなかろう。これは単純な計算問題だ。問題をきちんとよく反芻(はんすう)し、正しく計算すれば答えは自ずと弾き出せるはず。


「これも簡単ね。答えは三十六人。ふふん、運転手のことを忘れさせようったってそうはいかないわよ」

「ブッブー。残念だけど、それじゃ不正解なんだな!」


 これ見よがしに両手を交差させて子供たちが笑う。黒木は一瞬、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。


「ちょ、ちょっと待って! なんでよ! 質問者を含めて計算した人数は三十五人でしょ。そこに運転手を加えたら三十六人になるじゃない!」

「お姉ちゃん、車掌さんを忘れてない? 車掌さんは質問者に対して、質問者を含めての一階の人数を答えたんだ。そして車掌さんは客じゃないんだから、その質問に対して自分を入れる必要がない。だから最後は、三十五人の客のうちに運転手と車掌さんも加えて、バスに乗っている人は三十七人ってことになる。問題が『客』ではなくて『人』だと締めくくっているのがポイントなんだよね」


 悔しいが、サッカーボールで器用にリフティングを始めた阿部の言うとおりだ。そして後頭部に手を回して笑みを浮かべる階も、残念だったね、と楽しそうに呟く。


「あーもう、まんまと引っかかったってわけね」

「惜しかったのは認めるよ。でも、これで僕たちにも一点が追加された。勝つための一点だ。試合は最後までどう転ぶかわからない」

「次の問題だって、これよりもっと難しくなる。だから、お姉ちゃんも覚悟してよね」

「御託はいいわ。さっさと次の問題を寄越しなさい」


 阿部がリフティングを止め、ボールを蹴って階に渡した。ゴールキーパーだと自己紹介していた彼は片手でボールを受け止め、それを黒木に突きつける。


「お姉ちゃん、666を知ってる? これは悪魔の数字なんて言われていて、あまり良い意味で使われない数字らしいんだ。しかもこの悪魔の数字は、じつは気づいていないだけで、いつも僕たちの近くにいる。おまけに僕たちの命をも握っている、とてもおそろしい奴らなんだ」

「はあ?」

「小さな悪魔は六匹いる。全員合わせて666だ。でもそのうち、二匹だけは胸を貫かれて死んでいる。そいつらは『二番目に小さくて四番目に大きい奴』と『四番目に小さくて五番目に大きい奴』だ。さてここで問題――こうした悪魔のうち『五番目に小さくて三番目に大きい』悪魔の正体とは、一体なんだろう」


 わかるか、と一蹴してやりたくなった。いきなり宗教めいた言葉が出てきたので、黒木の理解が追いつかなくなったのだ。悪魔の数字が人間の命を握っている――?


「ちょっと。あんたたち、本当に答えを理解して問題を出してるんでしょうね」

「もちろんだよ。僕たちは出題者であると同時に審判でもあるんだ。だから相手を不利にさせるような不公平は認めない。僕たちはあくまでも公平な立場にあるんだからね」

「そう。だから僕たちは、相手を有利にすることもできない。酷だけど、お姉ちゃんにはノーヒントでやってもらう。そして時間制限は十五分だ。フルタイム使ってもいいけど、延長は認めないよ。僕たちだって屁理屈こいて勝敗をうやむやにはしてないでしょ?」


 憎たらしいほど、子供たちはプレッシャーの掛け方が上手だった。黒木は思わず下唇を噛み、じっくりと熟考する必要性に迫られてしまっている。


 まず、問題の前提として、これはあくまでも『なぞなぞ』だと落ち着くことができる。


 ならば本来、悪魔だとか命を握るだとか、そうした過剰な修飾は不要となるべきだろう。大事なことは『大きさ』という要点の一つだ。専門用語はなぞなぞの範疇には存在しない。ゆえに問題は、誰にでも理解可能な正体を突き止めろと言っている。


 曰く、この『666』とは小さな六匹であるらしい。そしてこの六匹が合わさることで、初めて『666』になるのだという。しかも六匹のうち、二匹は胸を貫かれて死んでいる。なぞなぞの定義から言えば、死んだ、というのも不要な修飾となるべきだ。つまり、この修飾自体にはさして意味がないと考えられるだろう。


 しかし、わざと修飾してあるなら、全てが無意味だと切り捨てることも難しい。問題の始まりには、悪魔は気づいていないだけで近くにいる、との語りが入っている。それゆえにこそ命を握ることができ、あまり良い意味で使われない理由にも当てはまるらしかった。


 気が狂いそうな思考の時間が続く。なぞなぞの問題に取り組んでいるはずなのに、時折、不意に悪魔という文字がどこからともなく躍り出てきて、思考の波紋を広げるのだ。あたかも、本当に悪魔が横から冷やかしに現れて、黒木を嘲笑いながら遠巻きに見つめるかの如くに。


「ちなみに訊くけど、あんたたちはこの問題を自力で解いたの?」


 彼女の問いかけに、二人は一様に首を横に振った。それもある種の不公平ではないかと思ったが、最初からそういう条件を付け加えなかった黒木の側にも落ち度はある。それに今更、必死になって揚げ足をとるのも大人げない。


 五番目に小さいのに。

 三番目に大きい悪魔。

 その大きさには二種類あるのか?


 だがそれは、あまりに難解すぎた。まさに悪魔の数字なのだ。掴み所のない修飾が黒い迷路を形成して、唯一の出口を完全に覆い隠してしまっている。悪魔、いつも近くにいて、命をも握っている、六匹のおそるべき存在。


 あっという間に十五分が経過した。子供たちが意気揚々とタイムアップを報せてくる。


「お姉ちゃん。当てずっぽうでもいいから、答えを言ってみる?」

「そうしたいのは山々だけど、それらしい解答の候補すら思い浮かばないわ。万歳も万歳、お手上げもいいところよ」

「そっか。でも仕方ないよ。これはかなり難しい問題だからね」


 階が手に持っていたボールを投げた。それは阿部が胸で受け止めて、足許に落とす。


「答えは百円玉だよ。ほら、お金っていつも僕たちの近くにあるでしょ? そんでもって硬貨は全部で六つあって、合計すれば六六六円になる」


 黒木はたまらず頭を抱えた。悪魔がお金とは痛烈な皮肉だ。それは人間が生み出した物であり、現代社会を総べる大前提に他ならない。ならば人間は、とうの昔から自分で生み出した悪魔に支配されていたということか。


「……やってくれるわね。なぞなぞなんて、とバカにしてた自分を改めるわ」

「毎日やってたらさすがに飽きるけど、たまにやる分には意外と楽しいよ。お姉ちゃん、なぞなぞしたことないの?」

「いいえ、昔は結構ドハマリしてたんだけどね。でも結局、ある時期を境にしてぴたりと止めちゃったかな」

「どうして?」

「なぞなぞは、一人じゃ楽しめないから」


 ふうん、と相槌を打つ子供たちは、それ以上は追及してこなかった。特に気にしている素振りもなく、だからこそ余計にFのことが許せなくなる。


 この子たちには何も罪がないのだ。それをFが巻き込むものだから、彼らはあの屋敷に関心を示してしまった。電波の届かない敷地、本当の悪魔が棲む屋敷に。


「それじゃ、最終問題。このなぞなぞを解いたらお姉ちゃんの勝ち。でも解けなかったら、僕たちの勝ちだ」

「約束して頂戴。あたしが勝ったら、必ずFについて知っていることを全て話すって」

「いいよ。その代わり、僕たちが勝ったら二度と姿を見せないようにね」


 奇妙な緊張感が、場の空気を支配する。

 黒木の真正面に、あらかじめ申し合わせていたかのように、階と阿部が立ち並んだ。


「目の前の右と左に二つの扉がある」

「一方は天国への扉で、もう一方は地獄への扉だ」

「ただし見た目は同じで、どちらが天国に続いているかは、わからない」

「同じく、どちらが地獄に続いているのかもわからない」

「その扉の前には、それぞれ天使と悪魔がいる」

「天使は正直者で」

「悪魔は嘘つきだ」

「そして天使と悪魔は、どの扉が天国に続いているのかを知っている」

「もちろん、どの扉が地獄に続いているのかも知っている」

「けれど、やっぱり見た目は同じなので、どちらが天使か悪魔かはわからない」

「お姉ちゃんに許された質問の回数は、ただの一度きり」

「さあ、たった一度の質問で天国への扉を見つけるためには、どうすればいいだろう」


 見ようによっては、天使にも悪魔にもなる二人の子供。

 黒木はただ一度だけ、質問するチャンスを与えられた。

 どちらが正直者か嘘つきかはわからない。

 運命的な問題だ。

 黒木の過去を彷彿とさせるような、その対峙。

 真実を見極めねば、そこで全てが終わる。

 Fという謎の女にすら、辿り着けなくなる。


「十五分、フルタイムで使わせてもらうわよ」


 まずは問題を整理しよう。


 なぞなぞは、天国へ行く質問方法の模範解答を示せ、と言っている。しかし二つの扉のうち、どちらが天国か地獄かはわからない。また、扉の正体を知っている天使と悪魔なる存在がいるのだが、こちらもどちらが天使か悪魔かはわからない。


 そして、天使と悪魔に質問できる回数は、一度きりだ。


「誤解のないよう訊くけれど、質問回数が一回なのよね? それは片方ずつに質問できる回数が一回ずつってわけじゃないのよね?」


 子供たちは頷く。質問は、天使と悪魔に対して同時に行うことが前提のようだ。


 ならば、質問を考えるにはまず、嘘つきの悪魔を対象にしなければ正しい答えは得られないだろう。天使と悪魔の回答が両方とも同じになるように質問しなければ、天国への扉は開かれない。


 ただし、天国への扉もまた、どちらかはわからない。


 重要なのは落とし穴が二つあるという点だ。天国と地獄、天使と悪魔、このどちらもが明確でないからこそ焦点が絞りづらくなっている。問題はあくまでも、天国への扉を発見することだ。必ずしも天使と悪魔の正体を見極める必要性はない。


 天国への扉はどちらか。

 そして嘘つきを前提にした質問。


 ――運命的な問題。

 黒木の過去を彷彿とさせるような、その対峙――。


 崖っぷちに立たされた黒木の思考に、おや、と一筋の光明が差し込んできたのは、残り時間が五分を切った頃だった。停滞していた思考回路に劇的な電流が流れ込んできたかのように、何かが頭の中で無数に弾ける。


 黒木は自分の能力のことを思い出していた。とはいえ『真実の(カミングアウト)』を使って、子供たちから情報を得ようなどとは考えていない。

 大切なのは、その『真実の口』の使い方なのだ。思い出すべき事柄――黒木の能力は、一体どのような条件を満たした時に、相手の口から真実を滑らせることができただろうか。


 ヒントはそこにある。

 解明する唯一の糸口は、まさにそこにあるのだ。


「……もしかしたら、わかったかもしれない」

「えっ」

「なんか、ちょっとだけスッキリするわね。自分の過去を思い出しても、許せないことは沢山あるけど。でも今回ばかりは、ありがとうって言いたくなっちゃった。そしてたぶん、昔の自分にさよならできるかもしれない。きっと、きっとだけれど、そんな予感がする」


 あるいは、子供たちに、童心に返ることの意味を教えられた気分もあったからだろう。

 むしろ彼らに出会っていなければ、今のように清々しい気持ちを抱くことはなかったのかもしれない。そういう意味でも、この問題は確かに運命的だった。


 ゆえに、だからこそ黒木凛は知っている。


「なぞなぞの答えは――」


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