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黄金魂  作者: 天野東湖
第04話 未来は光だった
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 岸沢市で発生した少女暴行殺人事件は、八月に入って十人目の被害者を新たに生み出した。ただし、それらの犯人は未遂も含めて、ほぼ全員が事件発生から一週間以内に警察が逮捕している。この速やかな活躍により、市民の不満をいたずらに高めるような足踏みは一度もなかったと言えるだろう。


 一見すると、警察がいかに優秀かを弁舌するような話である。もちろんその事実は輝かしい結果が証明しているので疑う余地はないのだが、黒木凛はどうしても、これら一連の事件の裏に潜む『悪臭』を嗅ぎとらずにいられなかった。


 警察が優秀すぎるのが面白くない、というのではない。

 犯人があからさまに短絡的すぎるのが、気に入らないわけである。


 今年の最初に事件が発覚したのは四月の上旬――ちょうど本多有希子が何者かによって誘拐されかけた日の、翌日のことだ。被害者は東方町に住む十一歳の小学生で、犯人はなんと、本多有希子をさらおうとした男と同一人物らしかった。たまたまテレビの報道を見ていた時に顔写真が映し出され、彼女が思い出したのだという。


 間抜けで卑劣な男だと語る以外の舌はない。被害者遺族の精神的苦痛はとても計り知れないが、警察の迅速かつ的確な初動捜査により、犯人を野放しにするという最悪の事態は避けられた。決め手は被害者の遺体に残されていた体液とのDNA照合だ。ホームレスだという男は現在も犯行を否認しているようだが、この犯人逮捕がなければ、行き場のない遺族の怒りも永遠に落ち着かなかっただろう。


 二件目、三件目も同じ思いだった。被害者はそれぞれ十歳と十二歳の小学生で、犯人は会社員と学校教諭の職に就く社会人だ。どちらも当初は犯行を頑なに否定していたものの、それが遺族の怒りと世間の反感を買うものだから、その矛先が自分たちの家族に向けられていることを知り、ついに自供を始めたと言われている。現場検証時の犯行の記憶も明快だったそうだ。


 おや、と事件の風向きが怪しくなってきたのは、やはり四件目からだろう。六月八日に報じられた犯人逮捕の記事には、子供洋服店を経営する女社長の裏の顔、という衝撃的な見出しから始まっていた。独身の寂しさだとか、ジェンダーがどうだとか、そもそも現代女性の抱えるストレスはだとか、そんな有象無象のコメンテーターのくそったれな御高説はともかく、黒木凛が首をかしげる点は一つだけだ。


 仮にも業績が上昇傾向にあったらしい会社を取り仕切る女社長が、わざわざ自宅で女子小学生に暴行を加えた後で殺害し、その亡骸を川に捨てるものだろうか。ただし死因は絞殺なので、事故死はまず考えられない。


 途中で相手が暴れたから止むを得ず、あるいは逃げられそうになったのでカッとなって、という可能性も報じられているとおりに考えられる。おまけに、その女社長の口座から、約一億円近い金額が引き出されている点も報道のように気になっていた。しかもその多額の資金の行方は現在も掴めていない。


 そうした経緯を踏まえて、黒木凛が一連の事件に、とりわけ犯人について注目するようになったのは、四人目の逮捕が報じられた以降の話だ。そして『少女暴行殺人事件』は、この梅雨の時期から日を追うごとに、新しい事件発生への時間間隔を狭めている。


 ざっと十人目までの犯人の人物像をまとめると、一貫して共通性がないことが挙げられる。年齢は未成年から高齢者まで広い範囲に及び、経済や家庭事情にも明暗がはっきりと分かれている。出身地、母校などはそれこそ多岐に渡り、妙な宗教団体や暴力組織への関与も認められない人が大半を占める有様だ。こうなると犯人たちは、ほぼ全員がお互いを知らないと言っても過言ではない。


 では、被害者になんらかの接点がある者たちが、たまたま同時期に犯行を決意し、逮捕されたのだろうか。雨の日に事件を起こすという妙な共通点を残して、自分だけは上手に隠蔽できると根拠もなく過信し、結局は他の者と同じ末路を辿ったにすぎないのか。


 しかし、それでは全員に前科がないという共通点に疑問を抱かざるを得ない。つまりは全員が初犯で、これまで反社会的な犯罪行為に関わったことが一度もないのだ。手慣れた常習者なら過信もありうるが、誰もが初犯で、毎月のように報じられる同じ犯罪の記事を見て、ただの一度も危機感を抱かないことはありえない。ここは多少なりとも我慢して殺人計画を後回しにするか、もしくは別の手段を企てるのが得策だと考えて然るべきではないか。衝動的な犯行も同じ理由で切り捨てることができる。


 おまけに動機も、今となっては疑わしいものばかりだ。被害者が全て十歳から十二歳という低年齢の少女に限定されるのだから、明らかに嗜好が偏っているのは判然としている。判然としているのだが、具体的に被害者と加害者の関係を示すものは何一つない。さらに犯行手口もほとんど場当たり的で、じつにお粗末だと切り捨てられる。これは言ってみれば、逮捕されても別に怖くないというような、ある種の開き直りにも似た図々しさを感じ取ることができてしまうのだ。しかし、そうなると逮捕直後の犯行否認はしっくりこない。


 こうした観点で全体を俯瞰してみると、ちょっと不自然だけれども不合理な冤罪などは生まれていないので、やはり犯人の行動が粗略的、かつ、警察の優秀さに得心する説明がつくことになる。


 だとすると、これら一連の事件を強引に結びつけようとする考えが、そもそも間違っているのだろうか。それぞれが独立した事件で、本当はなんの裏もない、たんなる偶然により表面化した程度の出来事にすぎないのか。


 これに対して神崎たちの意見を訊こうと思ったのだが、あちらはあちらで全く別の事件に関わっているらしかった。なんでも、編入生歓迎という意味合いも込めた旅行を大阪で満喫していたところ、偶然にも殺人事件の目撃者となってしまい、滞在の延長を余儀なくされてしまったとか。これを機会に神崎と仙道のわだかまりも打ち解ければと思っていたイベントの真っ只中で、なんとも不幸な話である。


 もっとも、その旅行には事前に黒木も誘われていたので、もし参加していれば特ダネの一つには変貌していたかもしれない。ただ、旅行参加者のほとんどが一年生だというので辞退していた。思い出作りの旅行で、わざわざ先輩に気を使わせるのは忍びない。


 そういうわけで、黒木凛は現在、隣町の西方町駅前にあるインテリア・カフェで昼食をとり、食後のコーヒーを飲みながら、最も注目している事件の資料を広げて、改めて眼を通しているのだった。広々とした店内は木製の家具を利用していて、どことなく西部劇の一幕に出てくるような雰囲気を醸し出している。


 雑誌で取り上げられていたとおり、ランチタイムの料金はワンコインだった。彼女は早速、手帳を取り出して頁をめくった。内装、清潔さ、味、雰囲気、どれも二重丸を記入した後、もう一度だけコーヒーを飲んでから店を出る。


 すぐ先が駅前広場だ。バス停が並んだターミナルが正面にあり、左に行けば二階建ての西方駅がある。ターミナルのさらに向こう側には百貨店と、映画館を取り入れた大型商業施設があり、それらは西方駅の二階出入口から続く人工デッキで繋がっていた。週末にはそれなりの歩行者で賑わう界隈である。街頭の大型スクリーンに、ジョニーズのアイドルグループの一員である二之宮士郎と、お相手の一般女性との挙式報道が映し出されていた。


 純白のウェディングドレス――いつかは夢見る心のように、世界に一人だけだと思える男と出逢い、大勢の友人に見守られながら、互いに誓いの言葉を立てる日がやってくるのだろうか。しかし今はまだ、ブーケを背後に投げる自分の姿が全く思い浮かばないと黒木は苦笑する。


 彼女は、駅とは真逆の方向へと足を向けた。時間があれば足任せに、あるいはティーン雑誌などで仕入れた情報を、五感の全てを駆使して確かめるのが何よりの楽しみなのだ。そして困難の壁にぶち当たって行き詰まった時、どうしようもなく苛立って焦りを感じる時などでも、こうして外を歩いて気分転換を図ることにしている。


 蒸し暑い、照り返しのきつい夏だった。十分も歩けば滲み出した汗が前髪にはり付き、背中もタンクトップと吸着してしまいそうになる。彼女は藍色のショートパンツのポケットに入れてあるiPhoneから繋いだイヤホンを装着して、お気に入りの音楽を流すことで暑さを乗り切ろうと考えた。日本で活動している、とあるスリーピースの音楽ユニットがリリースしたアルバムは全て持っている。


 高速道路が走る交差点に突き当たった。四六時中、交通量の多い地点なので騒音問題が住民の悩みの種となっている。


 信号が青に変わり、立ち止まっていた歩行者の一人として黒木も歩を進めた。イヤホンから流れてくるリズム感の良い歌に聴き入りながら、手帳にざっくりと書き記した一連の事件の概要を見直す。


 眺めていると、ふと思いついたことがあった。もし犯人たちが、今はまだ正体不明の糸で繋がっていると仮定しても、そのように一致団結することで得る利益があるのだろうか。事件を振り返ってみると、暴行して殺人を犯した、以外の犯人側のメリットが存在しない点が無性に気になる。それとも国内には、逮捕されることで前科が付く以上の利益となる何かがあるのか。しかし黒木には、そんな悪人天国のような幻想は思い描けそうにない。


 では、一連の事件には何も裏がないのだろうか。自然とこぼれた溜息のまま眼を落とすと、小さな何かが視界の片隅を横切った。一匹の猫だ。それも彼女自身がよく憶えている子猫、大講堂の裏でよく遊んでいるミーが、なぜか隣町まで足を延ばして歩いている。


「うっそ。あの子、なんでこんなところまで」


 まるで歩行者を先導するかのように、ミーが横断歩道を歩いている。なんとなく友達の行き先に興味をそそられ、黒木はこのまま尾行を始めることにした。ミーがこちらに気づいた様子はない。


 子猫は信号を渡り終えてからも、じつに堂々とした足取りで歩道の真ん中を歩いていく。それから充分に距離を取った――少なくとも彼女はそう思っている――後方から、黒木はミーを追跡していた。やがて相手が横道に入り、奥まった市街地の方角へと進んでいく。


 いくつかの角を曲がり、いよいよ入り組んだ路地に差しかかった時、ミーは突如として走り始めた。そこは細くて長い一方通行で、子猫は黒木の想定外の素早さを見せて、みるみるうちに引き離そうとする。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 慌てて追いかけようとしたことが災いした。ミーが曲がった角を、しばらくしてやっと追いついた黒木が曲がろうとした途端、誰かと正面からぶつかって尻餅をついたのだ。鼻とお尻がひりひりする。


「あら、大丈夫?」


 女性の声だった。見上げると、白衣を身につけた胡散くさい医者か、科学者風の美人が手を差し伸べてくれている。きめ細かく、見惚れるほどに白い掌――。


「す、すみません」

「気にしないの。それから遠慮もしないでね」


 柔らかい掌を借りて立ち上がる。顔が火照るのがわかるほど、黒木は少し混乱していた。


 子猫のミーは、女性の背後にもどこにも見当たらなかった。


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