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黄金魂  作者: 天野東湖
第03話 心を重ねて
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 謎の轟音は、屋敷のある方角から聞こえてきた。強固な建材が爆発するように破壊され、今まさに崩れ落ちていく、そんな凄まじい音である。


 真っ先に眼の色を変えたのはアシュレイだったが、起き上がることも難しい体では這うことしかできなかった。それでも小屋を出ようと死に物狂いで匍匐(ほふく)するので、国雄はたまらず一喝する。焦る彼をなだめ、とりあえずは新田新一に任せて、国雄は単身で屋敷へと足を向けることにした。


 小屋の外に出ると、夕暮れはとうに宵闇へと移り変わっていた。一番星のまたたきをも見つけ、直下には、その樹冠に墨汁をぶちまけたが如き森の景色を眺めることができる。


 アシュレイが、計らずとも新田新一の『能力』に捕まって異世界に封じられてしまい、凍結能力と現実世界との結節点が失われてしまったからだろう。おそるべき氷雪の世界は、夏の自然界にあるべき姿を取り戻している。

 ただし解除の際、あまりに急激な温度変化に対応できなかった国雄の肉体は、その体表面のほぼ全ての細胞を損傷する形で大量の失血を負う羽目になった。だがあの直後のタイミングで体が自由を取り戻していなければ、敗北が決定的だったことも認めざるを得ない。


 だからこれは、あいつの代わりを担うだけなのだと国雄は考える。なぜ新田新一がこの土地に潜り込んでいたのかは後回しだ。最優先は、神崎と彰の無事を確認すること。彼はただ、気合いと根性のみを満身創痍の肉体に注入し、足を引きずりながら前へと進む。


 屋敷までの方向は小屋から確認できるし、いざとなれば神風で障害物を切り開けば済む話なので、森の中を進んでも迷わずに到着することができた。まるで荒廃した洋館めいた建物だが、その躯体全体が一瞬身震いして、次の瞬間には玄関と真逆の位置にある背面の壁が木端微塵に爆発するのを、彼は思わず我が眼を疑いながらも見届けた。さらに屋根の一部がぱっくりと消失していて、何やら不吉な白煙が立ち昇っているのがわかる。一体この建物の中で何が起きているのか、当然だが彼には皆目見当もつかない。


 入口の扉を神風で強引に開けると、その混迷はさらに常識を超えて悪化した。


 エントランスホールとおぼしき吹き抜けの空間が、常にもうもうとした煙幕とおびただしい数の銃声によって現実離れした戦場と化していた。一階にも二階の廊下にも数十人の人間がひしめいているが、よく見るとそれは全員が、最初に顔合わせをした老紳士であるのだ。ただの一人も、その例外には当てはまらないままに。


 彼は――いや、アルフレッドと同じ顔と肉体を持った彼らは、当たり前のように銃器を手にし、当然のように発砲する。その銃口は全て一か所に向けられていて、だから相手も一人なのだろうとは予想がつくが、果たしてこれほど節操なく乱射しても動きを止めない敵の存在を、国雄はやはり推し量ることができなかった。


 さまざまな小銃や拳銃を携行しながら一階を埋め尽くす、アルフレッド。

 対戦車兵器の砲身を肩で担いで二階から弾頭を撃ち放つ、アルフレッド。


 およそ尋常の光景ではない、戦争に等しい局地戦の様相を呈する光景が、眼の前で繰り広げられていた。たった一人らしい敵に、数十人単位で銃火器の照準を合わせる現状にも放心するならば、そもそも簡単に銃火器を構えて発砲してのける現状もまた不自然極まりない憤りを覚えてしまう。


 一体いつから、国は戦争を容認するようになったのか。

 なぜ国内で、煙草に火をつけるように引き金を引くことができるのか。

 それとも、現実がすでに銃社会に取り囲まれていることを肌で理解できない、こちらに問題があるのだろうか。事実、国外では強盗が銃を片手に持っている――。


 ただひたすら混乱する国雄をよそに、今また紙飛礫(かみつぶて)のように煙幕から飛び出して何かが壁に激突した。無数のアルフレッドの一人のようだった。その体中に不鮮明な立体映像めいたノイズが混線し、やがて正常を維持できなくなって消失する。だがアルフレッドは死亡したわけではなかった。次から次へと、あたかも使い捨ての道具であるかのように、再び無傷のアルフレッドが一階や二階の廊下から飛び出してきては、何者かに破壊される欠員を補充するのだ。その手には無論、突撃銃や三脚仕様の機関銃などを構えている。


 常軌を逸脱した現実は、金色の髪を振り乱す少女の姿を捉えることで、さらに加速した。


 神出鬼没というべき、傍から観戦する国雄の眼にも留まらぬ速度で縦横無尽に移動するアステリアがいた。何もない空中から、いきなり幾筋もの光線を一斉に撃ち放つやいなや、自らも煙幕の中に飛び込んで光の剣を一閃する。煙幕が拡散し、国雄はその時、あの光の剣を無防備にも首筋で受け止めている知人の姿を目撃した。


「神崎、か……?」


 彼女は腕を組んで立っていた。剣劇(チャンバラ)に興じる子供の戯れに付き合うように、ただ相手の好き勝手に任せて打ち込ませている。アステリアの繰り出す光の剣の太刀筋は、それこそ剣道の有段者に勝るとも劣らない見事な鋭さがあるはずだったが、神崎茜はまるで意にも介さずに無防備で受け止め、無傷のまま立ち尽くしている。


 その神崎の右腕が、ゾンビのようにゆらりと動いた。子供でさえ笑って避けそうなほど遅い動作だが、その爪先は触れた空間をごっそりと削り取り、光の剣の神々しい刀身をも断ち切って、漆黒の爪痕を刻み込む。警告の布石か、あるいは威嚇の戦略か。


 アステリアが離れ、アルフレッドの一斉掃射が開始した。弾痕が地面に刻まれ、新たなロケットランチャーが撃ち込まれる。にもかかわらず、途切れた煙幕から覗ける神崎茜は、その黒い髪の一筋をも失ってはいない。


「くに、お……」


 呻くようなその声の主は、すぐ脇の壁際に横たわっていた。額には包帯が巻かれているが、元は白色だった部分の多くが血の赤に塗り替えられている。肌の蒼白、呼吸の乱れ、立ち上がれない状態から察するに失血もひどいのだろう。かろうじて脈拍はしっかりしているようだが、損傷した箇所が体内にもあるのかは判断できない。国雄はそこまで人体に詳しいわけではない。


「彰、大丈夫か。待ってろ、すぐに救急車を呼んでやる」

「待て。それよりも、茜だ。早くあいつを止めないと、大惨事になる」


 彰が眼を向ける方角をさかのぼる。


 数十人にものぼるアルフレッド全員の背後に、突如として全く同時のタイミングで神崎茜が現れた。彼女の拳は、老紳士の背面から腹部へとあっさり突き抜け、致命傷を負ったアルフレッド全員の姿が霧散する。そうした無力化を見届けて、同等数もいた神崎の姿も霧散した。まるで国雄自身が、悪い夢から覚めるように。


 しかし欠員した人数分のアルフレッドは、たちまち一階と二階のあらゆる廊下から駆けつけてくるのだった。その数は二桁では足りず、三桁に及ぶかもしれない。増殖する複製、そして全員が本物の銃火器を手にしている。


「……アルフレッドも、能力者だったのか? たとえば『自分の分身を作る』とか」

「そう、らしいな。俺も詳しくは、知らないが」

「だがどうも、あの二人を相手にしても神崎は楽勝のようだぜ。傷一つ負ってねえとは、大した女だ」


 アステリアが生み出しているらしい流星のような光線の雨の中を、しかし神崎は堂々と歩いている。特にこれといった外見の変化は生じていない。

 強いていえば、瞳の色が濃密な紫に変化しているくらいだろうか。それ以外は、人智を超えた戦場の中心に、余裕綽々といった様子で立ち尽くしていることくらいで。


「まあ、連中にとっちゃ大惨事だろうがな。だがここは神崎に任せて、オレらはさっさと病院に運ばれてやるとしようぜ」

「違う、違うんだ。茜はさっきまで、深い傷を負っていた。なのに今は、それがない。限界を超えた、自己治癒能力があるからだ。あいつは今、自分の能力を、惜しみなく全開にしている。眼の色が紫になるのが、特徴だ。それが今は、逆に最悪なんだ」

「おいおい、大袈裟だな。あいつはお前のために、あんなにも頑張っているんだぜ。もうちっと優しい言葉でもかけてやれば――」

「茜の能力は、想像を絶するほど危険なんだ! ……物事には、例外なく『限界』というものがある」

「あん?」

「大事なことだ。とても重要なことなんだ。限界があるからこそ人は、最終的に越えてはいけない一線があることを自覚する。もし不可能であるべき事柄が可能になってしまえば、世界は大混乱を引き起こすからだ。誰にも止められない革命の力さ。俺たちの『能力』はもちろん、この宇宙にある全てが、限界によって保護されていると言い換えてもいい」


 国雄は口を挟まなかった。突然何を言い出すのかと思ったが、言わんとすることは理解できる。


 たとえば、神風の最大の特徴はその無敵にこそあるが、彼本人は無敵になれず、だからこそ致命的な弱点として常に己が身を危険に晒さねばならない。また彰の能力も、たった五秒間だけしか無敵になれない限界がある。


 その限界が、互いの能力の相性となって雌雄を決する際の重要なアドバンテージになるのだ。従って完全無欠の能力などありえない、というのが国雄の持論である。なぜなら、能力を使う側の人間に弱点があれば、それはやはり完全無欠ではなくなるからだ。そして弱点のない人間など、この世には存在しない。


 アシュレイの言った『究極の話』もそうだ。光の速度と極低温の世界にも限界がある。究極という名の限界だ。加速の限界、減速の限界、人体の限界――ならば宇宙全体の原理、または超常的な『能力』といった、一見すると摩訶不思議の塊としか思えないブラックボックスのような未知の形態も、その極限的な本質に到達しうる者がいるならば、それこそ『全ての限界』を知り尽くした存在に他ならないはずだ。


 曰く、全知全能。

 全てを知り、全てを定め、全てを行う者。


 だがそこに、永遠の矛盾が介在する。

 矛盾という限界すら生まれてしまう。


 ――あれはできる、これはできない。


「革命こそが、すでにある限界を破壊してしまう。そして一度でも限界を飛び越えてしまえば、新しい枠組みに秩序をもたらす新たな限界を作らないと、変革した世界そのものの維持が困難となり、やがて全て破綻するだろう。だから限界の先には、常に新しい限界を張り巡らせておかないといけない。それが、いまだ世に解明されていない事象の構造(メカニズム)だとか、魔性のパラドックス、あるいは理論上は可能だが、実現不可能な問題などと言われている」


 彼は続ける。


 よって限界こそが、世に究極的な秩序をもたらすのだと。

 秩序とは保護であり、世界の本質的な維持である。

 ゆえに世界は破綻せず、万物に矛盾はありえない。

 秩序、保護、究極、維持、無敵、矛盾、弱点、未知――。


 ――では、もし仮に、そうした『全ての限界』を一方的に『破壊』できる超越者がいるならば、どうだろう。あれはできる、これもできる、だから二次的に何が起こるかもわからぬ者。それは永遠に進化しかできない矛であり、対となる守護の盾が幾度となく極限で阻もうともこれを粉砕し、世界の崩壊をもたらしかねない未知なる惨禍を蔓延させる者。


 その者の名は、(ことわり)なき飛翔者だ。


 未来永劫、不可能を可能にする者。

 何も知らずに、秩序を破壊する者。

 際限なき高みで、他を凌駕する者。

 上昇だけが取り柄の、睥睨する者。


 ――永遠に決着つかぬ矛盾の、無窮の片割れ。


「……おいおい、まさか神崎の能力は」

「いつからかはわからないが、その力をラ――『限界突破』といい、文字どおりあらゆる限界を個人的に突破する。それも厄介なことに、常に能力のほうが、本人の意思とは無関係に成長し続ける無差別型でね。最近は段階的な制御法にも慣れてきて、力の暴走を事前に抑制できていたんだが、ああやって自制を上回るきっかけで能力を全開にすれば、もう誰であろうと茜を止めることはできない。俺の能力の特徴でもある無敵属性ですら、あいつには紙屑のように突破された。国雄、わかってくれ。今の茜は、その何気ない一挙手一投足でさえ、この世のどんな破滅を引き起こすかわからないということを」


 無敵属性への限界突破。


 なぜ途中で能力の呼称を言い淀んだのかは不明だが、無敵という名の限界を破壊するという話を聞いただけでも、神崎茜がその身に宿す能力の危険性を、本多国雄は充分すぎるほどに理解した。


 無制限で、無限大で、無意識で、無差別で。


 そんな人の皮を被った魔王が眼の前にいるならば、なるほど、呑気に野放しにしている場合ではない。神崎の能力とは即ち、地獄への扉なのだ。それを全開にすれば、ありとあらゆる荒唐無稽を引き起こす無数の悪魔たちが、我先にと、こぞって全ての秩序に反旗を(ひるがえ)すだろう。この青い惑星を得体の知れない非常識で蹂躙し、取り返しのつかない破滅を引き起こしてしまうかもしれない。しかも神崎茜本人は、なぜ破滅したのかを原理的に理解できない。


 本多国雄は頭を抱えた。


「……頭の痛ェ話だが、とりあえず神崎の能力が、とんでもなく危険だってことは合点がいくとして。それで実際、具体的にどうやってあいつを止めるっていうんだ? 無敵すら破られるなら、オレの神風だって通用しそうにねえぞ」

「……国雄、神風を使って俺を投げろ」

「はあ?」

「茜に向かって、俺を投げ飛ばせ。力でぶつかっても破壊されるだけなら、説得するしか手段はない。けど、ここからでは声が届かないんだ。だから俺を茜まで投げ飛ばしてくれ。幸い、五秒だけなら怪我の悪化も心配ない。頼む、協力してくれないか」


 重傷の身でありながら、彰はなんとか起き上がろうと壁に手をつける。


 だが国雄は、別の意味で頭を抱えていた。親友の唐突な申し出に呆れたわけではなく、神風で協力することに異議を唱えたいわけでもない。それよりももっと大事なことで、彼は我慢できなくなっている。


「……なァ彰、別にオレの前なら恥ずかしがる必要はねえんだぜ。二人のことは、まあ、ちったァ理解しているつもりだからよ。だから、ちょっとぐらい照れくさい台詞を言おうが、オレは笑ったりしねえから、今はバシッと決めてやれよ」


 しかし彰の反応は鈍かった。こんな時に何を言っているんだ、と諭すような眼で国雄を見つめ返してくる。それで彼は余計に不安になるのだった。


「おい、まさか、本当に理解してねえとか言わねえよな」

「なんだ? 一体なんのことを言っている?」

「いや、だから、ほら、神崎への花道を切り開けとか、それぐらいの男前な台詞を言ってやれっていう、話だけど」

「……なぜ俺が、そんなことを言わなきゃならない?」

「だったら訊くが、どうして神崎がここにいると思ってんだ?」

「そんなもの、わかるはずがないだろう。俺は茜じゃないんだ。そんなに簡単に人の真意をわかるはずが」

「わかるだろ普通! ここまできて鈍いとか、もう確信犯を通り越して外道だぞ! いや、外道は言いすぎだとしてもだ。もっと単純に、こう、常日頃からの心配りとか行動とか、なんかもう、そういう女らしい特別な仕草とかで察してやれよ!」

「……察するって、何を?」

「その『何か』に気づくのがテメェの役目だ! 言っとくが、他人に訊こうなんて夢にも思うなよ。それを実践したら、お前は本当の意味で愛想を尽かされちまうからな」

「……国雄、頭は大丈夫か?」

「テメェに言われたかねえよ! つか、ンな漫才してる場合じゃねえ!」

「……変な奴だな」


 国雄は言葉にならない叫びを発しながら頭を掻いた。全身がむず痒くて非常に苛々してしまうのは、神崎の真意を素直に彰へと打ち明けられないもどかしさがあるからだ。八つ当たりできない焦れったさだけが込み上げる。


「……よし、わかった。そこまで言うなら全面的に協力してやる」


 国雄は神風を操り、彰の片足を掴む。

 親友はその瞬間までも、きょとんとしていた。


「おい国雄、なぜ足を掴む?」

「言っただろう、協力してやるって。テメェがそこまで煮え切らねえなら、遠慮仮借なく要望どおりに投げ飛ばしてやる」

「ま、待て。何か妙に誤解されている気がするぞ」

「安心しろ、親友。神崎はいい女だ。もしあいつを選んでやらなかったら、お前は一生、見る眼なしの烙印を押されちまうぞ」

「だから、お前は一体なんの話を――」

「けじめの話だ。今回は全部お前が悪い。お前が何も言わずにオレたちから離れていこうとするから、心配で夜も眠れねえんじゃねえか。神崎の眼だって今でこそ紫だが、今朝は痛々しいくらいに赤かったんだぜ。おまけにオレは一度、殺されかけた。死にかけたんだ。それでもここまで辿り着いたのは、お前が心配だったからだぜ。そもそもお前がオレに、人を信頼するってことの大切さを教えてくれたんじゃねえか。今からやるのは、その諸々の八つ当たりだよ。原因を作ったお前は、それを丁重に受け取る義務がある」


 二人は視線を交わした。国雄の眼は真剣そのもので、だから彰は何も言えなくなる。


 国雄は口の端をつり上げた。


「ジジイーッ! 切り札が飛ぶぞーッ! 援護しやがれーッ!」


 アルフレッドの一人が叫ぶ国雄に振り向いて、表情を引き締めて頷く。光の剣で神崎と接近戦を演じていたアステリアが離れ、老紳士はまたしても強力なロケットランチャーを撃ち込んだ。巻き上げられた塵芥(じんかい)により、一時的にその視界が猛烈に悪化する。


「さあ行くぜ! うまく押し倒せよ、親友!」

「やっぱり、俺たちには致命的な誤解が――」


 今宵の恨みを込めた神風による全力投擲。血色どころか、生気すら失った仙道彰が床と平行して飛んでいく。弾丸軌道の高速で、遮蔽物が何一つない空中を疾走する。


 対戦車兵器の直撃にも傷一つない神崎は、しかし晴れた煙幕の向こうから飛来してくる幼馴染に気づき、途端にあたふたし始めた。驚きと硬直、対処を持てあます突然の混乱に浮き足が立ち――結局どちらも、お互いを抱きしめるように体を重ねて転倒した。それを見届けて、国雄が満足げに、ただし本当に疲れた顔をして床に崩れ落ちていく。


 神崎茜を押し倒した格好で、親友が倒れている。

 だがその直前、まるで誰かが床に後頭部でもぶつけたような鈍い音がしたのは、国雄も聞かなかったことにした。


 それにあのような密着状態なら、たとえ天地が裂けても二人を分かつことなどできないだろう。後の成り行きは世話のかかる二人に任せ、本多国雄はようやく意識を閉じた。大量の血を失い、正真正銘、瞼を開ける力すら残っていなかった。


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