21
アシュレイにとって、光は象徴だった。
そんな光が薄らぐと、見慣れた内装に躍り出る。
ただしその内装は、あの氷雪の森に佇んでいた小屋のそれではなかった。封印していた過去に葬ったはずの、かつての故郷で体験した、あの呪われた共同公営住宅の一室が突然待ち構えていたのである。
開いた口が塞がらない、とはまさにこの事だ。心臓が握り潰されるような思いだった。記憶の底から込み上げてくる絶望が、息も絶え絶えにさせる。嘘だ、ありえないと頭では理解していても、壁の手触りや、塗り固めたように室内に充満するドライ・ジンの臭いは否応なく、忌まわしい過去を想起してしまう。思い出し、再現して、恐怖を喚起する。
アシュレイ・L・ライフワールドは養子である。ただし、本来ならば『A・ランクルージュ』の名に切り替えても良かったはずの彼が辞退した経緯には、己の墓まで持っていかねばならない『秘密』が存在した。
どんなに貧しくても気高く生きて――それを全身全霊で教えてくれた実母は、彼が五歳の頃に死亡した。疲労困憊の身で厄介な感染症を患い、満足に治療費も支払えない事情が重なったのが原因だが、その最期の瞬間だけは苦しまずに死ねたのではないかと彼は思う。幽鬼のように痩せ細った顔はあくまで眠るように安らかだったので、遺されたアシュレイはせめて、そのように考えるしか実母の苦痛を取り去る方法を知らなかったのである。
父親は最初からいなかった。当時のアシュレイの日常とは、ロンドンのイーストエンドにある貧相な賃貸で風雨を凌ぎ、一日のパンとスープと、ごく稀に出る肉のご馳走を神に感謝して、また早朝から夕晩まで金融シティやトラファルガー広場などに足を向け、靴磨きの仕事をして実母を助けるものだった。そこにもう一人の善良な大人がいれば、もう少し優しい日々を送れたのだろうが、あいにくそんな幸運に恵まれる星合わせではなかった。むしろ身寄りもなく、仮住まいの賃貸からも追い出された彼を引き取ったのは、実母から与えられた『誇り』をも奪おうとする悪魔のような男たちであったのだ。
アシュレイの次の住処は、そうして共同公営住宅となった。これは生活に困窮している人々が利用できる施設で、彼は五人の男たちがいる部屋へと招かれた。アシュレイを招き入れた男は、代わりにアシュレイの実母が今まで懸命に蓄えてきた貯金を言葉巧みに我が物にして、さらにこうも告げるのだった。
「いいかァ、アシュレイ。この部屋に住むには家賃がいるんだよ。これはルールみたいなもんで、子供といえども例外じゃあねェ。母親にはぜひにとお前のことを頼まれたがァ、その金だけじゃ足りないんだよォ。お前は良い子だからわかるだろう? ただし、子供が働いていることが周囲にバレたら、ここを追い出されちまう。だからコツコツ働いて稼いだ金は、誰にも言わずに俺たちに渡すんだぞォ。いいなァ?」
要するに、今までと変わらない生活の繰り返しを求められているのだと彼は思い至った。四季にひどく影響される野天の靴磨きは確かにつらいが、それでも安息した寝床と食事をまかなえるのであれば他に選択肢は存在しない。
ただ疑問に思うのは、早朝から夜遅くまで靴磨きに出ていた彼が部屋に戻ると、異様に遊びはしゃぐ男たちの姿を見かける時だった。いつも漂うのは安物の酒の臭いで、それが彼らの体臭の如くに充満していて、口から吐き出される息にさえ蒸留酒の刺激が含まれているような錯覚に陥る。初めて顔を合わせた日から変わらず全員が真っ赤なのだ。これで本当に仕事しているのかと首をかしげるが、靴磨きで稼いだ収入を渡すと上機嫌で褒めてくれるので、居心地はさほど悪いものではなかった。むしろ人の役に立って、良いことをしているのだと思い、俄然やる気を出して靴磨きに励むようになったのである。
それが不幸の始まりだったと、成長したアシュレイは知っている。この共同公営住宅、じつは家賃を払えない人間には住宅手当が支給される仕組みになっており、その光熱費はおろかテレビ受信料もそれで無料になるよう設定されている。加えて外食さえしなければ食費と携帯利用料金もまかなえる生活手当まで保障されているので、本当はアシュレイが働きに出る必要は全くなかった。施設に隠れて受け取っているアシュレイの収入は、ほぼ全て男たちの豪遊のために使い果たされ、有益に運用すらされずに消えていく。死亡した実母がアシュレイのために蓄えてきた貯金は、もう言わずもがなだ。そのことを彼自身は、アステリアに救出されるまで知らずに働き続けてきたのである。
その彼女と初めて出逢ったのは、やはり靴磨きの客として相手が訪れた時だった。トラファルガー広場よりやや東にある、チャリング・クロス駅の前で、富裕層をターゲットに仕事に勤しんでいた夕刻の邂逅である。同じ金髪なのに、少女のそれは太陽のように光り輝いていて、瞳はまるで、白い宇宙の中に二つの地球を閉じ込めたような青をしていた。くすんだ緑の自分とは雲泥の、そう、まさしく天と地ほども差のある天性の魅力を宿しているのだと見惚れているところを、彼女に気づかれてしまった瞬間の対面だったのである。
もう眼も合わせられないほど胸の鼓動は激しかったが、頭の片隅では冷静に今の状況を分析していた。ウェストミンスター区で風を切って歩くあたり、少女はおそらく資産家の令嬢なのだろう。壮年の従者を連れている子供など、滅多に見かけないものだ。ならば、ここで誠心誠意、全精力を注いで靴をピカピカに磨いて認めてもらえれば、もしかすると今後も贔屓にしてもらえるかもしれない。そのためには溝一つ侮れないし、ちょっとした起伏のある刺繍にも気を配る必要がある。それに何より、お客様をあまり長く待たせてはならない。
極限の集中力で手際よく仕事を終えた時、靴を受け取った彼女はしかし、少しも笑ってくれなかった。それで彼はとても不安になった。じっくりと靴を観察し、たった一度だけ聞かせてくれた少女からの質問にも、うまく答えることができなかったのである。
「あなたのお名前は?」
「あ、ァあ、アシュレイ、です……」
あまりに情けなくて顔から火が出る思いだったが、少女は特に気にする風もなく名前を復唱すると、料金と感謝の言葉を残して去っていった。呆気ない別れだったが、残された少年は自分の仕事に不備がなかったかどうかを何度も振り返った。靴磨きの完成度には多少なりとも自信があったのに、あれでは満足してくれなかったのだろうか。しかし、それにしても美しい声だった。また会いたいな――。
ただ一つ確かなことは、当時のアシュレイは、部屋に戻るまでは間違いなく幸せだったことだろう。自分はひたすら靴に眼を向けて磨き上げ、それをあの少女が黙って見守ってくれているという二人だけの世界を思い出すたびに、自覚するほど頬が緩むのである。だから普段なら重い足取りとなるはずの長い帰路も、この時ばかりは疲れ知らずのスキップ気分で戻ることができた。帰宅を告げる男たちへの挨拶も、とても明るい声で弾ませることができたのだ。ああ、だからこそ余計に、今日は幸せな一日だったと、本当に、心の底から『誇り』を持つ気持ちで帰ってこられたというのに。
「……見つけたぜ、この野郎」
アシュレイは涙に濡れた眼を背後に向けた。忌まわしい記憶を掘り返す玄関には、全身血塗れの重傷でなお仁王立ちしている、あの本多国雄の姿があった。
「なん、で……」
「ふん、わからいでか。どうやらオレは、新田の奴に助けられちまったみてえだぜ。ほれ、憶えてるだろ。昨日の屋上で会った時、オレと彰と神崎の他にもう一人いたことをよ。ここはその新田新一って奴が能力で再現した、お前自身の心の異世界っつうわけだ。全く、来なくていいっつったのにどうして来ちまったのか――って、お前もしかして、泣いてるのか?」
指摘され、アシュレイはそこでようやく、自分が涙していることに気がついた。慌てて室内へと向き直るが、頭では冷静に思案を巡らせている。ここが心象風景の隠り世ならば、今から再現される内容は想像にたやすい。
だが、それを止める方法が思いつかなかった。不可抗力にも無抵抗であることを強いられ、彼はついに膝を屈した。眼を閉じ、耳を塞ぐ。しかしそれでも、悪夢が決して消えてくれないことは悟っていた。
ただいま、と過去のアシュレイが明るい声で室内に駆け込んだ。その瞬間、涙が溢れて止まらなくなった。やめろと呟き、やめてくれと叫び、体裁も構わず『見るな』と猛って国雄を部屋から追い出そうとする。だが力が弱い。相手は微動もしていない。
動き出す五つの人影があった。全員の顔に赤みがかった酒気が入っており、等しくアルコール中毒の臭いを漂わせているので、おそろしく迫力のある異様な雰囲気ができあがっていた。おまけに彼らの眼には、何か良くない色に憑かれて緊迫した興奮が宿っている。国雄がごくりと思わず唾を飲み込む。彼がそういう不吉の前兆を感じ取るのを、アシュレイもまた感じ取っていた。
男たちが過去のアシュレイを取り囲む。やがて男の一人が腰を落として、美少年の眼の高さに視線を合わせた時、現実のアシュレイは反射的に国雄を追い出そうとした。見るな、見ないでくれ、お願いだから――。
「アシュレイ……。お前はどうして、そんなにアステリア様に似ているんだろうなァ」
過去のアシュレイはいきなり頬を鷲掴みにされ、酒臭い顔を近づけられても呆然としていた。その幼い反応こそ、あまりに残酷なのだった。なぜ男たちが自分を取り囲んでいるのか、当時の彼には知る由もない。男が口にする人物が何者で、その人と自分が似ているからどうなのだと、おそろしくも問い返したい心境でいるに違いないはずだ。
「ちょっと眼の色が緑をしているのが残念だが……。まァ、青色に見ようと思えば見られなくもねえやなァ。……うん、イイぞ。だからお前は、すごくイイ」
しかし男の屈強な腕が少年の口を塞いでいるので、何も言えないのは必然だった。男は興奮していた。ひどく鼻息が荒かった。それは他の男たちも同様で、アシュレイを一様に見下ろすその視線は、あたかも舐め回すかのように歪んだ粘着質を帯びている。やめろ、と現実のアシュレイが叫んだ。国雄は声を出せずに慄いている。これから何が起きるのか、きっと理解してしまったからこそ、余計に心を乱されて立ち尽くしているのだろう。
「お前、夜はアステリア様になれ」
二人のアシュレイが絶叫する。
彼はそうして、人知れず男たちに乱暴された。
その日から毎晩、狂ったように求められるのだった。拒否しても蹂躙され、逃げることも許さぬと首輪すら付けられた。出血と激痛でどうしてもと懇願すると、今度は口で奉仕を強要してくる有様で、それが五人分の劣情を満足させないと決して終わらないのである。行為に慣れてくると手荒になるばかりか、連中は同じ共同公営住宅の利用者から金を取ることで、アシュレイの体を一時的に売ることも覚え始めた。そしてその金は、やはり自分たちが豪遊するための資金として消えていくのだった。アシュレイはただの一度も、自分で稼いだ金を自分で使ったことがないままに。
男たちから逃げ出せば良かったのか。しかし当時十歳の子供に、共同公営住宅から飛び出したところで何ができるだろう。あれだけの好条件が揃うのが共同公営住宅の特徴なのだ。申請して待ち続けている利用希望者は五百万人を超えている。それにアシュレイは、五歳の頃から靴磨きに無心してきたせいで人並みに学習できず、母国語の識字すら危うい知識レベルしかない。そんな子供に対し、どこに逃げ込めば安心できると言えるのか。
逃げることも許されず、朝から晩まで靴を磨き、部屋に戻ってからは夜遅くまで男たちの玩具となる地獄が続いた。無理やり順応するためには、心を閉ざすしかなかった。氷のように心を閉ざせば、何をされても感情が揺さぶられることはなく、無駄な怒りや哀しみにエネルギーを使う必要もない。全てを機械的に処理し、無難に実行するだけで、相手は誰とも知れぬ者の名前を口にしながら勝手に果ててくれる。逆らえば余計に体が傷つけられ、明日の仕事のための体力も削られるのだから、そうするしか他に方法がなかったのだ。実母から教えられた『誇り』を守るためには、もう誰にも傷つけられぬよう、心を冷たく凍結していくしか、当時のアシュレイにできる自衛手段はなかったのである。
ただし男たちの栄華も長くは続かなかった。半年後の冬の頃、そろそろ新年を迎えようかという時期に差しかかった時、ロンドン警視庁による一斉摘発の手錠が、関係者全員の手首にかけられたからである。アシュレイの身柄は当然保護されたが、同時に彼は、警視庁内という場所には似つかわしくない意外な人物と再会を果たすのだった。アシュレイの身辺を調査していく最中で男たちの卑劣な犯行を知り、今回の逮捕劇を裏から操るべく、世界に名だたるスコットランド・ヤードを動かすほどの絶対的な権力を左右する者。かつて、靴磨きの客として壮年の従者とともに訪れた謎の少女、アステリアと。
そうして見つめ合う過去の二人の間から現れた光が広がり、涙するアシュレイと絶句する国雄は、まだ冷たい空気が差し込む小屋の室内へと唐突に戻ってきた。八畳程度の広さに、最低限度の水回りと、奥に小さな暖炉がある。新田新一の姿も、その暖炉のそばで見つけた。怯えて言葉も出ない様子で、国雄たちに一瞥もくれることなく体を震わせている。
「……立てよ、アシュレイ」
国雄の言葉に、アシュレイの殺気立った瞳が反応した。まさしく親の仇を見るような眼差しを、しかし国雄は真っ向から見返してくる。
「お前の過去をどうこう言おうとは思わねえ。心の傷はお前だけのものだからな、オレが何を言ったところで癒すことはできねえし、そもそも癒しはオレの領分じゃねえ。癒しは昔っから女神の領分だって相場が決まってるもんだ。――そうさ。たとえば、お前さんの異世界で最後に登場した、あの女みてえによ」
姉の名が話に出たことで、アシュレイの眼に毅然とした理性の輝きが戻った。だが次の瞬間には厳しく眇め、ゆっくりと立ち上がる。
「……姉様はボクの光だ。姉様以外の人間を、ボクは信用できない。姉様だけが、ボクに生きる希望を与えてくれた。だから姉様は、ボクが必ず守ると約束した」
「ふん、いい話じゃねえか。あの地獄から助けてくれた光の救世主がアステリアで、テメェはあいつに感謝したんだろ。つまり、いろいろな物を失ってきたお前さんが、命を失っても守りたいと思う相手に出会ったわけだ。それは立派な『誇り』だぜ。ああ、なら前言撤回だな。テメェは紛れもなく『漢』さ。疑う余地もねえ」
アシュレイは意外そうに戸惑う眼の色をした。相手は体中のどこを見回しても傷のない箇所がなく、血を多く失った虚脱症状の疑いが強い猫背になっている。
なんらかの理由で極低温の凍結状態を抜け出したが、その時に氷の結晶が割れて、彼の肉体にある全ての細胞を同時に傷つけたのだろう。とうに意識をも失って仕方のないはずだが、それでも本多国雄は眼の輝きを失ってはいない。
あくまでも同じ人種なのだ、とアシュレイは思い至った。たった一つの使命だけで心と体を奮い立たせる者。たった一つの信頼のために我がままを貫き通す者。
「まだ決着がついてねえぜ。オレとテメェには、互いに譲れねえプライドがあるはずだ。仲良く傷だらけ者同士、ここで大一番に出るとしようぜ」
相手を苦しめるための戦いではなく、あくまでも意地と意地の張り合いに決着をつけるためだと言いたいのだろう。国雄から闘志が溢れてくるのを感じ取り、アシュレイもその眼に再び気迫をみなぎらせて、密かに凍気の精度を練っていく。
細かく貼り付いた粉雪が、不可視の英霊を露わにした。
「……やっぱりボクは、君のことが大嫌いだ」
「気にすんな。人類全員が友達ってのも気色悪い話だぜ」
三歩の間合い。それは互いにとって必殺の射程距離だ。二人はすでに息を整え、相手の呼吸を窺いながら、自分が仕掛ける絶好のタイミングを虎視眈々と狙っている。
「行くぜ、神風!」
先に動いたのは国雄だった。アシュレイを指差すことで神風を踏み込ませ、鉄球めいた質量の鉄拳を打ち放つ。
しかし神風の鉄拳は、何もないはずの空中でぴたりと止められた。途端、拳の先端部に触れている空中に亀裂が走り、弾ける。
氷の壁が、神風の鉄拳によって砕かれたのだ。眼に見えぬ攻撃なら、いつ繰り出されても対応できる防御を展開しておけばいいと、アシュレイがあらかじめ作り上げていたもの。そして砕かれた氷の欠片はたちまち国雄と神風の周囲へと撒きつき、即席の弾丸へと移り変わっていく。
「これは、氷の――」
「まだだ!」
アシュレイの怒号に応えるように天井が破壊され、国雄に向かって、巨大な氷の柱が空から落下した。間一髪で神風が踏ん張り、両手で支えるものの、その最中にも周囲に巻き上げられる氷弾の数は増えていく。なおも神風は動けない。
「これで王手だ! 殺しはしない、だが今は倒れてもらう!」
空中で静止していた氷の弾丸が、四方八方から一斉に加速を開始した。その距離は約一メートル、国雄に回避できる時間の猶予はない。
だが神風――あえて支えの両手を離し、代わりにどこから取り出したのか、蜻蛉切を連突することで、頭上の氷塊に穴を開けた。あたかも高さのある氷の雪洞を作るように穿ち続け、仕上げに突き立てた槍を柱にして、あえて氷塊を地上に繋ぎ止めることで、国雄を守る氷壁として周囲から迫る氷弾を防いでいく。
そして神風が前進する。氷塊の一部を砕いてアシュレイとの隔たりを取り払い、背後の国雄を残した氷塊で守ることで後顧の憂いを断つ。ゆえに、アシュレイに残された選択は三つしかない。能力を解除して氷塊を消し去るか、氷塊をあえて崩壊させて新たな武器に利用するか、あるいは氷塊の防御力をも上回る破壊力で立ち向かうか。ただし、いずれにしても時間が足りない――。
「本気で死ぬって思うほど追い詰めてくれたおかげで、オレも学んだよ。見せつけるのは魂の強さ、決して膝を折らねえ心の強さだってな」
「……本多、国雄……」
「オレの神風は痛いぜ、アシュレイ。歯を食いしばる覚悟はできたか?」
思わず奥歯を噛みしめた、その瞬間の打撃だった。アシュレイの体は暖炉近くの壁まで吹き飛び、背中を貼り付かせたまま床に落ちていく。
立ち上がろうと何度も足に力を込めたが、体はもう彼の意思に従うだけの余力を残していなかった。やがて項垂れると、そのまま横に倒れて総身を床に投げ出す。そして小さく吐血した。
「……ボクの、負けか……」
「いや、これで『あいこ』だ」
国雄を囲む氷塊が消えていく。見交わす二人が微笑した瞬間、遠くから地鳴りを奏でる轟音が聞こえてきた。
彼らの顔が強張ったのは、ほぼ同時だった。




