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「やあ、真藤さん、おはようございます。今日も綺麗ですね。」


倉元圭祐クラモトケイスケはさらっと言うとさわやかな笑顔で握手を求めてきた。倉元は帰国子女らしく、永くアメリカで生活していたせいか、習慣的に日本人との違いを感じて時々驚かされる。澪は一瞬惑ったが、営業だから仕方ないとばかりにやや遠慮がちに愛想笑いでその握手に応じる。


 今回の企画は澪たちにとっては前回のリベンジがかかっていた。V誌はまだ創刊から数年だが、既にに常にトップセールスを記録し、今では感度のいい女の子たちからはバイブルのように圧倒的な支持を受けている。V誌のモデルはドラマや映画にもひっぱりだこで、カリスマ的存在となり、他の雑誌とは一線を画していた。今回、熱心にアプローチした結果、なかなか取れないタイアップを獲得できそうなのだ。しかし、まだ確約を取ったわけではない。そそうがあって相手の気をそこねるともともこうもない。そう思うと苦手な笑顔もなんとかなった。


 倉元は澪に清々しい笑顔を向けて、力強く澪の手を握り締めると、すっと促された椅子に座った。


「朝からわざわざご足労いただいて申し訳ございません。今の時間しか打ち合わせに避ける時間がなくて…。」


澪は申し訳なさそうにお詫びをしてから倉元の前に座る。


「いいえ、真藤さんにお会いできるんでしたら、何時でもかまいませんよ。」


澪の目を捉えるとじっと見据えながらもさらっと倉元は言い放つ。


「はあ…。」


澪は一瞬困ったような顔をしたが、すぐに気を取り直して仕事の顔になった。


「あの…、早速、今回のタイアップの件なんですけど…。」


真顔で話しかけた澪をじっと見て倉元がクスクス笑っている。


「あの…?なにか?」


「いえ、あなたが余りに素敵なので見とれてただけですよ。先ほどの笑顔もステキでしたけど、こうしてお仕事の時に見せる顔もステキですね。」


そういうと再びじっと熱い視線で澪を見つめてくる。


 倉元は年頃は30過ぎぐらいの元モデルで今は人気ファッション雑誌の編集の仕事をしている。実際、このV誌の人気は倉元圭祐のプロデュースというのも看板になっている。倉元は3年前まで超人気モデルだったのだ。突然引退してこの雑誌の編集に携わっている。


 倉元はダークスーツにストライプのシャツでシンプルないでたちだが、どこかセレブの青年実業家のような雰囲気をかもしだしている。流星をエレガントで綺麗な男というなら、倉元は男っぽくラテン系の情熱的なタイプの妖しい色気を放っていた。堀の深いやや薄くグレーに光る瞳で熱く強烈にじっと澪を見つめてくる。


 澪はこの倉元が苦手だった。今まであからさまに男の色気を感じたことはなかったが、倉元はフェロモンがあふれているような男で、初めて会ったときから熱っぽい視線を向けてきて澪を困らすのだ。


「あの…、すみません、お話を続けても…?」


戸惑うように上目遣いで聞くと、倉元はニッコリ特上の笑顔で大きく頷いた。


「このタイアップですが、わが社といたしましても、どの雑誌よりもV誌にかけております。

他では同じ月のタイアップはおこないません。しかも、発売前ですのでできるだけページ数の確保と良いポジションをお願いしたいと思っております。」


「そうですね。でも、いつもお話させていただいておりますが、それはプレス発表の時に最終は決めさせていただきます。」


 倉元はやんわりと牽制してくる。さすがは交渉上手である。一筋縄ではいかない。元モデルといっても、ただの看板ではなくて実際の手腕を買われて仕事をしている。現にこのV誌は倉元が担当するようになってトップセールスを記録するなど、業界No.1にのしあがった。


澪が倉元のその答えを待ってましたとばかりに微妙に口元で笑って受けて立つ。


「そうおっしゃると思ってました。ですから、こちらのネタを明かしてしまうと、今人気急上昇のメイクアップアーチスト、クノチアキに契約を現在商談中です。モデルはV誌専用のトップモデルの森川クリスにお願いできないかと思いまして…。それから、同じくメイクをクノチアキ担当で、表紙を現在うちのCM契約を勧めている大物若手女優結城ななえでお願いできないかと。クノチアキなら、今注目のアーチストでビジュアル系でもあります。メイクシーンの掲載や、ビジュアル写真&コメントも当然掲載可能となります。

 また、CMは発売前のV誌発売の2日前から投入する予定でおりますが、V誌さんのターゲット層が見ているゴールデンタイムのドラマの合間と、夜の情報番組の合間、朝のニュース番組の間が主です。GRP量はまだ検討中ですが、どこよりも大量投入の予定です。幹部よりその確約は取り付けております。また、発売日には主要都市の駅ばりはいつもの3倍は準備してありますので、露出はかつてないほど高いはずです。V誌さんにとっても悪い話ではないのでは?」


 澪が倉元の目をまっすぐ見つめてくる。純粋で強気な曇りのないクリアな瞳に倉元は満足気に笑った。


「わかりました。ずいぶんとうちを買ってくださるのですね。こんなに大手のおたく様からそのように手厚くしていただけるなんてとても感激です。ただ、もうひとつ。スペシャルサンプル企画かオリジナル企画などをつけられませんか。メイク品でサンプル、もしくはうちの誌だけの特別企画でオリジナル品のプレゼントなどあるといいですね。最近は斬新なことをしないとピンときてくれないんですよ。最近の読者は目が肥えてますからね。」


にやっと倉元が笑うと澪はこれにも堂々と受けて立つ。一歩も惹かずに自信たっぷりにやり返す。


「そうですね…。その件は検討させていただきますが…。今のところ、オリジナル企画としてクノチアキプロデュースのメイクブラシキットを限定販売で作る予定で進めておりますが、それをV誌さんのみの企画にして携帯メールで申し込むというのはいかがですか。もともとメイク小物では人気の高いクノチアキブランドと提携ですので、レア物ですから飛びつくと思いますよ。V誌さんがこの内容で確約をいただければ、V誌さんのみの企画として通してもかまいませんが。」


澪がじっと倉元の目をまっすぐにみつめてさらに強気に出てくる。いい顔だ、と倉元はニヤリとする。


 タイミングがいいことに、さっきの木村マネージャーの資料にCM投入量の大幅な増量とV誌とのタイアップにかかる諸々の条件をのんでもいい許可を取り付けてきた内容がしるされていたのだ。それによって、澪は今日の交渉の切り札を手に入れたので強気なやり取りができる。

 さらに、プレス発表はレジントンホテルのガーデンテラスが確保できたことが書かれていた。レジントンは最近出来て、著名人の中でも人気のスポットとなっている。ヨーロッパ風の造りでこじんまりしているが、シークレットパーティなどで使うことが定番になりつつあるホテルだった。そこのガーデンはとりわけ美しくて人気のスポットだった。また、結城ななえとはほぼ確約済みで残すは契約のみで、正式に契約を交わすことが出来れば、プレス発表で、実際に結城ななえにクノチアキが目の前でメイクするSHOW形式での発表ができる企画となっていた。その詳細情報は次の手に使えるように、今回はにおわす程度で終わらせるつもりだ。


「へえ、それは魅力的ですね。いいでしょう。その線でいきましょう。」


倉元は上機嫌で頷くと持っていた手帳にメモしはじめた。そしてさりげなく腕時計に目を落とす。さすがは元モデルだけあって、クロノスイスを嫌味なく身につけ、さりげなく目を落とすしぐさはなんとも自然でスマートである。この倉元と言う男は自分の見せ方を知っている。やはりプロだと澪は妙に関心して倉元の様子を眺めていた。普通の女なら、こんなファッション雑誌から飛び出てきたような魅力的な男に熱い視線を向けられれば、天にも上る気持ちになるだろう。


 澪にとっては、倉元は確かに垢抜けていて見栄えのいいセクシーな男で、観賞用には上等すぎるぐらいだ。でも、あらかさまに自分にその色気をぶつけられるとなると別だ。どうしても引き気味になる。それは、流星がからかって色仕掛けしてくるのをかわすときとはまったく違う気持ちだった。


 流星の色仕掛けは本気にならないように無理やり自分の気持ちを押さえ込んでやっとの思いでやり過ごしているのだ。ともすればくらっと流星に心を持っていかれそうになるぐらい、危ういところでセーブしている。澪が倉元に視線をやったまま、ぼんやり流星のことを考えているとふいに倉元の声がそれをさえぎった。


「ところで、そろそろランチにまいりませんか。今後のスケジュールや細かいことはそちらでいかがですか?お昼にご一緒していただけると伺いましたのでこの近くにいい店があるので予約しておいたんですよ。」


「あ、はい。え?お店をご予約してくださってたのですか?申し訳ございません。本来ならうちがしないといけないのに…。」


澪は念のためいくつか候補は挙げておいたが、倉元がグルメで自分で店の予約をすると聞いていたのでやはりかと胸をなでおろした。


「さあ、参りましょう。時間はよろしいんですよね。」


「あ、はい。本日の予定はこの後、社内のみですので。」


「そうですか、それはよかった。」


上品で色香のある笑に一瞬ゾクッとするが、仕事と思いなおして倉元の後に続いて部屋を出る。

部屋を出るときに後ろの澪に話しかけた途端、倉元が誰かにぶつかった。


「あ、失礼。」


そういって倉元がぶつかった長身の男を見やる。


「いいえ、こちらこそ申し訳ございません。」


一瞬、男同士じっと睨み合う。澪は倉元がぶつかった相手を見て驚いた。流星だったのだ。しかも、倉元とじっと睨み合い、一瞬ピリっとした空気が流れる。


「流…!」


慌てて、流星の名前を呼びそうになって飲み込んだ。


「倉元さん、大丈夫ですか?」


澪に呼ばれて倉元が流星から無理やり視線を剥がし、はっと振り返る。


「えっ?あ、はい。大丈夫ですよ。では、まいりましょうか。」


「はい。ああ、申し訳ございませんが、1階のロビーで少しお待ちいただけますか?バックと上着を持ってまいりますので。」


「ああ、失礼を。そうですね。では、ロビーでお待ちしています。」


その時にやはり、さっきよりも濃厚に熱い視線を澪に向けてニッコリと笑う。澪はひきつるように笑顔を返した。なぜか、後ろめたい気分になる。倉元はそんな澪の顔を名残惜しそうに見ながらエレベーターホールに消えた。

 澪は倉元の後ろ姿を見送ると大きくため息をついて振り返ってはっとした。そこに流星が不機嫌そうに立っていたのだ。


「なに?」


「べつに。あんな男が好みなんだと思って。」


いつもすましている流星が射るような視線を向けて冷たく言い放つ。


「何いってるの?仕事で商談してるのよ。おかしなこと言わないで。」


いつもふざけているのかなんなのかわからないように涼しげに微笑んでいる流星しか見たことが

ないので、思いもよらない棘のある態度に、澪は戸惑いながらもいつものクセで突っぱねてしまった。そして無視して流星の横を通りすぎようとすると流星が強く腕を掴んだ。


「ひっ!」


澪ははっとして思わず息を呑む。


「澪、あいつに気をつけろ。隙を見せるな。」


「はなして、痛い!」


澪が怪訝な顔で流星の顔を見上げる。一瞬、視線が絡み合う。流星の真顔がそこにあった。澪はなぜか胸がぎゅっと締め付けられた。しばらくして、誰かの足音が近づいてきたので流星は澪から手を離した。


「いいな、なんでも仕事を優先させるな。いいか、わかったな!」


流星が厳しい口調で強引に澪を言いくるめる。有無を言わせない程の勢いに澪は無言で頷くしかなかった。流星はそれを確かめると、企画部のオフィスに消えた。


 澪は流星から解放されてロビーに向かう間、左腕に流星の力強い手の感触が残っていて、なぜかじんじん痛むような気がした。澪は無意識のうちに自然にさするようにその腕に手を当てていた。心臓は驚くほど早く強く澪の胸を打ちつけている。はじめて見る流星の怒った顔を思い出して、澪はひどく不安な気持ちになった。









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