"氷戯"(後編)
店の前に通りがかる者は無い
陽射しが、強くなり始めて居た
深く下げた頭の上を「そんな事だろうと思って居ました」という、軽蔑の混ざった声色が通過していく
だとしても僕は、どうしても彼の躰を砕いて口に入れてみたかったのだ
一度欲望を口にしてしまった以上、もう後には引けない気がした
「そこをなんとか」
「なんとか、と言われましても……」
執事の少年は怒った様子を視せながらも、照れたような雰囲気も在る
付け入る隙は、まだ残されて居る様に思われた
「実はな」
恥ずかしげに笑い、顔を上げてみる
「僕は」
「君の魔法的生命化を解除し、氷に戻す事も可能なんだ」
僅かに可能性を感じての恫喝だったが、帰ってきたのは激昂と罵倒だった
怒りの言葉を笑顔のままに受けながら
明白に自分が悪いのであるにも関わらず、僕は胸中で『こいつ本当に今すぐ、唯の氷にしてやろうかな』と思い始めた
実際にはそこまではしないし
そうする事では得られない栄養がある事を、僕は知って居たが
「でもね」
おおよその罵詈が終わった気配を感じ、僕は口を挟んだ
「でも───君のだから、食べたいんだよね」
執事が言葉を失う
表情から視るに、今度こそ怒りによるものでは無いと感じる
流れに乗る為に僕は言葉を続けた
「生命化の解除は、部分的に行う事が可能なんだ」
「だから痛くならない」
「それに……後日、手を継ぎ足す事だって出来るよ?」
空気の色が変わった気がする
戦いは、終わった
僕よりもそうした機微を悟る事に長けて居たのか
完璧なタイミングで、店主が氷断用のぎざぎざした長いナイフを持って、笑みを顔に張り付けながら店の奥から現れた
「もう………」
執事がシャツの左袖を捲くり、ナイフを受け取る
「───旦那様の、バカ」
嘆息しながらも、彼は少し嬉しそうに視える
とても心の満たされる光景だった
んっ、と声を上げながら
或いは息を深く吐き出しながら
少年執事は自らの腕に鋸のようなナイフを、ぎこぎこと食い込ませていく
思わず、微笑まずには居られ無かった
現実には、仮に魔法生物だとしても『欠損した手足を治す方法』など存在しない
彼の四肢が残り一つになったら、本当の事を教えてあげよう
それよりも砕けた彼がどんな味をするのか、今から愉しみで仕方が無かった
気温が高い
聞く所に拠れば、少し溶けた氷は削ると食感が良いのだという
僕は誰にも気付かずに、微笑みながら舌舐めずりをした




