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遅い一歩

作者: 小雨川蛙
掲載日:2026/05/17

 

 声がした。


『この道を進んでください』


 何故と聞けぬ雰囲気だ。

 私はそのまま前を歩く羽目になる。


『進み続けてください』


 そう言われれば歩き続ける。


 平坦な道も。

 険しい道も。

 泥道も、整備された道も。

 ただひたすらに歩き続ける。


 いつまで歩けばいいのだろう。

 そう思った折。

 不意に道が途切れた。


 これはどうしようもない。

 そう思った直後。

 声が響いた。


『歩いてください』


 ここで私は初めて声をあげた。


「歩けません」

『歩いてください』

「道がありません。前に勧めません」

『歩き続けてください。歩き方は教えたはずです』

「道の歩き方は知りました。しかし、目の前には道がありません」


 大きなため息が聞こえた。

 私はどうしたら良いか分からないまま待ち続けた。

 次の言葉を。


 声はしばらく聞こえなかった。

 仕方なしに私は待ち続ける。

 声が聞こえるまで。


 途切れた道の先は大地があるばかりだ。

 歩くのには難儀する。

 これまでも険しい道はあったけれど、それでも道筋はあったのだ。

 しかし、今度はそれもない。


 故に待ち続ける。

 声が聞こえるまで。

 一年が過ぎ、三年が過ぎ、五年が過ぎ、十年が過ぎた頃。


 すると。


『歩いてください』


 声が聞こえた。

 待ち続けた声が。

 私の隣から。


「道がありません」


 返事がした。

 だけど、私のものではない。


 そちらを見れば私ではない誰かが立ち止まっている。

 私よりずっと若い人が、あの日の私と同じように。

 ――しかし。


「分かりました」


 その人は歩き出した。

 目の前を。


『頑張ってください』


 声が聞こえた。

 私の時と違う温かな声が。


「頑張ります」

『進み続けてください』


 やがて声は消えた。

 その人の姿も段々と小さくなる。


 私は勇気を出して声を出す。


「私も進みます」


 声は返ってこなかった。

 言われるまでもなく、遅すぎたのだと気づいた。

 それでも一歩踏み出した。


 道のない大地の感触は今まで感じたことがなかったけれど、想像の範疇でもあった。

 踏み出してしまえばあとは繰り返すだけだった。


「進み続けます」


 応援の声は聞こえなかった。

 だけど、進めるところまで行ってみようと私は決めた。


 足は重いけれど、持ち上がらないほどではない。

 進むのは怖いけれど、進めないほどではなかったから。

 そう、遅まきながら気づいたから。

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― 新着の感想 ―
 何をするにも遅い事はない。何故なら、それが始まりなのだから。そんな思考に誘われる素敵なお話でした。
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