遅い一歩
声がした。
『この道を進んでください』
何故と聞けぬ雰囲気だ。
私はそのまま前を歩く羽目になる。
『進み続けてください』
そう言われれば歩き続ける。
平坦な道も。
険しい道も。
泥道も、整備された道も。
ただひたすらに歩き続ける。
いつまで歩けばいいのだろう。
そう思った折。
不意に道が途切れた。
これはどうしようもない。
そう思った直後。
声が響いた。
『歩いてください』
ここで私は初めて声をあげた。
「歩けません」
『歩いてください』
「道がありません。前に勧めません」
『歩き続けてください。歩き方は教えたはずです』
「道の歩き方は知りました。しかし、目の前には道がありません」
大きなため息が聞こえた。
私はどうしたら良いか分からないまま待ち続けた。
次の言葉を。
声はしばらく聞こえなかった。
仕方なしに私は待ち続ける。
声が聞こえるまで。
途切れた道の先は大地があるばかりだ。
歩くのには難儀する。
これまでも険しい道はあったけれど、それでも道筋はあったのだ。
しかし、今度はそれもない。
故に待ち続ける。
声が聞こえるまで。
一年が過ぎ、三年が過ぎ、五年が過ぎ、十年が過ぎた頃。
すると。
『歩いてください』
声が聞こえた。
待ち続けた声が。
私の隣から。
「道がありません」
返事がした。
だけど、私のものではない。
そちらを見れば私ではない誰かが立ち止まっている。
私よりずっと若い人が、あの日の私と同じように。
――しかし。
「分かりました」
その人は歩き出した。
目の前を。
『頑張ってください』
声が聞こえた。
私の時と違う温かな声が。
「頑張ります」
『進み続けてください』
やがて声は消えた。
その人の姿も段々と小さくなる。
私は勇気を出して声を出す。
「私も進みます」
声は返ってこなかった。
言われるまでもなく、遅すぎたのだと気づいた。
それでも一歩踏み出した。
道のない大地の感触は今まで感じたことがなかったけれど、想像の範疇でもあった。
踏み出してしまえばあとは繰り返すだけだった。
「進み続けます」
応援の声は聞こえなかった。
だけど、進めるところまで行ってみようと私は決めた。
足は重いけれど、持ち上がらないほどではない。
進むのは怖いけれど、進めないほどではなかったから。
そう、遅まきながら気づいたから。




