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7 留置所の夜

 ティルクの喉に鋭い剣を突き立てようとするラパレイ。


「おい! 待て!」

 数人の金属の鎧を着た衛兵達が走ってくる。

 騒ぎを聞きつけたのだろう。

 このあたりは王宮の目の前でもあり、治安の重点地域でもある。

 比較的衛兵の数も多いのだ。

「チ、役人か」

 舌打ちするラパレイ。

 剣を納める。

 左の膝は酷く破壊されている。

 衛兵が止めに入って実は安堵しているのは彼本人だったかもしれない。

 剣で止めを刺すのも、かなり限界だった。

 仲間の前で虚勢を張っていたが実は膝の治療に心を奪われていた。

「いったい何事だ! この地区でケンカはご法度だ。しょっ引かれたいのか?」

「お役人様。俺たちは正当防衛ですぜ。ラパレイのアニキに突然このガキが襲い掛かってきやがって……見てくださいよアニキの足を!」

 哀れっぽくそういいながら、不良の仲間が衛兵の小隊長に小金を握らせる。

「ふむ、そうか」

 衛兵の小隊長は思ったより多い金額に小さく喜びをかみしめた。

 もちろん、その金はティルクから奪った金である。

「良かろう。では、そのガキは殺人未遂犯として連行する」

 血塗れで倒れ伏すティルクをぐいっと衛兵は引き起こす。

 虫の息のティルクにうんざりした表情を見せた。

「おい、立てるか!」

 どう見ても、このまま放っておけば失血死するだろう。

 衛兵の小隊長は、面倒が増えるくらいなら放置したかった。

 しかし、この地区に死体が転がっていると上からお叱りを受けると思い至った。

 部下を呼ぶと、治療を言いつける。

 剣術学校の不良徒弟たちは治療に不満顔だったが、役人に楯突くわけにも行かず、包帯を巻かれる姿に舌打ちするだけだった。




 エルヴィはティルクと別れた後、予定もなかったので口入屋に行き仕事を探した。

 しかし、その日は彼女が納得できるような仕事もなく、もやもやとした一日だった。

 そして、昼過ぎにはティルクとの小さな出来事すら忘れていた。


 エルヴィは行きつけの洒落た商店めぐりを思いつき、北部の商店街を訪れる。

 彼女の好みの店、甘いお菓子の陳列や、美しい衣装をながめてぶらぶらしていた。

「ねえ、奥さん。聴きました? また、あの剣術道場の不良たちがケンカ騒ぎを起こしたみたいですのよ……いつもの、あの広場で」

「ほんとに嫌ねぇ。衛兵は何をしているのかしら」

 甘いお菓子をつまんでいるとエルヴィの耳にそんな話がふと耳に入る。

 気まぐれなエルフの血を引くエルヴィ。少し興味を引かれて、甘いお菓子を食べながら騒ぎのあった場所に向かう。


 途中、がやがやと町の住民の騒ぐ気配があり、エルヴィは足を止めて観察した。

 そこには王宮の近く。

 数人の町の人間が集まっており、衛兵が誰かを連行する姿を見物しているのだ。

 彼らの会話から、ケンカの犯人だと言う。

 エルヴィも見ると、数人の衛兵が面倒臭そうに包帯だらけになった一人の少年を担架に乗せて運んでいる。

 包帯には血が滲み、服も赤黒く染まっていた。

「やだ、あの服装、ティルク……だったかしら」

 頭部は目を中心に包帯が巻かれており顔では判別が付かないが、服装や背格好から、今朝別れた少年に相違ない。

 全く意識が無いのか、死人のように担架の端から手をぶらぶらさせている。

(あれじゃもう……役人達ももう少し真面目に手当てしたらいいのに)

 ティルクの体からは血が流れ、おざなりの包帯では完全に出血を止められていないようだ。

「おい、まだ子供じゃないか。あの不良どもは手加減を知らん……何故役人はあいつらを取り締まらないのだ」

 野次馬の中の身なりのよい中年男性がそう言っている。

 威勢のある男が同じように思ったのか、

「おい、衛兵。もっとちゃんと手当てしてやれよ!」

 と叫ぶ。

 衛兵は、「わかった、わかった」と身振りでゼスチャーした。

 彼らは王宮に向かって行く。

 宮殿には留置所があるのだ。

 エルヴィは何があったのか、とても気になった、

(なんだか、可哀想ね……)

「ちょっと、そこのお兄さん。何があったのか教えてくださらない」

 エルヴィは憮然としている街の男に話しかける。

 見目麗しいハーフエルフの女性に話しかけられて、男は嬉しそうに話をする。

「ああ、いいぜ。うわさだと、バーン剣術学校のごろつきどもがいつものケンカ騒ぎを起こしたらしい。今回はあのガキがいきなり突っかかっていって返り討ちにあったんだってよ。一番性質の悪いラパレイの小僧が足に大怪我したらしいが、あれのオヤジが黙ってないだろうな。あのガキ殺されるぞ……」

「ラパレイ?」

「ラパレイ・バルカスというごろつきさ。家が大商人のバルカス家だから思いあがってやりたい放題。あのガキがラパレイの野郎に一矢報いたならいい気味だがな」

 そこまで言うと。言い過ぎたと思って不安になったのか、少しきょろきょろして、小声で、

「バルカスは手下にヤクザを大勢囲っているし、ラパレイは剣術学校の兄貴分。この辺りじゃ、さからわねぇ方が身のためだ。姉ちゃんも気をつけなよ!」

 男はそこまで言うと、こそこそと立ち去ってしまう

 見物人もすぐに飽きたのか三々五々消えてしまう。

 大人しそうな少年が危険なごろつきとどんな因縁があったのか、エルヴィは少し調べる気になった。




 漆黒の闇。

 冷たい石の床。


 ティルクはあの後、衛兵たちに適当に手当てされ、王宮に連行されて、更に城の医者に手当てされている。

 もちろん、その記憶はほとんど曖昧であり、極僅かな場面しか脳裏に残っていない。

 最終的に、どこか冷たく暗い床の上に、乱暴に放置された。

 それからどれほどの時間が経過したのか。

 すっかりと日は暮れ、既に深夜の時間帯である。

 室内に明かりはない。

 何時頃からか、ティルクはかすかに意識があり、闇の中に倒れ伏している自分に気がついていた。

 固い床は凍えるように冷たく、その冷たさから逃れたくても体をぴくりとも動かせない。

 カシャ、カシャ

 足音だろうか。

 闇の中、何かの音がゆっくりと近づいてくる。

 その音は足音のようでもあるが、軽い骨がこすれるような軽いような、重いような不思議な音だった。

 体には不思議と苦痛はない。

 あるのはただ漠然とした無力感であり、このまま闇に沈み消えてしまいたいような願望だった。

 キィイイ。

 何者かが、鉄格子の扉を開ける。

 その者はティルクにゆっくりと近づき、無言で立つ。

 彼の姿は闇の中で僅かにシルエットが見えるだけだ。

 形状もはっきりしない黒い何者かが。

「……我ガ……」

 いきなり、男の声が脳裏に響く。

 声は聞こえると言うより、直接心に届くような声であった。

 朦朧としたティルクも誰かが目の前に立っているとようやく気がつく。

 その者は黒いもやの様な存在にも見える。

「……ガ」

 その者は何かを囁く。

 しかし、何を言っているかほとんどわからない。

 その者はかがむと、ティルクの髪に触れた。

 ティルクの髪は血と埃に塗れ、ばさばさであり、獣のような有様である。

 その者はティルクの頭を優しく撫でた。

 不思議な慈愛に満ちた動作である。

 その手は非常に硬く、生き物としての温かみが全く感じられない。

 しかし、冷たいとは感じなかった。

 無力の地獄の中、ティルクは不思議な優しさに心が満たされる。

「……我」

 また男がなにやらつぶやく。

 ティルクは指を動かしてみようとおもい、そっと右手に力を入れてみる。

 動かない。

 何度も挑戦するうちに、男の繰り返しの囁きが徐々にうるさく感じられた。

「……我ガ」

 ティルクは体を動かそうと、心の中でもがく。

 じりじりと焦りが湧いてくる。

 そのとき、ふと、男の髪を撫でる手が止まると、ティルクの左の眼窩に触れる。

 汚い包帯で目をきつく縛っているが、既にそこには眼球が無い。

 ティルクの左目は完全に真っ二つにされ、医者が穿り出してしまっていた。

 まぶたの下はぽっかりと洞窟のように穴が開いたようになっている。

 彼の美しい左目は永久に失われてしまったのだ。

 男の手は冷たかったが感覚を失った左目に何かが触れた感触がある。

 ティルクは体を仰向けに起こされ寝かされている。

 男はぐいっとティルクを引き起こし、上着を脱がして上半身を裸にした。

 ティルクは体が麻痺し、為すがままにされている。

 男は体を調べているようだ。

 ティルクの胸や腹は薄く剣で切られている。

 ごろつきたちが彼をなぶり殺しにするつもりだった事が幸いし、胴体に死に至る怪我はなかった。薄い傷は血も止まっている。

 しかし、このまま放置されればティルクはやがて衰弱死するだろう。

 特に腿や腕に付けられた傷は深く、二度とまともに動くかどうかも怪しい。

 男はティルクを再び寝かせると、四肢の傷には目もくれず、ティルクの胸になにやらちくちくと小さな棘で傷をつけている。

 ティルクは苦しくて逃げたいが体は全く動かず、叫び声も出ない。

 男は、どうやら刺青を入れているのだ。

 何かの術なのだろうか、刺青を入れながら、ブツブツと呪文らしきものをつぶやいている。

 ティルクは抵抗する力もなく、諦めて苦痛を受け入れる以外に方法がない。

 どれほど時間がたったのだろうか。

 何時とも知れぬ苦痛は際限なく続き、ティルクは正気を失いかけていた。

(やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ……!!!!!!!!!!!)

 自我が崩壊しそうなその寸前、苦痛は突然終る。

 それと同時に男の詠唱はプツリとやむ。

「……我ガ……目ヲ」

 男はそう言うと、自分の左目あたりに手をやる。

 ずぶりと指を突き立て、眼球を抜き出す動作をする。

 そして、片手で包帯を無造作にちぎり、ティルクの左の眼窩にそれを入れる動作をした。

 全ては黒い闇の塊であり、かすかにそう見えるだけだ。

 ティルクは突然、凄まじい苦痛が左目に発生し、大声を上げながら身悶える。

 苦痛に右目がはっきりと開く。

 闇の中に白い髑髏が浮かんでいた。

 その髑髏はローブのようなものを着込み、頭に輝く冠を戴いている。

 先ほどからティルクに何かを行っていたのはこの動く髑髏だったのだ。

 ティルクは恐怖のあまり悲鳴を上げる。

 そして、気を失う。

 ティルクは闇に沈む意識の中でかすかな声を聞いた。

「………我ガ、子ヨ」




「おい、向かいの部屋、すごい叫び声だったな」

 闇の中でやや甲高い男の声が聞こえる。

「……」

「新入りの奴。死ぬだろ。あの怪我じゃ」

「ああ」

 くぐもった低い声の男が聞こえた。

「明日まで持たないだろう」

「……」

「まだ、ガキだぜ。さすがに可哀想だろ」

「……そうだな」

 二人はそれ以上話すこともないのか、少し無言になる。

「くそっ!」

 甲高い声の男が毒付く。

「こんな辺境の国まで、俺たちへの手配が回っているとは」

「……」

「どうにかして逃げられないか」

「……」

「……」

「いい加減寝ろ、デリク」

 低い声が答える。

「何でお前はそんなに落ち着いていられるんだ? ドーリンさんよ!」

 どうやら、甲高い声の男はデリクで、重低音の男はドーリンのようだ。

「静かに話せ……今更どうにもならんよ。裁判にかけられて縛り首だ」

「ターニャが助けに来てくれるかもしれないぞ」

「無理を言うな。ターニャも追われている。逃げるだけで必死だろ」

 闇の中で寝返りを打つドーリン。

「キルボールとアーロンは仲が悪い。犯罪者も引き渡したりしないのに……」

「さあな。何故か俺たちは誘拐犯だと言うことになっている。これは偉い人間の周到な罠だ。貴族が俺たちみたいな下層民を死刑にしたいと思ったらどうしようもないのが現実だ」

 ドーリンは既に生きる望みを捨てているようだ。

「あんたは心残りがないのかよ」

「……さあな」


 ここはアーロン王宮内の留置所。

 デリクとドーリンはキルボール伯国の辺境であったことと同じように、身に覚えのない罪で囚われてしまっていたのだ。

 デリクはドーリンのやる気のなさに怒りを感じて、

「あんたが何を考えているか知らないが、俺は絶対このまま何もわからず死ぬのは嫌だ。誰にはめられたのか、あの時間のずれは何だったのか、あの娘は何者……くそっ!」

 ドンッ!

 デリクは闇の中で、寝転ぶドーリンの尻を蹴る。

「このまま死んでいいわけないだろ! 何とか言えよこの髭豚!」

「……ふん」

 無言のドーリン。

 暫く、闇の牢屋の中で沈黙する二人。




2026/3/21 微修正

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