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6 暴走

 気後れして、答えに詰まるティルク。


「小僧! 返事ぐらいしろや!」

 そのリーダー格の男はすぐにイライラするのか怒りに満ちた顔になる。

「す、すみません」

 ティルクは反射的に謝ったが、男たちの嫌な雰囲気に警戒した。

 彼らは何かこそこそと話し合ったかと思うと、げらげらと笑い出す。

 男たちはリーダーになにやら耳打ちすると、満面のニヤニヤ笑いになる。

「坊主、すまねえ、それより、何で慌てて走ってたんだ。何か困ってるなら相談に乗るぜ」

 リーダーは笑顔を作りながら馴れ馴れしく、ティルクの肩に手を回す。

 男は腕に触れた棍棒の剣呑さに少し怯えたが、それをおくびにも出さず話を続ける。

「お前、字が読めないんだろ。字が読めなかったら泥棒みたいな店主に好きなようにぼったくられるもんだ。俺も以前は字が読めなかったから酷い目に何度もあったんだぜ。俺とお前は同じ境遇じゃねえか?」

 リーダーの嫌らしいニヤニヤ笑いは、傍目から見るとぞっとさせるものだが、強いコンプレックスで凝り固まったティルクには苦しみの中で拾った宝石のように見えた。

「そ、そうなんだ。僕は字が読めない」

 重苦しく口に出す。

 うんうんとうなずく男。

「こんな所で話をするのもなんだから、落ち着く場所で話そうぜ」

 肩を抱きつつ、男たちはティルクを取り囲む。

 男たちはティルクを人気のない朽ちた井戸のある路地裏に連れ行く。


 ティルクを奥まった所に腰掛けさせると、

「坊主、名はなんていう?」

「ティルクです」

「ティルクか。じゃあ、ティルク。お前、武器を買おうとしてたのか?」

 ティルクは大きくうなずく。

「そうだ。僕は冒険者にならないといけない。鎧を買いたいんだ」

「へー、その歳ですげえな。で、何で冒険者にならないとダメなんだ」

 作り笑顔で同情するふりをするリーダーの男。

「冒険者になって、父さんと母さんの仇を討つんだ」

 何らかの陰惨な記憶が少年の目を暗くする。

「ほう、そうなのか」

 一応、ニヤニヤ笑いを消す男。

 だが、同情したわけでもなくすぐに笑いが戻る。

「……」

「じゃあ、鎧を買わないとだめだよな。鎧が無かったら乱闘になるとすぐに怪我をするからな、俺たちだって皮鎧を着込んでいる」

 男たちの赤と青の派手な衣装をよく見ると布の下に皮の装甲があった。

「そうだ! 俺たちが鎧を買ってきてやるよ。あの女が選んでた鎧がいいのか?」

 ティルクは鎧を買うと決めていたが、どの鎧がいいと判断がつかなかったので曖昧にうなずく。

「あれは、鱗鎧だ。三千ゴルダは必要だな。お前、幾ら持ってるんだ」

 一瞬、躊躇するが、ティルクは腰のポーチを開ける。

 そこには古代の貨幣がぎっしりと詰まっている。銅貨以外にも金貨も銀貨もある。

 ごくりと唾を飲み込む男。

 しかし、すぐ冷静になると。

「ティルク。それ全部で鎧が買えるかどうかぎりぎりだぞ。俺たちがあの店主と交渉しないと買えないぜ。あいつら店の連中はすぐに人の足元みて吹っかけてきやがるからな」

 買えないと言われて慌てるティルク。

「じゃ、じゃあ、どうすれば?」

「俺はラパレイ。俺にその金を預けてくれたら、しっかりと鎧を買ってきてやる。上手く行ったらお釣りも出るぜ」

 目をぎらぎらさせてラパレイと名乗る男はティルクに顔を近づけてそうささやく。

 ティルクは暫く躊躇していたが、ポーチごと男に金を渡してしまった。

「良し! ティルク。必ず鎧は買って来てやるから、そこで暫く待っていてくれよ」

 男たちはティルクに笑顔を向けながら去って行く。

 路地に消えると同時に男たちの哄笑が聞こえてきた。

 ティルクは、一瞬その声に不安になったが、鎧を買ってきてくれるのに疑ったら悪いと思う。

 ラパレイの言うとおりにここで暫く待つ事にする。


 やがて。

(いつになったらラパレイは帰ってくるのかな)

 半刻もして、そういう気持ちが湧いてくる。

 こっそりと店に行って交渉している所を確認しようと言う気持ちになった。

 男たちに騙されたのではないかとの思いはあったが、大金を渡した自分の失敗を認めたくなかったので、あえてその心の声を無視した。


 しかし、いつまでたっても彼らは戻ってこなかった。

 ついに、ティルクはそっと路地を移動する。

 やがて、エルヴィから逃げ出したマザン武器店が見えてくる。

 期待に反して、男たちの姿は見えない。

 途中、彼らとは出会わなかった。

 ドクドクと心臓が鳴る。

(……騙されたのか!)

 少年は意を決して、店に近づくと店主に話しかける。

「あ、あの。この店にラパレイという人が来ませんでしたか?」

 暇そうにしていた中年の店主は、貧乏そうな少年に一瞥をくれると投げやりに返事する。

「ラパレイ? 誰だそれ。誰も来てませんよ」

「赤と青の上着を着た四人組の若い男たちです。来ませんでしたか!?」

 上ずった声になるティルク。

「さあ、来てないよ……武器買わないなら、さっさと出て行けよ、小僧」

 迷惑そうな中年店主は露骨に嫌な顔をして、しっしと手を振る。

「すみません、この鱗鎧だったかな。この鎧は幾らになりますか?」

 店主の迷惑顔をあえて黙殺して、件の鎧を指差してたずねる。

「あー? 小僧、金ないのに何言ってやがる。千ゴルダだよ。乞食にゃ関係ない。さっさと消えな!」

 中年店主は相手が弱そうなら居丈高になる。

 ティルクは、もちろん、不快だったが、そんなことより騙された事実を認めるショックの方が大きかった。

「……」

 ティルクは店主に金を持っていた事を告げようと思ったが、馬鹿らしい行為だとすぐに気がつく。

 そんなことより、男たちから金を取り返す事だけを考えるべきだと強く思い、店から脱兎のように駆け出した。


 ティルクは店の周辺を走り回って、人々に『ラパレイ』の名前を聞いて回ったが誰も知らなかった。

 素性の知れない浮浪少年の声に耳を傾ける人すら少ないのが実情で、石持て追い払われることさえあった。

 ティルクはやがて『ラパレイ』が偽名ではないかと思い、彼らの服装や髪型など、特徴を伝えて聞き込みをする。

 そして、それは上手く行った。

 男たちの足取りがつかめたのだ。

 しかし、それはわからなかった方がよかったのかもしれない。


 ティルクは男たちが向かった北の方向に走っていた。

 いつの間にか正午頃になっている。

 少年はきょろきょろと探しながら、小奇麗な町並みを走り回る。

 このあたりは先ほどの地区や都市の南部とは違い、小金持ちや役人が住まう地区だった。

 黒くて四角い巨大な王宮もすぐ近くにある。

 地面は石畳で建物の作りも同じ都市内とは思えないほど立派である。

 注意深い人間なら、この付近が古代人の居住区跡地を利用したために堅牢な都市空間になっていると気づくが、もちろん、ティルクには全く目に入らないことだった。

 地区の広場に来た時、ティルクはたむろする十人程度の若者達に気がつく。

(居た!)

 ティルクは内心そう叫ぶ。

 確かに、ラパレイとその仲間三人がその若者たちの中にいた。

 彼らは一様に同じような派手な色の服、細身の剣と短剣を腰に挿す。

 十人の内二人は性格の悪そうな若い女。

 女も同じように剣を佩いている。

 店の前の広場にテーブルを並べた酒場で騒ぐ彼ら。不良の集まりと言った雰囲気だった。

 ラパレイは中央のテーブルに座り、全く社会を舐めきったような態度で腰掛けている。

 酒を飲み、大声で奇声を上げていた。

(騙された!)

 ついに現実を認める少年。

(こいつは最初から、金を巻き上げるつもりだったんだ!!! 僕はバカだ! あの金がなかったら、復讐なんてできないじゃないか!)

 ティルクはぱっと頭の中が真っ赤になった。

 燃え上がる村、転がる黒い死骸の山が脳裏に浮かぶ。

 理性が飛んだのだ。

 ティルクは紐を解き、棍棒を下ろすとその柄を両手で持つ。

 棍棒は重く、禍々しい。

 硬い樫の木に金属の鋲とワイヤーで強化され、握りは布が巻いてある。これは野蛮なゴブリンの族長が使っていたものだ。

 彼はひょんな事からこれを手に入れ、この棍棒を一度だけ敵に振り下ろした事がある。

 少年の脳裏に惨劇が蘇る。

(父さん、母さん)

 真っ赤に染まる父母、二人を殺した黒衣の姿が、目の前に居る不良たちの姿と重なった。

「ウォオオオオオオオオ!!!!」

 猛獣のような叫びが突然沸き起こり、笑い声と奇声が已む。

 ティルクは棍棒をかざすと野うさぎのような速さで一気に彼らの輪の中に飛び込んだ。

 目指すはラパレイ。

 少年はテーブルに半分隠れて低い姿勢で全力疾走し、椅子を跳ね飛ばしながらラパレイに肉薄する。

 ラパレイは叫びを聞いてきょろきょろと探すが、周りの人間の影に隠れていたティルクに一瞬気が付くのが遅れた。

 剣を抜こうとするが、だらしなく座っていたためか、剣が帯に引っかかりぬけない。

 躱すのもままならず、驚愕の顔のままティルクの一撃を喰らってしまう。

 ティルクは直前まで脳天をかち割るつもりだったが、ぎりぎりで殺すことに禁忌を感じる。

 棍棒の軌道はそれ、ラパレイの膝を激しく打った。

 ラパレイは獣染みた声を上げると、膝を抱えて転がる。

「何しやがる!」

 一斉に、男たちは立ち上がり細身の剣を抜く。

「なんだ! この小僧」

「オイ、この小僧は……」

 見覚えのある男たちがティルクに気が付いたらしく、慌てている。

 ティルクはすぐに彼らに向かおうとするが、幾本もの剣が行く手を阻んだ。

「どけ! 金を返せ!」

 吼えるティルク。

「殺せ! そのガキを殺せ! よくも俺の脚を……」

 うめくように叫ぶラパレイ。

 男たちは奇襲の衝撃から醒めると、ティルクを剣で追い詰め始める。

「よくも、ラパレイのアニキを、なぶり殺しにしてやるぜ!」

 男たちは剣を綺麗に構え、容赦なくティルクに突きを入れた。

 ラパレイは本名だったらしい。

 ティルクは小柄で俊敏だが、九本もの剣に囲まれるとなす術はない。たちまち、腕や太腿から鮮血が噴出す。

 棍棒を大振りで振り回すが、彼らはしぶとく回避し、皮膚を切り裂く小さな突きを次々と撃ち込んでくる。

 建物の壁に追詰められ、出血と苦痛のためについに棍棒を落としてしまう。

「キェーーー!」

 ドスッ

 不良女が金切り声を発し、鋭い突きが顔面を襲う。

 頬を切り裂かれそうになり、必死に手で払うが剣は軌道をそれ、左目を付き刺す。

「グッ」

 ティルクは声にならない悲鳴を上げた。

 左目からだらだらと血が流れ、片目は失明してしまう。

 考えのない突撃が招いた結果だが、今度は自分がラパレイと同じ悲鳴を上げる事になった。

 石畳のない道の脇を苦痛で転がるティルク。

(死ぬのか……こんな所で)

 ティルクは血塗れだが、男たちは皮膚を切り裂くだけで急所を綺麗に外している。どうやら、即死はさせないつもりらしい。

「バーン剣術学校の人間にけんかを売るとは命知らずな奴だ」

「右目も潰してやりな!」

 女剣士の金切り声。

 薄れる意識の中、そのような声が聞こえる。

 どうやら、彼らは何らかの剣術を習っている仲間なのだろう。

(やっぱり、何も出来なかったよ母さん。ごめん)

 やさしかった母親の顔が浮かぶ。

 ブスッ

 剣が、太腿を貫く。

「おい、この小僧のとどめは俺がやる」

 怒声と共に、蒼い顔をしたラパレイが仲間に抱えられながらティルクに近づいて来る。

 ラパレイの手には鋭い剣が握られていた。

 ティルクは不思議な安堵があった。

 短い人生だったが、思い出すのも苦しい悲しみがある。

 唯一心のよりどころだった家族は何者かに殺害されたのだ。

 復讐の怒りはあったが、一人生きる苦しみより、死の安寧を望む闇は常に少年の心を蝕んでいた。

(もういいか。死んだら皆の所へ……)

 血と埃に塗れながらティルクはピクリとも動かなくなる。

 ラパレイは剣をティルクの首に当て血管を切り裂こうとした。

 

 冷たい刃が少年の喉に当たる。





2026/3/15 3/16 微修正

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