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5 アーロン王国

 辺境、神聖平原の強国、アーロン王国。

 

 緑豊かなキルボール伯爵領の南方に広がる未開のステップ地帯にその王国はあった。

 神聖平原の中央に位置し、北戴山脈の霊峰が遥か北方にそびえる。

 山脈からは雄大な白麗川が北から南方に滔滔と流れ、川の西は半乾燥で耕作地が多く、西側は半乾燥地帯から砂漠続く厳しい気候である。

 尚、アーロンの西に向かうと高原地帯があり、山脈を越えて西にひたすら行けば、ガルディアやレイドと言った新興の沿岸諸国がある。

 王国名と同じ首都アーロンは白麗川のほとりにあり、西岸に巨大な宮殿、城下町は川を挟んで両岸に広がっている。

 この王国の首都は不自然なまでの立派な建造物と安普請の新しい建物が混在する景観を持っていた。

 それもそのはず、この都は古代の城塞都市の廃墟を修理して都市として据えているのである。

 王宮も古代遺跡を改修した建物であり、異様に巨大で黒く聳え立つ。

 人力で作りえないほどの堅牢な建造物だが、不格好な塔などは後から追加されたものだろう。

 街を囲う外壁も同じく遺跡の流用。

 修理部分と遺跡部分の見栄えが違い、不格好な景観を晒す。

 遠景から見ると廃墟の都市のようでもあった。


 古代の人間、上古人は明らかに今の人類とは違い、高い建築技術で厳しい風化にもびくともしない街の廃墟を残していた。

 ただ、彼らが何故このような立派な都市を残して消えたのか、それは不明である。


 アーロン王国は北戴山脈を更に越えた北方中原の大国シンシア王国の移民を中心に建てられた国である。

 初代の冒険者王はシンシアの下層階級であり、王家として血筋の格は高くない。

 しかし、民族的繋がりから外交関係はシンシア王国と良好で、中原の列強からはシンシアの属国として認識されている。

 その影響からか、構成民族はシンシア出身の白人種が多いが、シンシア自体がかなりの多民族国家であり、白人種が決定的に主流という事もない。庶民には東方から流れ込んだ黄色人種、南方の灼熱の土地から流れ込んだ黒人種なども多い。

 雑多で猥雑なアーロンは発展した中原諸国からすると、不潔で下等とも受け取られているが、経済力は高く、腕のある冒険者が集うことにより軍事的にもかなり有力である。

 他の諸国は冒険者などの素性の知れぬ者あまりを受け入れないゆえに、蛮族や異種族の圧迫で発展を阻害されている現実がある。

 アーロンは蛮族に軍事的優位を保っているが、それは自由を尊ぶ精神が成功していることを示す。

 ただ、アーロンの文化は非常に尚武的であり、ケンカで刃傷沙汰は当たり前、街の中でも鎧は普段から着用するのが当然とされている。腕力や魔力、コネに自信のないものは自然淘汰されてしまうような厳しい社会でもあった。




 ある日。


 アーロンの市場は人々の欲求を満たすために早朝からかなりの活気を見せている。

 いつもの街の賑わい。

 街門の開放を待ちわびた荷馬車が勢いよく市場に駆け込んでくる。荷馬車には近郊の農村などで採れた食料や、木材や石材などの資源、木工品などの民需品など様々なものが運ばれ、商店や仲買人に引き渡されていく。

 宿屋などが立ち並ぶ一角は食堂や酒場なども併設しており、朝から食材を仕込むあわただしい気配。

 スープを煮込み、肉を焼く芳ばしい香りが町一帯に漂っている。

 そして、旨そうな食事に建設業などに従事する男たちが群がっていた。


 そのような活気あふれる市場に、一人の小柄な人物がふらりと現れる。

 見た目は浮浪者と言われても仕方がないかもしれない。

 髪はぼさぼさ、黒だったのが埃塗れで白っぽくなっている。

 服はボロの麻の服で、鎧は着ていない。しかし、背中にかなり大きな手製の鋲付き棍棒を背負っている。足元は全体に比してそれなりにしっかりしており、かなり履き古している皮のブーツに獣の皮を巻きつけていた。

 腰のポーチは何かがぎっしりと入っている。

 浮浪者と言えば限りなくそれに近い姿だが、優しい黒い瞳だけは美しい。肌の色は汚れと日焼けでわかりにくいが、白人種であり、かなり若い。少年と言っていいだろう。

 彼は朝食の準備に忙しい宿屋の香りに釣られ、きょろきょろしている。

 やがて、店の前で豚を串焼きにして売っている路店に近づく。

 肉を焼いていた店主はぎろっと彼に目を向ける。

「あ、あの、その焼き肉いくらになります?」

 気後れするように尋ねる少年。

「一ゴルダだ」

 むっつりとしたその店主は、忙しくタレを塗りながら答える。

「銅貨一枚で足りますか?」

 少年は腰のポーチからごそごそと取り出す。

 ポーチに大金がぎっしり詰まっているのが、一瞬、垣間見えた。

 店主はその硬貨を一目見て。

「古代硬貨か? どこで拾ってきやがった小僧」

「これは……」

 店主は一瞬、この少年から硬貨を取り上げる算段をめぐらせるが、彼の背中の武器の禍々しい様子に躊躇する。

「古代銅貨なら、そのままの価値はないぜ。あと銅貨一枚出しな」

 無言で、追加の銅貨を出す少年。

 大人しく金を出した少年を見て、もっと吹っかけるべきだったかと店主は思いながら、それ以上は問わず、無言でかなり大きな肉の塊を渡す。


 少年は旨そうに肉をほうばりながら、ぶらぶらと市場を練り歩いた。

 かなりきょろきょろとして、人が大勢集り、活気がある様子をぼんやりと見つめている。

 その姿は不慣れなおのぼりさん。

 田舎から出てきた少年そのものである。

 普通なら街のチンピラに目を付けられそうな雰囲気ではあるが、背中の不釣合いな棍棒が異様であり、あえて因縁をつける者もいない。

 ただ単に、ヤクザ者がいない早朝であることも理由かもしれないが。

 少年は目的がないのか、とても所在なさげである。

 街の人間は雑多な人たちとは言え、無軌道なよそ者が暴れるのを嫌う。

 彼への視線は刺すように冷たい。

 ただ、彼が武器を持っているから、あえて問題を起こさない限りは放置するのであろう。

 少年はやがて市場の中心にやってくる。

 街の中心には不気味で巨大な彫刻がある。それは炎をかたどったのか、くねる人間を模したのか、非常に抽象的で良くわからない。巨大であり、高さは見上げるような大さである。

 破壊もできず、その費用も惜しいので街のモニュメントとして定着していたのだ。

 少年は、その意味不明で巨大な石造物にあっけに取られ、ぼんやりと眺める。

 くすくす。

 少年の背後で、可愛らしい笑い声が聞こえる。

 少年は自分が誰かの気を引いていることに気がついて、慌てて顔を引き締め、くすくす笑いの方に振り向く。

 そこには、オレンジ色の髪をした、冒険者風の女がいる。

 彼女の瞳は大きく、蒼い。ぬけるような白い肌に少し尖った耳。どうやら、彼女は人間ではないようだ。薄い金属でできた軽甲冑と弓を背負い、腰に小ぶりの斧を挿している。

「やだ、あなたおのぼりさん丸出しじゃない」

 美しい少女、と言っても彼より背が高いが。彼女にからかわれて、顔を真っ赤にする少年。

「あ……の、こ、こんにちは」

「この彫刻は、古代の上古人の炎の神をかたどったものと言われているわ。この街は、古代の遺跡をそのまま利用して建設されているから、わけのわからないものだらけ。これくらいで一々驚いていたらスリに狙われるわよ」

 唐突にスリと言われて、腰のポーチを慌てて確認する。どうやら異変はないようだ。

「アハハ。そんなに隙だらけじゃ、この街は出て行ったほうがいいわね」

 少女は少年のしぐさを見て笑い出す。

 少年は少しむっとするが、彼女の可愛らしさに、怒りもすぐに消える。

「あの、教えて欲しいのだけど」

「フフ、ごめんなさい。で?」

「この街で冒険者の仕事はどこで貰ったらいいんだ」

「え? あなた、冒険者志望なの?」

 一瞬、更に笑いかけたが、少年の大きく真剣な目を見るとちょっとバカにするのがかわいそうになった。

「オホン。私は女冒険者、ハーフエルフのエルヴィよ。あなたは?」

「ティルクです」

「ティルクね。あなた、冒険者として実績あるの?」

「……」

 黙ってしまうティルク。

「いい? 冒険者として認めてもらうには実績と実力がないと無理よ。少なくとも、最初は何かで名を上げておかないと誰も仕事の依頼なんてしないわ。それに、あなた鎧も着てないじゃない。鎧無しでどうやって戦うつもりなの?」

「鎧は、買う。よ」

 おずおずと答える少年。

「鎧は結構高いわよ」

「お金はある」

 ポーチを叩く少年。

「ふーん、見かけによらないわね。鎧は、ナキル通りにある武器商人から買ったらいいわ。後は自分でどうにかするしかないわね」

「エルヴィさん。ナキル通りの場所を教えてくれませんか?」

 エルヴィの目は面白そうに輝く。

「いいわよ。別にさん付けはしなくていいわ、こっちよ」

 二人は連れ立って歩き出す。


 朝の騒がしい時間に二人は狭い路地に消える。

 路地は繁華街の裏通りのような場所にあった。

 小さな店や工房が立ち並び、朝から非常に活気がある。 

 やがて、一軒の大きいがかなり汚い武器防具の店。

 そこには『マザン武器店』と看板がかかっていた。

「ここよ」

 エルヴィは看板を指差すがティルクは何故か目を伏せる。

「なによ。店につれてきてあげたのがわからないの?」

 不思議なティルクの反応にちょっと不満なエルヴィ。

「わ、わかってるよ。ここが武器店だね」

 早速、目で鎧を物色し始める。しかし、少年の目には軽い失望がある。

 朝は早いが、既に店は開いているようだ。明かりを惜しむのが当たり前の世界、日の光と共に店を開けるのが当然とされている。

 店には鎧が並べられ、正面にある黒板の一覧表に品名と値段が記されていた。

 ティルクはそれにおびえるようにじっと商品を眺めるだけだ。

 不思議に思ったがじれたエルヴィは、

「早く選んだらどうなの。これなんかどう? 鉄の板を重ねてあるから重いけどすごく頑丈よ。お金は足りる?」

 エルヴィはそういいながらうろこ状に鉄板を重ねたずっしりとした鎧を勧める。中古のようだが、つくりはしっかりしている。

 何故か苦しそうな顔をしたティルクは、少し躊躇した後。

「そ、それ幾らになるんだいエルヴィ」

「書いてあるじゃない」

「……」

 はっとするエルヴィ。

「あなた、もしかして字が読めないの?」 

 ティルクの顔が苦しそうに歪む。ティルクは生まれの貧しさから学は全くなかった。

 数字も十までしか数えられないのだ。

 そして、その事を非常に恥じていた。

 エルヴィの顔を見たとき、ティルクはその顔が自分を見下しているように見える。

 彼女はエルフの血を引く高貴で美しい顔立ちだが、それがティルクの心を更に卑下させた。

 美しい女性相手だけに、余計に自分のコンプレックスをまともに言われて、ティルクは目の前が一瞬真っ暗になる。

「ティルク。待って。どこに行くの?」

 ティルクはふらふらと店の外に出ると、エルヴィの呼び止める声を背に受けながら闇雲に走り出す。

 エルヴィはティルクの不思議な反応に驚き、そして、呼びかけを無視されて不快になった。

「お客様、どうなさいました」

 店の奥から中年の店主がエルヴィの声に驚いて出てくる。

「なんでもないわよ! 放っておいて!」

 イライラしていたエルヴィは店主に少し八つ当たりするかのように怒鳴る。

「せっかくお店紹介してあげたのに、人の好意を無視して出て行った奴がいたの!」

 ちょっと地団太を踏む。

 しかし、エルヴィは小柄な少年の背中が更に小さくなったような後姿に、少し胸を衝かれてもいた。

 エルヴィは、やがて、小さくため息をつくと少年を追うようなことはせず、どこかに消えてしまう。


 ティルクは数分走っていたが、あまりの自分のふがいなさに、思わずどことも知れない路地に座り込んでしまった。

 ふと見ると、茶色い野良猫がじっと見ていた。

 猫はティルクと目が合うとのっそりと闇に消える。


「よう、坊主。今の見てたぜ」

 いつの間にそこにいたのか、二十代くらいの若い男が四人。ティルクの背後に立っていた。

「今、武器店から走って逃げただろう。全部見てたぜ。お前、字が読めないのか?」

 リーダー格の男がそう尋ねる。

 男たちは派手な赤や青に染められた衣装を身に着け、腰には細い剣を伊達に挿している。

「……」

 まさかこんな自分に話しかける人間がいるとは思っていなかった。

 少年は驚いて言葉に詰まる。




2028/3/14 微修正


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