4 冤罪
「これは消せないのか?」
デリクがセレネの腕に光る紋様を指さす。
「神殿で呪いを払う奇跡を行えば何とかなると思うが、ターニャは心当たりあるか?」
「もしも、呪詛なら魔道で無理やり消し去るのはちょっとリスクがあるわ。呪詛のカギを無視すると、いろんなトラップがあるから。普通は。とりあえず、こちらも良く調べてから儀式呪文でどうにかできるって感じね。今は手出しできないわ」
「『魂の傷』は、今は保留するしかない、じゃあ、あのパトロール隊はどうする」
デリクが川の方角を指さす。
「そうね……」
ターニャもいい案は浮かばない。
「なんだか、あの連中が俺達を狙っているのかどうかわからないけど、あいつらと遭遇戦にでもなったら呪詛の術中に嵌る事になるような気がする。隠れようぜ。そして、セレネを依頼者に渡して金を……」
デリクが提案するが、いきなりドワーフに口を閉じられる。
「まだ言うかこの犯罪予備軍め。後ろ暗い所がなければパトロールを避ける必要も無い。少なくとも俺はエクセレスの神官、ターニャはれっきとした魔術ギルドのメンバーだ。連中と出会ったら手配犯などとは遭遇していないと言えばいい。お前の似顔絵を書いた手配書を出されたらその限りではないがな」
(てめーは破門されてるだろうが!)
もがもがして言葉にならないデリク。
「……しかし、デリクを信じるわけじゃないけど、妖術師が何か企んでいると私も思うわ。関係のない手配にしてもこんな誰もいないような場所で武器を持った騎兵隊と出会いたくないわ、パトロールだからと言って絶対善人とも限らないし」
「そうだ、さすがターニャ。俺の経験上、賄賂を受け取らない警備兵はいないぞ。所詮、役人なんてそんなもの、下手すると犯罪者より性質が悪い」
ドーリンの手からするりと抜け出してデリクが言う。
「でも、こそこそ隠れていて、見つかったら申し開きが難しくならないかしら……」
セレネがぽつりと言う。
「さすが、お嬢さん。泥棒根性の小者とは比べ物にならない。俺たちは堂々としていれば良いのだ」
胸を張るドワーフ。
「キキー! 誰が小者だ。その髭今から全部引っこ抜いてやる!」
「ウワ、やめろ。髭を引っ張るな!」
「やめなさいよ。二人とも! 仕方がないわね。私も別に後ろ暗い所はないからパトロールに出会っても問題はないけど、デリクが仮に手配されていたら私たちまで巻き添えになるわ。デリクは連中をやり過ごせるようにこっそり隠れて付いて来てよ。それなら良いでしょう?」
「……」「……」小競り合いの手を止める二人。
「異論は?」
「ないよ」
デリク。
「やれやれ」
肩をすくめるドワーフ。
話がまとまった四人は、ドワーフを先頭に、セレネ、ターニャの順に出発する。
デリクは少しはなれた場所で潜伏しながら三人を追う形で森を行く。
やがて、森はすぐに切れ、小川が見える。
パトロール隊は既に出発したのか姿が見えない。
「パトロールはいないな」
ドーリンが辺りを見てつぶやく。
(気を抜くな。見張られている)
デリクの思念が届く。
(ふむ)
ドーリンは警戒してキョロキョロする。
(良く見ろ、川の畔の草陰に二人、手前の木陰に一人、隊長は……どこにいるのか分からないな)
「待ち伏せか……こちらも忍んできたわけでもないから、当然だな。それなら」
ドーリンが大きく息を吸う。
「おーい、こそこそ隠れていないで出てきたらどうだ。こちらは逃げも隠れもしないぞ。俺はエクセレス大神の信者、ドーリンだ」
大声で自己紹介するドーリン。
暫く待つが反応はない。
「三人ほど潜んでいるのはわかっているぞ。我々は逃げ隠れする理由もない。なぜ、待ち伏せのようなことをするのか!」
そう言って、待つドーリン。
ガサガサと、音が聞こえる。
やがて、一人の男が草陰から現れた。
全身皮の服にブーツとマント、キルボール伯国の紋章が入った皮の胸当て。兵隊にはそぐわない高価な剣を佩く。
茶色の髪と瞳はターニャと同じであり、このあたりに入植しているイスカニア人系特有の地味な外貌をしている。
顔立ちは整っているが、目元に厳しさがあった。
(こいつ……忍びの知覚をすり抜けやがった。かなりの手練だぞ)
再びデリクの思念。
男は剣の杷に左手を載せて立ち、目を眇めるようにしてドーリンたち三人を無言で眺める。
三人も緊張した面持ちで対峙した。
「貴様は、通称、『破戒僧』ドーリンだな」
男は、ぼそっと喋る。
「俺を悪意で見る奴はそう呼ぶ。お前もそうか?」
ぎろっとにらむドーリン。
「待って、隊長さん」
険悪な雰囲気にあわててターニャが割り込む。
「私たちは怪しい者ではないわ。行方不明の女の子を捜してここまで来たの。そして、ようやく悪党を倒して、彼女、セレネを救出したのよ。今は彼女を親御さんの元に連れて行く途中なの」
男は険しい目でセレネを見つめると、
「娘よ、その話は本当なのか?」
こくりとうなずくセレネ。
「ええ……はい。本当です。私、翼の生えた魔物に攫われて、次に気がついた時にはこちらのターニャさんに介抱されていたのです。この方達が魔物や妖術師を倒して助けてくださったのです!」
最後の方はやや気持ちが高ぶったような言い方になるセレネ。
「……フム」
「貴様達、一人足りないな。手配書によれば、『守銭奴』デリクというホルス人が抜けている。忍びであるなら、どこに居るのだ」
(ち、こいつら明らかに俺たちを探してるぞ)
デリクの思念が飛ぶ。
「私はキルボール伯国の保安官セリウスだ。まず、デリクは忍んでいるのなら姿を現すのだな。そして、武器を捨ておとなしく縛につけ」
そう言いながら、するっと美しい長剣を腰から抜く。
剣は赤く輝き生の銅より赤い、不思議な魔力に包まれている。
「『血剣』セリウスか!?」
ドーリンが驚いて目を見開く。
(オイ、まずいぞ、こいつはかなりの手誰だ)
続いて思念を飛ばす。
(だれだよ、それ)
デリク。
(キルボールの有名な剣士の一人だ。もともと冒険者だが、名剣を手に入れてから功績を上げ、騎士になったと聞いている。うわさでは一人でゴブリンを三十匹斬ったらしい)
ゴブリンは人間に敵対するデミヒューマンの一種で、始祖が悪魔の血を受けて背も低く醜い容貌をしている。野蛮だが戦闘時に身を顧みない、かなり凶暴な戦士集団である。
(ほんとかよ、逃げた方がいいんじゃね?)
(とりあえず、手配容疑を聞きましょうよ。絶対冤罪よ、少なくともデリク以外は)
ターニャも思念を飛ばす。
「保安官様、よければ手配の中身を教えていただけないでしょうか?」
ターニャがしおらし気に質問する。
「手配書を見せる義理は私には無いが、簡単になら教えてやっても良い。貴様達は一ヶ月前、そこにいるセレネという娘を誘拐し、追っ手に追われて山岳地帯逃げ込んだ」
「待って、それはおかしいわ。私たちは十日前にキルボールの城下町を出発して、妖術師の潜む遺跡からセレネを救出したのよ。一ヶ月前はまだ、セレネ救出の依頼すら受けてないわ。出発する時も誰からも手配は受けてないし……」
ターニャが話の矛盾を指摘する。
無言のセリヌス。
しかし、目は少しゆれている。
「この方達のお話は本当です。私、ガーゴイルという化け物に攫われて、その遺跡で気が付くまで恐ろしい術に意識を失わされていたのです。決して、この方達に攫われたわけではありません。それどころか、勇敢に化け物を退治して私を救っていただいたのです」
セレネはいつもの大人しさからは感じられないほどはっきりと隊長に話をする。
命の恩人を救いたい気持ちで、勇気がわいてきたのだ。
「……」
隊長は無言であるが、混乱しているようだ。
「……ふむ。貴様達の話は十日前からの事件であるという。が、私は手配書を一ヶ月前に受け取っている。話がおかしい。デリクという男も潜んでいるのだろう。とりあえず縛について、事情をじっくり説明してくれ」
そう言うと、美しい構えで剣先をドーリンに向ける。
「隊長さん、何月の何日に手配書を受け取ったの?」
ターニャが叫ぶ。
「五月の一日だ!」
そう言い捨てるなり、ドーリンに鋭い突きを入れる。ドーリンも待ち構えており、分厚い斧の鉄板であっさり防ぐ。
しかし、ガリッという音と共に斧の鉄が削れた。
ぎょっとするドーリン。
「その剣はエルフ作りか!」
「おかしいわ、まだ四月のはず! デリク、早く出てきて! セリウスさん、私たちは本当に何もやってないの!」
時間の感覚に隊長とずれがある。
叫ぶターニャ。
ドーリンは反撃を控え防御に徹する。セリウスの正派剣術は非常に巧みであり、現実的に重い斧で反撃する隙はなかった。
分厚い鎧と守りの体制で数合の停滞を生む。
「オイ、いい加減にしろ! 石頭保安官!」
いつの間にか、斬り合いをする二人のそばにデリクが立っている。弓を構え、ピタリとセリウスの急所を狙っている。
正確な弓に狙われ、動きを止めるセリウス。
隊長の危機にあわてた部下達が、剣を抜いて駆けつけてきた。
動きを止めた隊長に隙ありと見たドーリンが大斧で反撃に出る。
デリクは、背後の部下達の足音が気になって隊長を狙っていられない。小さな舌打ちと共にくるりと振り向いて、弓を乱射する。
一瞬で三射して、二人の太腿に小人用の矢を突き立てるが、一人は分厚いブーツに当りはじき返されてしまう。
二人転倒して一人が血相を変えて斬り込んで来る。
デリクは間一髪、斬撃をかわすと慌てて茂みに逃げ込んでしまう。
ドーリンの力任せの攻撃は当れば一撃でセリウスをしとめる強さがある。
しかし、先ほどのとまどいはセリウスの誘いであり、ドーリンは罠に嵌った。
隊長は素早く斧を二度三度とかわすと、体が泳いだドワーフの板金鎧の隙間に赤い剣を突き立てる。剣は易々と内側の軟鎧を貫き、わき腹の皮膚を切り裂く。
飛び出す血液。
「終ったな。所詮、我流武術ではその程度だろう。大人しく縛につけ」
汗一つ流さず、冷然と言い放つセリウス。
ドワーフは苦痛のあまり膝を付く。
下生えをザクザクと切り払うセリウスの部下。デリクは消えたのか。
その時、
「稲妻!」
詠唱を終えたターニャがセリウスの剣に向かって雷を放つ。
雷は吸い付くように剣を打つ。
剣がバチバチという音と共にはじけ跳び、セリウスは尻餅をついてしまった。
同時に、どこからか、何かが投げ込まれる。
ボンッ!!!
もくもくと煙が発生し、全く周りが見えなくなってしまう。
「煙玉だ! 敵を逃がすな!」
セリウスは稲妻ではダメージを受けていない。
エルフの剣の魔法が電撃を消したようだ。
しかし、十分に隙はできた。
「皆、逃げろ!!!」
デリクの声が響く。
ターニャはドワーフを抱えると急いで逃げ出す。ドーリンも命がけなので、痛みを無視して必死に走る。
ドンッ、ドンッと更に畳み掛けて煙玉が爆発。
小さな人影が、煙玉を投げつけていた。
時間を稼ぐためにデリクは持っていた煙球を全部投げる。
デリクの姿が見えたのは投擲の瞬間だけであり、その次の瞬間には煙と共に気配すら感じられなくなっていた。
セリウスは怒声を上げるが、辺りは全く見えない。急いで赤い剣を拾い、防御の構えを取る。
目を凝らすが、深い森の中のこと、風も弱く、すぐに煙が引くことはない。
むやみに飛び出して、小人の矢の餌食になるわけにもゆかず、手をこまねいてみているしかなかった。
やがて、ようやく、辺りが見えるようになった頃には三人の姿は見えなくなっている。
そこにはおびえたセレネが一人、ぽつんと立っていた。
セレネは状況の変化について行けず、おろおろするばかり。
ようやく決心して走り出そうとした時、がしっと万力のような手に腕を掴まれた。
はっと振り返ると、そこにはセリウスの冷酷な瞳。
「あなたまで逃げる必要はありません。さあ、お父上の元に帰りましょう」
「あ……あの方たちは」
「あなたが気にされる必要はありません。犯罪者は我々が必ず捕まえます。しかし、今はあなたの保護が最優先。奴らに何を吹き込まれたかは知りませんが、今は我々に従っていただく」
セリウスはかなりハンサムな部類の顔をしている。
しかし、セレネは有無を言わさぬその表情に恐怖を覚えた。特に目は氷のように冷たい。
セレネのおびえた様子に、セリウスはやや大人気なかったかと反省し、表情を無理やり和らげる。
「連中は所詮、金だけで動く冒険者。対し、我々は公僕。お嬢さんが気になされることはありません。必ずキルボールの街までお連れします。ご安心下さい」
顔の筋肉だけで微笑むセリウス。
目を伏せるセレネ。
セレネはそう言われても、命を助けてくれた三人が追い払われたのが内心不満だった。
しかし、彼に逆らう力もない。
セレネは大人しくパトロールの保護下に入った。
2026/3/8 微修正




