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神のデザイン        :約3000文字 :天国

作者: 雉白書屋
掲載日:2026/02/25

 死に、天国へたどり着いたとある男。彼は驚いた。

 自分が死んだという事実に対してではない。寿命をまっとうし、やるべきことはやり切り、人生に大きな悔いも残っていなかった。 家族や知人、弟子たちに見送られ、端から見ても満ち足りた最期と言えよう。

 また、天国へ来られたことに驚いたわけでもない。人は皆、心のどこかで自分は天国へ行けると思っているものだ。もっとも、彼の場合は根拠のない自惚れではない。生涯を通じて人の役に立ってきたという確かな自負があった。

 光に満ちあふれた天国の門をくぐるときも、彼は背筋をすっと伸ばし、深く一礼してから胸を張って堂々と歩いたものだ。

 彼が驚いたのは天使に伴われ、神の間へと案内されたことだった。


 白い石で造られた古代の宮殿を思わせる広大な空間。高い天井は、目を凝らさなければ霞んで見えるほど。柱は人の何倍もある太さで並び立ち、足音がかすかに反響し、その静寂が緊張を煽った。

 中央に立っていた神は、白い髪に長い髭をたくわえた老人の姿をしていた。だが、その四肢は岩のように隆々としており、全身にほのかに光を帯びている。言うまでもなく、威厳に満ちている。

 天使と同じく、絵画などに描かれる『神』そのものの姿――しかし、実物はそれらとは比べものにならないほど圧倒的な存在感を放っていた。

 気づけば、彼は神の前で膝をつき、深く頭を垂れていた。謙虚さを意識するより先に、その威光に打たれ、身体が勝手に動いていたのだ。


「よい。楽にしなさい」


 重く、腹の底を震わせるような声だった。


「は、ははあっ」


 彼はそのまま正座し、背筋を伸ばして両手を膝の上に揃えた。


「なぜ、ここへ招かれたかわかるか?」


「い、いえ、それは……」


「遠慮はいらぬ。思ったとおりに言いなさい」


「は、はい。では……その、僭越ながら、私が多くの人々の助けとなったからでしょうか……」


「そうだな。そうだ」


 神はゆっくりと頷き、髭を撫でた。


「たしか、人工細胞を作ったとか。あらゆる細胞に変化でき、脳や心臓の修復まで可能だと」


「は、はい。病気の治療や再生医療の分野で、大いに活用させていただきました……多くの患者さんが再び歩き、話し、家族のもとへ戻ることができました」


 彼の脳裏に、患者と家族たちの姿が浮かんだ。研究室へ足を運び、感謝の手紙を届けてくれたことがあったのだ。


「そうだ、そう。名前はなんと言ったかな、スタ、スタ……スタップ……」


「あ、いえ。ΩPS細胞でございます」


 彼は少し照れたような笑みを浮かべた。


「オメガ……究極というわけか」


「ええ、ははは。研究チームのみんなで名付けたのですが、当時は成功の喜びで少々舞い上がっておりまして。今思えば、格好つけすぎましたかね。いやあ、お恥ずかしい。あっ、他にも“GOD細胞”などと呼ばれたりしまして。いやあ、畏れ多――」


「うるせえな」


「えっ」


 あまりに唐突な口調の変化に、彼は目を丸くした。だがそれ以上に神は目を剥いていた。額には青筋が浮かび、歯をギリギリと噛みしめる音がはっきりと聞こえた。


「調子に乗りやがって……」


「えっ、えっ、ええ?」


「お前をここへ呼んだのはな。この手でお前を握り潰し、すり身にするためだ。そうすりゃ、再生もできねえだろうからなあ……」


「は!? え、いや、どうしてですか!?」


 彼は思わず仰け反り、足を投げ出した。神がじりじりと距離を詰めるたび、尻を引きずるように後ずさる。


「わ、私はその……自分で言うのもなんですが、世の中に多大な貢献をしたはずです……! ノーベル生理学賞に、平和賞まで受賞して……」


 どう考えても、神自らの手で制裁を受ける理由が思い当たらない。彼は必死に弁明した。

 すると、神は大きく息を吐いた。


「確かに、お前は大勢の人間を救った」


「は、はい……」


「だからだよ」


「……はい?」


「事故で手足を失った者に新たな手足を与え、臓器の病気を治し、認知症を――」


「はい! 患者自身の細胞を培養して作成するため拒絶反応が起こりにくく、さらに豚の肺胞を利用して、一から臓器や手足など必要な部位だけを作り出して移植を――」


「誰が説明しろと言った」


「あ、はい……」


「事故や後天的な病を治すのはまだいい。だが、お前は生まれつきの病や障害まで治したな?」


「え……? は、はい。手足など、生まれつき体の一部が欠損している方や、重度の先天性疾患、脳機能に障害のある方を、その、健常と呼ばれる状態に回復させましたが……」


「余計なことを……お、お、お……」


 神は言葉を詰まらせ、拳を強く握りしめた。全身が小刻みに震え、顔は怒りに染まり、真紅に変わる。その眼は灼熱の光を宿し、今にも熱線を放ちそうだった。


「いいか……。生まれついての障害は、この神の意思によるものであり、その者が背負うべき業なのだ」


「ご、業……?」


「そうだ。前世の罪を、障害を背負わせることで償わせているのだ」


「な! そんな考えは――」


 受け入れられない。反射的に否定しかけて、彼は言葉を呑み込んだ。神本人が言っているのだ。事実なのだろう。到底受け入れられない価値観ではあるが、人の論理と神の論理が一致するはずもない。

 彼は喉の奥で掠れた声を漏らし、押し黙った。


「それをお前は、ことごとく“普通”にしてしまった。その結果どうなった? 長寿の者があふれ、死ぬべき魂が現世へ留まり、魂の循環が滞ってしまったではないか!」


「そ、それは……申し訳ありません……。あの世の仕組みというものを知らなかったものですから……」


「貴様の行いは天まで届く塔を築くよりも、蝋の翼で空を飛ぶよりもはるかに罪深い。地獄に落とすなど生温いのだ」


 神はゆっくりと手を彼へかざした。頭上に影が落ちたその瞬間、空気が歪んだ。熱が降り注ぎ、髪がぢりと嫌な音を立てて縮れる。あの手に握られれば、この頭などたちまち豆腐のように簡単に潰れるだろう――彼はそう直感した。

 彼の脳は果実を搾るように、ぎゅっと凝縮された。視界が白く弾けて裏返り、耳鳴りが警報のように鳴り響く。

 脳内で渦巻く思考の奔流。死ぬ、死、死、消滅、無。すでに死んだ身だが、跡形もなく消され、無になる――存在そのものを抹消される恐怖が、圧倒的な質量でのしかかった。

 これまでの私の功績は、苦労は、努力は、私自身を滅びへと導くただの積み石だったのか。薄く、脆く、低い。そうと気づかずに足を乗せ、天へと手を伸ばしていたのだ。

 そして足元から崩れ落ちていく。嫌だ、嫌だ、消えたくない、嫌だ、考えていたい、嫌だ――。


 次の瞬間、その絶望の渦中で、極限までに圧縮された思考の底から彼はたった一滴のひらめきをすくい上げた。ただ生き延びようとする知の反射。その小さなひらめきが、かろうじて手の中で脈打っていた。


「あの! な、治せます!」


 神の手が空中でぴたりと止まった。


「……何がだ?」


「て、天使を……です」


 彼は唾を飲み込み、必死に言葉を紡いだ。


「こ、こちらへ案内される途中、多くの天使を見ました……。みんな子供の姿で、小さな白い羽を生やし、全裸で、それで……特徴的な顔立ちをしていて……その……彼ら、ダウン症ですよね? もし設備を用意していただければ、全員治せます……!」


 言い終えた途端、全身に後悔が走った。

 これはただの侮辱ではないか。神の創造物を不完全と断じ、自分が修正してやると言ったに等しい。仮に見立てが正しかったとしても、神はその不完全さをも愛しているに違いない――


「そうか。じゃあ、お願いしようかな」


 神は初めて微笑んだ。

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