第8章:隣国の飢饉と救済作戦
俺の「魔法農業研究所」が軌道に乗り、王都での生活も安定してきた頃。王国に、不穏なニュースがもたらされた。
西に国境を接する隣国『ガルニア皇国』で、大規模な飢饉が発生したというのだ。
原因は、長引く異常気象による日照り。大地は干上がり、作物は枯れ果て、多くの民が餓えに苦しんでいるらしかった。ガルニア皇国は元々、我がアストリア王国とは長年にわたって緊張関係にあり、国境では小競り合いが絶えなかった。
「自業自得だ」「これを機に、国力を削いでしまえ」
王宮の貴族たちからは、そんな冷酷な声も上がった。しかし、飢えに苦しむ人々の姿を想像すると、俺は居ても立ってもいられなかった。国と国との対立と、民草の命は別の話だ。
「陛下、どうか俺に、ガルニアの民を救わせていただけないでしょうか」
俺は国王に直訴した。当然、貴族たちからは猛反対の声が上がる。
「敵国に塩を送る気か!」
「何を考えているんだ、藤田顧問!」
だが、俺の決意は固かった。俺のスキルは、こういう時にこそ使うべきだ。
俺の訴えを、リネット王女が力強く後押ししてくれた。
「食に、国境はありませんわ。飢えに苦しむ人々を見捨てるのは、人として、そして豊かな国の民としての道に反します!」
最終的に、国王は俺の提案を許可してくれた。ただし、あくまで「藤田耕作個人の、人道支援」という形を取り、王国が公式に関わるものではない、という条件付きで。
それでも十分だった。俺は早速、研究所の総力を挙げて、救済作戦の準備に取り掛かった。
問題は、どうやって短期間で大量の食料を用意し、隣国まで運ぶか、だった。備蓄食料を送るだけでは、焼け石に水だ。
そこで俺は、ある究極の作物を開発することにした。それは、俺の農業スキルの集大成ともいえる挑戦だった。
「超速成長米、『神速米』の開発だ」
俺は、研究所のメンバーに宣言した。それは、種を蒔いてから、わずか一週間で収穫が可能になるという、奇跡の米だった。成長速度を極限まで高めるため、俺は自分の持つ魔力をありったけ注ぎ込み、何度も品種改良を重ねた。土壌にも特殊な栄養素を配合し、成長を促進させる。
その作業は過酷を極めたが、ミーヤやガルム、そして研究所の仲間たちが、俺を支えてくれた。
そして、開発開始から一ヶ月後。ついに『神速米』の最初の種が完成した。
俺たちは、国境近くの広大な土地を借り受け、そこに神速米の種を蒔いた。すると、種は驚くべき速度で芽吹き、ぐんぐんと成長していく。本当に、わずか七日で黄金色の稲穂が実ったのだ。
収穫された米は、すぐに脱穀され、食料として袋詰めにされた。俺たちは、その大量の米を荷車に積み込み、ガルニア皇国の国境へと向かった。
国境の検問所は、ピリピリとした空気に包まれていた。ガルニアの兵士たちは、アストリア王国の人間である俺たちを、敵意と侮蔑の目で睨みつけてくる。
「何しに来た! 施しを受けに来たのか、アストリアの犬どもめ!」
隊長らしき男が、唾を吐きかけるように言った。
俺は一歩前に出て、静かに頭を下げた。
「俺たちは、戦いに来たんじゃありません。飢えに苦しんでいる皆さんに、食料をお届けに来ただけです。どうか、これを受け取ってください」
兵士たちは、俺たちの言葉を信じようとしない。しかし、荷車に山と積まれた米袋を見た時、彼らの目に動揺の色が浮かんだ。飢えは、彼らにとっても他人事ではなかったのだ。
その時、国境の向こう側から、痩せこけた難民たちが現れた。彼らは米の匂いを嗅ぎつけ、おぼつかない足取りでこちらに近づいてくる。
「お……お米……?」
「食べ物を……どうか、食べ物を……」
その必死の形相を見て、兵士たちはもはや俺たちを止めることができなかった。
俺たちは、その場で炊き出しを始めた。炊き上がった神速米の甘い香りが、乾いた大地に広がっていく。
最初は警戒していた難民たちも、恐る恐るおにぎりを受け取り、一口食べると、堰を切ったように泣きながら貪り始めた。その光景に、俺もミーヤも、無骨なガルムでさえも、目頭を熱くした。
食料支援は、その後も数週間にわたって続けられた。神速米は、国境地帯で次々と栽培され、ガルニアの民の腹を満たしていった。
やがて、この人道支援はガルニア皇国の皇帝の耳にも届いた。皇帝は、敵国であるはずの俺たちの行動に深く感銘を受け、正式な使者をアストリア王国に派遣してきた。
これをきっかけに、長年冷え切っていた両国の関係は、雪解けの時を迎える。外交交渉が再開され、不可侵条約が結ばれるに至ったのだ。
俺がやったことは、ただ、腹を空かせた人にご飯を食べさせただけ。
だが、その小さな一歩が、国と国との関係すらも変えてしまった。農業の持つ力の大きさを、俺は改めて思い知らされた。
しかし、この救済作戦の最中、俺は気づいていた。ガルニアの飢饉は、単なる日照りだけが原因ではないのではないか、と。大地の生命力そのものが、何か巨大な力によって吸い取られているような、不吉な予感が、俺の胸にまとわりついていた。




