第10章:最終決戦――農民と世界の命運
邪神の復活がもたらす世界の歪みは、もはや誰の目にも明らかだった。太陽は色褪せ、空は常に不気味な紫色に染まっている。大地からは生命力が失われ、人々は絶望に打ちひしがれていた。
王宮の賢者たちの計算によると、邪神が完全に復活し、その肉体を地上に現すまで、残り一ヶ月もないという。
俺たちが妖精の森で育てている『聖なる樹』は、今や大人の背丈ほどにまで成長していた。だが、邪神の強大な力を封じ込めるには、まだまだ力が足りない。
「くそっ……! このままじゃ間に合わない!」
焦る俺の前に、禁書庫のさらなる調査を続けていたリネット王女が、一枚のボロボロになった羊皮紙を手に現れた。
「コウサクさん、これを見てください!」
そこには、古代の文字でこう記されていた。
『世界樹の力、真に解放せんとするには、神々の時代の種を必要とす』
「神々の時代の種……?」
「遥か昔、神々がこの世界を創造した時に使ったとされる、原初の種です。それは、あらゆる生命の根源となる力を秘めていると言われています。ですが、その在処は誰にも……」
リネット王女が言い終わる前に、俺の脳裏に、ある光景が閃いた。
転生する直前、あの女神様が俺に微笑みかけた、真っ白な空間。彼女は、俺にこう言ったはずだ。「あなたに『農業スキル』を授けましょう」と。あの時、俺の魂に何か、小さな光の粒のようなものが埋め込まれた気がした。
「……もしかしたら」
俺は祈るような気持ちで、自分の胸に手を当てた。そして、【農業スキル】の根源に意識を集中させる。
「俺の力の、さらに奥へ……進化の力を、極めるんだ!」
俺が自身の内なる力に呼びかけると、胸がカッと熱くなった。すると、俺の手のひらの上に、信じられないものが現れた。
それは、虹色に輝く、小さな一粒の種だった。触れるだけで、指先から全身へと、温かく、そして力強い生命エネルギーが流れ込んでくる。
「これが……神々の時代の種……」
ミーヤもガルムも、息を呑んでその奇跡の種を見つめている。
どうやら女神様は、ただ『農業スキル』を与えただけではなかったらしい。いつか俺がこの力の本質に目覚めることを見越して、そのスキルの中に、最後の切り札を隠してくれていたのだ。
俺は、仲間たちに見守られながら、その種を聖なる樹の根元にそっと埋めた。
種が土に触れた瞬間、凄まじい光の奔流が巻き起こった。聖なる樹は、まるで天からの恵みの雨を浴びたかのように、爆発的な勢いで成長を始める。
天を突き、雲を追い越し、その枝葉は世界全体を覆うかのように広がっていく。それはもはや、ただの樹ではない。まさしく、伝説に語られる『世界樹』そのものの姿だった。
だが、その時。大地が激しく揺れ、妖精の森の地面が大きく裂けた。
裂け目の奥深くから、どす黒い瘴気と共に、邪神がそのおぞましい姿を現した。それは、何百もの触手と、無数の目が蠢く、混沌の塊としか言いようのない存在だった。
『グ……オオオオオオオオオッ! 我ガ復活ヲ、邪魔スル者ドモメ……!』
邪神の咆哮だけで、周囲の木々が枯れ、大地が腐っていく。
絶望的な力の差。しかし、俺たちの瞳に、もはや恐怖はなかった。
「行くぞ、みんな!」
「ええ!」
「御意!」
「ええ、世界の未来は、私たちの手で!」
俺とミーヤ、ガルム、そしてリネット王女。俺たちは、それぞれの武器を手に、邪神へと立ち向かう。
ミーヤは、引退したはずの冒険者の血を滾らせ、補助魔法と的確な指示で仲間を援護する。
ガルムは、かつて騎士として鍛えた剣技で、邪神の触手を次々と斬り払っていく。
リネット王女は、王家に伝わる聖なる力で障壁を張り、邪神の邪悪な波動から俺たちを守る。
そして、俺は――。
「食らいやがれ! これが俺の、魂の収穫だ!」
俺は、世界樹の根元から生まれた、進化の極致ともいえる作物を次々と邪神に叩きつける!
太陽のように輝き、聖なる力で邪を滅する『サンシャイン・パンプキン』!
雷を纏い、すべてを貫く槍となる『サンダー・スピアコーン』!
そして、地面に叩きつければ、無数の硬い蔓が伸びて邪神を縛り上げる『アースバインド・ビーン』!
俺の農業スキルが生み出した戦闘用作物が、邪神の巨体を確実に傷つけていく。
農民の、人間の底力を見せつけるように。
だが、邪神の力はあまりにも強大だった。触手の一撃がリネット王女の障壁を砕き、ガルムを吹き飛ばす。
「ぐはっ……!」
「ガルム!」
万策尽きたかと思われた、その時。
俺たちの頭上で、世界樹がひときわ強く輝き始めた。俺が育てた『神々の時代の種』が、完全に世界樹と一体になったのだ。
『コウサク……聞こえますか……』
頭の中に、優しく、そして懐かしい声が響いた。
「女神……様?」
『あなたの育てた世界樹は、今、邪神を浄化する力を得ました。あとは、あなたのその手で……最後の収穫を』
俺は、女神様の言葉の意味を悟った。
俺は世界樹の中心に向かって、手をかざす。すると、樹の中から、眩い光を放つ一本の『鍬』が現れた。それは、世界樹の枝から作られた、聖なる農具だった。
俺はその鍬を手に、邪神の中心――醜悪な瘴気を放つ核へと向かって、最後の突撃を敢行した。
「お前に喰わせる生命力は、もうこの世界には残ってない! だが、お前を浄化する恵みなら、いくらでもくれてやる!」
俺は天高く跳躍し、ありったけの想いを込めて、聖なる鍬を邪神の核へと振り下ろした。
「これが、俺の農業だあああああっ!」
鍬の先端が核に触れた瞬間、世界樹から放たれた浄化の光が、邪神の体を内側から貫いた。
断末魔の叫びと共に、邪神の体は光の粒子となって霧散していく。そして、その光は雨のように世界中に降り注ぎ、枯れた大地を潤し、傷ついた人々を癒していった。
最後の戦いは、終わった。




