沈まぬ太陽の墓標
2105年8月15日 新帝都・東京 午後1時00分
あの日から6年。かつての瓦礫の街は、今や鈍い銀色に輝く超高層ビル群と、空を埋め尽くす哨戒ドローンの群れによって塗り替えられた。
神保竜一は、再建された国会議事堂の玉座を思わせる執務席で、一枚の巨大なホログラム・マップを眺めていた。地図上の日本列島は、かつての国境線を越えて赤く染まっている。 朝鮮半島、台湾、そして東南アジア諸国の主要港。かつて日本を「援助」という名で買い叩いたADFの拠点、そして海外資本の牙城は、すべて日本再興党の軍事力と、経済的略奪によって「統合」された。
「首相、釜山およびマニラの『生産管理区』より、今月のノルマ達成の報告が入っています。外国人労働者の稼働率は98%を維持。反乱の兆候はありません」 かつての部下、今は国家保安局長となった田村が、軍服に身を包み報告する。
「そうか。略奪を止めれば死ぬ。この国の民に、かつての飢えを思い出させてはならん」
神保の声は、もはや人間の温かみを失っていた。 国内の全インフラを国家管理とし、外国人労働者のICチップは今や「労働効率」を管理する装置へと進化した。かつて彼が語った「ナチス」の再来。日本は、アジア全土から富と資源を吸い上げる巨大な心臓部へと変貌を遂げたのだ。
神保は窓辺に立ち、眼下に広がる新宿を見つめた。 そこには、かつて美香を殺したような暴徒は一人もいない。代わりに、機械のような規律で歩く市民と、武装した義勇隊が街を支配している。
「美香……。これが、お前が愛したかった国だ。強いだろう? 誰にも、もう指一本触れさせない」
神保は懐から、古い拳銃を取り出した。かつて彼女が守ろうとし、今は彼が世界を支配するために使った鉄の塊。 夕日が、紅蓮の炎のように東京を焼き尽くしていく。その光景は、12年前のあの日、核の炎が街を焼き払った瞬間と、残酷なほどに似ていた。
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こうして、かつて瓦礫に膝をついた男は、アジアを統べる覇者となった。 飢えは消え、犯罪は根絶され、日本は「奪われる側」から「奪う側」へと鮮やかに転生した。
……しかし、なんと滑稽なことか。 神保がこの「監獄国家」を築き上げるたった一つの原動力となった、亡き妻の言葉。 「竜一……この国を……」
薄れゆく意識の中で、彼女は本当に「この凄惨な未来」を望んでいたのだろうか? もし彼女が、かつて自分を襲った略奪者たちと何ら変わらぬ顔で世界を蹂躙する夫の姿を見れば、その言葉の続きに「止めて」と付け足したに違いない。
だが、もはやそれを教える者は誰もいない。 2105年、夏。
神保竜一は、妻が愛したはずの「穏やかな日本」を自らの手で徹底的に粉砕し、その残骸の上に、黄金の玉座を築き上げたのである。 死者への愛を証明するために、彼は今日もまた、新しい誰かの絶望を積み上げ続ける。
(完)




