宴
2099年4月11日 横浜港 夜明け前
激しい銃撃戦と爆発の音が、横浜の夜明け前の静寂を切り裂いていた。埠頭には、義勇隊と、桐生が差し向けた警察庁の特殊部隊が入り乱れ、まさに死闘を繰り広げている。
神保竜一は、炎上するコンテナの熱気を感じながら、標的のコンテナ船のブリッジにいた。モニターには、ライブ配信の視聴者数が天文学的な数字で表示されている。
『繰り返します。これは「国民警備義勇隊」による、腐敗した政府への正義の告発です。現在、横浜港では、警察庁幹部と結託した多国籍企業「ADF(アジア開発連盟)」が、日本政府要人への賄賂と引き換えに、軍事転用可能なAIチップを密輸していました!』
神保の肉声が、加工されたエコーと共に世界中に拡散される。現場に突入してきた特殊部隊員たちは、その映像に一瞬動きを止めざるを得なかった。
「神保! 何の真似だ! 直ちに投降しろ!」 拡声器を持った桐生の声が、遠くから響いてきた。
「見ろ、桐生!」
神保はブリッジのモニターを切り替えた。そこに映し出されたのは、船倉から回収された、古びたデータストレージデバイスだった。
「お前たちが密輸していたのは、このAIチップだけではなかったようだ」
データストレージの解析は、田村の部下が埠頭に設置した移動式のハッキングステーションで、刻一刻と進んでいた。
「部長! 解析が完了しました!」
田村の興奮した声が、神保のインカムに飛び込んできた。
パンドラの箱
データストレージの中には、おびただしい数の機密文書と音声ログが収められていた。その一つを、田村がライブ配信に直接投影する。
それは、戦後の復興政策に関する極秘の議事録だった。
『日本政府は、国際社会からの復興支援を受け入れるにあたり、特定の政府要職をADFが推薦する人物で構成することに同意する。これにより、日本の経済・外交政策はADFの利益と合致するよう調整される』
そして、そこには現職の首相を含む、内閣閣僚、国会議員、そして警察庁幹部の名前がずらりと並んでいた。彼らがADFから、復興資金の名目で巨額の献金を受け取り、日本の主権を売り渡してきた証拠だった。
『これは……!』
配信を見ていたアナウンサーが絶句する。
『リストに記載された人物は、現職の……総理大臣、そして……!』
画面には、衝撃的なリストと共に、彼らがADFの代表者と密談を交わす音声データが流れる。 そこには、日本の復興ではなく、ADFの市場拡大や、資源確保のために日本の政策を誘導する生々しい会話が記録されていた。 まるで、戦後日本の政府が、ADFという名の「傀儡政権」であったことを告発するかのような内容だった。
「どうだ、桐生!」
神保は咆哮した。
「これが、お前たちが守ってきた『秩序』の正体か! お前たちこそが、この国を蝕む真の国賊だ!」
───終わり。
国民は激昂した。 SNSは炎上し、深夜にもかかわらず、各地で暴動や抗議デモが発生し始めた。 それは、長年抱えていた漠然とした不満と、戦争で失われた「誇り」が、神保の告発によって一気に爆発したかのようだった。
桐生は無線機を叩きつけた。
「神保め……! このデータは、私が隠し持っていた『切り札』のはずだった……! なぜ貴様が手に入れた……!」
桐生の顔には、焦りと憎悪が入り混じっていた。
しかし、神保はもう彼の声を聞いていなかった。 彼は船のブリッジから、夜明けの光に照らされ始めた東京湾を見下ろす。
「美香……見たか? 奴らの化けの皮を剥いでやったぞ」
彼の背後で、義勇隊の隊員たちが歓声を上げた。 彼らの視線の先には、急速に視聴者数を伸ばし続けるライブ配信の画面と、その中心で「真実」を告発する神保竜一の姿があった。
日本再興党の支持率は、瞬く間に跳ね上がった。 数日後、政府は総辞職に追い込まれ、大規模な国民投票による内閣改造が決定される。 その投票で、神保竜一と日本再興党は、圧倒的な支持を得て政権を掌握することになる。
しかし、神保の目指す「二度と敗北しない国」の姿は、国民が思い描くそれとは、大きくかけ離れたものだった。 これは「復興」という名の支配の始まりに過ぎない。




