癒着が産んだ膿
2099年4月10日 千代田区・霞が関 午後2時00分
核攻撃の直撃を免れた霞が関の官庁街は、今や「要塞」の呈をなしていた。コンクリートの防壁と、自動銃座を備えた検問所。その一角、警察庁が入る合同庁舎の地下深くで、神保竜一は一人の男と対峙していた。
警備局長、桐生一馬。 戦後混乱期に異例の若さで出世し、現在の治安維持の事実上のトップに君臨する男だ。
「川口の件、やりすぎだぞ、神保」
桐生は高級な葉巻を燻らせ、灰皿に灰を落とした。
「警視庁の連中がメンツを潰されたと騒いでいる。暴力団対策法の特別捜査班が、君の『義勇隊』をマークし始めた」
「彼らには感謝してほしいものだ。警察が半年かけても尻尾を掴めなかった密造ルートを、一晩で掃除してやったんだからな」
神保は皮肉な笑みを浮かべ、応接ソファに深く腰掛けた。
「それで? 局長が私を呼んだのは、説教のためじゃないはずだ」
桐生は目を細めた。
「……現在、政府内では『民間治安維持特区法案』の検討が加速している。深刻な人手不足にある警察の機能を、一部民間組織に委託する案だ」
神保の眉が動いた。
「我々を、日陰の自警団から『公認の執行機関』に格上げしようというわけか」
「条件がある」
桐生は机の上に、一枚のホログラム・ファイルを投影した。そこには、横浜の湾岸地帯に停泊する巨大なコンテナ船の画像が浮かび上がった。
「現在、横浜港には『国際人道支援』の名目で、ある多国籍企業が管理する船舶が停泊している。だが我々の内偵によれば、あれは武器とハイテク部品の密輸拠点だ。中身は……再建中の中国、あるいは再編されたロシアに流れる予定の、軍事転用可能なAIチップだ」
「それを、我々に叩けと?」
「警察が動けば外交問題になる。だが、暴走した『愛国自警団』が勝手に踏み込んだとなれば、政府は遺憾の意を表明するだけで済む。成功すれば、法案の成立を約束しよう」
───
その夜、神保は田村と共に、横浜の荒廃した埠頭に立っていた。 かつての観光地・みなとみらいは、今や崩れかけたビルが立ち並ぶゴーストタウンとなり、波打ち際には汚染された海藻が打ち寄せられている。
「部長、桐生の話を信じるのですか?」
田村が低く囁く。
「奴は我々を利用して、自分に都合の悪い証拠を消そうとしているだけかもしれません」
「利用し、利用される。それが『力』のやり取りだ、田村」 神保は夜視ゴーグル越しに、漆黒のコンテナ船を見つめた。 「だが、今回の件には裏がある。あの船を管理しているのは『アジア開発連盟(ADF)』……戦後、我々に多額の援助を行い、代わりに日本のインフラ利権を買い叩いている連中だ」
神保は冷たい笑みを浮かべた。 「美香を殺したあの夜の暴動も、元を辿ればADFが送り込んだ『安価な労働者』という名の捨て駒たちが引き起こしたものだ。……復讐の相手としては、これ以上ない」
謀略の引き金
「突入準備完了」 義勇隊の隊員たちが、水中から、そしてドローンによる空域から船に接近する。 しかしその時、神保の耳元で通信が入った。
『部長! 警察庁の捜査班が、我々の背後に展開しています! 挟み撃ちにするつもりです!』
田村が鋭く神保を見た。
「桐生の罠だ! 我々に汚れ仕事をさせた後、一斉検挙して『自警団の危険性』を世論に訴えるつもりですよ!」
だが、神保は動じなかった。
「……やはりな。桐生、お前の考えそうなことだ」
神保はポケットから別の通信機を取り出した。 「全隊員に告ぐ。作戦を変更する。船内のコンテナは破壊するな。確保しろ。そして……ライブ配信を開始しろ。タイトルは『売国官僚による武器密輸の現場』だ」
「部長!?」
「桐生は私を甘く見た。私はただの暴力装置ではない。政治家だと言ったはずだ」
神保は美香の拳銃の安全装置を外した。
「この国の膿を出すには、一度、このシステム全体を炎上させる必要がある」
闇の中で、最初の爆音と共に、横浜の夜が赤く染まり始めた。 それは神保竜一が、国家という巨大な怪物に宣戦布告をした瞬間だった。




