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神保竜一の時代


2099年3月、東京復興特区

ガイガーカウンターの低いクリック音が、瓦礫の間で響いている。神保竜一は使い古した防毒マスクを外し、崩れた建物を見上げた。かつて新宿駅があった場所には、今では部分的に修復された鉄骨と、応急処置されたコンクリート片が無造作に積み上がっている。

第三次世界大戦終結から12年。2087年8月、小型戦術核による限定攻撃が東京湾沿岸部を直撃してから、日本の社会構造は根底から変わった。アメリカは太平洋艦隊を後退させ、中国は台湾海峡に集中し、ロシアは北方領土の実効支配を強化した。わずか8ヶ月の局地戦で、戦後復興は30年後退した。

「神保部長、川口の旧工業地帯で使える設備を発見しました」

竜一の部下である元陸自の田村が、汚れた作業着の労働者たちを連れてやってきた。労働者の大半は戦後に移住してきた外国人労働者とその家族だった。全員の腕には労働許可証のICチップが埋め込まれている。

「稼働率は?」竜一が問う。

「戦前の工場の4割程度ですが、復興事業には十分対応できます」田村の報告は簡潔だった。

竜一は頷いた。現在の人口約2,800万人。戦争直後は食料不足と放射能汚染で1,200万人まで激減したが、国際援助と移民受け入れ政策で、なんとか持ち直した。

しかし問題は深刻だった。復興労働力の6割が外国人労働者に依存し、出生率は1.1を下回っていた。高齢化率は45%に達し、インフラ維持すら困難な状況だった。

「田村、わかるか?」竜一は瓦礫に腰を下ろした。「1930年代のアメリカを知っているか?大恐慌で失業者1,300万人、ニューディール政策でも完全回復はできなかった。だが1941年から45年の戦争で一気に世界最強の経済大国に変貌した」

田村は黙って聞いていた。部長の持論の時間だと理解していた。

「ナチスドイツはもっと面白い。1933年、失業者600万人の破綻国家から、6年間で全ヨーロッパと戦える工業国になった。秘密は略奪経済だ。メフォ手形で隠れ借金を作り、占領地から資源を奪い、奴隷労働で富を蓄積した」竜一の声は低く、しかし確信に満ちていた。

「連中の失敗は何だと思う?」

田村は首を振った。

「略奪を止めたことだ」竜一は立ち上がり、朝鮮半島の方角を指差した。「要するに略奪者になり、略奪者で居続ければ良いんだよ。ローマ帝国、大英帝国、現在のアメリカ。全て同じ構造だ。止めた瞬間に滅びる」

「韓国を見ろ。分断国家でありながら、今では我々より遥かに豊かだ。違いは何だ?」

「造船業と半導体産業への集中投資…」田村が答えた。

「半分正解だ」竜一の目に危険な光が宿った。「だがその根底にあるのは、常に北朝鮮という脅威だ。軍事技術への投資が民生転用され、危機感が国民を団結させ、競争力を生んだ。我々には敵がいない。だから堕落した」

田村は懸念を示した。「しかし現在の国際法では…」

「国際法など、強国が弱国を支配するための道具だ」竜一は吐き捨てるように言った。「アメリカは中東で何度戦争をした?中国は南シナ海で何をしている?ロシアはウクライナで何をした?法など、力がある者が作るものだ」

2087年11月の記憶

あの夜のことを、竜一は忘れることができない。妻の美香が暴徒に襲われた夜。犯人は戦後の混乱に乗じた外国人略奪者たちだった。当時の警察は「人権への配慮」と「国際世論」を理由に、外国人犯罪者を軽い処分で済ませることが多かった。美香を襲った3人の外国人も、証拠不十分として不起訴になった。

美香は2週間の昏睡状態の後、「竜一…この国を…」という言葉を最後に息を引き取った。

その時から竜一の世界観は変わった。復興庁を退職し、排外主義政党「日本再興党」に参加した。戦後は地域自警団を組織し、外国人犯罪者への私的制裁を指揮した。12年間で彼が直接手を下した事件は7件。その全てを正当防衛として処理させた。

現在

「部長」田村が緊張した声で報告した。「警察庁から内偵調査の通達が届いています。我々の『自警活動』について暴力団対策法違反の疑いで捜査が始まる可能性が…」

竜一は薄笑いを浮かべた。12年ぶりに見せる、本物の笑顔だった。

「ちょうどいい。向こうが動けば動くほど、国民の関心が高まる。メディアをうまく使えば、我々が被害者になれる」

彼は机の引き出しから拳銃を取り出した。これは美香の形見品だった。護身用として彼女が隠し持っていたものだ。

「田村、『自警団』の規模を拡大しろ。目標は全国展開、そして政治団体としての法人格取得だ」

「しかし暴力団対策法に抵触する可能性が…」

「暴力団?」竜一は嘲笑した。「我々は愛国者だ。この国を外国人犯罪者から守る自衛組織だ。既得権益に守られた官僚どもこそが、真の国賊なのだ」

窓の外で、サイレンが響いた。また別の外国人労働者居住区で何かが起きたのだろう。

竜一は空を見上げた。雲の切れ間から、弱々しい夕日が差し込んでいる。

「美香…」竜一は小さく呟いた。「お前の分まで生きて、この国を取り戻してみせる。たとえ汚い手を使ってでも」

2099年3月18日 東京復興特区、新宿地区 午後4時15分

戦後復興から12年。混乱、絶望、そして歪んだ希望。

日本再興党による新たな社会実験が、静かに始まろうとしていた。

今度こそ、二度と敗北しない国を作るために。

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