03:断罪劇
ジュリアスの放った「偽りの聖女」という言葉が、刃となって謁見の間の空気を切り裂いた。
マリアンヌへの疑念はもはや確定された事実として、その場にいるすべての者に受け入れられたようだった。重臣たちは侮蔑と憐れみの入り混じった視線をマリアンヌに向け、王と王妃はただ冷ややかに玉座からこの茶番を見下ろしている。
(偽り……)
マリアンヌの心の中で、その言葉が木霊する。この身を削り、魂をすり減らして捧げてきた祈りの日々。そのすべてが、偽りだったと断じられたのだ。
この好機を、妹のアニエスが見逃すはずもなかった。
これまでの悲劇のヒロイン然とした仮面をかなぐり捨て、隠しきれない優越感に唇を歪ませながら一歩前に出た。その瞳は、もはや姉を憐れむ色さえ浮かべてはいなかった。勝者が敗者を見下ろす、残酷な喜びに満ちている。
「ああ、お姉様……! やはり、こうなる運命でしたのね」
その声は蜜のように甘いが、明らかな毒を含んでいた。
「傍流の、しがない伯爵家の血を引くお姉様には、聖女の務めは荷が重かったのですわ。この国の未来を護る大任は、本流たる侯爵家の血を受け継ぐわたくしこそが担うべきだったのです!」
それは、アニエスがずっと抱き続けてきた歪んだ渇望の叫びだった。聖女の血が母方に宿っているかもしれないとは、露ほども考えない。彼女にとって重要なのは、自分が本流で、姉が傍流であるという事実だけ。それこそが、自らの正当性を証明する唯一の根拠なのだ。
アニエスの勝利宣言に、場の空気は完全に固まった。皆の視線が、最後に残された裁定者――一家の長であるガルニエ侯爵へと注がれる。彼が娘を庇うのか、それとも見捨てるのか。マリアンヌの心の片隅に、針の先ほどの淡い期待が生まれたが、それは父の次の一言で無残に砕け散った。
侯爵は、初めてまともにマリアンヌの顔を見た。だが、その目に親子の情など欠片も宿ってはいない。価値が暴落した資産を前に、どう処分すべきか思案するような、冷え切った眼差しだ。
「……フン。お前の母親の血も、この代で終わりか」
吐き捨てるような声だった。
「我がガルニエ家に何の益ももたらさぬとは、期待外れも甚だしい」
ああ、やはり。
マリアンヌの心に、最後のひびが入った。
私はただ、聖女の力をこの家に繋ぎ止めるための「資産」でしかなかったのだ。その価値がなくなった今、父親にとって自分は、もはや何の関心を引く対象ですらない。
ジュリアスの断罪よりも、父から告げられたこの事実の方が、よほど深くマリアンヌの心を傷つけた。
ガルニエ家からの完全な後押しを得て、ジュリアスは最後の宣告を下すためにマリアンヌの前へと歩みを進めた。彼はまるで舞台役者のように、その場にいる全員に聞こえるよう、高らかに声を張り上げた。
「ガルニエ侯爵令嬢、マリアンヌ!」
その声に、マリアンヌはびくりと肩を震わせる。
「偽りの聖女であるお前との婚約は、ただ今をもって破棄する! 我が妃として、そして未来の国母として、お前のような欠陥品はふさわしくない!」
その瞬間、マリアンヌの世界から完全に音が消えた。
ジュリアスの得意満面な顔も、アニエスの恍惚とした表情も、父の冷たい目も、すべてが歪んで遠ざかっていく。涙すらもう出なかった。心が空っぽになり、冷たい虚無の底へとどこまでも沈んでいく。
(これまで耐えてきたすべては、この瞬間のためにあったの? こんな結末を迎えるために、私は祈り続けてきたの……?)
断罪劇は、終わった。
ジュリアスは満足げにマリアンヌに背を向け、アニエスは勝ち誇ったように胸を張る。父は娘に一瞥もくれず、すでに国王との次の謁見の話でも考えているかのようだ。
すべてを失った。
マリアンヌの身体から力が抜け、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちそうになった、まさにその時だった。
謁見の間の後方から、場違いなほど落ち着いた、凛としてよく通る声が響いた。
「――その婚約破棄、成立ということでよろしいですね?」
その言葉は、ジュリアスの決定を覆そうとするものではない。今しがた起きた断罪劇を確認するだけのもの。
謁見の間の誰もが、その意図を図りかねた。
全員の視線が、声の主へと一斉に向けられる。
そこには、陽光のような金の髪を持つ、見慣れぬ美貌の青年が一人、静かに立っていた。
森の若葉を思わせる緑の瞳は、マリアンヌだけを映していた。
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