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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

試しのとき

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふーむ、電子書籍は確かに便利だな。

 漫画雑誌とかも、以前はお目当ての漫画のために雑誌そのものを買っていたが、今はそのお目当ての漫画だけを購入し、スマホなりで見ることが可能だ。手間もお金もなかなかお手軽といえる。

 我々、すでに生活の多くでスマホに頼っているし、これが存在しない世界がほんの最近まで主流だったなんて、若い子たちは信じられんし想像しづらいだろうなあ。

 確かに便利ではあるが、人間の「種」としての衰えを不安視する声も聞く。個人的には不安に思う心も理解できなくもない。


 甘やかされた環境では、甘い果実は育たない。

 農業従事者である友人から、以前に聞いた言葉だ。種は生きるために最低限のエネルギーで済ませようとするから、ストレスを与えて生存のハードルをあげ、危機感を覚えさせると甘味を増すのだという。

 人間などの生き物も同じで、ヘイヘイボンボーンとして生きていけるぬるま湯なら、みんなふやけるほどに衰える。厳しい環境に置かれ、生き続けたものとは技量も精神も雲泥の差が生まれるのは、いうまでもない。

 神様が試練をくださるのが、このポテンシャルを見たいがためだとしたら、ほんと神様は人間が好きなのだなあと思うよ。その気になれば、指先ひとつでポンと消せちゃうだろうにさ。

 そのせいか、ときどき私たちは試されるときがある。

 選ばれない大多数にいる間はいいが、もしもランダムで選ばれた場合に、君は乗り切る自信があるか?

 ひとつ、わたしが「選ばれた」らしいときの話、聞いてみないか?


 それは子供時代の休みの昼のことだった。

 当時、流行り始めたテレビに夢中なテレビっ子のひとりだった私。たいした娯楽が家にないのも手伝って、時間が開けば液晶の映し出す画像へ夢中になっていた。

 もっと本や新聞を読みなさい、と注意されたことだって一度や二度じゃない。新しめの文化は、いつだって昔ながらの文化と衝突するものだ。


 人によっては人生のすべてを、「昔ながら」と一緒に過ごしてきている。その積み重ねをぽっと出のルーキーごときに軽んじられ、おとしめられるとなればカチンとも来るだろう。

 テレビもまた、疎ましがられるルーキー。ただ床やソファにごろんと横になって何時間も時間をつぶせる。どんだけ有益になりえる時間をドブに捨てているんだ、とも思えるだろうさ。

 それでも楽しいから見ているわけだし、文句言われる筋合いもないが、ひとつのチャンネルがずっと面白い番組ばかり流してくれるとは限らない。いささか退屈な時間に差し掛かり、チャンネル変えようとリモコンへ手を伸ばしたのだが。


 変わらない。

 いくらグッグッとボタンを押しこんでも、リモコンを向けたテレビが反応しない。軽く叩いてみたり、中の電池の接触を確かめたりしてもおんなじだ。

 やむなくテレビ本体のつまみでチャンネルを回すも、それにしたって反応がにぶい。三つチャンネルを回しきるのに、その10倍の回数はいじることになった。

 なんか、やたら調子悪いなと思ったものの、それは何もリモコンやテレビ本体ばかりのことではないことに、私は気づいた。

 家電製品もろもろが反応しない。あるいは大変に反応が鈍いということに。しかも、私が扱おうとするときに限って、だ。

 電子レンジ、ガスコンロ、電灯はもちろん、電話まで通じなくなるとは想定外だった。コンセントにつないで用を足すものは、私の干渉をことごとく受け付けなくなっていく。


 ちょうど、ほかの家族が家にいない時間だった。まともな相談相手はいない。

 どうやら触れると、元から電源の入っているものさえ強制的にオフされてしまうらしいことも分かった。テレビを見ていたときより、急激に悪化している。

 死活問題になるだろう、冷蔵庫など重要なものに触れるわけにはいかない。そもそも家の中にいて家電をことごとくおじゃんにする事態になれば、私の貯金がマイナスへ振り切れる恐れだってある。

 やむなく、蛇口から出す水をたんまり水筒へ入れると、私は家を閉め切って外出した。他の家族が帰ってきて、ことの説明ができるまで余計な被害を出すわけにはいかない。

 とはいえ、外は夏真っ盛りの炎天下。遮蔽物のないカンカン照りはもちろんのこと、木陰や建物の影などへ逃げ込んでも、むわっと包み込んでくる湿気を帯びた空気に、たちまち汗が噴き出してきてしまう。

 その不快感たるや、待機より退避を選ばせるに十分。私は逃げ場を求めて求めて、それでも屋外では落ち着けず。とうとう屋内を解禁せざるを得なくなった。


 今いるところの最寄りは、やや大きめの本屋だ。冷房もガンガンに効いている。

 問題は私がどこかしらの電気の経路へ触れることにより、本屋の経営に影響を及ぼしてしまうことだった。ボタンへじかに触れずとも、コードやケーブルの類に接することで、その電力供給を絶ってしまうらしいのは、すでに学習済みだったからだ。

 周囲にある大小の電気の通り道を、分かる範囲で確かめながら、そろりそろりと店の中へ入っていく私。

 家族が帰ってくるまで、早ければあと30分ほど。それまでエアコンの冷風吹き出る口の真下あたりにとどまって、ひたすら涼む怪しい子供になろう……などと考えていた矢先。


 いざとどまろうとした噴出口の数メートル先。バックヤードにつながる扉の向こうから、大きな悲鳴が聞こえてきたから、飛び上がりそうになった。

 店内にいたのはレジを担当している二名の店員をのぞくと、片手の指で事足りるほどの客しかいなかったな。その全員がドアへ一斉に顔を向けたから、聞き違いという線はない。

 そうこうしているうちに、今度はドア越しに何かが焼け焦げた香りが漂い始める。いつぞや七輪でサンマを焦がしたときとは違う、金属的な嫌な香りがふんだんに混じっていた。

 店員さんのひとりがレジから抜けようとしていたが、それより先に私が動いてしまう。思わず後ずさった私は、行きには慎重にまたいだ床のコードを、今度はもろに踏みつけてしまい。

 店はエアコンが切れるばかりか、明かりもすっかり落ちる大惨事となった。明るさに慣れていたこともあって、周囲がいっぺんにざわつくのを感じる。けれども私は、その中で真っ先に目を奪われるものに出くわした。


 そいつはくだんの、バックヤードのドアから出てきた。

 ご丁寧にノブをひねって、ではない。ドアをじゅっといっぺんに焼き切って、内から飛び出してきたんだ。

 その輝きは、今でもよく覚えている。「紫電」という言葉を絵に描くことができただろう、という静電気によく似た音を散らしながら、赤と青を絶妙に調和させた色合いで、そいつは浮かんでいた。

 そして、丸かった。球電、いわゆるボール・ライトニングというやつか。

 大きさは野球ボールほどだったが、その光に照らされる雑誌たちは火を出す暇さえなく、表紙を黒く焦がしていった。


 やばい! と子供心に感じるのと、その球電が私めがけて突っ込んでくるのは、ほぼ同時だった。

 バッティングセンターで見る、どんな球よりも速かったよ。避けることなど思いもよらず、私はとっさに両腕を突き出すほかなかった。

 もし話に聞いていた球電現象であったなら、私はすでにあの時、この世のものではなくなっていたはずだ。が、両掌へ沸騰したヤカンを押しあてられたかのような熱を受けると同時に、球電はぱっと消えてしまったんだ。

 店の電気が、冷房が、また一斉によみがえる。私がコードを踏んづけるより前の状態と同じように。

 けれども焦げた雑誌、ドアに開いた穴の痕、その奥より立ち上る悪臭はまぎれもなく存在していて。私はことがでかくならないうちにその場を抜け出したんだ。

 そのあとの詳細は知らないが、本屋はしばらく休業状態になってしまったよ。で、家に帰った私は自分の体がもう、電気へ悪影響を及ぼさないものへ戻っているのを実感できたんだ。


 もし、あのとき私以外の者が、球電へ触れていたらどうなっていたか? おそらくはバックヤードの裏から響いた悲鳴の主のようなことになっていたのだろう。

 電気を絶てる身だった私だからこそ、ああして抑え込むことができた。いや、本当に抑え込めるのかどうか。

 その可能性の「試し」を課すために、あのときの私は選ばれ、導かれたのかもしれない。

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