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高校不合格もボクの日常

作者: さくらぎ舞

「残念だけど、不合格だった。」

中学の担任は、言葉を選ぶように、でも短く、そう伝えた。予想していたことだった。聞いても驚かなかった。ただ、握っていた拳をギュッと握った。


「不合格」は比呂にとって初めてじゃなかった。多分、ピアノコンクールの予選でも、経験していた。本選に進めない事実を普通に受け止める経験を。


今回の高校受験失敗は、予想していたことだ。比呂は試験当日で、それを”知った”。あとで聞けば、母親は試験が終わった比呂の表情を見て「ダメかもしれない」と覚悟したようだ。顔面蒼白で、その日の寒さからくるものではないことを母親はさとったに違いない。


担任はわざわざ、一人呼び出して別室で不合格を告げた。確かに、皆の前でさりげなく伝えるのは難しい。わかっていたけど、呼び出された時点で比呂の不合格は知られることになった。


担任はクラスの誰かに比呂の帰り支度をさせた。発熱で早退する生徒のために支度をさせるように、その同じ方法で比呂は帰ることになった。段取りが良すぎてありがたいのか、どうなのかわからない。でも、担任の精一杯の優しさだと思って、そのまま受け入れた。


自宅に帰ると、母親が待っていた。そのとき、何をどういわれたのか覚えていない。学校からの20分ほどの帰り道では、人目もあるだろうし、涙は見せなかった。それがよかったのか、だいぶ気持ちが落ち着いていた。だから、母親は比呂の泣き顔を見ていない、と思う。


自分の部屋に入ると、学校からだろうか、電話が鳴った。母親の話し方からすると、友だちの親か誰かだろう。慰めの言葉をもらったいる。おせっかいな親だなと内心、気持ちのよいものではなかったが、それも人の優しさだと受け入れることにした。


落ちたのは当人、自分なのに、なんだか他人事みたいな感じだ。試験当日、筆記試験も、後日の面接も、多分、散々だった。きっと、高校の先生は「よく、これでわが校を受けたよな」と笑っているかもしれない。いっそのこそ、思い切りけなされたほうがよかった。優しい言葉をかけられるより、笑われたほうが、悔しさも自然にわく。本当は泣きたいんだよ、思いきり。馬鹿だなあ、自分って、パンチくらわせたやりたい。


公立進学校へ行くのは、もう無理だ。大学と違って浪人する奴なんていないだろう。いれば、そいつは5%の変人だ。でも、尊敬に値する。


比呂にはそこまで、その学校に行きたいという気持ちがなかったから、引き出しにしまっておいた私立併願校のパンフレットをパラパラめくっていた。留学の制度もあるようだ。うちにそんな金あるかよ。公立いくのが、家計にとっても大事な使命だったのに、見事に打ち砕いたのが、この自分だ。

「あ~~」

比呂は力のないため息を天井に向かってふっかけてみた。


いっそのこと、5%の変人説にならって、浪人してみようか。でも、そのために塾に通って一年下の奴らよりイイ成績で合格まで走れるかといえば、比呂にそんな勇気はなかった。何かを掛けるほどでのことでもない。


「でも、やっぱり、うちは大変になるよな。父さんは、病気がちだし。」


母親に申し訳ないというより、実際は父親に対してすまない気持ちだ。父さんは比呂が中学1年のときに胃潰瘍の手術をした。実際はガンだったのではないかと、思う。母親は思春期の子どもに告げるのをためらったのだろう。比呂も本当のことを聞こうとしなかった。もちろん内心は、不安だった。なんとなく哀しみを抱えているー。思春期をみずから演じているような、そんな日々を過ごしていた。


それでも中学1年では、学年1位をとり、人から「すごいねえ」と言われ、父親も喜んだ。このとき、ほどほどにがんばる、その程度に留めておけば、プレッシャーを感じることなく、2年生に向かえただろう。でも中2で、比呂は見事に勉強から解放される自分を知ることになった。


恋もした。隣の席になった女子と、授業中にこそこそとおしゃべりするのが楽しみになった。給食中に冗談を言い合っては吹き出しそうになるのをこらえて牛乳を注ぎ込む、そんなことが幸せに感じた。流されるままに生きていること、自分の感覚で楽しめている時間を愛おしく思った。


中2では生徒会の役員にも立候補した。中3の先輩が生徒会長になったのだが、比呂を執行部に誘ってくれたのはバスケット部の先輩だった。後期の生徒会は、文化祭や体育祭などのほか、多くの仕事を任され、比呂は先輩たちと一緒に遅くまで準備や話し合いに明け暮れた。勉強なんてそっちのけ。19時を過ぎる日もあり、遅い帰宅に母親は学校に電話を入れたこともあった。


中3になっても生徒会役員となった。同じ日々が始まったから、母親から怒られることも多くなった。自宅に帰って机に向かっても、特に部活が終了となったあとは、特に集中力が切れた。体を動かしているわけではないのに眠くなる。疲れているわけではないのに、何に対しても身が入らない。友達や周囲の雰囲気に流されるまま、学校生活はそれなりに楽しんでいたが、何か虚しさを抱えたまま、受験当日を迎えてしまった。


そんなことを振り返っても、しょうがない。後悔はしていない。もっと勉強していれば、と思うこともなかった。勉強していなかったし、していなかったから落ちたのだし、ただ、していたら受かっていたか、といえば、それも自信がない。こんなに勉強が楽しく感じられなくなる自分を想像していなかった。


あのとき、何をどうしたかったのだろう、もっと中学を楽しめたんじゃないかと思う気持ちが、未来の大人になってからふつふつと湧き上がるのだろうか。


青春とは、過去がどうだとか、未来がどうだとか、すべてが漠然としている気がする。霧のなかで、もごもごしている感じだ。霧が晴れたら「あのときは、なんとなくだけど、楽しかった」とか「もっとあのときこうすればなあ」なんて、思い出すのだろうか。


比呂にとっては、ときどきの感情を押し殺したり解消したりすることなく、ただ、流れるまま生きていたい、ただただ、楽しくいたい、それだけだった。少なくとも、今は。


そう思う理由は、比呂のささやかな思い出があったからかもしれない。父親が病気をしないで、そのままの明るさでいてくれた、あの時期に還りたいだけだった。それが、できないってことは、比呂はわかっていた。でも、やっぱりお父さんが好きだ。


家のなかの空気がすうっと動いた。父親が帰ってきたのだろう。母親がどういったのかわからない。夕飯は多分、いつも通りの時間、いつもどおりの食卓だろう。父さんからは何の言葉もなくても、いいんだ。


「父さん、ごめん、たぶん、おれ、大丈夫だから」


夕飯のとき、そういったかどうかはわからない。わからないといえば、すべて済むとは思ってないけど。


でもね、ボクはまだ、わからないんだー。


部屋に戻って、すっかり暗くなった外を眺めながら静かにカーテンを閉めた。夕暮れの部屋に差し込んでいた弱い光はすでにない。ただ、春陽の香りをほんのり残してくれている。夜はできたら、すぐそこの瓦屋根に落ちる雨音を聞いて眠りたい。

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