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怠惰哲学者の魔法革命  作者: Ki no Sora
第3章 『魔法OS大型アップデートと混乱の時代』
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3-6 殿下の内面的変化——責任と自覚の芽生え

 深夜、王宮の最も高い塔のバルコニーで、殿下はひとり静かに夜空を見上げていた。


 眼下には、混乱の名残がまだ微かに残る王都アルカディアの灯りが広がっている。数日前の混乱で照明が消えてしまった地区には、今なお灯りが完全には戻っておらず、暗い影が点在していた。


「僕が一言口にしただけで、こんなことになるなんて……」


 殿下は小さな声で呟き、バルコニーの石の手すりにそっと指を触れた。その冷たい感触が、今の自分の気持ちを表しているようだった。彼は軽く息を吐きながら、何かを整理するように目を閉じた。


 脳裏に浮かんでくるのは、この数日間の騒ぎの光景だった。市場で混乱する市民の姿、医療施設で懸命に治療を続ける医師たち、必死で事態を収拾しようと駆け回るクラリッサとリリアーナ。


 *どうして僕の行動が、これほどまでに影響を与えてしまったのだろう?*


 これまでは「面倒くさい」という言葉で自分の感情や責任を誤魔化してきた。しかし、その言葉が今はあまりに軽く感じられた。


 目を開け、再び都市を見下ろした時、殿下は市場地区の一角に建てられた小さな仮設テントに気づいた。それは被害に遭った人々のために設置された応急支援所だった。テントの周りには深夜にも関わらず人が集まり、灯りが揺れている。


 彼の胸に、今まで感じたことのない重みが生まれた。


「……僕は、思っていた以上に大きな力を持ってしまっているのか」


 それは殿下にとって初めての気づきだった。これまで、どこか他人事のように眺めていた社会が、自分の意思や判断によって直接影響を受けるという事実。その現実は静かに、しかし確かに彼の内面に浸透し始めていた。




 殿下はバルコニーの手すりにそっと手を置き、その冷たい感触を静かに味わった。その指先には、ほんの微かな青い光が浮かび上がり、すぐに消えた。それは彼だけに見える、不可解な現象だった。


 彼の頭の中に再び曖昧な記憶の断片がよぎった。はっきりとは思い出せないが、どこか別の場所で、似たような冷たい空気を感じたことがある気がする。彼の耳には遠い声が響いた。


 ――『これは最適な結果だ』『もっと効率的に、もっと合理的に』


 その声は殿下自身のものにも聞こえたが、どこか別の存在のようでもあった。殿下は静かに首を振り、その奇妙な感覚を打ち消した。


「僕は……何を知っているんだろう」


 彼は再び都市を見下ろした。医療施設の灯りは深夜を過ぎても消えていない。治療魔法の影響を受けた患者たちのため、医師や魔法士たちは今なお必死に働いているのだろう。


 彼の目は今度は王宮内の別の塔に移った。窓から漏れる明かりの下では、クラリッサが軍事作戦の最終的な修正をしているのが見えた。別の窓にはリリアーナの姿があり、新しい教育計画の書類を山積みにしているのだろう。


 *みんな必死に動いている。僕の起こしたこの騒ぎを収拾するために……*


 これまで「面倒くさい」という言葉で責任から目をそらしてきたが、今はその言葉では彼自身が納得できなくなっていた。


 殿下は自分の手を見つめた。そこにはもう青い光はなかったが、その感覚はまだ微かに残っていた。


 *僕には、他人には見えない何かがある。でも、それが何であろうと、僕にできることをやらなければ意味がない。力を持つということは、そういうことなんだろうな……*


 彼の表情は真剣で、青い瞳にはこれまでとは違った強い決意が宿り始めていた。




 殿下はゆっくりとバルコニーの手すりから離れ、冷え込んだ風を背に感じながら自室へ戻ろうと足を踏み出した。しかし一歩踏み出したところで立ち止まり、再び夜空を見上げた。


「僕一人では何もできないかもしれない。でも、クラリッサやリリアーナ、ロザリンドやみんながいる……」


 殿下の口元には小さな微笑みが浮かび、それはいつもの気だるげなものとは違い、穏やかで温かなものだった。彼は再び歩き始めた。ゆっくりとしたその足取りには、自覚したばかりの責任の重みと共に、微かな安心感があった。


 自室への廊下を歩く中、殿下は珍しく明日の計画を心の中で整理していた。軍事戦略と教育政策、それぞれの案をさらに調整し、円滑な導入のための指示を出す必要がある。これまでは「面倒くさい」で済ませてきたようなことを、今は冷静に受け入れている自分に驚いていた。


「やっぱり避けられないなら、少しは真面目にやってみるのも悪くないかな……」


 殿下の言葉は廊下の静寂に吸い込まれ、誰の耳にも届かなかったが、その声には以前とは違う、落ち着いた響きが宿っていた。


 部屋に戻り、ベッドに腰掛けた殿下は、壁に映る月の光を見つめながら静かに微笑んだ。


 その夜が明ければ、王国はまた新たな一日を迎える。

  彼自身もまた、新しい自分へと踏み出しつつあった。

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