表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怠惰哲学者の魔法革命  作者: Ki no Sora
第3章 『魔法OS大型アップデートと混乱の時代』
13/45

3-1 魔法OSアップデートと予期せぬ波紋

 朝の光が七層建築の高窓から差し込み、王宮大広間の床に刻まれた複雑な魔法紋様を青白く輝かせていた。第六層「統治層」に位置するこの厳かな儀式の間には、王族、貴族、魔法使い団、市民代表、そして王国の重要事項を記録する筆記官たち約500名が緊張感に包まれて集っていた。


 壁に沿って並ぶ古代の英雄たちの肖像画は、まるで今日の発表を見守るかのように厳かな視線を向けている。大理石の柱の間からは、魔法の微風が流れ、香木の清々しい香りが広間全体に漂っていた。


 ヴィクター国王は玉座に深く腰掛け、背筋を伸ばした威厳ある姿勢で、短いが力強い挨拶を終えた。国王の声は低く堂々としていたが、その瞳の奥には微かな緊張と苛立ちが隠れていた。


「我が王国はこれより新たな局面を迎える。その第一歩を告げるのは、我が息子であり、王位継承者であるユリウスだ」


 言葉を切ると同時に、玉座の間の大扉が開かれるはずだった。しかし、扉は重々しく閉ざされたまま、広間を沈黙が支配した。観衆は固唾を呑んで見守り、貴族たちは視線を交わし合い、沈黙の理由を探るようにざわめき始めた。


 数秒後、ようやくゆっくりと扉が開き始める。開いた扉の先には、明らかに遅刻をした様子のユリウス殿下が、気だるそうな表情を浮かべて立っていた。


「お、遅れてすみません」


 殿下はまるで寝坊したかのような表情で壇上に上がる。その銀灰色の髪は明らかに整えられておらず、服装も王族の公式行事にしては不釣り合いなほど簡素なものだった。王宮の厳格な服装係が何度も頭を抱えたことは想像に難くない。


 観衆の中でも特に目立ったのは、高齢の貴族であるドミニク貴族院議長の厳格な表情と、その対極にある若手魔法使いたちの期待に満ちた眼差しだった。ドミニク議長は杖を固く握り、殿下の一挙手一投足を批判的に見つめている。一方、マークス産業長官は前のめりになって座り、殿下の言葉を聞き逃すまいという熱心さだった。


 殿下はあくびを抑えきれず、壇上で大きく口を開けると、半ば閉じた目で広間を見渡した。


「おはようございます。今日は魔法OSのアップデートについて話します」


 その言葉に広間が一瞬静まり返った。「OS」という聞き慣れない言葉に、多くの人々が困惑の表情を浮かべる。


「現在のシステムは効率が悪すぎるので、v2.0にアップデートします」殿下は簡潔に続けた。「今までの魔法体系は古くて複雑すぎるから、もっとシンプルで使いやすくします。詳しいことは面倒くさいので、後で資料を配ります」


 殿下の言葉は、投げやりで無責任に聞こえた。しかし、その瞳の奥では別の思考が働いていた。


 *あぁ、面倒くさい……でも、これは避けられない。旧式の魔法体系は無駄が多すぎて、効率的じゃない。だけど、急激な変化はもっと面倒な混乱を生むだろうな。*

 *それでも、魔法をもっと多くの人が自由に使えるようになれば、結果的には社会の面倒は減る。面倒だけど、やるしかないか。*


 殿下の短い発表が終わるとすぐに、広間は混乱に包まれた。ドミニク議長が真っ先に立ち上がり、杖を床に叩きつけた。打撃音が魔法的に増幅され、広間に轟いた。


「何を言っているんだ!?何世紀も続いた伝統を勝手に変えるなど許されない!これは王国の基盤を揺るがす暴挙だ!」その声は怒りに震えていた。「先人たちの知恵の結晶である現行の魔法体系を、一朝一夕に変えれば、王国は混乱に陥る!」


 それに対して、マークス産業長官は熱烈な拍手を送りながら立ち上がった。その若々しい顔には興奮の色が浮かんでいた。


「素晴らしい提案です!魔法の効率化は我々の産業に革命をもたらすでしょう。殿下の先見の明に敬意を表します!」彼の周りにいた若手魔法使いや商人たちも同調するように頷いていた。


 広間は瞬く間に二つの陣営に分かれた。「伝統を守れ!」という怒号と「革新を支持する!」という声が入り混じり、厳粛な儀式の間は怒りと興奮の坩堝と化した。


 貴族たちの間では「OS?v2.0?」という困惑の声が広がる一方、若手魔法使いたちの間からは「革命だ!」という興奮の声が上がった。老練な魔導士たちは顔をしかめ、「これは危険な賭けだ」と警告の言葉を交わしていた。


 この混乱の中、殿下の両脇に控えていたクラリッサとリリアーナの対照的な反応が鮮明だった。


 クラリッサは軍人特有の鋭い目で広間を素早く分析し、すでに動き始めていた。彼女は低い声で部下たちに的確な指示を出していた。


「第一部隊は南出口を、第二部隊は貴族席周辺を警備。暴力的な衝突の兆候があればすぐに介入せよ」彼女の声には緊迫感が宿り、身体全体が危機に対応する準備を整えていた。


 クラリッサの内心は混乱していた。*殿下はなぜこんな重大な変革をこんな簡単に発表されるのか…。秩序の維持が最優先事項だが、殿下の真意は何なのだろう?*


 一方、リリアーナは殿下の短い発表の意味を即座に理解したかのように目を輝かせ、すでに資料を手に広間内を飛び回っていた。彼女は熱心に魔法OSの利点を説明しようと、困惑した貴族や市民代表たちに声をかけていた。


「これは魔法の民主化の第一歩なんです!」リリアーナの声は情熱に満ちていた。「新しいシステムでは、誰もがより簡単に魔法を学び、使えるようになります。これまで複雑すぎて習得に何年もかかっていた魔法が、より多くの市民の手に届くようになるのです!」


 彼女の熱意は伝染的だったが、伝統派の貴族たちの冷たい視線に阻まれることも多かった。*もっと丁寧に説明すべきだったわ。でも、これは正しい道。殿下の発想は王国を救うはず…!*


 二人の対照的なアプローチ—秩序維持と情報伝達—は、皮肉にも混乱に拍車をかけていた。クラリッサの兵士たちが配置につく動きは緊張感を高め、リリアーナの熱心な説明は議論をさらに活発化させていた。


 その混乱の中心にいたはずの殿下は、すでに人々の注目から外れつつあった。彼は壇上から降り、誰にも気づかれないように後方へと移動していた。


「あぁ、厄介なことになったな……」

 殿下は小さく呟いた。表情は気だるげだったが、その瞳には真剣な色が宿っていた。視線を再び広間へ向けると、すでに混乱と議論が渦巻いていた。

「まあ、避けては通れないけど」

 彼は自分自身に言い聞かせるように、小さくそう付け加えた。


 その言葉に込められた決意に気づいたのは、ロザリンド顧問ただ一人だった。

 彼女の「魔法視」に映る殿下の周囲には、通常の魔力とは異なる、青いコードのような光が渦巻いていた。


 *「面倒」などと口では言いつつ、本質は誰よりも正確に見抜いておられる。この騒動は、彼のもたらす変化のほんの序章に過ぎぬ。いよいよ、古い魔法の枠組みが揺らぎ始めるかもしれんな……*


 ロザリンドは微かに微笑み、広間の騒然とした様子を静かに見守り続けた。


 そうして、王国の未来を左右するアップデートの発表は、主役不在のまま混沌の渦に巻き込まれていった。殿下が投げた小石は、王国全体を揺るがす大波となって広がり始めたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ