1-1 スキル授与儀式での異常発生
アルジェント王国の中心に位置する王都アルカディア。七層構造を持つこの魔法都市の最上層、王宮の大儀式ホールには、厳かな沈黙が満ちていた。
天井に埋め込まれた七色の魔力結晶から降り注ぐ光は、床面に描かれた複雑な古代魔法円陣を照らし、幾重にも重なる輝きの層を生み出していた。円陣の中央には、銀灰色の髪と深い青の瞳を持つ少年が立っていた—アルジェント王家第26代国王ヴィクター・フォン・アルジェントの息子にして、王位継承者、5歳のユリウス殿下である。
「スキル授与儀式」—この儀式は王家500年の歴史の中で、継承者の資質と未来の王としての力を決定づける最も重要な通過儀礼とされていた。王国の貴族たちは、息を潜めてその瞬間を見守っていた。
「先代の儀式では『炎の守護者』の称号が与えられたそうだ」
「殿下にはどんな力が宿るのか...」
「王国の未来を占う瞬間だ」
貴族たちの囁きが大ホールの隅々まで広がる中、異様なのはその中心にいる当の殿下の様子だった。5歳の子どもとは思えないほど、静かに整然と立っている。周囲の大人たちが緊張に顔を強ばらせる中、ユリウス殿下は少し退屈そうな表情を浮かべていた。
「殿下、これは王家の未来を決める大切な儀式です」侍従長が小さな声で諭した。「どうか心を落ち着け、厳かに臨まれますよう」
ユリウス殿下はわずかに目を細めただけで、特に返事はしなかった。ただ、王族らしい気品を湛えた姿勢を保ったまま、儀式の始まりを待っていた。
王国の歴史の中で過去25回行われてきたこの儀式—どの継承者も緊張や興奮、あるいは恐れを示したという。しかし、ユリウス殿下の表情には、そのようなものは微塵も見られなかった。まるでこの場にいながら、どこか遠くを見ているかのように。
父王ヴィクターが威厳に満ちた声で儀式の開始を告げ、王宮魔法顧問ロザリンド・エルダーウィズダムが魔法円陣の外周へと歩み出た。78歳の老齢ながらも、その背筋は真っ直ぐで、眼差しは鋭かった。「魔法視」の異名を持つ彼女は、他の魔法使いには見えない魔力の流れを直接視認できる稀有な才能の持ち主だった。
ロザリンドは目を閉じ、古代語で詠唱を始めた。
「エストゥリア・マグヌス・ポテンティア・レヴェラーレ...」
彼女の声は柔らかく温かみがあったが、同時に権威と知性が滲み出ていた。「継承者の中に眠る真の才能よ、今こそ姿を現せ...」
詠唱が進むにつれ、床の魔法陣が淡い紫色に輝き始めた。これは儀式の通常の過程だった。紫の光は次第に強さを増していくはずだった。
しかし、その時だった。
魔法陣の光が突然、鮮やかな青色へと変化した。
ロザリンドの詠唱が一瞬途切れ、ホール内に驚きの声が漏れた。しかし、彼女はすぐに儀式を続行した。青い光は強さを増し、渦を巻くように殿下の周りを回り始めた。そして、魔法陣の中央、殿下の足元から文字が浮かび上がった。
「ERROR 404: Skill Not Found」
誰も見たことのない、奇妙な文字列だった。
「一体あの文字は何だ?」
「聖なる古代語であろうか?」
「いや、見たことのない魔法文字だ」
貴族たちの間に動揺が広がる中、ユリウス殿下の瞳が一瞬、青く光った。その刹那、殿下の意識の中で何かが起きていた。
頭の中で青い線が走り、意味のわからない言葉の断片が流れる。システム。データ。プロセス。検索結果なし。エラーコード404。対象スキルが見つかりません。それらは何を意味するのか。殿下は「なにかが見つからない」という奇妙な感覚に包まれていた。
ロザリンドは詠唱を続けながらも、彼女特有の「魔法視」で殿下を観察していた。
「78年の人生で見たこともない現象だ」ロザリンドは殿下を見つめながら思った。「私の魔法視は他の者には見えない魔力の流れを見ることができる。しかし殿下の周りに見えるのは魔力ではない。まるで...青い光のコードのよう。これは何を意味するのだろう。恐れるべきことなのか、それとも...」彼女は微かに微笑んだ。「新たな可能性なのか。長い人生で初めて、本当に『興味深い』事象に遭遇したようだ」
儀式は予定された時間を超えて続いた。通常なら20分ほどで継承者のスキルが明らかになり、称号が与えられるはずだった。しかし30分が過ぎ、1時間が過ぎても、青い光と謎の文字以外に変化は現れなかった。
やがて、ロザリンドは詠唱を終え、深いため息をついた。
「儀式を終了します」
大ホールに緊張感が走る。歴代の儀式で、スキルが顕現しなかったケースはない。それは前例のない事態だった。
ヴィクター国王の表情が険しくなった。厳しい目で息子を見つめる。その瞳には「失望」と「懸念」が混ざり合っていた。
しかし殿下本人は、儀式の間じゅう不思議なほど平静だった。青い光が消え、魔法陣が通常の状態に戻った時、殿下はただ一言「終わった?」と静かに尋ねただけだった。
儀式が終わり、貴族たちが困惑と不安を抱えて大ホールを後にする中、ロザリンドだけが殿下のそばに残った。彼女は優しく、しかし鋭い眼差しで殿下を見つめた。
「殿下、今何を感じましたか?」
殿下は少し考え、首を傾げた。
「何かが...見つからなかった。でも、それは悪いことですか?」
ロザリンドは小さく笑みを浮かべた。
「いいえ、必ずしも。時に、何も見つからないということは...全てが可能だということかもしれません」
殿下はその言葉の意味を理解していないようだったが、なぜか安心した様子だった。
大ホールを後にする二人の後ろで、魔法陣に残された青い残光が、ほんの一瞬だけ振動し、そして消えた。まるで何かのシステムが再起動したかのように。