05.800年越しに。
「お久しぶりですねぇ『大賢者』殿」
「おう。お前さんか『呪怨』」
確か魔王の本拠のある島へのルートを巡る戦いで聖剣の試し切りにされた筈だったが?
勇者一行が突入し最後の四天王と戦いを繰り広げている魔王城の城門付近にて饒舌な髑髏と遭遇していた。
「残念ですが全身が崩壊しきる前、寸でのところで魔界に戻り力を高めて戻ってまいりましてね」
「ああ、それが『ゲート』か」
「然り。こちらから私には二段ほど劣りますがそれなりの悪魔が百以上はこちらに参りますよ……背後から襲われればいかな勇者たちとて」
「なんだと!」
「四天王と高位の魔物がそんなに!?」
魔王城周辺の敵を掃討し付近に集ってきていた教会の手練れや各国の猛者たちがざわめく。
「更には魔界の七魔将が控えて居ります故、人間どもの敗北は必定ですね」
おや? 女神の予言では三巨頭だったはずだが随分と盛られたものだ。
が。
「説明ご苦労」
「はっ!?」
「そう言いつつも力は以前の七割程、大方後ろに控える魔物どもに押し出されてきたのだろうが」
杖を握り締め流体金属に魔力を流し込み普段は古びた棒状に擬態していたそれの形状を変化させる。
魔力で描いた方陣と組み合わさった、力の投射に適した形状に。
「今なら先鋒の群れはゲート内に犇めいているんだろう?」
「!」
「半分は消し飛ばしてやるさ……『猛き光の剣よ、滅せ』」
「先頭の群れの七割の消失を確認。第二波は一旦様子を見ている模様」
「よし、手負いを確実に掃討し次に備えるぞ」
光の奔流とそれによる衝撃波が収まると同時に周囲が慌ただしく動き始める。
一旦任せて三割ほど減った魔力の回復に努めるか、そう思った瞬間だった。
(ですが、私にも意地というものがありましてねぇ……)
「!」
『呪怨』の最後っ屁か……下手に防ごうとすると障壁ごと汚染してくるので呪詛返しで……。
「そういう訳にも、いかんな」
周囲に人が多過ぎる……咄嗟のこととはいえ下手に弾いて周囲に被害を拡散するわけにもいかないか。
まあ、教会の連中を除けばそれなりに呪いへの耐性も高い方だろう。一応不老不死だし。
短時間で張れるだけの結界を自分に施して備える、が……水面に落とした汚泥のようにそれは浸食し、瞼を閉じた顔面に降りかかった。
「賢者殿!」
「こちらは構うな、次が来るぞ」
教会の『女神の騎士団』の副長だったか? の声にこれが隙と見て『ゲート』付近に迫ってくる気配に対して叫び返す。
結構痛いな、まるで本棚の上から辞書が落ちてきたのを額で受けたときみたいだ。
「動いては駄目です」
そうそう、図書室の整理の人手に本好きだからと駆り出されてそんな目に合って悶絶して。
その時にそんな事態を見かねてか先輩が濡らした白いハンカチで……。
「……え?」
「まだ動かないの」
「!?」
驚愕が来て、その次の瞬間嘘みたいに痛みが引いて。
「やっぱり、飛梅君じゃない」
「……」
「はい、もう大丈夫だから目を開けて」
それは認める訳に行かないだろう、と思ったけれどその前に凛としつつも優しい声色に従ってしまっていた。
そしてそうしたならば真ん前より僅かに下の高さの至近距離にどれだけ生きてきても個人的には最高の美少女だと断言できる相手が案ずるような表情でいてくれる。
ああ、あの時と……一目惚れした時と同じ。いや、更に綺麗になっている、と惚けてしまったところに。
「ちょっと?」
その無言を悪足掻きと捉えたのか軽く眉を釣り上げて先輩がこちらの顔に両手を伸ばして真正面で固定してくる。
やめてください、目が眩しさに潰れてしまいます。
「私の顔、忘れちゃった……?」
「一日だって忘れたことはありません!!」
「……そうなの?」
「……あ」
咄嗟に口を閉じるが……絶対にもう手遅れだ。
とりあえず、何か、別の話題を……。
「その、あの、城の中の方は?」
「ああ、残りは一人だしこっちの方も大変そうだしで後輩カップルに任せちゃった……これで最後だからってあの子たち二人の世界作っちゃってて居辛いんだから」
「あー……あいつらそういうとこありますよね」
こんな会話を以前にも下校時にお送りさせて頂いた時にしたことが……って。
「もう完全に認める?」
「……はい」
もう全面降伏するしかない。
こちらは八〇〇年だが先輩たちもこちらに来て旅の中二年と三か月と四日は経っているから、ほぼ成人くらいになって雰囲気が大人になって神秘的で更に美人度が跳ね上がって……って、あれ?
「一応、なんですが」
「どうしたの?」
平手打ちの一発くらいは覚悟のうえで。
「その、本当に花泉先輩で間違えないでしょうか」
「ええ、そうよ」
「ちょっと、魔力の形態が不思議というか気配が何だか……え? ん?」
あちらの学校でも、綺麗な金髪がトレードマークでその美貌でハーフか何かなんかだろうと噂になっていて……。
「あ、気付いた?」
「え?」
「その、私、どうやらこちらの出身で……半分エルフの血が入っていたみたいなの」
そっと触れた細い耳がほんのり感じていた違和感の正体。
……ん?
「つまり、ハーフエルフ、というやつですか?」
「うん、そう」
確か不老長寿の術を探して調べ物をした時に仕入れた知識によれば、大変珍しいがエルフとのハーフの人間もほぼエルフと同じ悠久の寿命を、だったよな?
「ずっと擬態の魔法がかけられていた関係でまだ不安定で行ったり来たりなんだけど、力を使うとやっぱり本来の姿に戻るみたいで……って」
「あはっ……あはははは」
「ど、どうしたの!?」
笑えて笑えて、どうしよもなく笑えてしまって……ついでに軽く涙まで出た。
「先輩」
「飛梅君?」
いつぞやのように跪いて繊細そうな両手を握らせてもらう。
「やっぱり俺、先輩のことが好きです!」
「はいっ?」
「いや、愛しています!!」
「え、ええっと……」
お、赤くなって狼狽える先輩もそれはそれで。
そんな時に。
「第二波、来ます!」
「今度はゾンビ化した『暴虐』だ!」
「『妖精』様、『賢者』殿、ご助力願います!!」
「ええい!! ちょっと黙ってろ!! 『奔れ、炎の鳥よ』」
自動追尾を持たせた炎を周囲にある悪しき気配の三倍の数生成しぶっ放す。
派手な轟音と爆炎が涌く中、もう一度目の前の運命の人に呼び掛ける。
「先輩」
「は、はいっ」
あ、まだ衝撃から立ち直っていない感じ?
それはそれで好いけれど。
「とりあえず、静かなところで話しましょうか」
「うん、そうね」
二人きりの図書室、風車の見える下校ルート、休日のカフェ……。
「まずは、目の前のものを片付けてからですね」
「手伝うわ」
再度最強魔法を発動する形態に変化させた杖を差し出せば一緒に構えるように握ってくれる。
あ……かつてないほど俺自身の出力が上がっていくのがわかる、最高にハイだからか?
更にその上、先輩の神秘の魔力が上乗せされて……これは魔界に繋げている術式ごと『ゲート』を破壊できる確信がある。
「行きましょう、先輩」
「うん」
それから。
その後、静寂を取り戻した戦場で我に返った先輩に正座で説教をされたり。
なんやかんやあって復活した真の魔王とやらをバカップルたちと共に討ち果たしたり。
先輩の叔母に当たるという妖精の女王に先輩に引き摺られながらお詫びに行きつつ「挨拶」をしたり。
そんな色々なことがあって。
「……おはよ」
「うん、おはよう」
波の音と海鳥の声を聞きながら。
腕の中の薄布一枚の肢体を更に抱き寄せる。
「いつも思うんだけど」
「うん」
「『俺の方が長生きしてきたので年上』とかいう割にこういう時は甘えん坊さんね」
「……別にいいじゃないか」
「ダメだとは言ってないわ」
軽く前髪を胸元に擦り付けられる、もう何百回目か忘れそうだが、何度目でもとてつもなく嬉しい。
「今日はいつまでこうしているの?」
「……わりとずっと」
「でも、もう少ししたらあの子たちが来る時間よ?」
「そうだった」
地上からさまざまの脅威は一掃され、もう気軽に村へ行くことも出来るが、子供たちへのお駄賃のための言う理由で続いているシステム。
「賢者のおじさんが綺麗なお嫁さん連れて帰って来た」騒動から早二二年。あの頃の子たちのその娘にお仕事はバトンタッチされていた。
そんな指摘を受けたものの、まだ猶予はあるのでいい香りのする髪に鼻先を埋める。
「飽きないのね」
「そんな日は絶対に来ない」
「ふふふ……ありがと」
ただ。
薬の効力が流石に薄れ始めたことと人間の血が混じっていること。
お互いに長い目で見ればゆっくり、ゆっくりと老いてはいる模様だった……普通の人の数万分の一のペースだが。
「それにしても」
「うん?」
「最初は何かの間違いというか、代替わりか何かしている中で継承したのかと思ったけど本当に八百年以上こっちで生きてたのね」
「ああ、まあ、うん」
旅と、何より村での証言で確認された事実。
「何度考えても、凄いっていうか……大分おバカさんよ」
クスッと笑いながら細くて白い指が伸びてきて、軽く鼻先を突かれる。
「それだけ生きてたら、他に可愛い娘、居なかったの?」
「ぶっちぎりで好みなのは一人だけだし」
「ん……ありがと」
でも。
「永遠に、愛してる」
「ええ、私も」
それでも、二人して少々長さは違うけれど。
大切な人と過ごすということ自体は普通と同じはず。
ご覧いただきありがとうございました。




