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03.昔話

「図書委員さん」

「!」

 やや空気の流れの悪い校舎の片隅の一室、そう呼ばれる人間が活動しているには至極当然な部屋で後ろから声を掛けられる。

 返却されてきた本を一番上の列の定位置にしっかりと差し込んでから、一呼吸おいて振り返る。

 何故かと言えばその声の主には覚えがあるし、その人と知り合うことになったのは棚の上から落ちてきた本が額にクリーンヒットして悶絶しているところを介抱して貰ったのが切欠だし、それとあともう一つ。

「こんにちは」

「……ええ」

「何? その渋いお顔。また何処か痛かったりするの?」

「先輩こそそのお顔がある意味凶器なのはそろそろご理解願いたいところです」

 やんごとなき御身分のお嬢様……いや、お姫様ではないかとまことしやかに噂される整った顔立ちにプラチナブロンドの長い髪。

 色白な肌も合わせてハーフか何かではと言う推測もある、詳しくは知らないけれど。

 よって学園三大美人に数えられる―他に同格が二人いるのも凄い話だが―そんな美人がそれなりの至近距離で薄く微笑んでいるのを見るには心構えが必要なのだった。

「……」

「すみません、その、決して悪い意味でも迷惑という訳でもなくてですね」

 少し暗めの室内で軽く表情が陰ったのが見て取れて、軽口が過ぎたことを詫びる。

「多少の緊張は許してもらえれば、と」

「緊張、しているの?」

「いますよ」

 放課後の校内、練習に励む部活の掛け声が聞こえてくるが……多分、そんな連中より心拍数が上がっているのは間違いない。

「そろそろ慣れてくれてもいいんじゃない?」

「それはごもっとも、なんですが」

 平静に対応するのは今のところほぼ不可能。

 あと、真っ直ぐ顔を見ることも。

 そんなこちらの様に一瞬笑い声を漏らしてから。

「この前、勧めてくれた本、面白かったわ」

「それは何よりです」

 知り合って以降、貸出期限より僅かに短いサイクルで現れては何か面白い本は無いかと尋ねられてはそれを一冊借りていくというそんなパターンを片手の指より多く両手の分よりは少ない回数繰り返している、そんな関連性。

 そして、最初はともかく三回目からはただ「勧めろ」と言われてもということで。

「本当に星空を見たくなっちゃって困ったわ」

「……何処かの別荘地にでも行かれましたか?」

「ううん。それも考えたけれどいきなり行くのも大変だから、お父さんの持っている家庭用のプロジェクターで」

「なるほど」

 何かしらのお題に沿って選ぶということをしていた。

 しかし、何気に言ったがやっぱりそれなりのお嬢様でしたか。

「次は、どうしましょう?」

「あら。また選んでくれるのね?」

「……図書委員ですから」

 勿論それもあるけれど。

 楽しんでいる自覚はあるから、選ぶのも、話し掛けてもらうのも。

「そうね……今度の週末は、三連休じゃない」

「でしたね」

 ゆっくり市立図書館にでも行って読書に集中できそうで何気に心待ちだ。

「でも、ちょっと一日午後の予定に空きがあるの」

「はぁ……」

「そこの時間を潰すのに丁度良いの、ない?」

「でしたら」

 あの棚の下の段に仕舞われている極厚の上下巻なんてどうだろう、と足を動かしかけたところで。

「ただし」

「?」

「あんまり分厚いものはナシよ」

 悪戯な表情で片目を瞑られる。

「え?」

「あら、女の子に重いものを持たせる気?」

「そうは言われましても」

 いっそ、市立図書館なら原文ママの洋書でも渡せば何とかなるのにな、とか考える。

 考えながら隣を盗み見れば愉快そうにこちらを見ている、僅かに暗めの部屋でも輝いて見える愉快そうな表情。

 休日の午後がお暇ならアフタヌーンティーでもごゆっくりなされば……。

「あ」

「出た?」

「ええ、付かぬことを伺いますが……」

 先輩お菓子作りなどは……と聞こうと思ったが、止めて置く。

 噂に聞く完璧超人だ、たぶん出来るだろ。

 それに。

「どうしたの?」

「いえ何でもないです。少々お待ちください」

 棚の列を二つほど隣に移動し、一冊の本を引き抜く。

「では、これで」

「あら、薄いくらいだけれど大丈夫なの?」

「ええ、多分」




***




「図書委員さん」

「!」

 貸出期限には余裕を持って現れるというローテーションを破って、三連休明け初日。

 いつものように返却本を棚に戻す作業中、後ろから話しかけられる。

「やってくれたわね」

「お暇潰しにはなりましたか?」

「ええ、それはね」

 戻しかけていた本をしっかり奥にやった後、身体の向きを変える。

「美味しそうですよね、あのマドレーヌ」

「本当に……読み終わった後、思わずキッチンに行っちゃったわ」

 話の中で王様が弟に会いに行くために焼いてもらった好物のこと。

「やっぱり、先輩なら作る方に行きますよね」

「……私がお菓子作り苦手だとは思わなかったの?」

「そうは思えませんでしたし、仮にそうだったとしても満足いくものが出来るまでやってしまうタイプでしょう? 先輩は」

「悔しいけど図星よ」

 肩にかかった金髪を整えながら言われたその言葉と表情に、初めて判定勝ちを取れた気分になれる。

 さあこの勢いで連勝を。

「では、次のご注文はどうしますか?」

「……その前にコレ」

「へ?」

 カバー付きの文庫本を押し付けられる。

「何ですか?」

「私のお勧めの本、君が読んだらどんな感想を言うか興味があって」

「な、なるほど?」

 しかもカバーは書店で付いてくるような紙製ではなく薄いミントグリーンの布製。ご丁寧に栞まで付いている。

 押し花で作ったお手製だよ……先輩マジでお嬢様じゃん。

「ちなみに」

「?」

「来月の頭に、その作者の別の作品が映画化されるわ」

「ああ……知ってはいます」

 軽く本の中身を確認し作者名をチェック、確かコマーシャルを見た。

 サスペンスアクションもの、だったな。

「ちゃんと前半で休日の予定空けておいてね?」

「へっ……?」

 何で? と聞こうとしたところに。

「あと、コレ」

 もう一つ、紙袋を渡される。

「これは?」

「マドレーヌよ」

「俺に?」

「そうよ」

 半歩分更に近付いて囁かれる。

「あら? 私に作らせたくてあの本を勧めたんじゃないの?」

「いえ、そういうわけではないんですが……」

「じゃあ要らない?」

 スッと伸びてきた指先から思わず紙袋を遠ざける。

「それはどういうことかしら?」

「……欲しいです」

「ん、よろしい」

 満足そうな笑み。

 今までは直視できなかったが……今度は逆に目が逸らせない。

「じゃあ、そういうことで」

 軽く手を振って去っていく後姿に。

 先制点は辛うじて取ったもののボッコボコに逆転コールドされたのを思い知らされたのだった。





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