01.賢者と呼ばれる男は若き勇者たちを陰より見守る
「勇者の誕生、か……」
古城の尖塔に立ち眼下で繰り広げられた死闘の後、首を撥ねられた巨人族の断末魔を聞きながら呟く。
世界の七大陸の一つを恐怖で支配してきた魔王軍四天王一角「暴虐のブロンブド」討伐の知らせは遠からず人類全体に響き渡るだろう、希望の勇者が現れたとの報と一緒に。
「さて」
城の内部から壁をぶち抜き最終決着の場となった庭を挟んで反対の尖塔から同じ一幕を見ていた二つの気配に話しかける。
「そちらが何もせずに帰るならこちらもこの場は引き払うが? 『呪怨のクェンドラ』と『魔刃のサンチェス』」
「フフフ……如何しましょうか?」
「…………」
饒舌な髑髏と真逆に寡黙な漆黒の甲冑がこちらに向き直る。
全力を尽くし立っているのが精一杯の勇者一行に四天王二体は荷が勝ちすぎる……妖精の森からの旅立ち以来陰で見守ってきたが流石に今回は本格的に介入せざるを得ない。
禍々しい魔力と淀んだ目線がこちらに向けられる。
間合いに入れば厄介な「魔刃」を遠距離で封殺しつつ「呪怨」の障壁ごと吹き飛ばす火力でやるのが上策か……?
「こちらとしても散々邪魔をしてくださった貴方を葬りたくはあるのですがね? 『英知の大賢者』殿」
「おや、知っていたか。いや、ここ二百年くらいで呼ばれ出しただけで自称したことはないんだが」
「…………ぬけぬけと」
「そういえば先月圧し折ってやった刀の代わりは調達したかな? 『魔刃』」
「貴様ッ!!」
勇者たちが試練の洞窟から戻ってきたところを急襲しようとした奴を少々足止めしたのだった。
兜の奥にある赤い目が一気に殺意を膨れ上がらせるが。
「止めておきましょう、サンチェスさん」
「…………」
「流石にこの怪物を相手にするにはあなたと私でも確実性がない」
飄々とした声に「魔刃」が持っている無数の刀剣から腰の一本を引き抜き髑髏に切りつけるが切り付けられた相手が一瞬だけ転移してすり抜ける。
「おいおい、その剣がお前さんの本体だろう? あまり雑に扱うなよ」
「!!」
「これは参りましたねぇ……『大賢者』と呼ばれるのも伊達ではない」
「お前さんたち正真正銘の化け物に驚かれる筋合いはないんだがな」
夜明けの風に浮きかけたフードを抑えながら、一瞬だけ下を見る。
勇者たちが人質に取られていた子供たちを解放している……万が一にもここに手出しをさせる訳にはいかないな。
流れ弾も考えれば魔力を全開にしての戦闘も安全のため出来れば避けたい。
「俺の相手には魔王に逆らって幽閉された『真の四天王』でも引っ張り出してくるのかな?」
「それは魔王様の思し召し次第、と言っておきましょうか」
「おや、随分と従順なことだ」
確かこいつも寝首を掻こうとして失敗し魔王に強力な服従の呪いをかけられた首輪付きだったはずだが……『呪怨』の名前が聞いて呆れる。
「…………」
「っと」
そんな話し合いを隙と見たか『魔刃』がレイピアを取り出し勇者たち一行に向けて投擲。
「『風の籠手よ』!!」
圧縮した空気で作り出した装甲で受け止め。
「『星の祝福』」
光魔法で纏っている黒い闘気を浄化する。
柄じゃないし似合わないからあんま使いたくないんだが一応魔力を綺麗に整え奴の支配下から外す。
先日の妖刀と違いこちらは元は由緒正しき業物の模様、回収させてもらう。
「「「……」」」
しばし睨み合いながら過ごすも、フッと張り詰めた空気が抜ける。
何かしら奴らの主から指示が下ったのだろう。
「『大賢者』殿の血肉を啜る日を楽しみにしておりますよ」
「…………いつかコロス!!」
姿が掻き消える際の捨て台詞。
おお……今のだけは背筋が凍ったわ、あんなの(しかもダブル)に熱烈に言われても全く嬉しくもなんともない。
それはさておき。
「ところで」
傍らに留まっている金色の小鳥に話し掛ける。
「教会の方も彼等を本物と認めるかな?」
『正確にはもう認めておりました』
小鳥が神秘的な女性の声で語り始める。
『ただ、聖剣を振るうに足る器にまで成長するのをお待ちしていたのです』
「それは今回の四天王の一角を崩したことで合格ということかな?」
『はい、傷を癒し次第約束の地へお招きし継承の儀式をさせて頂くことになります』
「なるほど。それが済めば各大陸の勇士たちを束ねて魔王を討ち果たすことになるのだね」
『ええ、人類の悲願を達成する時です』
何せまあ、色々な魔法や魔術を時間をかけ研究したものの聖なる武器に秘められた女神の奇蹟だけは再現不能だったからな……魔王の纏う冥界の衣はあれでないと完全には破れない。
そうでなければ勇者たちを待たずとも俺の方で百年早く引導を渡してやれたのだが。
そんな話をしているうちにも彼方の地平線が漆黒から瑠璃色に変化し始めていた。
『その時は貴方様も加わって頂けますか?』
「その前に教会……いや『女神の騎士団』も流石に傍観は止めるのだろうな? 聖女殿」
『人類の存亡をかけた戦い、当然です。それに聖女の称号は相応しい方に譲りました。それで賢者殿……』
「直接の助力をするつもりはない」
何せ、そんな英雄なんて柄じゃない……もう一つ理由はあるが。
「追い詰められた魔王は形振り構わず魔界の門を繋げて奴にも御せない強力な軍勢を呼び寄せるだろう。そこは受け持つ」
『お願い致します』
「別にあなたに礼を言われることじゃないさ」
暁の光に照らされた庭を見下ろしながら呟く。
『では何のために……いえ、これ以上はご無礼ですね』
「彼等の手当てと子供たちを親元に返すのは任せて良いかな?」
『はい。教会の者を向かわせます、女神の名のもとに』
頼んだ、と呟いてから転移魔法を発動させる。
万一にも尾行されぬよう複雑なルートで三種の術式を駆使し七度転移を繰り返し目的地へと。
「ふぅ……」
寝床、というか昔から暮らしている海を見下ろす古い灯台に戻ってきて杖を置きフードとマントを外す。
杖とマントはそれなりの魔法を秘めた攻防の補助具、フードは顔を見せないため、のもの。
海鳥の声を聞きながらやっと楽になった、と肩を回していると近くの漁村へ続く道の方から声がかけられた。
「おじちゃーん」
「お届け物だよ」
「ああ、ありがとう」
三日に一度食料の配達をお願いしている村長と雑貨店主の孫娘コンビだ。
村を含め道は強力な使い魔に守らせ見張らせているので一〇歳になったばかりの少女達でも心配はない。
「パンと葡萄酒と干し肉に魚の塩漬けとリンゴとイチジクね」
「パンはクルミのを多めにしたっておじちゃんが言ってたよ」
「おお、サイモンのは本当に美味いから楽しみだな」
袋を二つ受け取りながら、代わりに調合した薬の袋を渡し、あと二人に一つずつ銅貨を……これは代金ではなくお駄賃。
「みんな、村にもまた来てと言ってたよ」
「仕事に暇が出来たら必ず行くよ」
「その時はまた酒場で美味しいもの食べさせてね」
「わかったわかった」
たんまりジャムを乗せたパンをご馳走しよう。
「さて、そろそろ二人とも勉強の時間だろう」
村の子供たちがそれぞれの家の朝の手伝いを終えた時間から三時間ばかり教会で読み書き計算の授業がある。
木の実とリンゴを齧りながらの軽い雑談を終える合図をする。
「あ、そうそう、ちょっと聞きたいんだけど」
「おじちゃんってずっと昔からここに住んでるって本当? 私たちのおじいちゃんより年上だって」
「ああ」
この子たちもその質問をする番が来たか、とこっそり笑う。
「本当だよ、七〇〇年ばかり前にここは風景が良いし獲れるものも美味しいから気に入ってしまってね、それからずっとここに暮らしている」
「「えー!」」
「二人のおじいさんもそうだし、そのお父さんお母さん、そのまたお父さんお母さんもみんないい友達だったよ」
「「ホントにー?」」
俄かには信じられない、という二人がする顔も本当に順番通り。
そしてそのうち酒場辺りで「本当だった」と笑いながら肴にし、同じくらい経ってそっと見送る……そんなことを繰り返してきた。
「でも、だったら」
「どうしてそんなことになっちゃったの?」
「ああ、それはね」
軽くレモンを漬けた魔法でよく冷やした井戸水を木製のジョッキで飲んでから答える。
「エルフの国に忍び込んでそこで女王様の魔法の薬を盗んだのさ」
「ええー、ホントに!?」
「どうしてそんなことしたの!?」
そんな新鮮な驚きぶりに思わず笑ってしまいながら軽く空を見上げ瞼を閉じる。
長年住んだ灯台ではなく風力発電の巨大な風車が蘇る……八〇〇年経っても忘れない光景、そして。
「逢いたい人が居たから、かな」
「「?」」
子供たちにはまだ早い呟きは海風の中に紛らせた。




