第四節 初めての不祥事 1話目
「…………」
……この写真立て、私の手に渡ってからは何の反応も示さなくなったのか、写っている若い男は真顔で正面を向いたままで固まってしまっている。
「怪しいですね……」
特に問題なくとも焼却しておいた方が良さそうな気もする。しかしあくまで現時点ではヤング先生の私物であるからして、勝手な処分はできない。
「特に私の部屋は生徒も入ってくるようになっているし、こういったものは厳重に管理しなければ」
写真とはいえ念の為に袋に入れてしまっておこうと考えつつも、私は自分に与えられた準備室のドアを開ける。
すると流石に夜も遅かったのか、二人とも貸していた毛布にくるまって(そこまではいいのだが)私のベッドを無断で拝借して横になっている。
「仕方ない。今日は椅子で寝ようか」
そうしてひとまず写真立てを普段作業している机の上において、毛布の代わりにコートを羽織ってその日は眠りにつくことにした。
◆ ◆ ◆
「……ふぁああー……ん?」
普段と同じ時間に目覚めた私は、ベッドの方に目を見やる。結構早い時間に起きている自身があったのだが、ベッドの方は既にもぬけの殻で二人の姿もない。
代わりにテーブルの上に書き置きがある。手に取って目を通して見る限り、二人はつい先程起きたようで、他の生徒や先生にバレない内にと寮に戻っていった様子。
「インクがまだ乾いていないから、本当についさっき出て行ったのか」
まだ辺りは薄暗く肌寒いが大丈夫だろうか。
「さて、と……うん?」
ふと机の方を見やると、仮で置いていったはずの写真立てがどこにも見当たらない。
「……まずい!」
教室を飛び出して廊下の奥まで見やるが、二人の姿はどこにも見当たらない。
「……いやいやいや、落ち着け。流石に人の部屋に置いてあるものを勝手に持って行く筈がない。可能性としては夜の間に誰かが持ち去っていったか……ひとまず部屋にかけてあった魔法が破られていないかどうかから確認していくしかないか」
しかし部屋の中をいくら確認したところで写真立ては見つからず、かといって外部から保護・隠蔽魔法を破られた形跡も見当たらない。
「……ひとまずあの二人に聞いてみないといけないか」
こうなってしまったのも全て私の責任。ヤング先生の件といい、このまま放置しておけば折角校長が復帰のチャンスを下さったというのにそれをふいにするようなもの。
「まずは最初の授業でリリーに会うから、そこから話を伺ってみよう」
◆ ◆ ◆
「写真立て……し、知らないよっ!」
「そんな反応されると余計に怪しまなくちゃいけなくなるんだけどなぁ……」
授業終わりの合間の時間でリリーに声をかけてみたものの、怪しい反応をされてしまっては余計に疑わしくなってしまう。
「一応念のために言っておくけど、あれは私がヤング先生から預かっているものなんだ。だから君に貸したりといったことはできないんだよ」
「へ、へぇー、そうなんだ……」
「だからもし何か写真から言われてたりしていたとしても無視して私に返してほしい」
「で、でも! 持ってないから! 返せない!」
一応受け答えの姿勢の様子を伺ってもいるが、特にヤング先生の時のようない異常さは見受けられない。
……いや、少しおかしい。他の生徒や先生はともかく、彼女は私との受け答えでここまで挙動不審になったことはない。
「……本当に持ってないんだね?」
「だから、そう言ってるってば!」
しかしリリーが少しばかり苛立ち始めていることを悟った私は、ここは一旦引き下がることを選択した。
「ごめんごめん、ちょっと必要以上に心配しすぎたね」
「心配……?」
「いや、こっちの話だよ」
これでひとまず写真立てはリリーの手にあるのではという疑いが出てきた。そしてここでもう一つ疑問点だが、リリーの手にあるとしてそれをアメリアは知っているのかどうか、あるいはリリーと同様に何かしらの異常をきたしていないかを確認しなければならない。
これでアメリアが何かを知っているのなら大きな手助けになるが……あるいは、全く知らないかそういった様子を見ていないのであれば逆にリリーの手には無い可能性も出てくる。
「いずれにしても捜索はふりだしに戻ることになりそうだ……」
◆ ◆ ◆
「――写真立てですかー?」
「私の近くの方の机の上に置いてあったものだけど、知らないかな?」
「んー? そんなものありましたっけー?」
六、七年生の合同授業の折にアメリアを呼び出して聞いてみたものの、こっちの方はそもそも朝起きた段階でそんなもの見当たらなかったと言い出す始末。
「……その写真に、嘘を言うように吹き込まれてたりとかしていないよね?」
「嘘? その写真、もしかして人格写真なんですかー?」
「そうなんだけど、写っている人物が中々に曲者らしくてね。ヤング先生から預かっているものだから勝手に他人の手に渡ってはいけないんだ」
嘘をついているのは写真立ての男ではなく現状は私自身なのだが、これで少しは本当のことを話してくれたりしてはくれないものかと期待をしてみたものの――
「そうなんですかー。でも本当に、私もリリーもとってないですよ?」
「……そうか。疑ってごめんね」
「いえいえ。でも先生、そんなものが無くなってるって結構問題じゃないですかー?」
「うっ……それを言われては何も言い返せないかな」
最後にチクリと痛いことを言われてしまったものの、アメリアの方はというと特に怪しい受け答えなど見受けられず、言っていることは本当に思える。
となると先程のリリーの反応は変にこちらが疑っていたからこそそう見えてしまったのだろうか。しかし朝の段階で無くなっていたとなればやはり夜の間に写真立てが持ち去られた可能性が高いか。
……まさか写真立てが勝手に歩いて出て行ったという事があるのか?
「……ふむ……」
「先生。どうされたのですか」
普段であればもっと生徒が行う演習や実験に関わってくる筈が、この日は私がずっと椅子に座ったまま考え込んでいることを不思議に思ったようで、エヴァンが声をかけてくる。
「ん? ああ、すまない。ちょっと別件の考え事をしていてね」
「それはさっきアメリアとの話が関係あるのですか?」
「んー、ないとは言えないけど……そうだ、エヴァン。ちょっと個人的な頼みということで宿題を課しても大丈夫かな?」
特に何も言ってこない辺り了承して貰えたようで、本当に個人的だがエヴァンに調べ物を頼んでみることに。
「人格写真について、できる限りの情報を調べて欲しいんだ。写真の人間がどれだけ本人のように振る舞えるか、それと写真の人間は魔法を使えるのか、とかね」
「そのくらいでしたらこの場で即答できると思いますが――」
「できればしっかり調べて欲しい。例外があるかどうかも含めて」
「……例外、ですか」
当然ながらエヴァンがこの場で答えたがるのも分かっている。写真はあくまで撮ったその瞬間の本人の思考を反映し、そして魔法は使うことができない。
しかしあの真顔で写っている若い男の考えは読むことができなかった上、ひとりでに写真立てが無くなるのもおかしな話だ。
「……分かりました。図書館で徹底的に調べてみます」
「ああ、頼んだよ。宿題をこなしたお礼もしっかり用意しておくからね」
そうしてエヴァンに宿題を託し終えると、私は再び自室をひっくり返すつもりで写真立てを探すことにしたのだった。