第三節 夜更かしは体に毒 3話目
「はい、二人とも今日は運が良いことに、ホットチョコレートに合う材料がお菓子箱にあったから作ってみたんだけど」
白い湯気のたつマグカップ三つをテーブルに並べて、私はリリーとアメリアの二人と向かい合うようにして席に着く。
「まさかとは思うけど、毎日夜遅くまで外に立っていたって訳じゃないだろうね?」
「違う……今日は、たまたま」
「そうか……ならよかった。もし毎日寒い目に遭わせていたとしたのなら、私は自分自身が許せなくなってしまうところだったからね」
時刻は既に九時を過ぎている。しかし彼女が外にいた理由を聞き出す為なら、私は徹夜になろうが話を聞く腹積もりでいる。
「夕食は食べたかい?」
「…………」
彼女が黙って首を横に振るので、私はテーブルにまだ残っている一人分の夕食を彼女にすすめてみる。
「時間が経っているから冷えているけど、それでもパンくらいは食べた方が――」
「いらない。お腹、すいてない」
そうはいったものの目の前でお腹を鳴らされては説得力もない。
「……ちゃんとご飯は食べてるのかい?」
「……痩せる為に、あんまり食べてないだけ」
「ダメじゃないか、ちゃんと毎食食べないと」
「違う! お腹空いてないだけ!」
とにかく私のいうことに反抗したいのかムキになって否定するリリーを相手に、今は藪をつついて蛇を出すようなものだと思った私は、ひとまず隣でマグカップを持ったまま話を聞いていたアメリアに任せてみることに。
「……ちょっと私では話を聞き出せそうになさそうだ。もし良かったらこの部屋を貸すから話を聞いて貰えるかな。私はその間校内を軽く巡回してくるよ。今日は私が当番なのでね」
「分かりましたー」
「それと今日もしこの部屋に泊まるというのであれば、そこに毛布があるから使うといい。元々居残りの生徒をそのまま寝かせることがあればと思って用意していたものだからね」
そう言って私は準備室のドアノブに手をかけると、準備室を後にする。
「一応念の為だけど、私が戻ってくるまで勝手に準備室を出ないように。校内とはいえ夜の学校は危ないから、私が女子寮まで送るからそれを待つように」
「はーい」
アメリアの返事はあったものの、リリーはそのまま黙ったまま。
「それじゃあリリーも、私に話せなくてもアメリアに話せることがあるなら、ゆっくりでいいから話すといい。それも嫌なら勿論、無理して喋る必要も無いからね」
「…………」
「……それじゃ、巡回に行ってくるからね」
念には念をと扉に鍵をかけ、以前から保護魔法と隠蔽魔法で守りを固めていた準備室を後にしたのだった。
◆ ◆ ◆
「――さて、もう一つの問題にもちょっとだけ手を出しておくか」
学校巡回を丁度いい言い訳にして、私は教室を後にする。ふと魔法語学の教室の方を見やるが、今日は流石に明かりが付いていない様子。
「ここ最近の頑張りようは異常としか思えませんでしたからね……ん?」
と思ったらまさかのまさかで教室の明かりがつき始め、私としてもびっくりせざるを得ない。
「……一応様子をうかがってみましょうか」
暗い廊下を杖で照らしながら、何とか魔法語学の教室までたどり着く。何やら独り言のような声が聞こえてくるが、ひとまず失礼の無いようにノックをして扉を開く。
「失礼しまーす……ああ、先生一人だったのですね」
「あっ、えっ!? ばっ、バトラー先生!?」
学校の図書館とはまた違う、一面本が並んだ壁に圧倒されそうになる。魔法語学と一口にいっても最近の流行りの文学小説から今は使われないルーン文字を用いた過去の書物を読み解いていくなど、間口は広くても奥深い学問だ。
そんな魔法語学を担当するヤング先生だが、とっさに何かを隠していたように見える。
その何かに依存でもしているのだろうか。
「昼間倒れたばかりだというのに、ご無理をされてはお体に触りますよ」
「大丈夫です! 昼間のはただの貧血で――」
「ただの貧血であんな倒れ方をしますか? ……その手に隠しているものが原因ではないのですか?」
「っ! これはダメ!」
やはり原因はそこにありそうだ。私は武装解除の呪文を応用して、彼女の手から持っているものを取り上げることにした。
「ディサーメント!」
「きゃっ!?」
「さて、これは……写真立て?」
ただの写真立てではない。何やら若い男が写真の中で動いているような――
「これって確か……人格撮影機で撮ったものですね……」
その時の人の考え方ごと写し取るという人格撮影機。そうしてできた写真はまるで写った本人のような行動や言動を写真の中で行うというが、実物を見るのは久しぶりのような気がする。
「私も何人かのプロブルームレーサーの人格写真を持っていますが……この方は誰でしょうか」
「返してください! その人は私の!」
異様なまでに固執している彼女の手を軽くかわしながら、写真立てに呪いがかかっていないかの確認をする。しかし見た限りでは何の変哲も無い人格写真が入ったただの写真立て。
ならばこの写真立ての人間自体に何か依存を促すようなカリスマ性のようなものが……?
「――いい加減、返してください!」
「っ!」
遂に限界が来たのか、ヤング先生は私に向けて杖を構える。
「その人は私に素晴らしい助言を下さる人なの! だから――」
「だから同僚に杖を向けてでも取り戻すと? 馬鹿らしいこと極まりありませんね」
「っ、最初にあんたの方から武装解除をしてきたでしょ!」
受け流しの呪文をしようにも回りの本棚に被害が出るのも面倒。ならば拒絶の呪文しか手段は無い。
「無駄ですよ。リパルサーを既に使いましたから――」
「プレッジ!!」
「なっ!?」
ヤング先生が繰り出したのは、相手を吹き飛ばす呪文。それも普通のレベルではなく壁すらも貫通させかねないような強烈な力が込められている。
「っ、効いてない!?」
「一応拒絶の呪文なので、大抵は効かないかと」
「……だったら――」
「だったらどうするつもりかな? ヤング先生」
無言で私とヤング先生の杖を取り上げたのは、いつの間にか部屋に入ってきていたアーウィング校長だった。
「校長!? どうしてここに――」
「なに、最近ヤング先生が夜遅くまで頑張っていると風の噂で聞いてな。それで様子を見てみようと思ったら何やら二人で争っていたようで、これは止めなければと思ってな」
そう思うのならばもう少し早く割り込んでもいいと思うが……まあ丁度いい。
「校長。ヤング先生のここ最近の無理をしている理由はこの写真立てのようです」
「あっ、それだけは――」
「んん? ……なんじゃこれは」
校長も顔をしかめている。となるとやはりこれが怪しいということでいいのか。
「写真自体には何の変哲も無いのですが、ヤング先生が異様にこれに固執されているようで」
「ふむ。見た限りではただの変哲もない人格写真じゃが……もし何かしらの呪いで固執するようになっているのであれば非常にまずい。バトラー先生、一応お前さんの方で預かっては貰えんか」
「こ、校長先生まって下さい! 私にはあれがなければ――」
「ヤング先生は一旦わしの方で面倒を見よう。もし呪いのせいで錯乱しているようなら解呪をせねばならんからな」
「それではそのように、お願いします校長」
未だ喚くヤング先生を校長に任せて、私は写真立てを持ったままその場を後にした。