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第三節 夜更かしは体に毒 2話目

「――そういえば最近、リリーの姿を見ないね」

「言われてみれば。バトラー先生、何かあったんですか?」

「いや、特に何も無いけど……」


 ネイサン達の指摘の通りここ数日のリリーは居残り勉強をしておらず、夕食も大広間で食べて寮の方へ素直に帰っているらしい。気にならないと言えば嘘になるが、やはりあの宿題の件で何か思うところでもあるのだろうか。

 テーブルの上にはまだ手もつけられていない夕食が残されているが、流石に二人分は食べられない。完全に冷めてしまったスープがなんともいえない寂しさを演出しているような、そんな気がする。


「いないならいないで静かだよな、この部屋」

「それ、いるとうるさいってことかい?」

「そういう訳じゃないけどさ」

「…………」


 彼女がいないことでネイサンが話を振る程度で会話も少なく、私としても皮肉なことに授業準備がはかどってしまっている。


「……ふぅ」

「…………なんか、バトラー先生もなんとなくだけど元気ない感じだね」

「だからといってここで僕達に何かできるかい?」

「できないよなぁ……まっ、僕達にできることはここに毎日来て先生を元気づけることくらいか」

「毎日お菓子を食べに来る、の間違いじゃないか?」

「ぎくっ」


 そうして今日もそろそろ二人を帰す時間だろうかと、時計の方に目を見やっていると――


「……ん?」

「えっ、もうこんな時間? それにしても誰だろう」


 時計は八時五十分を過ぎていて、生徒が訪れるにしても随分と遅い時間なのは間違いない。


「二人はそのまま勉強を続けて貰ってていいかな」

「分かりました」

「も、もしかして他の先生!?」


 誰かは分からないものの、ひとまずは会ってみないと分からないと私は準備室のドアを開ける。


「はい、どなたで――って、君か」

「夜分遅くにごめんなさいせんせぇー……あら? 他にもいるのかしら」


 ドアの向こうに立っていたのは、にこにこと笑顔で本を一冊抱えているアメリアだった。


「ああ、彼らは一年生で、たまに自習をしに来るんだよ」

「そうなんですかー」

「わーお……エリオット、すっごい美人がドアに立っているんだけど」

「そう……」

「そう……って……感想それだけ!?」


 一年生二人はおいておくとして、こんな夜遅くの時間帯にどうしてここを訪れたのかをアメリアに聞くことに。


「それにしてもこんな夜にどうしたんだい?」

「ちょっと勉強していて質問したいことがあってー」

「だったらこんな夜遅くじゃなくとも、明日の授業中にでも聞いてもらったら――」

「今です。今気になっているんですよ」


 強調するかのように口元に人差し指を立てて、ウインクをするアメリア。後ろでなにやらネイサンが騒がしいが、それはさておきここまで言われたからには立ち話でも答えるしかないだろう。


「分かった。それじゃ、準備室で――」

「二人がいる前ではちょっと……」

「ん? 何か問題でも?」

「あ、あまりにも初歩的な質問だったら下級生の前だと恥ずかしいなーって……」


 気恥ずかしいのか頬を赤らめるアメリアだったが、そもそも初歩的な質問が彼女から出てくるようには思えない。


「そうかい? 君からそんな質問が出るとは思えないが……まあいいか。一年生もそろそろ帰そうと思っていたところだ」


 既に空気を読んでくれていたのか、エリオットがネイサンを急かしながら、準備室を出て行こうとしている。


「それでは先生、失礼します」

「えっ、ちょっと質問の内容とか気になったりしないの!?」

「それで上級生を敵に回して何になるのさ」

「ふふ、ごめんなさいね」


 準備室を出て教室から去って行く一年生に手を振ると、アメリアはそのまま何の躊躇もなく準備室の中へと足を踏み入れる。


「……それで? 質問というのは?」

「……あのー、実は……」


 本当に初歩的な質問で気恥ずかしいのか、アメリアは教科書で口元を隠している。しかしながらここまで恥ずかしそうにしている辺り、もしかしたら私が就任する前だったり一ヶ月の自習期間での勉強内容の中に問題点が――


「――先生って、今お付き合いされている方とかいらっしゃるんですかー?」

「……はい?」


 ……授業の質問だったはずでは?


「その反応って、やっぱり今は独り身ってことかな? ちょっと嬉しいなー」

「……言ってる意味が、よく分からないんだけど」

「うふふ、気にしないでくださーい」


 こっちとしては完全に防衛術の気分でいたのだが……まあ、ある意味では彼女の年ではそういったことにも興味があっておかしくはないのか。


「それでは、夜も遅いので帰りますー」

「そうか。それじゃ、送っていくよ」

「えっ……?」

「えっ?」


 ……三秒程度の硬直の後、私の中にしまったという思いが込み上げてくる。ついいつもの癖でリリーではないにせよ女子寮にまで送ると言ってしまった。


「あ、あのー先生、気持ちは嬉しいんですけど、女子寮には呪いが――」

「そうだね、分かってるよ。ただちょっと別の子と勘違いしてしまってね」

「別の子……?」


 そして私の言い方もあまり良くなかったのか、アメリアに対して変な誤解を与えてしまったようだ。


「それってどういうことですか?」

「ああ、ごめんごめん。君以外に普段から遊びに来ている女子生徒がいてね。夜の学校が怖いからっていつも女子寮近くまで送っていっているんだ」

「そうなんですかー……」

「……えぇと、別に君が想像しているような関係じゃないからね」


 適当な言い訳をしながら、私は教室の外までという形でアメリアを見送ろうと教室の扉を開けた。

 すると――


「――ん? リリー!? どうしたんだこんなところでうずくまって!」

「あ……先生」


 教室近くの壁に寄りかかってうずくまって震えている姿を見た私は、すぐに彼女の手を引いてその場に立たせる。


「寒かっただろうに、ほら、コートを羽織って」

「うぅ……」

「もしかしてこの子がいつも送っている子なんですかー?」

「そうなんだけど……もしかして、君が教室に来る時からここにいた?」

「ええーと、教室の前を行ったり来たりしていたような気がします」

「……ハァ、なんてことだ」


 何の意地かは知らないがもし私の方が悪いのであれば謝るし、何か不満でもあるなら話を聞くというのに。


「とにかく一旦準備室に入りなさい。まずは身体を温めないと」

「あの、先生――」

「ああ、悪いねアメリア。見送りはここまでになりそうだ」

「いえ、私も良ければ一緒に話を聞こうかなって思いましてー」


 言われてみれば確かにもう一人女子生徒でも間に入って貰った方が、話しやすい部分もでてくるかもしれない。


「ありがとう。とにかく外は寒いから一旦準備室に戻ろうか。温かい飲み物をだしてあげよう」

「うふふ、ありがたくいただきまーす」

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