第三節 夜更かしは体に毒 1話目
「おはようございま……どうしたんですかそのクマは」
「おはようございます、バトラー先生……」
あれから数日経った日のこと。連日魔法語学の教室が明るいのは気になっていたが、同じように廊下をすれ違う度にヤング先生がやつれていっているような気がする。
「大丈夫ですか? 顔色が優れないようですけど」
「だ、大丈夫ですから……本当に」
「最近徹夜をされているのが原因では? 何か手伝えることでも――」
「大丈夫ですって! ……あ」
私に対する強がりが最後の余力だったのか、声を荒げてから一拍おいたところで、目の前の魔法語学教師は私の視界から崩れるように消え去っていく。
「っ!? 先生! 先生!!」
教科書類をその場に散らかしながら、ヤング先生は気を失ったかのようにその場に倒れ伏せてしまった。
「なになになに!?」
「ヤング先生が倒れてる!」
「先生! 先生! ……ああ、ダメだ。疲れから気絶してしまっている」
私もヤング先生も次の授業があったが、当然このまま放置しておくなどできる筈がない。
「ひとまず先生を医務室に運ばないと……ああ、丁度良かった! エヴァン! アメリア!」
幸運にもこの後の防衛術に参加するはずだった二人を見つけると、手を貸して貰うべく声をかける。
「っ! どうしたんですか先生!」
「きゃあ! ヤング先生!?」
「私は先生を医務室に連れていく。エヴァンとアメリアはそれぞれ防衛術と魔法語学の教室に行って自習するように連絡をしてくれないか」
私のお願いを二人とも素直に聞いてくれたのか、頷いてそれぞれ手分けして行動しようとしている。
「分かりました」
「魔法語学って何年生かしらー?」
「確かこの時間は三年生だったはずだ」
「三年生なら知り合いもいるし、事情も聞いて貰えそう」
「ならアメリアがそっちに行ってくれ。俺は防衛術の教室の方に行く」
「それじゃ、行ってきますね」
「二人ともありがとう。さて、ヤング先生。ちょっと失礼しますよ」
下からすくい上げるようにして抱きかかえて、更に適当に近くにいた生徒に荷物を運んで貰うようにお願いをして、医務室へと向かう。
「ごめんね、荷物持ちをお願いして。後で担当の先生には私から話をしておくから」
「分かりました、先生。……でもどうしたんだろう、ヤング先生」
「ええ……本当に、どうしたんでしょうね」
◆ ◆ ◆
「では後はお願いします、マーチン先生」
「ええ、後は任せて頂戴。起きたらバトラー先生がここまで運んでくれたって、お伝えしておきますから」
「いえいえ、偶然現場を通りかかっただけですから。では」
頭に氷嚢を乗せたままベッドに横になっているヤング先生に不安が残るが、今は学校医のマーチン先生に任せるしかない。
「それにしてもあのヤング先生が寝込むくらい仕事を打ち込むなんて、世の中何が起こるか分からないわね」
「……ええ、そうですね」
私の中で一つ、気になっていた点がある。
それは私の知っているヤング先生であるならば、いくら私のことが嫌いであるからといって、一切誰の手も借りずに倒れるまで一人で物事を成し遂げるような人間だったのだろうか。
「……後で準備室の方に訪問させていただきましょうか」
今後夜に、明かりでもついている時にでも。