第二節 課題と宿題 1話目
「六限目は防衛術専攻の研究授業か……今日は一段とシビアな時間割だ」
防衛術は二年生から五年生、そしてその後の選択次第では七年生まで続く授業で、特に六年生以降の専門性を高める授業の為に、私自身も改めて勉強し直さなければならない部分がでてきてしまう。
そしてこれは教える職員によっては幸か不幸か分かれる部分なのだが、六年生以降は専攻によって生徒が分かれる為少人数制の授業になることが大半で、学年も跨いでの授業(というより、研究に近いもの)となりやすい。
そして私がどちらかというと苦手とするタイプの生徒が二人、それぞれ六年生と七年生に一人ずついるのが悩みの種だ。
「先生、以前ご紹介頂いた書物についてですが」
一通り説明が終わったところで各自作業の時間に移るのだが、その前に早速といわんばかりに知性ある凜々しい顔つきと芯の通った低めの声の、三白眼の七年生が私の目の前にやってくる。
「悪意のある魔法に対抗する為の十の心得のことかい? あれはロングセラーだから読んでおけばまず間違いないと――」
「矛盾点が二十七ヶ所ほどありましたので、書物にチェックをつけてみました。僕の誤解であってはいけないので、先生にも是非ご覧いただければと思って」
「では後程確認をしてみるよ。……それにしてもよく見つけたね」
「いえ、先生の講義を振り返ってから閲覧してみるとおかしな点がいくつもあって、どっちが合っているのかよく分からなくなって」
本当に目ざとく……いや、よく見つけたものだと思う。あの本は将来的に魔法省内の悪意対策執行部に就く者であれば誰しもが一度は目を通す初心者向けの本なのだが、実際はあの本自体が執行部の適正の向き不向きを決める試験紙のような役割を果たしている。
普通に読んでいても大変役に立つ本で、実際に魔法界での一般家庭では生活の知恵として一家に一冊置かれている。しかし特に今の二年生が授業でやっているような悪意のある魔法、特に禁じられた呪文分野においてはわざと間違った記述もなされている。
具体的には本の通りに対策しても九十点の対策はできるが、百点の対策はできないという意味だ。では一般の家庭において十点分はどこで補うかというと、そこで悪意対策執行部が関わってくるということになる。
とはいえ執行部が出張ってくる時点で魔人が実際に姿を現わしているなど、一般人が対応できないような重大な問題が発生しているのだから、決してこの本が悪いという訳ではない。
「しかし一回目の通読で二十七ヶ所も見つけるとはね……」
「何か言いましたか? 先生」
「何でもないよエヴァン。ひとまず今週の課題に取りかかるように」
「はい、分かりました。先生」
エヴァン・ソーター。四十一の魔法族の一つのソーター家の長男で、オーロファフニールの寮長を勤めているという将来有望な生徒の一人だ。初対面の時には無愛想すぎていきなり嫌われたかと思っていたが、彼の場合は生真面目すぎてそれが普通の様子。
そんな彼とは一見すると正反対の性格に見えるが、中身としては同じく優秀な六年生なのが――
「せんせぇー、拒絶の魔法ってこれで成功ですかー?」
リパルサーは今年の七年生でも会得するのが難しい筈なのだが、それを平然とやってのける笑顔の少女。ふわふわとしたロングヘアに同じくふわふわとしたつかみ所のなさそうな口調のこの少女が、私の苦手とするもうもう一人の生徒、アメリア・ワットソン。
比較対照にリリーを引き合いにしたら本人から怒られそうだが、小柄でスレンダーなリリーと違ってそれなりにメリハリのある身体つきをしており、以前に女子寮侵入未遂で晒し者になった生徒いわく、彼女に惚れすぎて後をつけていっていたらいつの間にか女子寮の呪いにかかっていたという程に、男子からの人気がある生徒だ。
ちなみに普通であれば生徒全員から呪いにかかった時点で後ろ指を指されて自ら退学を選ぶようになるのが通例らしいが、その生徒に関しては男子から同情の声も届いているらしく、退学をするまでには至っていないらしい。
「ちょっと試してみてもいいかな」
「ええ、どうぞ」
既に彼女の回りにはうっすらと膜が張られていて、確かに拒絶の魔法は働いているように見える。しかしこの薄さだと、そこまで強度はないか。
「……ディサーメント!」
バチッ! という破裂音ともに、私の武装解除の魔法は膜によって打ち消される。しかし同時に膜の方も壊れてしまったようで、まだ一回程度、しかも武装解除を相手に相打ち程度の練度のようだ。
「一回とはいえ素晴らしい魔法だ、アメリア。君ならリパルサーを完璧に会得できるかもしれないね」
「ありがとうございますー」
他の生徒も専攻するだけあってそれなりの防衛術の才能があるのだが、この二人に関しては頭一つ以上飛び抜けている。
「リパルサーもいいが、受け流し魔法も覚えておいた方が良いぞ」
「まあっ、そうなのね! ありがとうエヴァン」
そしてこの二人の間でも切磋琢磨しているのだから、成長スピードが異様すぎるのが困りもの。
「全く、こっちの勉強が追いつかないよ……」
「それは僕達の台詞です、先生……」
ぼやきを聞いていたのか、残りの生徒からの指摘に私はドキリとしてしまった。何故ならこの二人の習得レベルとの釣り合いを考えると、自然と普通の生徒にとっては難解な授業になってしまうのだから。