第一節 改めて先生、そして新しい先生 2話目
「おはようございます、ヤング先生」
「あっ、ええと……おはようございます、バトラー先生」
戻ってきてからというものの、廊下ですれ違う際のヤング先生の態度が妙によそよそしいのは気のせいだろうか。
いや、恐らくは狙っていた魔法省職員が急に失職して、しかも禁じられた呪文を使用していたという追い打ちが、彼女の私に対する評価の急降下に繋がったのだろう。
「なんだかいつも以上に忙しそうですね」
「ええ、まあ、そうですね……」
「手伝えることがありましたら手伝いますよ」
「いえっ! そういうのは間に合っていますので!」
そう言ってヤング先生は駆け足気味に廊下を去っていく。
「……前より髪の毛がボサボサになってる気がしますが、よっぽど忙しいんでしょうね」
自分で言うのもおかしな話だが、生徒に好かれている分だけ同じ教職員からは嫌われているような気がする。
そしてその代表格として先頭に立っているのが――
「おはようございます、スコット先生」
短く切った髪を揺らし、足早にすれ違おうとする一人の女性に対し、わたしはくじけず挨拶をする。
「……おはようございます、バトラー先生」
試合で見せるポーカーフェイス以上の拒絶感。それが彼女の切れ長の目を通してこちらに伝わってくる。まさかブラウンの後釜としてやってきていたのが引退したばかりのブルームレースの選手だったなんて、誰が想像できただろうか。
――アンナ・スコット。プロチームに所属していた女性プレイヤーで、国際大会にも出たことがある超有名選手だ。レースでは先頭を争うストライカーの護衛につくブロッカーのポジションで、大抵は選手生命が短い。
その理由はポジション上一番妨害魔法をくらいやすく、昔はマジックドランカーといって後遺症を残す選手が多かったことから、今では三十を過ぎる頃には引退をする選手がほとんどなことに由来する。
そんな中で彼女についたあだ名は「タダカツ」。極東地域で戦争に無傷で勝利してきた伝説の騎士と同じ名前らしく、ここまで無傷でストライカーをゴールまで運んできだ彼女にとってはぴったりの異名といえるだろう。
ここでどうして彼女が学校にいるのかというと、元々彼女が所属していたプロチームの男性部門の控えとしてブラウンが所属していたことが起因するとのこと。三賢人の経営する学校に対してとんでもない人材を送り込んでしまったという負い目から、慣例通りに三十手前で伝説も保持したまま引退するであろうと囁かれていた彼女を、これ幸いにと以前の私と同じ特別講師という枠で送り込んだのだという。
私としてはこんなに有名プレイヤーとお近づきになれるチャンスは無い筈なのだが、その前に嫌われてしまっていてはどうしようもない。
「き、今日は天気もよくレース日和で――」
「そうですね。私はこれから一年生の授業がありますので、これで失礼します」
見ての通り、とりつく島すらないこの関係にがっくりと肩を落とすしかない。
まあそれもこれも正義感の強いスコット先生にまで、私が禁じられた呪文を使って謹慎を受けているという情報が流れていることが原因なのだが。
「今日もサインを貰える雰囲気じゃなさそうだ……」
「あっ、バトラー先生だ」
「なんか哀しそうな顔してるね。声かけた方が良いのかな」
……頼むから今はそっとしてくれ。私に構わず次の教室に向かってくれ。